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任務の、つまり伯爵がエサに喰らい付いた二ヵ月後、少佐はエロイカが次の任務のために同じ街に来ると知った。次の動きにかかる前に、少佐は伯爵が例のエサをしっかり飲み込んだかどうかを確認しようと考えた。薬を盗むことと、それを実際に使うことはまた別の話だからだ。
例によって、伯爵は少佐をおちょくるために姿を現した。ただ、なんというか、彼の挙動からは何かが失われていた。何かの欠落。少佐に対して撒き餌のように投げつけられるはずの、いつもの性的なほのめかしが一切なかった。
「おまえ、痩せたか?」伯爵がわざと体を寄せてきたとき、少佐は突然そう尋ねた。
その質問は完全に伯爵をまごつかせたようだった。「えっと、うん・・・その・・・」衝撃から立ち直るのにしばらくかかっていた。最後に、顔にかかる髪をうしろに払いのける振りをしてごまかそうとした。クラウスは、伯爵が笑みを浮かべようと努力しているのを見て取った。
「きみがそんなことに気付くなんて思わなかったよ。」エロイカはやっとそう返事をした。
いつも通りの振りをしようと無理をしているのは明らかだった。クラウスはほくそえんだ。それから、かれは次のステップに進むために息を深く吸い込んだ。「このことはもう、数え切れんほど尋ねたことがある。」彼はゆっくりと口を開いた。「だが今日は真面目な答えが欲しい。」
エロイカは目を見開いた。相手の口調の突然の厳粛さが、彼を驚かせたからだった。
「なぜおれに付きまとう?ああ、それから愛だのなんだのという、ふざけた答えは無しだ。」
なんてこと!どうしてそんな話を今?伯爵はげんなりした頭でそう考えた。今の彼には普段の自分通り、つまり欲望に忠実な変態として振舞うだけでも精一杯の努力が必要なのだった。だが正気に戻って考えてみると、今の彼にはもはや正直そんなことはどうでもいいとしか思えないのだった。
エロイカは無理に笑顔を浮かべた。「少佐、きみがそういうふうに尋ねてきたことだって、一ダースじゃ足りないぐらいだよ。」かれはため息をついた。「言葉だけじゃ足りない、つまりそういうことなんだよね。」
少佐はうなずいた。その答えに納得した様子だった。彼は相手の顔を鋭く見つめた。そして深く息を吸い、こう言った。「では、おまえ、それをおれに見せてみろ。やってみせろ。」
エロイカはあっけに取られた。何かを聞き間違えたとしか思えなかった。彼は少佐の目の前で、驚きのあまり口も聞けずに立ち尽くした。なんてこと!今聞いたことは間違ってるに決まってる!
「ややややや、やってみせろ?」伯爵はとうとう、なんども口ごもりながらそう聞き返した。
「そうだ。」
一言も返せなかった。なんて・・・なんてこった!どうして今なんだっ!? 「少佐・・・」伯爵はゆっくりと口を開いた。「きみの言ってる意味を、私が誤解してなければいいんだけど・・・」
クラウスは、青い大きな瞳が自分を見つめているのを見て、心臓が高鳴るのを感じた。パニックを起こしそうな自分を必死で押さえつけながら、赤面していなければいいがと祈った。大丈夫だ。彼は自分に言い聞かせた。観察した兆候によれば、伯爵があの薬を使ったことは間違いない。少佐の計画は完全な成功を収めつつあるはずだった。彼はうなずいた。もう一度深く息を吸い込むと、平静さが戻ってきた。「おまえがずっと望んでいたことだ。」かれは落ち着いた声でそう答えた。
「私の望み?」当惑した答えが返った。「私の望みって、それっていったい何なんだい?」
「おまえの望みとは・・・、つまり、おれと・・・」クラウスはそれを言うのにかなりの無理を自分に強いねばならなかった。「・・・おまえが常々言っていた、その種のことだ。」
エロイカは息を止めた。片手で口元を覆った。くそっ!くそっ!くそっ!なんで今なんだ、少佐!「で、いつ?」だが彼は自分がそう聞き返しているのに気付いた。
少佐は相手の内心の葛藤を読み取っていて、それは少佐のくそ度胸を後押しする役にしか立たなかった。「この任務の後、ボンに帰ったら連絡する。時間と場所を指定する。」
これを聞いてさすがに頭を振った。「少佐・・・、少佐・・・」彼は息も忘れてそうつぶやいた。「こんなに突然・・・こんなことって・・・」
「土壇場で気が変わったか?」クラウスはきつい口調で尋ねた。「いざ現実となると逃げ腰か?」
「ちがう、ちがうよ。そんなことじゃなくて。」エロイカは急いで手を振った。「実は今、自分の仕事を同時進行で進めているところなんだ。」
クラウスはうなずいた。「いつだ?」
なんでそんなに乗り気なのさ!もう!少佐、今は時期が悪いんだよ!「うん・・・あのね・・・」ためらいがちな答えが返った。
少佐はうんざりしたようにため息をついた。「ボンに帰ったらおまえに連絡する。時間と場所はおれが指定する。」彼は繰り返した。「同時進行中とやらの自分の仕事を中断しておれの任務に参加できるなら、おなじようにそれを放り出しておれとやりに来ることもできるはずだな。」 くそっ!縁起でもない!
見たところエロイカも同じように茫然としていた。彼は目の前の男の顔を凍りついたように凝視していた。
「とっとと行け!」少佐は鋭い声でそう命じ、伯爵の腕を掴んでドアの外に連れ出した。「おれから連絡するまでそのちゃらちゃらした格好でおれの前に現れるな。」彼はそう怒鳴りつけ、音を立ててドアを閉めた。
クラウスはドアに体を預け、片手で髪をかきむしった。それから彼は、自分が震えていることに気付いた。彼はミニバーを開けて、強い酒をそのまま口にした。第三段階はこれで完了だった。彼は自分を褒めてやりたかった。次の第四段階で計画のすべては完成するはずだった。そしてその後、あの変態野郎がおれの目の前に現れることは金輪際ない。
* * *
「くっそう!lくっそう!くっそう!!!」 彼は廊下を歩きながら罵った。なんで今なんだ!この長い長い歳月を経て、少佐がようやく彼のものになろうとしているときに、彼は何も感じなかった。かれの性欲はメーターを振り切っていてもおかしくないはずだったが、彼は何も・・・何も感じなかった!
「伯爵、どこに行ってたんですか?」 伯爵が部屋に足を踏み入れたとたん、ジェイムズの泣き声がした。
「静かにしたまえ、ジェイムズ君!」エロイカは厳しく命じ、さっさと部屋に入った。「いまはそれどころじゃないんだ。」
ジェイムズは伯爵がご機嫌斜めであることに気付くのにしばらくかかったが、凶悪な目つきでにらみつけられて、とりあえず口を閉じた。
「イングランドに帰る。」エロイカはスーツケースをベッドの上に放り上げ、着替えをめちゃくちゃに詰め込みながら命令した。
「伯爵?」ボーナムがドアのそばからおそるおそる問いかけた。「何かあったんですか?」
エロイカは顔をあげた。瞳がぎらぎらしていた。「きみには関係ないね!」彼はぴしゃりと言った。「チームのみんなを集めてくれ。帰宅の時間だ。」
「かしこまりました、伯爵。」ボーナムは従順にそう答え、肩をすくめて当惑した視線をジェイムズと交わした。伯爵はもう数週間も様子がおかしかった。これ以上食い下がったら、こっちが噛み付かれるかもしれなかった。
* * *
「どんな問題があって私に診察を申し込まれたのかさっぱりわかりませんな、グローリア卿。」ロバーツ医師はそう言いながら椅子を指し、掛けるように勧めた。「あなたの健康状態は理想的です。実際、私の患者たちが皆あなたとおなじぐらい健康に留意してくれたらと思いますよ。」彼は机の向こうに腰を下ろし、相手が腰掛けるのをじっと見つめた。
ドリアンは微笑んで、髪をかきあげた。「お褒め頂いてうれしいね、ドクター。」彼はおだやかに言った。「ただ・・・、健康相談に来たんではないんだ。」彼は咳払いをした。「ちょっといいにくい話なんが・・・」
「ご遠慮なく。それがわたしの仕事なのですから。」
「そうだね。」ドリアンは深呼吸をした。「興味がもてなくなったんだ。・・・あの、その・・・セックスに。」かれはなんとか言葉を押し出した。
医師の眉がぴょこんとはね上がった。「え、今なんとおっしゃったのかな?」
ドリアンは自分が赤面しているのを感じた。自分の一生で、こんなセリフを口に出すことがあろうとは考えたこともなかった。「セックスに興味がなくなったんだ。」彼は繰りかえした。
ロバーツ医師の目は今や紅茶カップの受け皿のように丸くなっていた。「・・・グローリア卿におかれましては、ただ今わたくしめが衝撃を受けているという事実について寛大なお許しを賜れるよう、何卒お願いを申し上げます。」
「かまわないよ。自分でもびっくりしてるんだから。」
医師は椅子に座りなおした。「それはつい最近のことだと推察しますが、いかがですか?」
ドリアンはうなずいた。「そうだね、かれこれ二ヶ月ぐらいかな。」
「何か怪我などはなさいませんでしたか?」
「いや、特に。」
「食生活を大きく変更なさっていませんか?最近目新しいなにか食べ物に夢中だとか?」
ドリアンは椅子の中で居心地悪げに姿勢を変えた。「ええと、体重の増減にはとても気を使ってるけど・・・」
医師はぐるりを目を回した。「グローリア卿。あなたが体重の問題でここにいらっしゃる可能性など考えたこともありません。」
ドリアンは力ない笑みを浮かべたが、何も答えなかった。彼が視線を落としたとき、ロバーツ医師はあらゆる可能性を脳内で忙しく検討していた。「なんらかの薬で体重を管理していらっしゃいますか?」彼は突然そう質問した。
ドリアンの瞳がさっと上を向き、口が半開きになった。
ロバーツ医師はぶつくさ文句を言った。「いったい何を使ってるんですか。」彼は厳しく尋ねた。
「なんて発音するかは知らないんだけど、」ドリアンは疚しい気持ちで、少佐から盗み取ったアンプルの小瓶を差し出した。医師の机の上にそれを乗せながら、学生時代に教室の引き出しから小さなものを掠め取って、捕まったときみたいだと感じていた。
ロバーツ医師は眼鏡をかけて小瓶を取り上げ、ラベルを読もうとした。そしてそれを読み取ったとき、彼の目はまん丸になった。「グローリア卿、この薬がなんのためのものかご存知ですか?」彼はさっと顔を上げ、はっきりと尋ねた。
ドリアンは再び椅子の中でみじろぎした。「それを持っていた人物は、実験中の薬だといっていた。」彼は認めた。「An appetite suppressant(食欲抑制剤)だって。」
ロバーツ医師は眼鏡をはずし、椅子に座りなおして小瓶を机に置いた。「その人物は、この薬がどういった欲望を抑制するかあなたに告げましたか?」
「何のことか良く分からないな。」
「この薬品は確かに実験中です。」医師はゆっくりと説明し始めた。「これは、性犯罪者を化学的に去勢するように開発された薬品なんです。」
紅茶カップの受け皿のように丸くなったのは、今度はドリアンの目の方だった。「なんだって!」
ここで訳者註: appetite の第一義は「食欲」だが、「性欲」ほかを意味する場合もある!
ロバーツ医師は、その薬はもともとナチスが開発したものだと説明した。それはテストステロンの分泌を抑え、男性の性衝動を効果的に抑制する働きがある。そしてまた、伯爵がそうなったように性欲を大いに減退させる、と。
医師が説明を終えた時には、ドリアンは荒い息をついて拳を握り締めていた。第二次世界大戦中にナチが開発した薬品。ネオ・ナチの専門家ならもちろん知っているはずの薬だろう。「あのくそったれ野郎!」彼はとうとう口に出して罵った。「本物の、最低のくそったれが!」
「えーと、伯爵?」
ドリアンは顔をあげて手をひらひらさせた。「いや、なんでもない。」彼は軽蔑したように言った。「で、その効果を消せるような薬はないのかい?」
「ええ。ありますね。」 医師は答えた。「まあ、なにもしなくてもそのうち効果は薄れていくんですが。」
「いや、だめだな。」ドリアンははっきりといった。「そのままにしておけるもんか。」
医師はうなずいて立ち上がった。「ステロイド注射が効果を発揮しますね。」彼は穏やかに言った。
「ステロイド?」
「一般には評判の悪い薬品名ですが、一回の摂取ぐらいでは別に害にはなりませんよ。あなたを以前のように戻すには充分ですが。」
それを聞いたドリアンは輝くような笑顔を浮かべた。「それじゃあ処方してもらおうかな。」
ロバーツ医師が薬品と注射器の準備に隣室へ去ったときに、ドリアンは机に顔を寄せてカルテを読み取った。彼はステロイド剤の名前を頭に叩きこんだ。同時に、“appetite suppressant(性欲抑制剤)”の名前も。
けっして忘れないだろう。
そして誰がそれを自分によこしたのかも。
続く・・・
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