このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2011/12/22

Appetite Suppressant 05 There’s More Than One Way To Get Hammered - by Margaret Price



Fried Potatoes com -  Appetite Suppressant  05 There’s More Than One Way To Get Hammered
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Chapter Five
There’s More Than One Way To Get Hammered (酔う方法はいろいろある)





「もうからっぽらぞ。」クラウスはそう言って、空のウィスキーボトルの首をつかんで逆さにし、覗き込んだ。そうでもしないと本当に酒瓶が空かどうかわかったもんじゃない。

「らからきみ、酔っ払ってるんじゃーないか。」ドリアンは理路整然と指摘した。

クラススは焦点の定まらない目をドリアンに向け、うなずく前に今聞いた言葉をじっくり検討してみた。「ほーだな。おれが飲んだ。」彼は空の酒瓶を椅子の横に放り投げた。

「れえ、知ってるかいしょうさ?」完全に酔っ払ったドリアンは、酔っ払いの真面目さをせいぜいかき集めた口調で言った。「きみってすごーく綺麗だよ。」

クラウスはぐるっと目を回して、その意見を却下しようとした。「いや、そんらはずはらい!」彼はもごもご言った。「綺麗ってろは女に言うんだぞ。」彼は伯爵に凶悪な視線を向けた。「らからおまえはおれに寄ってくるろか?おれが女みたいに綺麗らからか?」

今度はドリアンがぐるっと目を回した。なんとかして立ち上がろうとし、結局は床に座り込んだ。彼は自分を見下ろし、それから顔を上げて言った。「少佐。」彼は真面目な顔で言った。「私は酔ったみたいらよ。」

クラウスは鼻を鳴らしてにやっと笑った。「そりゃーたいへんらな、イギリス人。」彼は小ばかにしたように続けた。「酔っ払ったら酒瓶を持ってられないじゃーらいか。」彼は立ち上がろうとし、そして床に仰向けに伸びてしまった。頭が伯爵の隣にきた。「知っとるか?おまえ、逆さまになっとるろ。」

ドリアンは相手の顔をのぞきこんだ。「クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐。」彼は鼻で笑った。「きみは完っ全に酔ってるれ。」

「おまえもらろ、ちがうのか?」クラウスが返した。床に伸びたまま、のぞきこんでいる男を見上げた。

ドリアンは目を閉じて、子供のようにこっくりとうなずいた。頭の動きにつれて、長い髪が揺れて落ちた。

クラウスは長い時間をかけて考え込み、結論を出した。伯爵はたぶん正しい。「何か食わんとな。」彼はしっかりした口調で言った。「すっからかんの胃に酒はまずいぞ。」

「そうらよねー!私が料理するよ。」

クラウスはにやにや笑い出した。ドリアンは彼を見下ろした。「料理なんてできるわけないと思ってるね?」

「指を怪我するぞ。」クラウスはまだ笑っていた。

ドリアンは座りなおし、目を閉じて腕を組んだ。「私が料理する。でも皿は洗わない。」彼は怒った口調で言った。


その言い方が可笑しかったので、少佐はさらに笑った。

ドリアンは少佐の顔を見下ろした。何か言い返そうと思っていたことを忘れてしまった。だから微笑んだ。「私はやっぱり、きみが綺麗だと思うよ。」かれはとうとうそう言った。

「おれはやっぱり、おまえが馬鹿野郎だと思うぜ。ざまあみろ!」クラウスは爆笑した。

「野蛮人!」ドリアンは拳で少佐の胸を叩こうとし、バランスを崩した。そして気違いのように笑っている少佐の隣に倒れこんだ。

「ほらな?」起き上がろうと努力しながら、クラウスは勝ち誇ったように言った。「言った通りだろ?おまえはやっぱり大馬鹿者だ。」

この答えはドリアンの口元を緩ませた。

クラウスは体を起こしたまま、しばらくドリアンを見下ろしていた。「来いよ。」彼はできるだけしっかりした口調で言おうとした。「何か食おうぜ。床で料理はできんぞ。」彼は身をかがめて、伯爵を助け起こそうとした。

「食べるならきみを食べちゃいたいな。」ドリアンは猫のように喉を鳴らした。それから相手のシャツをつかみ、引き寄せてキスに誘い込んだ。

不意を突かれた少佐は抗うような声を上げたが、ドリアンを向こうへ押しやろうとはしなかった。実のところ、彼は体を寄せてキスに応え始めた。

ドリアンは少佐のシャツから手を放し、唇を鳴らした。「きみってひどい酔っ払いの味だ。」

「おまえもな。」

「んんん、でも素敵だった。」

クラウスは座って考え込んだ。「この程度でか?」

ドリアンは口を開き、目を丸くした。「言ったね!」彼は叫び、相手の肩を引っ張ってもう一度横たわらせた。「私のキスはこんなもんじゃないんだよ。」そう、高慢に言い放った。

クラウスは鼻を鳴らした。「おれに利くもんかね。」

「試してみるかい?」伯爵は起き上がろうともがきながらそう言った。

「おまえは酔っとる。」

「きみだってそうだろ!」ドリアンは少佐の上によじのぼり、両手で少佐の顔を挟んでしっかりと唇を合わせた。それはまるで、これまでの長い歳月通してずっとこの男に抱いてきた情熱を、たった一つのキスの中にすべて押し込めようとするような激しいキスになった。唇を離したとき、彼は少佐の顔に浮かんだ戸惑いの表情に微笑みかけた。「どうだい?何も言えないのかい?素敵だっただろ?」

驚くべきことに、クラウスは黙って片手をドリアンの首に伸ばすとそのまま彼を引き寄せて、ドリアンが想像したことのあるどんなキスをも超える激しさで、彼にキスを返したのだった。

呼吸を取り戻したとき、ドリアンは体を起こし、驚きとともにこう訊ねずにはいられなかった。「少佐、本当にきみなのかい?」

クラウスは自分でもたった今やったことに驚きを隠せなかった。彼は後ろひじを付いて体を起こした。「間違いなくおれのようだな。」

ドリアンは笑い出し、クラウスの膝の上に座り込んだ。「愛してるよ。」彼はため息を付いた。

クラウスはちらっと彼を見た。「それをまた、変わったほう方法で示そうとしたもんだな。」

「キスしただけじゃないか!」

クラウスは頭を振り、二階を指差した。「ちがうな。さっきの話だ。」彼は自分の上に座っている男を見た。「本気で俺を強姦するつもりだったか?」

ドリアンは深く息を吐いた。「いや、私はきみにひどい嫌がらせをするつもりしかなかった。」彼はそう認めた。「もう二・三発ぶんなぐって、さんざん嫌な思いをさせてから帰るつもりだった。」

クラウスは体を起こし、考え込み、うなずいた。「おれはおまえを殺しておくべきだった。そうだな?」

「いまだってそうできるさ。夜はまだ早いから。」

「全くだ。」

ドリアン座りなおし、熱のこもった瞳で少佐を見つめた。「私たちは酔いを醒ましたほうがいいと思う。」

「なぜだ?」

「だってそうしないと・・・、私はまたきみを誘惑してしまう。・・・そしてきみは・・・。私たちは酔いすぎたんだ。」ドリアンは真面目な顔でそう告げた。そして考えた。さっきのキスに意味なんかあったのだろうか。

「とにかく、こんなことはもうしちゃだめだ。」

クラウスは深刻な顔つきで考え込んだ。「いいだろう。」彼は膝から伯爵を押しのけ、苦労して立ち上がった。「なにか腹に入れよう。」


続く・・・

Appetite Suppressant 04 Revenge - by Margaret Price


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Chapter Four
Revenge(落とし前のお時間)




意識を取り戻したとき、クラウスは自分が大の字になってベッドの四隅の螺旋形の柱に縛り付けられていることに気付いた。それにはもちろん驚いたが、さらに驚くべきだったのは、この状況にもかかわらず自分がまだしっかり服を着込んでいるという現実だった。彼は気を失う前に、丸裸に剥かれることをすでに覚悟していたのだった。

彼は周囲を見回した。部屋の隅の椅子に座り、煙草をふかしている伯爵がいた。伯爵は、これまで見たこともないような厳しい視線で彼を凝視していた。「何をする気だ?」少佐はロープをはずそうと無益な努力をしながら、噛み付くように尋ねた。

伯爵の口の端に小さな笑みが浮かんだ。少佐の背筋にぞくぞくした寒気が走った。伯爵には奸智に長けた底意地の悪い一面があり、さまざまな事実の断片から、少佐の計画の全貌を正しく再構築したにちがいなかった。

「さんざん身悶えさせてあげるよ、少佐。」冷たい声の答えが返った。

クラウスは目を見開いた。伯爵はいついかなるときでも少佐をからかい、いらつかせ、激怒に身悶えさせていたが、この場合はたぶん意味が違った。ドリアンが長いはさみを取り出したとき、少佐は自分の最大の恐怖が現実となったことを確認した。

「おまえはそういうことはやらんはずだ。」彼は結び目を力の限りに引きちぎろうとしながら言った。

「悪いね、少佐。」ドリアンは冷たく答えた。彼は相手の腰にまたがった。そして少佐のベルトの留め金をはずし、さっと引き抜いて、床へ放り投げた。次にシャツのすそを引き出しながら、前を引き裂いた。「きみずっと私を罵ってたよね。こういうことをやりたがってるんだろうって。」彼ははさみの刃を鳴らしつつ、ロープをはずそうと苦闘する相手にこう告げた。「きみの願いがかなうときが来たよ。」

「変態!」

クラウスが愕然としたことに、ドリアンは彼に手ひどい平手打ちを食らわせたのだった。「黙れよ、偽善者。」伯爵はいつもの彼らしくなく、激烈な感情をむき出しにしていた。「私が薬で役立たずになったかどうか確かめるために、今日一日を空けてくれたんだろ?」彼はそう言いながら少佐のアンダーシャツを引きずりあげ、茫然とする少佐の目の前で鋏を入れた。

「さて、ほんとのところ、私がきみのことをどう思っているか知りたいかい、少佐?」伯爵は少佐のズボンをずたずたに切り裂きながら、つばを吐いた。「決まってるだろ。きみのことなんか大嫌いだよ!」彼はそう叫ぶと、引き剥がしたズボンの切れ端を床に放り投げた。後には、下着だけを身に着けたまま身動き一つ出来ない少佐が残った。

「さて、なにかご言いたいことは?」伯爵は挑発した。

「おまえを殺してやる!」クラウスは野蛮人のように吠えた。

「また始まった。」伯爵は馬鹿にしたように笑った。彼はベッドを下り、以前に侵入した際に仕込んでおいた箱をベッドの下から引きずり出した。

「くそっ!なんだそれは!」

ドリアンは薄笑いを浮かべて彼を見下ろし、注射器を取りあげた。「そう、やっと分かったんだよ。」彼はそう言いながら、アルコールで少佐の腕の皮膚を撫でた。「きみがあの薬の効果を知ってたのは、自分で使ってるからなんだろ?ちがうかな?」

「何だと?ふざけるな。」

ドリアンは注射器の針を少佐の腕に突き刺した。「でも大丈夫さ。効き目を無くす方法があるからね。」

「何をした!」少佐は驚きつつ怒鳴った。「おまえは正真正銘の変態だ!おれに妙な薬を打ちやがったな!」

「私の医師が処方してくれた、ごくまっとうな薬だよ。きみがくれた薬の効果を消す作用があるんだ。」

「おまえにものなんぞやった覚えはない。おまえが自分で盗んだんだ!こそ泥め!」

「そうするように仕向けただろ?いい加減に認めろよ。」

クラウスは怒りのうなり声だけを返し、ロープを引きちぎろうとしつこくあがき続けた。

「これでよし。」

ドリアンはベッドに戻り、大きく広げられた少佐の両足の間に座った。「さて、きっちり落とし前をつけるんなら・・・」彼は落ち着いた声で言った。「注射の効き目が現れるまでにいろいろ準備しないとね。」彼は潤滑剤のチューブをクラウスの目の前にかざし、ひらひらと振った。

「Nein!」

ドリアンは少佐がロープと格闘を続けているのを見つめた。筋肉がぶるぶると震えていた。ああ、神よ。この男はなんて美しいんだろう。「少佐、なにかと戦ってるきみってほんとにセクシーだよね。知ってた?」

「そういう口をきくな!」

ドリアンは最後の砦に鋏を入れた。クラウスの下着。そして彼は腰を落としてへたりこんだ。目が輝いていた。「少佐・・・」彼はあえぐように言い、手の平で口元を覆った。「なんてすごい・・・、こんなの、考えたこともなかった・・・」

クラウスは目を見開いて凍りついた。伯爵が身をのけぞらせて自分の中心を見つめているのを知り、頭に血が上った。「やめろ!そんな目でおれを見るな!変態!」

「ああ、きみに跨って貫かれることを考えたら・・・」

恐怖にかられた少佐の目がさらに広がった。「寝ぼけるな!跨るとかそういうことはなにも起こらん!くそっ!」その叫びがドリアンを現実に引き戻し、今何をしようとしていたかを思い出させた。

「ああっ!」クラウスはのけぞって、体を強張らせた。滑らかな指が彼の中に忍び込んできたのだった。ゆっくりと、窺うように注意深く。「この変態、おまえを殺してやる、殺す!」噛み締めた歯の奥から呪いが漏れた。

「どうやって?」ドリアンはいきなり尋ねた。

クラウスは不意を突かれた。「何だと?」指がさらに深く差し込まれ、彼はからだをよじった。

「きみはいつもそうやって私を脅すよね。」ドリアンは事も無げに言った。「どうやって殺すつもりなんだい?それとも口でそう言ってるだけ?」

そんなところをかき回しながら、おれに考えさせるつもりか?ドリアンの指に体の奥深く敏感な部分を撫で上げられ、クラウスは息をのんだ。二本目の指が入り、彼は再びのけぞって苦痛と激怒の入り混じった叫び声を上げて、手首を拘束するロープを引きちぎろうとした。

「わかってたさ、」ドリアンはため息をついた。「結局、口先だけなんだよ、きみって。」何かが割れるような音に、彼はさっと顔をあげた。クラウスを縛り付けているベッドの柱が、彼の不屈の努力に屈し、無残に折れたところだった。次の瞬間、彼は鋭い叫び声をあげた。クラウスの手が彼の髪を鷲掴みにしていた。「指を抜け。」彼は命じた。

ドリアンは目を見開いて従い、指を抜いてシーツにこすり付けた。

「ロープをほどけ。」髪を鷲掴みにしたまま、クラウスは命じた。

「少佐・・・」

「黙れ!」クラウスは怒鳴りつけ、拳に掴んだ髪を引っ張った。ドリアンは小さな叫び声をあげた。

ドリアンは命じられたとおりにした。まず少佐の手首の縛めを解き、次に足を解放した。少佐は伯爵の髪をしっかりと掴んだままベッドから降り、立ち上がった。「ロープを一本はずせ。」彼は命じた。「さっさとしろ!」

ドリアンは震えながら従い、ベッドの足からロープを一本ほどいた。次の瞬間、彼はベッドの上に突き飛ばされ、放り上げられていた。少佐は伯爵の両手首を、手荒く後ろ手に縛り上げた。ベッドに押し付けられながらドリアンは肩越しに振り返り、クラウスが自分の手首からロープをはずして、ベッドの柱に残るロープと繋ぎ合わせたのを見た。「体を起こせ。」

伯爵は命じられたままに座りなおし、震えながら次の命令を待った。縛り上げられた手首をぴったり体に押し付けていたが、伯爵がおとなしく従えば従うほど、少佐の激怒はさらに煽られていくように見えた。

「これがゲームかなにかだと思っとったのか。」彼は」くぐもった声をあげて伯爵を再びベッドに押し倒した。それから伯爵のぴったりしたボトムを手荒く引き剥がした。彼の手が華奢な下着にかかったとき、伯爵は初めて本気で恐怖を感じ始めた。この時点まで、てっきりインターポールに引き渡されるものだと考えていたのだった。それから彼はうつ伏せに裏返され、ベッドの端まで引きずられた。

「少佐!」ドリアンは真剣に怯えた声で、とうとう哀願を始めた。「お願いだ、やめてくれ。」彼はなんとか逃れようとしたが、激怒の頂点を極めた少佐は人間離れした強靭さだった。それにはおそらく、さっきドリアンが彼に与えた薬物の影響もあるにちがいなかった。彼は片手でドリアンのうなじを押さえつけた。

「これが欲しいと言っとったな、変態野郎?」少佐は低い声でそう言い、伯爵の腿を蹴って両足を開かせた。そして、もう一方の手で自分のものを掴みあげ、さっき伯爵を驚かせたそれを、さらに驚くべき大きさと硬度へ導いた。

自分に触れているのが巨大なものの一部分に過ぎないと知ったとき、ドリアンは心臓が口から飛び出しそうにな気分になった。少佐が腰の一突きをくれさえすれば、それは伯爵を征服する。そして大きさから考えると、何の準備もない伯爵のその部分は深刻な外傷を避けられないに違いなかった。

「少佐、」ドリアンはほとんど泣き出しそうになった。「頼むから、やめてくれ。こんなふうにしないでくれ・・・。」ああ、私はめちゃくちゃにされた後、殺されるんだ。

クラウスはぴたりと動きを止めた。彼の猛り立ったものは伯爵の体に押し当てられ、いつでも侵入できる状態にあった。彼は怯える伯爵の顔を下に押し付けたまま、相手の体が自分の下で震えているのを感じていた。それから彼はほんの少し腰を進め、ドリアンの両尻のふくらみをかき分け、今にも押し入らんばかりになった。

伯爵は悲鳴を上げた。「少佐、ああ、お願いだ!」彼は哀願し、縛めを振りほどこうと無駄な抵抗を始めた。「いやだ、壊れる・・・、壊れてしまう!」 さらに体を押し付けられ、伯爵はとうとう声を上げて泣き出した。

そのまま時間が凍りついた。クラウスは復讐のために伯爵を辱めるのかと思われた。それから、彼は低いうなり声を上げた。「くそ忌々しい!」彼は恐怖に震える男を押さえつけていた手を放し、数歩下がってそのまま床に座り込んだ。「見ろ、おまえのせいだぞ。おれをここまで怒らせやがって。もう少しでおまえを強姦しちまうところだった!」

彼は破れたシャツを肩に羽織り、シャツのポケットから煙草をつまみ出して火をつけた。自分が震えていることに気付いたのはそのときだった。それが、いま自分がしでかしそうになった間違いによるものなのか、それとも伯爵への怒りによるものなのかは分からなかった。多分、両方なのだろう。

ドリアンもまたベッドから滑り落ち、ベッドを背に床に座り込んだ。危機を脱した安堵に涙がとめられないままでいた。

二人はそのまましばらく座り込んだままだった。泣き止んだ後でも、口を開く勇気がなかった。彼は体を丸めて、おとなしくベッドの脇に座り込んだまま、クラウスが平静さを取り戻そうとしているのを、まだ恐怖を感じながら見つめていた。

クラウスは突然伯爵の方へ顔を向けた。伯爵がたじろいだのを見て、また視線をそらせた。それから彼は深いため息をついて立ち上がった。クローゼットにはローブとパジャマが何組か置いてあるはずだった。しばらくして身づくろいを済ませた彼は戻り、伯爵の手首を自由にしてやった。

「吐きそうだ・・・」ドリアンは小さな声で言った。

「床の上で吐くなよ。」クラウスはそう命じ、バスルームを指差した。「そっちだ。」

ドリアンはバスルームへ行き、吐き始めた。クラウスが隣に立ったとき、彼は少佐が何をするつもりなのかまったく分からなかった。彼は肩を軽く突付かれて跳び上がり、顔をあげた。少佐が水の入ったグラスを差し出していた。彼は目で謝意を告げてそれを受け取り、うがいをして口に残る胃液を洗い流した。それから彼はその場にへたりこんだ。ショックから立ち直れず、震えが止まらないままでいた。

「まだ吐きそうか?」驚くべきことに、クラウスは気遣わしげな声で尋ねた。

ドリアンは目閉じた。「いや。」もう一度、肩を突付かれた。

「服を着ろ。」

ドリアンが目を開けると、彼の服を差し出している少佐がいた。「少佐・・・、私は・・・」

「何も言うな。」少佐は鋭く命じ、吸殻をトイレに投げ捨てた。「服を着ろ。」

ドリアンはうなずいて言われたとおりにした。彼は震える足で立ち上がり、少佐に従って寝室に戻った。そこで靴を履きなおした。それから彼らは階段を降りた。伯爵に分かっていたのは、このまま玄関の外に放り出され、夜の山道を運転して街まで戻らねばならないとということだった。

だがそうではなかった。クラウスはまっすぐ酒棚に向かうと、グラスを二つ用意して強い酒を注いだ。彼は無言でその一方を伯爵に手渡し、もう一方を自分で飲み始めた。

ドリアンはその酒を注意深く舐め、たじろいだ。ウィスキー。それも、すごく癖のある味の。

「好きじゃないのか?」

「うん、・・・あんまり。」驚いたことに、少佐は伯爵からグラス取り上げた。

「コニャックはどうだ?」

クラウスはドリアンがうなずいたのを見て、コニャックを注いでやった。彼は伯爵が飲まなかったウィスキーのグラスを手に取り、大きな革張りの安楽椅子に座って、その酒を飲み始めた。

何をしていいか分からず、ドリアンはカウチに腰掛けた。彼はコニャックを舐めた。わざと少佐の方を見ないようにしていたが、相手が自分を見つめているのを知っていた。

「ひどいザマだな、そうだろ?」クラウスがとうとう口を開き、伯爵は顔をあげた。クラウスは続けた。「おれたちはもうこういうことをやるべきじゃない。さもなくば、本当に殺し合いになってしまう。」

ドリアンは少佐を見つめて座りなおした。何を言うべきか分からなかった。何を言っても間違いになる気がした。増してや、たったいまこの山荘の二階で起こったような出来事の後では。

クラウスは背もたれに体を預け、目を閉じ、ため息をついた。

長い時間がたった。ドリアンは静かに尋ねた。「じゃあ、どうすればいいんだい?」

クラウスは目を開き、ドリアンを見すえた。「くそっ!わかってたらとっくに言っとる!」彼はそういうとグラスを飲み干した。それから立ち上がり、酒棚に向かった。「今やろうとしてるのは、とにかく酔っ払うことだけだ!」

ドリアンはまばたきし、それからうなずいて自分も酒棚に向かった。「私も参加させてくれ。」





続く・・・

Appetite Suppressant 03 The Meeting - by Margaret Price


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Chapter Three
The Meeting(密会)




少佐が前代未聞の申し出を与えてから2週間がたった。少佐は伯爵に場所と時間を指示した。ボン郊外の人里離れた場所にある山荘、そして時間。そこで落ち合う。

少佐は私たちが一緒にいるとこを誰にも見られたくないはずだ。エロイカは受話器を下ろしながらそう考えた。どっちにしろ、そのほうがこちらにも都合がいい。場所は完璧だった。彼はそのひっそりとした山荘へ、事前に幾度かこっそりと侵入した。そして注意深く考えた。少佐にはなにか悪巧みがある。だがドリアンはそうさせるつもりはなかった。驚かせてあげるよ、その「密会」の日にね。

「きみは来ないんじゃないかと思ってたよ。」ドリアンは自分の車を降りて周囲を見回し、それから少佐の顔に視線を合わせてからそう言った。少佐は入り口のポーチに置かれた椅子に腰掛けていた。椅子の周りに落ちた煙草の吸殻から、彼がそこでずっと伯爵を待っていたことは明らかだった。

クラウスは相手の様子を頭からつま先まで眺め、返事を必要とはしていない文句をつぶやいてから立ち上がった。「入ったらどうだ。」彼はそうぶっきらぼうに言った。

ああ、期待通りの始まりだ。ドリアンはそう思った。彼は無遠慮に笑った。「さっさと済ませたいみたいだね、少佐?」

少佐は何も答えず、山荘へ入るよう促した。

伯爵は入り口に立ち、まるで初めて来たとでも言うように部屋を見渡した。床は暗い板張りで、家具は革製だった。少佐のくつろぎの場として相応しい場所だった。「すごく居心地いい部屋だね。」彼は少佐の方を向いて言った。「きみの趣味が悪くないとは意外だったよ。」一息おいた。「ここって、誰か別の人の部屋だね。」

少佐の目がきらりと光った。「親父が若いころに使っていた。ガキのころ、よく連れて来てもらったな。」彼はそう短く説明した。

「ああ、そうなのか。そんなところに招待してくれたんだ。嬉しいよ。」ドリアンはそう言って、革張りの大きなソファに腰を下ろした。「・・・今日だけ、名前で呼び合わないか。」

少佐は、目を細めた。瞳には凶悪な気配があった。

「今日は私望むとおりに、なんだろ?」

「そうだ。」警戒心に満ちた答えが返った。「だからと言って・・・」

「今日だけだよ。」伯爵は相手を遮った。「私の名はドリアンだ。伯爵じゃない。エロイカでもない。」少佐は口を開きかけたが、それはすぐに遮られた。「それから、馬鹿者とか変態とかでもないんだよ。」

少佐は口を閉じた。カチリと歯をあわせる音が聞こえた。たっぷり一分ほどもたって、彼は大きく息を吸って答えた。「いいだろう。今日だけだ。」

「じゃあ、そうするよ。」ドリアンは幸せそうに微笑んでソファに体を預けた。「さあクラウス、何か飲み物はないのかな?」

おまえに飲ませたいのは毒薬のほうだ、この変態野郎。クラウスは胸の中でそう悪態をつきながら、酒棚に向かった。「何を飲むんだ?」

「おや、きみがお客をもてなす気になるなんてね。」ドリアンは皮肉った。

おまえの幸運をさっさと使い果たすなよ、エロイカ。クラウスは凶悪な視線を伯爵の方向に向けた。「あたりまえのことをしとるだけだ。」そう念を押した。

「まったくね。」

伯爵は立ち上がって、酒棚のある場所までやってきた。豪勢な品揃えだった。ずいぶん忙しく準備してたみたいだね、と彼は思った。彼がついこの間忍び込んだとき、酒棚はほとんど空っぽだったはずだった。「ジントニックを。」彼はとうとうそう告げた。「まだこんな時間だ。あまりきついものはやめておくよ。」

クラウスは文句言いたげな顔つきのまま飲み物を用意し、伯爵に手渡した。

「きみは?」ドリアンは穏やかに尋ねた。

「頭をはっきりさせておきたいからな。」クラウスは用心深く答えた。

「いい考えだね。」ドリアンは部屋を見回すふりをした。それから少佐に目を留めて微笑んだ。「落ち着いてくれ。こんな居間の真ん中できみの服を引っぺがして襲っちゃおうなんて考えてないからさ。」 私には別の計画があるのさ。

クラウスはうんざりした顔で相手を見た。だが、正直なところこの場の雰囲気にいたたまれなくなっていることを自分で認めねばならなかった。この状況に誘い込んだのはほかならぬ自分の方だったにもかかわらず。「来い、家を見せてやる。」彼はいきなりそう口に出した。この部屋の緊張した空気から逃げ出したかった。

「素晴らしいね。」ドリアンはジントニックで喉を湿らせた。彼は、しぶしぶ招待者側を演じているこの家の主人に従って、こじんまりした山荘の階段を登った。ロフトに寝室があった。というより、二階にあるのは寝室とバスルームだけだった。

「あのね、クラウス。私だってセックスのことばかり考えているわけじゃないんだよ。」ドリアンは穏やかに言ってみた。この皮肉が伝わればいいなと思いながら。

今立っている場所の意味に気付き、クラウスは真っ赤になった。「おれにはそうは思えんがな。」彼は平静を装って言った。

「そうだね。」ドリアンはため息をつき、グラスを置いた。「でも実際最近ね、なんだか、そういうことはみんな・・・そう、つまらなく思えてきたんだ。」

クラウスの心臓は飛び上がった。彼は無表情を保つのに苦労した。「本当か?」

「うん。」ドリアンは寝室に中を無意味に歩き回り、ちらっと窓の外に目をやった。「そう、興味がなくなったんだ。」彼はさっと視線を走らせて、相手が自分に注目していることを確認した。それから彼は体を翻して、ベッドの柵に手をかけた。それは細い螺旋デザインの柱だった。

「笑わずに聞いてくれてありがとう。」彼は決まり悪げな表情をはっきり浮かべながら、視線を落とした。「エロイカがセックスに興味がないなんて言ったら、みんな可笑しくて笑っちゃうよね。」

ここに至って、クラウスはにやにや笑いだしてしまうのを堪えるのにかなりの努力を必要とした。「何言っとるんだ、おまえ?」彼は口調に非難の調子をこめた。「ここまできてなんだ?だれか別に相手でも出来たのか?」

「ああ、少佐。きみが傷ついたとか、そういうことはないよね?」ドリアンは相手に近づきながらそう尋ねた。

「傷ついただと?おれが?」その問いに度肝を抜かれた。気でも狂ったか!おれは嬉しくて有頂天だ!

ドリアンは相手の前に立ち、目を覗き込んだ。「ひょっとすると『傷ついた』ってのは正しい言い方じゃないかもね。」彼はいきなり口調を強めた。「『やれやれ、ほっとしたぜ』、ってとこかい?」

「グローリア卿・・・」クラウスの言葉は側頭部を襲ったなにか重い物の衝撃に遮られた。

「ドリアンだよ!私の名前はドリアンだって言っただろ!このくそったれの、最低最悪の、卑怯なろくでなしが!」ドリアンは茫然とする少佐のみぞおちにひどい蹴りを喰らわせた。「さあ、痛い目に合わされるのはどんな気分だい?」彼は怒鳴りつけた。

「このくそったれが・・・」クラウスはうめき、膝を付いて立ち上がろうとした。「殺してやる・・・」 それ以上は何もいえなかった。顔を蹴り上げられ、そのまま後ろに倒れこんだからだった。記憶が途切れる前に最後に耳と目にしたものは、エロイカお得意の睡眠ガスを顔一杯に吹き付けられたことと、やつの最後のセリフだった。

「さあ、少佐。夜は始まったばかりだよ。」






続く・・・

Appetite Suppressant 02 The Earl Has…Difficulties - by Margaret Price

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任務の、つまり伯爵がエサに喰らい付いた二ヵ月後、少佐はエロイカが次の任務のために同じ街に来ると知った。次の動きにかかる前に、少佐は伯爵が例のエサをしっかり飲み込んだかどうかを確認しようと考えた。薬を盗むことと、それを実際に使うことはまた別の話だからだ。

例によって、伯爵は少佐をおちょくるために姿を現した。ただ、なんというか、彼の挙動からは何かが失われていた。何かの欠落。少佐に対して撒き餌のように投げつけられるはずの、いつもの性的なほのめかしが一切なかった。

「おまえ、痩せたか?」伯爵がわざと体を寄せてきたとき、少佐は突然そう尋ねた。

その質問は完全に伯爵をまごつかせたようだった。「えっと、うん・・・その・・・」衝撃から立ち直るのにしばらくかかっていた。最後に、顔にかかる髪をうしろに払いのける振りをしてごまかそうとした。クラウスは、伯爵が笑みを浮かべようと努力しているのを見て取った。

「きみがそんなことに気付くなんて思わなかったよ。」エロイカはやっとそう返事をした。

いつも通りの振りをしようと無理をしているのは明らかだった。クラウスはほくそえんだ。それから、かれは次のステップに進むために息を深く吸い込んだ。「このことはもう、数え切れんほど尋ねたことがある。」彼はゆっくりと口を開いた。「だが今日は真面目な答えが欲しい。」

エロイカは目を見開いた。相手の口調の突然の厳粛さが、彼を驚かせたからだった。

「なぜおれに付きまとう?ああ、それから愛だのなんだのという、ふざけた答えは無しだ。」

なんてこと!どうしてそんな話を今?伯爵はげんなりした頭でそう考えた。今の彼には普段の自分通り、つまり欲望に忠実な変態として振舞うだけでも精一杯の努力が必要なのだった。だが正気に戻って考えてみると、今の彼にはもはや正直そんなことはどうでもいいとしか思えないのだった。

エロイカは無理に笑顔を浮かべた。「少佐、きみがそういうふうに尋ねてきたことだって、一ダースじゃ足りないぐらいだよ。」かれはため息をついた。「言葉だけじゃ足りない、つまりそういうことなんだよね。」

少佐はうなずいた。その答えに納得した様子だった。彼は相手の顔を鋭く見つめた。そして深く息を吸い、こう言った。「では、おまえ、それをおれに見せてみろ。やってみせろ。」

エロイカはあっけに取られた。何かを聞き間違えたとしか思えなかった。彼は少佐の目の前で、驚きのあまり口も聞けずに立ち尽くした。なんてこと!今聞いたことは間違ってるに決まってる!

「ややややや、やってみせろ?」伯爵はとうとう、なんども口ごもりながらそう聞き返した。

「そうだ。」

一言も返せなかった。なんて・・・なんてこった!どうして今なんだっ!? 「少佐・・・」伯爵はゆっくりと口を開いた。「きみの言ってる意味を、私が誤解してなければいいんだけど・・・」

クラウスは、青い大きな瞳が自分を見つめているのを見て、心臓が高鳴るのを感じた。パニックを起こしそうな自分を必死で押さえつけながら、赤面していなければいいがと祈った。大丈夫だ。彼は自分に言い聞かせた。観察した兆候によれば、伯爵があの薬を使ったことは間違いない。少佐の計画は完全な成功を収めつつあるはずだった。彼はうなずいた。もう一度深く息を吸い込むと、平静さが戻ってきた。「おまえがずっと望んでいたことだ。」かれは落ち着いた声でそう答えた。

「私の望み?」当惑した答えが返った。「私の望みって、それっていったい何なんだい?」

「おまえの望みとは・・・、つまり、おれと・・・」クラウスはそれを言うのにかなりの無理を自分に強いねばならなかった。「・・・おまえが常々言っていた、その種のことだ。」

エロイカは息を止めた。片手で口元を覆った。くそっ!くそっ!くそっ!なんで今なんだ、少佐!「で、いつ?」だが彼は自分がそう聞き返しているのに気付いた。

少佐は相手の内心の葛藤を読み取っていて、それは少佐のくそ度胸を後押しする役にしか立たなかった。「この任務の後、ボンに帰ったら連絡する。時間と場所を指定する。」

これを聞いてさすがに頭を振った。「少佐・・・、少佐・・・」彼は息も忘れてそうつぶやいた。「こんなに突然・・・こんなことって・・・」

「土壇場で気が変わったか?」クラウスはきつい口調で尋ねた。「いざ現実となると逃げ腰か?」

「ちがう、ちがうよ。そんなことじゃなくて。」エロイカは急いで手を振った。「実は今、自分の仕事を同時進行で進めているところなんだ。」

クラウスはうなずいた。「いつだ?」

なんでそんなに乗り気なのさ!もう!少佐、今は時期が悪いんだよ!「うん・・・あのね・・・」ためらいがちな答えが返った。

少佐はうんざりしたようにため息をついた。「ボンに帰ったらおまえに連絡する。時間と場所はおれが指定する。」彼は繰り返した。「同時進行中とやらの自分の仕事を中断しておれの任務に参加できるなら、おなじようにそれを放り出しておれとやりに来ることもできるはずだな。」 くそっ!縁起でもない!

見たところエロイカも同じように茫然としていた。彼は目の前の男の顔を凍りついたように凝視していた。

「とっとと行け!」少佐は鋭い声でそう命じ、伯爵の腕を掴んでドアの外に連れ出した。「おれから連絡するまでそのちゃらちゃらした格好でおれの前に現れるな。」彼はそう怒鳴りつけ、音を立ててドアを閉めた。

クラウスはドアに体を預け、片手で髪をかきむしった。それから彼は、自分が震えていることに気付いた。彼はミニバーを開けて、強い酒をそのまま口にした。第三段階はこれで完了だった。彼は自分を褒めてやりたかった。次の第四段階で計画のすべては完成するはずだった。そしてその後、あの変態野郎がおれの目の前に現れることは金輪際ない。


* * *


「くっそう!lくっそう!くっそう!!!」 彼は廊下を歩きながら罵った。なんで今なんだ!この長い長い歳月を経て、少佐がようやく彼のものになろうとしているときに、彼は何も感じなかった。かれの性欲はメーターを振り切っていてもおかしくないはずだったが、彼は何も・・・何も感じなかった!

「伯爵、どこに行ってたんですか?」 伯爵が部屋に足を踏み入れたとたん、ジェイムズの泣き声がした。

「静かにしたまえ、ジェイムズ君!」エロイカは厳しく命じ、さっさと部屋に入った。「いまはそれどころじゃないんだ。」

ジェイムズは伯爵がご機嫌斜めであることに気付くのにしばらくかかったが、凶悪な目つきでにらみつけられて、とりあえず口を閉じた。

「イングランドに帰る。」エロイカはスーツケースをベッドの上に放り上げ、着替えをめちゃくちゃに詰め込みながら命令した。

「伯爵?」ボーナムがドアのそばからおそるおそる問いかけた。「何かあったんですか?」

エロイカは顔をあげた。瞳がぎらぎらしていた。「きみには関係ないね!」彼はぴしゃりと言った。「チームのみんなを集めてくれ。帰宅の時間だ。」

「かしこまりました、伯爵。」ボーナムは従順にそう答え、肩をすくめて当惑した視線をジェイムズと交わした。伯爵はもう数週間も様子がおかしかった。これ以上食い下がったら、こっちが噛み付かれるかもしれなかった。


* * *


「どんな問題があって私に診察を申し込まれたのかさっぱりわかりませんな、グローリア卿。」ロバーツ医師はそう言いながら椅子を指し、掛けるように勧めた。「あなたの健康状態は理想的です。実際、私の患者たちが皆あなたとおなじぐらい健康に留意してくれたらと思いますよ。」彼は机の向こうに腰を下ろし、相手が腰掛けるのをじっと見つめた。

ドリアンは微笑んで、髪をかきあげた。「お褒め頂いてうれしいね、ドクター。」彼はおだやかに言った。「ただ・・・、健康相談に来たんではないんだ。」彼は咳払いをした。「ちょっといいにくい話なんが・・・」

「ご遠慮なく。それがわたしの仕事なのですから。」

「そうだね。」ドリアンは深呼吸をした。「興味がもてなくなったんだ。・・・あの、その・・・セックスに。」かれはなんとか言葉を押し出した。

医師の眉がぴょこんとはね上がった。「え、今なんとおっしゃったのかな?」

ドリアンは自分が赤面しているのを感じた。自分の一生で、こんなセリフを口に出すことがあろうとは考えたこともなかった。「セックスに興味がなくなったんだ。」彼は繰りかえした。

ロバーツ医師の目は今や紅茶カップの受け皿のように丸くなっていた。「・・・グローリア卿におかれましては、ただ今わたくしめが衝撃を受けているという事実について寛大なお許しを賜れるよう、何卒お願いを申し上げます。」

「かまわないよ。自分でもびっくりしてるんだから。」

医師は椅子に座りなおした。「それはつい最近のことだと推察しますが、いかがですか?」

ドリアンはうなずいた。「そうだね、かれこれ二ヶ月ぐらいかな。」

「何か怪我などはなさいませんでしたか?」

「いや、特に。」

「食生活を大きく変更なさっていませんか?最近目新しいなにか食べ物に夢中だとか?」

ドリアンは椅子の中で居心地悪げに姿勢を変えた。「ええと、体重の増減にはとても気を使ってるけど・・・」

医師はぐるりを目を回した。「グローリア卿。あなたが体重の問題でここにいらっしゃる可能性など考えたこともありません。」

ドリアンは力ない笑みを浮かべたが、何も答えなかった。彼が視線を落としたとき、ロバーツ医師はあらゆる可能性を脳内で忙しく検討していた。「なんらかの薬で体重を管理していらっしゃいますか?」彼は突然そう質問した。

ドリアンの瞳がさっと上を向き、口が半開きになった。

ロバーツ医師はぶつくさ文句を言った。「いったい何を使ってるんですか。」彼は厳しく尋ねた。

「なんて発音するかは知らないんだけど、」ドリアンは疚しい気持ちで、少佐から盗み取ったアンプルの小瓶を差し出した。医師の机の上にそれを乗せながら、学生時代に教室の引き出しから小さなものを掠め取って、捕まったときみたいだと感じていた。

ロバーツ医師は眼鏡をかけて小瓶を取り上げ、ラベルを読もうとした。そしてそれを読み取ったとき、彼の目はまん丸になった。「グローリア卿、この薬がなんのためのものかご存知ですか?」彼はさっと顔を上げ、はっきりと尋ねた。

ドリアンは再び椅子の中でみじろぎした。「それを持っていた人物は、実験中の薬だといっていた。」彼は認めた。「An appetite suppressant(食欲抑制剤)だって。」

ロバーツ医師は眼鏡をはずし、椅子に座りなおして小瓶を机に置いた。「その人物は、この薬がどういった欲望を抑制するかあなたに告げましたか?」

「何のことか良く分からないな。」

「この薬品は確かに実験中です。」医師はゆっくりと説明し始めた。「これは、性犯罪者を化学的に去勢するように開発された薬品なんです。」

紅茶カップの受け皿のように丸くなったのは、今度はドリアンの目の方だった。「なんだって!」

    ここで訳者註: appetite の第一義は「食欲」だが、「性欲」ほかを意味する場合もある!


ロバーツ医師は、その薬はもともとナチスが開発したものだと説明した。それはテストステロンの分泌を抑え、男性の性衝動を効果的に抑制する働きがある。そしてまた、伯爵がそうなったように性欲を大いに減退させる、と。

医師が説明を終えた時には、ドリアンは荒い息をついて拳を握り締めていた。第二次世界大戦中にナチが開発した薬品。ネオ・ナチの専門家ならもちろん知っているはずの薬だろう。「あのくそったれ野郎!」彼はとうとう口に出して罵った。「本物の、最低のくそったれが!」

「えーと、伯爵?」

ドリアンは顔をあげて手をひらひらさせた。「いや、なんでもない。」彼は軽蔑したように言った。「で、その効果を消せるような薬はないのかい?」

「ええ。ありますね。」 医師は答えた。「まあ、なにもしなくてもそのうち効果は薄れていくんですが。」

「いや、だめだな。」ドリアンははっきりといった。「そのままにしておけるもんか。」

医師はうなずいて立ち上がった。「ステロイド注射が効果を発揮しますね。」彼は穏やかに言った。

「ステロイド?」

「一般には評判の悪い薬品名ですが、一回の摂取ぐらいでは別に害にはなりませんよ。あなたを以前のように戻すには充分ですが。」

それを聞いたドリアンは輝くような笑顔を浮かべた。「それじゃあ処方してもらおうかな。」

ロバーツ医師が薬品と注射器の準備に隣室へ去ったときに、ドリアンは机に顔を寄せてカルテを読み取った。彼はステロイド剤の名前を頭に叩きこんだ。同時に、“appetite suppressant(性欲抑制剤)”の名前も。

けっして忘れないだろう。

そして誰がそれを自分によこしたのかも。





続く・・・

2011/12/20

Appetite Suppressant 01 The Major Has A Plan - by Margaret Price

Fried Potatoes com -  Appetite Suppressant  01 The Major Has A Plan
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作者より: この物語はmosellegreen(Kadorienne)の気前のいい承諾なしには成り立ちませんでした。彼女が提供してくれた少佐の悪だくみに関するいくつかのプロットのおかげで、この可愛らしいセックスとドラッグとバイオレンスのお話ができあがったのです。







「いや、用途をお教えするわけにはいきませんな、ドクター。」少佐は鋭く答えた。「機密です。」

「しかし少佐、薬品の手配には理由が必要です。」医師は辛抱強く答えた。「それにこれはあまり普通ではない薬ですし。」

(ここへ来てそれを要求するのがおれにとって簡単なことだったっと思うなよ。) クラウスは密かに考えながら、目の前の男をじろりとにらみつけた。助かったことに、物慣れた脅迫はこの医師にはあっさり効いたようだった。医師は彼の要求を呑み、処方箋になにやら書きなぐった。

「これをつまり、どこか別の国の疑わしい諜報員にお使いになる、ということなんでしょうね?」医師は紙を差し出しながら尋ねた。

少佐は目を細めてその紙を受け取った。そして何も答えないままに体をくるりと翻し、大股で診察室を出て行った。


(くそったれ。なんという屈辱だ。)薬剤師の猜疑心に満ちた横目をじっと我慢しながら、彼は処方箋を取り上げて考えた。彼はNATO本部に駆け込み、階段を二段飛ばしで五階まで登った。これもすべて計略のためだ。これさえうまくいけば、あの癪に障るエロイカを永遠に追い払えると言うものだ。

あとはヤツを引っ掛けるだけだ。

少佐はゆっくりと彼の計画を実行に移した。彼は無造作なふりをして部下Gに声をかけた。「エロイカは遅れとるのか?」 彼は。エロイカへの言及が直ちにGの注意を引くと知っていた。

「何のことですか、少佐。」Gは答えた。あまりびくびくした口調にならないように気をつけていた。

少佐は馬鹿にしたように手を振った。「抜け道を通り抜けられんで立ち往生しとるんじゃないのか?自分で分かってないんだろうな、あれは。あの変態は、自分が太ったと認めるには気位が高すぎるんだろうよ。」 彼はそういい捨てると、素早くその場を去った。驚愕の表情を浮かべた部下をその場に残したまま。

これは噂を蒔くために必要な作業に過ぎなかった。彼は自分が伯爵に関する何かを言えば、周囲はそれを深刻に受け止めて考えだすということが分かっていた。

第一段階はこれで終了だった。

* * *

少佐が「うっかりと」漏らした一言から数週間後、エロイカはNATOの依頼を受け、新たな契約を結んだ。今回は比較的単純な任務だった。どうやら自分の計略がうまく運んでいるようだったので、クラウスはエロイカが周囲をちょろちょろするのを黙認していた。伯爵は鏡の前で自分の立ち姿を確認するのに、いつになく時間をかけていた。

こういった任務の場合、伯爵は少佐が任務の基地にしているのと同じホテルのスイートルームに滞在するのが普通だった。任務は遅滞なく終了し、少佐はすべての書類をかばんにまとめて、ボンへの帰途につこうとした。部屋の向こう側で、伯爵は床まで届く高さの鏡の前に立ち、注意深く自分の体を確認していた。まっすぐな下腹部をとんとん叩き、不満そうな顔をした。それから指をぴっちりしたボトムの腰に滑らせ、同じくらいぴっちりした尻を撫でた。まるで一インチの間違いも許せないとでも言うように。

それを見た少佐は、小さな笑いを堪え切れなかった。伯爵が鏡の中の自分を見つめる時間をたっぷり数分間は与えてやった後、鋭く声をかけた。「いつもそうやっとるんだろうな、ん?」

エロイカは驚いた顔で少佐を見た。実のところ、そこに少佐がいるなどということは忘れていた。(ああっ、私ときたら、見栄えといっしょにセックスアピールまで失っちゃったんだろうか?)

「何をしてるって?」彼は純粋な驚きとともに尋ねた。

クラウスは非難めいた表情を浮かべたままだった。「何もしとらんような振りはやめろ、エロイカ。」彼はそう言いながら部屋を横切った。「おまえに興味なんぞない。」彼は追い払うように手を振った。「めかしこむのはどこかよそでやれ。」 彼は小さな箱を取り上げて、"ついうっかりと"中身を床にぶちまけた。

「くそっ!」

エロイカは目を見開いた。箱の中から、なにやら薬のアンプルと皮下注射用の注射器がいくつも床に散らばった。「少佐、これって何なんだい?任務のときに私に言ってなかったよね?」彼は楽しげに近寄ってきた。

クラウスは床に膝を付いて、散らばった中身を箱に戻しているところだった。彼はいらいらしたように顔をあげた。「実験中の薬剤だ、馬鹿者。」彼はうなり声を上げて言った。「部長にくれてやるつもりだ。あのデブにはさぞかし役に立つだろうよ。」

エロイカの眉が上がり、いっしょに膝を付いて散らばった薬剤のパッケージを拾い始めた。「部長を何かの中毒にするつもりなのかい?それってやりすぎじゃないのかな・・・」

クラウスは深いため息をついて床に座り込んだ。「おまえ、本当に陰湿なヤツだな。え?」彼はエロイカから薬をひったくった。「これはただの、えーと、appetite suppressant(食欲抑制剤)だ。おまえならそういうのがあるのは知っとるだろうが。一回打てばほぼ一ヶ月の効果だ。」彼はそう言って素早く下を向いた。伯爵が目を大きく見開いたのを見逃さなかった。


「それって・・・」

「馬鹿馬鹿しい薬だ、そうだな。」少佐は軽蔑したようにそう言うと、周りを見るふりをした。「だが体重を気にする連中にはたいした価値があるらしい。そういう業界での商品価値もな。大流行間違いなしらしいぞ。」彼はアンプルを箱に戻しながらそう言った。「これは製薬会社から盗まれて、ブラックマーケットに出ていたサンプルだ。」彼は後ろを向いて、家具の下に転がっていった分がないかどうか確かめた。彼の視界の隅で、伯爵が箱の中にある一番上のアンプルをかすめとっていくのが見えた。

「じゃあ、私はこの薬を盗むために雇われたってわけ?」

「『盗まれた薬剤の処方を盗み返すため』だ。」少佐は冷たく説明しつつ、椅子の下からアンプルを拾い上げた。それは事前にそこに転がしておいたものだった。「これで全部だな。」そう言いながら立ち上がった。「さあ、おれには仕事がある。」彼は伯爵の目がきらっと輝いたのを見逃さなかった。(おれが気付いとらんと思っとるな、この馬鹿者めが。)

エロイカは、少佐が今箱に入れたばかりのアンプルを手にとって、透かし見た。「少ししか入ってないみたいだけどね。」そう指摘した。

「それで三か月分だ。」少佐は鋭くそう言い、泥棒の手からアンプルを奪い返すと、箱に戻した。「おまえには無用だろうが。」彼はさっさと箱の蓋をしめ、書類を載せたテーブルへ向かった。「さあ、いますぐ出て行って誰か他のやつに付きまとって来い。」彼はそううなり声を上げると、椅子に座り込んだ。「おれには仕事がある。」

エロイカは顔にかかる髪をさっとかき払った。「そりゃよかった。」彼は大げさにため息をついた。「じゃあ私は・・・」彼は途中で言葉をとめた。空腹を覚えたからだった。鏡へさっと目をやり、不満げな顔をした。

「退屈ならさっさと出て行け。」少佐は命じた。顔えを上げさえしなかった。

「私の部下たちの様子でも見てくるよ。」エロイカはそう言って、ドアの方へ歩き始めた。部屋を去る前に立ち止まり、もう一度鏡を見ることを忘れなかった。

ドアの閉まる音を聞いてクラウスは顔をあげ、頬杖を付いて悪魔のような笑いを浮かべた。煙草に火をつけ、椅子の背もたれに体を預け、にやにや笑い始めた。伯爵のやつ、えさに食いつきやがった。救いようのない馬鹿だぜ。第二段階も遅滞なく終了だ。第三段階に取り掛かる前にやることは、待つことだけだ。


* * *


エロイカは意気揚々と自分のスイートに戻った。少佐をうまく騙しおおせることが出来るのは、そうめったにはなかった。彼は、たったいま少佐の鼻先から掠めてきたばかりの、手の中のアンプルを見下ろした。Experimental appetite suppressant(試験中の食欲抑制剤)、だって?だとしたら、これはあの恐ろしい噂を解決してくれるかもしれないじゃないか。私が・・・その・・・太ったとか、そういう噂。伯爵はそれを思うだけで震え上がった。太った?私が?

「はくしゃくぅ~~~!」黒板を爪で引っかくような声がした。

「ジェイムズ君、任務は終了したよ。」エロイカはため息をついた。「あと少ししたら、ボンに戻らなきゃね。」

伯爵の目の輝きを見た瞬間、ジェームズは今から上げる予定だった抗議の叫び声をぴたりと止めた。「何か盗みましたね、伯爵!」彼はうっとりと声を上げた。「あなたが僕をがっかりさせるはずがないと思ってました!」

「ジェイムス君、今日盗んだものは君が暴利をむさぼって売りに出せるものじゃないんだよ。」伯爵は冷静に返事した。「私が自分で使うものなんだ。」

「はくしゃくぅ~~~!」

エロイカは彼を尖った視線で見つけた。「たまには自分用のものを盗んだっていいだろう。ちがうかい、ジェームズ君?」彼はきっぱりと尋ねた。

ややおかんむりな様子の伯爵に、ジェイムズはたじたじとなった。

「お疲れでしょう、伯爵。」ジェイムズが騒ぎ出す前に話をやめさせようと、ボーナムが口を挟んだ。

エロイカは彼におなじみの笑顔を向けて、長い金髪をひと房とりあげて指でもてあそび始めた。

「そうだね。言われて見れはその通り、少し疲れたかな。」彼はため息をついた。「気付いてくれてありがとう、ボーナム君。」彼はそう付け加えて、ジェイムズをにらみつけた。彼はベッドルームへ向かった。「少し休むことにするよ。少佐が怒鳴り声を上げて騒ぎ始めたら教えておくれ。ここを撤収する時間だ。」

「了解しました、伯爵。」ボーナムはにっこり笑った。




続く・・・

2011/12/19

Vanilla - by Filigree

 
   


Vanilla
by Filigree
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作者から:食べ物に関連する物語の第四作。これを書くきっかけになったのは、私の知っている誰かが「バニラのためになんかできないよ。あんな退屈な味!」と言ったから。へえ、そう?

警告:ひどく感傷的なロマンスの要素を含みます。あなたが号泣を誘うような悲劇的な物語をを探しているなら、これは全くちがいます。




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「アイスクリーム屋での情報の受け渡し」よりもさらに馬鹿馬鹿しい思いつきときたら、と少佐は考えた。「それを、よりによってこのくそ寒い真冬に」、という状況しか無いだろうな。くそっ。

この冬のイタリアが例年になく温暖で素晴らしいことなど、彼は一顧だにしなかった。さわやかな空気、穏やかな風、紺碧の海、ピンクの花崗岩の絶壁、優雅な建物、椰子の木、そしてそこかしこに咲き乱れる花の、素晴らしい眺望。季節外れではあるが、この気候ならアイスクリームでもおかしくはなかった。腹立たしいことに、彼は観光客のようにみっともない軽装で現場に赴かねばならなかった。さらになお悪いことに、彼は任務のうちのある部分で、腹立たしく手に負えないが驚くべき才能のある・・・泥棒を必要としていた。そうなると当然ではあるが、その泥棒とやらはエロイカでしかなかった。エロイカは、港のクルーズ船の偵察から今戻ってきたところだった。

クラウスは、もはや習慣となった無愛想な自分の面構えの下に、純粋な喜びのきらめきがしっかり隠れていることを祈った。その男は視界に入るすべてを堕落させようとしているかに見えたが、彼はもはやそのことを気にかけなかった。クラウスはそれが幕開けにすぎないと知っていた。それは本物のこの男を知るためにはただのきっかけでしかなかった。ずるがしこい泥棒と気取った身振りの伯爵、そんな一面しか知らなければ完全に予想外の、したたかさと優しさと情熱を兼ね備えた真実のこいつ。

「またおまえか?」クラウスは、大声でうめいた。「追い払ったとこだろう!」

「私も会いたかったよ、ダーリン。」エロイカはうそぶいた

「くそったれが!」クラウスは笑い出さないように周到に注意しながら、そう答えた。これは新しい危険なゲームだった。公衆の面前で愛の言葉を伝えるために、罵倒と反義語を使うという遊戯。そしてエロイカはこのゲームにおいて、さらにもっと恥知らずになるのだった。

「マーケットで何か興味を引かれたものはおありですか?」エージェントZが礼儀正しく尋ねた。ふたりの小競り合いにふくまれた罵詈と意思の衝突を、なんとか和らげようとしていた。

「そうでもなかったね。」エロイカは笑った。「部長秘書にお土産にできるようなものはなかったな。でもあれはちょっとよかったかな。エメラルドと金のイヤリングなんだ。よくあるコピー品だけどさ、クリップ式でピアスを開けてなくても使えそうだったよ…」

「なんだ。」クラウスはうなった。「おまえに買い物なんぞの時間はやっとらんぞ。」

「そうだね、自分のためのものを見てたんじゃないんだけどね。」エロイカはふぅっと息をついた。「値段もわるくなかったよ。でもああいうのが好みかどうか、私にはよくわからないしな。」

(イヤリングか。)クラウスは興味をそそられた。ドリアンはいつも目立つようにピアスを付けていたわけではなかったし、そもそもつけるときには片方ではなく、両耳にしていた。だから彼は、ドリアンに聞くことも無かった。変態のしるしは、どっちの耳に飾るんだ?それに、そいつは悪趣味でもなかった。ドリアンの厄介な服装の趣味はクラウスに何かを贈るときには発揮されないことに、クラウスは気付いていた。贈り物の趣味は十分にエレガントで控えめだった。たぶん、クラウスがいかなる意味でも奇矯なものを好まないことを、彼はよく理解しているに違いない。同様に、クラウスが盗品を決してい受け取らないことも、彼らの間では自明の理だった。

「いらん世話だ。」クラウスは鼻を鳴らした。「余計なことは考えんでいい。無駄金を使うと、またあのドケチ虫が癇癪を起こすぞ。」

「ふーんだ。」エロイカはいいっという顔をした。「ほんっと、無粋だよね、きみって。」それから彼は何事かを考えるように店の周りを見回した。店主と従業員は店の奥に引っ込んでいるようだった。店頭のアイスクリームのトレイを交換しに行ったのかもしれない。店先には客の姿は無かったが、街路樹の下のテーブルでは何組かの客がおしゃべりに興じていた。エロイカはガラスのカウンターに寄りかかった。クラウスどこかで見た覚えのある、控えめで目立たない格好をしていたが、結局のところ格好は関係なかった。その小さな広場にいた女性全員(と、無視できない割合の男ども)が立ち止まり、パウダーブルーのカジュアルな街着に身を包んだ、ほっそりとした体格の男に目を奪われていた。エロイカは海のように青い魅惑的な目を細めて、Zをじっくりと眺めていた。クラウスは怒鳴りつけたくなった。

「ねえ、Zくん。すごくいろんな種類の味があるみたいだよ。」ドリアンはトレイの前に筆記体で書かれた札を読んだ。 「きみってどんな味が好みなのかな?」

「任務中ですので。」Zはかちこちになって答えた。どこか逃げ場がないかと、目が泳いでいた。

クラウスは、若いエージェントを少し気の毒に思った。

「コーンひとつぐらいならいいじゃないか。」

「僕は乳製品にアレルギーの疑いがあって・・・」Zはもう一度抵抗してみた。

エロイカはにやっと笑った。作り物じみて絹糸のかたまりのような巻き毛が揺れた。「で、何にするんだい?ペパーミント?ストロベリー?・・・チョコレート。ピーチ?・・・シナモン?」泥棒の、熱を帯びた眼差しがクラウスに向かって一瞬まばたき、彼らの過去の経験を思い起こさせた。

「食わんと言っとるだろうが。」クラウスが話の腰を折った。柱に向かい、不機嫌さを隠そうとしていた。エロイカがZにちょっかいを出しているのは、クラウスへの軽い嫌がらせのためだった。そしてそれは明らかに成功していた。(おれに嫉妬させようってのか。食べ物を使ったおまえのお遊びには、任務中は乗ってやらんぞ。)彼はそう考えた。自分の言いたいことが秘密のコードを通じて相手に伝わっていればいいがと思いながら。

「で、きみは何にするんだい、少佐?きみの…好きな味って?」エロイカは、厚かましくもその遊びを続けるようだった。

クラウスはため息を押し隠した。彼に打てる手は二つしかなかった。何らかの防音対策済みのプライバシーを確保できる場所にこの扱いづらい恋人を連れて行くまで我慢に我慢を重ねるか、もしくは、この戦いに反撃に出るか。くそ。こいつがいらいらするところを見てみたいもんだぜ。

「バニラだ。」クラウスは言った。

「バ…?」Zは無邪気な青い目がまるくして咳き込んだ。

「バニラ?」エロイカはほとんど軽蔑したように、その単語をゆっくりと訊き返した。

「カップでな。スプーンで食う。そのしゃらくさいコーンは無しだ。」クラウスはカウンターへ歩み寄り、従業員を呼ぶベルを鳴らした。


* * *


彼らは、店内のテーブルに座った。クラウスはもちろん隅の席を選び、入り口に目を光らせながら、うっすらとした褐色のバニラ味のジェラートを姿勢正しく食べた。Zは甘ったるいワッフルコーンを食べていた。中身はラズベリーにキャラメルとクリームをからませたもの。ドリアンは、ダークチョコレート、ココナッツ、そしてブラックチェリーの三つの味をコーンに載せて、繊細な舌でなにやら示唆に富む行為を演じているようだった。クラウスはそれを無視した。とりあえず出し抜いてやった対戦相手の大げさなジェスチュアを視界の隅の感じながら。

「バニラか…」ドリアンはがっかりした声で、もう一度言った。

「ここって、イタリアでもすごく有名なアイスクリームの名店なんだよ。なんども賞をとってるんだ。その店で、きみときたら、バニラ。きみってほんと救いがたいよ、少佐。」

「おれはこれが気にいっとるんだ。」クラウスは肩をすくめて答えた。無表情を保てたことを神に感謝だな。にやにや笑いを隠しおおせたことは確実だった。「いい味だぞ。十分な深みがある。」

「当たり前すぎるってば!」ドリアンは怒鳴った。

その調子だ。餌にかかったな。つぎは糸を引く番だ。それから、どちらかがどちらかを諦めるまで、綱引きだ。「繊細というべきだな。」とクラウスはぶっきらぼうな口調で言った。

「ただの普通の味だよ。」

「上品とも言える。」

「どうせ思った通りの味さ。」

「見かけは往々にしてあてにならんからな。いい仕事をしとるぞ、こいつは。」クラウスは言った、危険なほど内心の声どおりの発言だったが、彼は今、エロイカをいらいらいさせていることがわかっていた。かすかに軽侮を受けているような感触もあった。連想から鑑みるに、ドリアンはクラウスを御しやすい相手だと考えているということか?少佐は、自分がドリアンが望むとおりの大胆な恋人として振舞ったことがないのを知っていた。彼には理由があった。だがそれは今までは特に差し迫った問題ではなかった。初めてクラウスに触れた夜からずっと、ドリアンはクラウスが絶望的に必要としていたような信頼と共感を惜しみなく示していたからだった。そして今クラウスは、自分の負けず嫌いなプライドの下に、途切れることのない新たな欲望を感じ取った。

食べ物ゲームは古くなっていた。予測可能な結論につながる安全な前戯。彼らは侮辱とほのめかしの陰に隠れて、慎ましく火遊びをする。どこか安全な場所へ移るや否や、ドリアンはクラウスを口に含む。または硬くなった二人のものをこすり合わせる。もしくは絹のように滑らかな自分の鞘に、クラウスの剣を滑り込ませる。それはいずれにせよ、ふたりともが絶頂を迎えるまで続く。クラウスと金髪の恋人とのやりとりは、それがなんであれ素晴らしかった。それは常にそうだった。だがしかし…、クラウスは心の底の感情をを明らかにすることなく考えを明確にしようと、一瞬もがいた。それはもうすでに知りつくした快適な何か、今なお素晴らしい何かだったが、もはやわくわくするような新鮮さは失われていた。そしてそれについて最悪なことといえば、クラウスは自分がしつけられていることを良く分かっていた。ダンスのいずれのステップにおいても内心の悪魔が暴れださないように、デリケートに注意深く条件付けられていた。 それは赤ん坊が踏むス
テップだった。だがクラウスが望み選び取ったのは、壮大で輝かしいワルツそのものだった。

「少佐?」ドリアンは、クラウスの顔と沈黙から何かを読み取ろうとしつつ尋ねた。「ただのバニラだよ。」

「そうまで言うなら食ってみろ。」クラウスはカウンターから新しいスプーンを取って戻った。内心では同じスプーンでもべつに気にならなかった。彼とドリアンは、ひとつのアイスクリームをいっしょにかじりあうことだってできただろう。クラウスはそのことを考えないようにつとめた。冷たい二枚の舌の甘い滑らかさが、ゆっくりと絡み合う…。「アイスクリームの側を舐めろ。」クラウスはぶっきらぼうに命令した。「でないとプラスチックの味しかせんぞ。」


* * *


ああ、神様。まただ。またこれだよ。Zは内心で頭を抱えた。この性的な示唆に満ちた挑発と、鈍感な拒否の銃撃戦の届かないところに逃れたかった。もう充分だ。これだけ長いことやり合ってたら、ふつうならもうお互い殺しあってるか、それともとっくに出来上がっちゃってるかだよ!

今日の少佐は、いつもより冷静にエロイカの挑発をあしらっているように見えた。今日はまだ怒鳴り声を一回も上げていない。攻撃的というよりは、楽しんでいるような罵倒句がいくつか飛び出しただけだ。エロイカは気をつけたほうがいいと思うな。少佐がこれくらい静かなときってのは、例のアラスカ行きの怒号が出る直前なんだぞ。

少佐はスプーンにひとすくいのアイスクリームを載せて、さっと顔を赤らめたエロイカに差し出した。

エロイカが身を乗りだして、桜色の唇を閉じてアイスクリームを舐め取るまで、少佐はスプーンをもったままだった。少佐の手は震えもせずにしっかり動かず、そして彼のやり方で静かに挑戦的だった。

エロイカは笑い出すのを我慢しようと、微かに震えていた。Zはそれを確かに見た。目尻をわずかにゆがめて、顎が少し震えていた。

何だ?

Zはあり得そうもない組み合わせをじっくり見つめた。

ひょっとしていちゃついてるのか?


* * *


エロイカは目を大きく開いたまま従った。そして飲み込んだ。クラウスは自分の鉄の自制心を褒め称えた。なぜならその喉の動きを見つめることは、純粋にエロティックな拷問であったから。なにしろ彼は、彼自身のものがそこに呑み込まれたときの波打つような感覚を、いまやよく了解していた。

「どうだ?」クラウスは尋ねた。

「すごくいいね。」エロイカは認めた。次の闘いに備えるべく、充分に回復していた。「思ったていたよりもずっと味わい深いよ。深みのある味だ。いいんじゃない?こういうあっさりして単純なやつが好みなら。」

「くだらんごちゃごちゃした味のやつよりはずっといいぞ。」クラウスは鼻を鳴らし、エロイカの食べさしのアイスクリームを一瞥した。



* * *


(見ちゃいられないよ) Zは思った。間違ってるし、馬鹿馬鹿しいし、・・・似合いすぎてる。いつから付き合ってるんだろう?最近、少佐が落ち着いて見えたのも不思議じゃないよ!

エロイカは喉の奥で「まだまだだね」か、何かそれに類することをつぶやいた。少佐は反駁したげに息を吸った。


「これは、蘭から作られているんですよ。」Zは場を取りつくろうように口を挟んだ。

二人はZを凝視した。そしていきなりぎくりとしたようだった。Zは内心で口を押さえた。しまった!このふたりの仲に関する職場のあの賭け金は、今どうなってるんだろう?僕の総取りになったら、ハンブルクのブルースフェスティバルで素敵なバカンスを過ごすには十分なはずだ。

「蘭?」クラウスは低い声で尋ねた。

エロイカは目を細めてZを見つめた。あからさまにZの弱点と意図を突付こうとしていた。

Zは、そのいずれも持ち合わせていなかった。彼は、ふたりのあずかり知らぬところで彼なりの鎧を身に着けていた。「ええ。ケーブルチャンネルので、一度それについてのドキュメンタリーを見たんです。黄色と白のきれいな熱帯蘭でした、バニラはその種子のさやから取るんだそうです。ここにもあるはずだと思いますよ。ちょっと借りてきます。」

彼は、自分の表情が内心の喜びを示していいことを願った。それからZは立ち上がって店主に微笑みかけ、バニラビーンズの瓶を借りるために店の奥へ入った。

このZの決断は良いように働くはずだった。忠実な部下として、彼の同情は少佐に向けられていた。そして、たったいまの勝負では、エロイカには軍配が上がっていなかったように見えた。さあ少佐、ご武運を祈りますよ…

Zは完璧に無表情のまま祝福した。その無表情は、彼の上司である不機嫌な少佐の下で長年NATO勤めをしているうちに身に付けたものだった。

運がよければ、何か口実をつけて先輩たちをホテルから連れ出せるかもしれない。彼は別にチケットを買う金が欲しかったわけではなかった。ブルースフェスティバルのために貯金しているわけでもなかったし。それは単にささやかな気遣いとでもいう気だった。彼ら二人が明らかに必要としているプライバシーを提供したのだった。彼らがもっと口の軽い誰かの前でいちゃついてしまって、関係がばればれになってしまう前に!

Zは行く先の定まらない嫉妬のちらつきを、胸の奥に押し込んだ。かれらが私的な場所でどういう関係をもっていようと、自分には関係がないはずだった。二人のうちどちらに、より魅かれていたかすらよくわからないような自分には。



* * *


「どうです?」金髪の諜報員は、もったいぶってガラスの入れ物をテーブルに置いた。

四本の、乾燥した長い種子のさやがばらばらに投げ入れられていて、その外皮には淡褐色の結晶がこびりついていた。「これがバニラです。中の種子から染み出てくるんです。これを削り取って香料にするんですよ。でもこの結晶は繰り返し染み出てくるんですよ。」

Zは、瓶を開けた。バニラの香りの豊かに波打ってあふれ出た。丁重に、ただ無垢な好奇心だけを表情に浮かべたZは、小さなプラスチック製のトングを少佐に差し出した。

クラウスは、新たな選択を突きつけられた。彼がここでへまを仕出かしたら、ドリアンは局面を強引に自分のほうに引き寄せてしまうだろう。蘭!ぐずぐずと考えながら、クラウスはドリアンが何を仕掛けてきそうか想像し、心構えをした。。薔薇と蘭の花束。葡萄と蘭の緻密なデザインを織り出した絹のネクタイ。それからクラウスが眠っていたり、情欲のあまり他に何も目に入らない状況のときにこっそり髪に忍ばせられる、バニラの香りの蘭…。

考えすぎだ。少なくともZこのくそ忌々しいゲームをしているわけではない。

エロイカは目を細めて、この行方の知れない成り行きを見つめていた。

そうか。つまり、倒すか倒されるかまでやりあう気だってわけだな。クラウスはトングを取り、どうということのなさそうな茶褐色のさやをつまみあげた。それから別のスプーンを使って、手のひらに結晶の一部を削り落とした。かれはバニラのさやをもとのガラス壷に戻し、手のひらを口に当てて結晶を舌に載せた。

「気をつけて。」Zは警告した。「砂糖なしだと、すごく苦いんですよ。」

「わかっとる。」クラウスは言い、とにかく舌の上のものを味わった。それは警告どおりひどい味だったが、その芳しさを最も純粋なエッセンスに濃縮したときには、きっとそうなるしかないのだろう。 そしてエロイカの青い瞳の中に育ちつつある疑惑を味わうに
は、舌を刺す味を我慢する十分な価値があった。

ああ、そうさ。おれの口はあと何時間もバニラのような味だろう。おまえはおれににキスできなくなっちまったぞ。


陽気なドアベルが鳴り、入り口のドアが開いた。

クラウスはテーブルの上のガラスの壷をZの方へ押し戻した。疲れた様子のアメリカ人家族が店内に入ってきた。はげかかった夫。ほっそりとしたおしゃれな細君。10代前半の二人の子供。彼らはブラウン運動のようにばらばらに動き回った。

「ぼくはチョコレートが欲しいな!」

「またにきびがでるぜ。俺はイチゴだな。トッピングにスニッカーズはあるのかな?」

「うえっ!それでも足りなきゃグミなんかどうだ?おい、見ろよ。なんだありゃ?」

クラウスは静かに立ち上がり、バニラの壷を店主に返すふりをしてその家族に歩み寄った。彼のてのひらには、バニラの結晶がまだ貼り付いていた。

「坊主ども、決めたかね?」父はため息をついた。

「お子さん連れというのはなかなか大変ですな。」クラウスは同情の作り笑いを浮かべて話しかけた。

「若いうちに見聞を広めてやれと、やつらの爺さんが言うもんですから。」費用がかさむし、そのぶん私と妻はいくつか行き先を諦めなきゃならならないとは言ったんですがね。」

「チャールズ!早く決めなさい!」母親はそういい、振り返ってクラウスの顔をみて赤面した。彼女はぎくりと動きを止め、彼は沈黙に耐えた。父親がたわいのないおしゃべりを再開してくれたのは幸いだった。

「大学に入るぐらいまではああいうふうに騒がしいんでしょうな。」男は言った。

「誓ってもいいですよ。」その時、男はキャンバス・トートを床に落とした。中身がこぼれた。観光用のパンフレット、地図、みやげ物の紹介・・・。重要な何かを隠すためのカモフラージュ。クラウスはひざまずいて、集めるのを手伝ってやった。そして小さなカメラバッグの中に、折りたたんだ地図を巧みにすべりこませた。

クラウスの下着のシャツの内側で、バニラの結晶がゆっくりと解け落ちていった。立ち上がると同時に、彼は平らな腹部の内側にざらざらしたものが通り過ぎた跡を感じた。

「言いにくいんだが、」男は言った。「なにかがひどく匂うよ。あんた、なにか付けていないかね?」

「なんとかする。言われんでもわかっとる。」クラウスは軽蔑したように言った。



* * *


彼は続く数時間をなんとかすることに費やした。バニラの移り香が、エロイカと言及するのも腹立たしい男に、うなり声を上げさせる機会をたくさん与えた。地図は、その新しい所有者に安全に転送された。無能な英国のエージェントたちは、同じぐらい無能なサウジの諜報員を探していた。エロイカの手下たちは、サウジアラビア人たちから掠め取った美術品とともに英国に戻る帰途にいた。Zは地元当局に迷惑をかけないように、アルファベットたちを効率よく指揮していた。

それから気が付くとクラウスは、自分がが極めて高価なホテルの、ドリアンの高級スイートの彫刻を施されたドアをノックしていた。木と金メッキで出来た菓子じみたドアが、ちょうど彼がすり抜けるのに必要な分だけ開いた。

スイートルームの内部では、ドアそのものも内装の一部だった。大理石の床、贅沢にたっぷりと使われた木材、さらに贅沢な金箔、退廃的で自堕落な家具たち、描かれ、ビーズを縫い付けられたベルベットのカーテンは、まるで影そのもののように慎ましく控えていた。カーテンはしっかりと閉じられていた。ドアがクラウスの後ろで静かに閉じた。彼は優雅な動きの腕に、触れもせずに導かれた。

だが彼はその温みを感じた。ドリアンは一糸まとわぬ姿で、彼を迎えたのだった。

「きみって意地悪だ。ほんとに。すっごく。」ドリアンはそう低い声で言い、クラウスにもたれかかった。「きみはほんとに物覚えが早いよ。待ち遠しくて一日中気が狂いそうだった。きみのあの空威張りと悪態の本当の意味を、身をもって感じてるよ…。」

「で、それはどういう意味なんだ?」クラウスはその温かく滑らかな肉体を自分のほうに引き寄せながら言った。


彼のもう一方の手はドリアンの背筋を撫でおろし、しっかりと丸みを帯びた双丘を広げた。

ドリアンは彼の喉をかじった。「ふふ、それはね、今日きみは私を恋しいと言った。それから私を欲しいと言った。この任務には私の助けが必要だと言い、私を信頼し、私がきみのために見つけた小さな贈り物を気に入ってくれた。そしてたったひとさじのアイスクリームで、きみったらなぜ私がきみをこんなに愛しているのか分からせてくれたんだよ。見かけとはうらはらに繊細で上品な、私の少佐…。」

「ああ…で、どんなふうに気が狂いそうだったんだ?」

ドリアンはクラウスの喉を強く吸った。「だって6時間もの間、指を咥えて匂いをかいでただけなんだよ!あの残酷なバニラの匂いときみ自身の体臭が完璧に交じり合って、ああダーリン、もうほんとに気が狂ってしまいそうだったさ!ねえ、きみを食べちゃっていいかな、」

「シャワーを浴びて小奇麗にしたほうがいいかね?」クラウスはからかった。

「だめだよ、絶対に!」ドリアンは我慢できないような声でうめきながら、クラウスのポロシャツのボタンを外し始めた。「ベッド。今すぐ。」

クラウスは自分で衣服を剥ぎ、ドリアンを寝室に促した。「おまえ、シナモントーストの夜を覚えてるか?」

「最初の方の任務先での夜かい?それとも帰ってからの方?」金髪の豊かな含み笑いは、数週間前のボンのフラットでの思い出をありありと蘇らせた。クラウスが約束を果たした夜だった。「ああ。」ドリアンが貪るようにうめいた。「きみが入ってきたときのことを思い出すだけで、私は…」

「ああ、そうだな。」クラウスは応えた。この小癪な泥棒野郎がずっと望んでいた方法で愛してやった夜の記憶に、自分自身ですら眩暈を感じながら。自分を迎えてつつ締め上げてくるその肉体を貫き通している間中ずっと、彼が感じていたのは恐怖でも倒錯感でも、いたたまれなさでもなかった。それは信じられないほど、つまり、よかった。解放にいたるまでの大騒ぎの真っ最中にすら、クラウスはドリアンがこの行為からどれほどの快感を得ているのだろうかと驚きつつ考えておた。なぜならドリアンはクラウスに跨ったまま、自身を絶頂へ駆り立てるに十分な、素晴らしい快楽を享受しているようだったから。ドリアンは二度の絶頂を迎えた。「Liebling…」クラウスはドイツ語でささやいた。「あれがやりたい。もう一度やらせてくれ。」

ドリアンが卒倒しそうに見えたので、クラウスは腕に力を込めて抱きしめた。「きみ、それ本気?大丈夫かい?」ドリアンはささやいた。「ここで?ボンに帰ってからのほうがいいんじゃないかい?きみのフラットとか?」

クラウスは言いたかった。そんなに待ったらおれは臆病風に吹かれてしまう。そう言うかわりに、こう声に出した。「おれは半日をバニラの匂いつきで過ごした。部下どもは眼にしみると言って涙をぬぐっとったぞ。サウジアラビアのエージェントどもは、これが何か新しい通信方法なのかと訝っとったしな。おれはすっかり間抜け面だ!」

「まさか!そんなわけないよ!」ドリアンは大きなベッドとその柔らかなリネンのシーツの上にクラウスを引っ張りこみ、慰めた。「きみはねえ、すごく強面の、素晴らしく危険な香りのする諜報員に見えたにちがいないよ。ただ5フィート以内に近づくとバニラの香りがする不思議な体質のエージェントなんだ。そしてそれが私をめろめろにしちゃったのさ。」

「ではおれの勝ちだな?」

濃い黄金のまつげがふわりと下がった。「そんな勝負をしてたなんて、気付かなかったよ。」

すでにお互いの下半身をゆっくりとこすり合わせながら、クラウスは声に出して笑った。「外を歩くときは常に勝負だぞ?どちらがよりひどいことができるか。そして、どちらがよりそれを我慢できるか。どちらが口笛を吹いて離れるか、その場に残って地団太踏むか。」

「きみがそんなふうに感じてたなんて知らなかったな。」ドリアンは真面目な声でつぶやいた。まっとうな場所では相手を手ひどくあしらうこの金髪は、いったん夜のことが始まれば嘘のように真摯になるのだった。「ねえ、最愛のきみ。それってただのゲームなんだよ。私たちはがこの世界で、"きみを愛している"って言う方法を探るためのゲームなんだ。それにきみが自分で言ったとおり、わたしたちの話し方は変えられないよ。でないとみんなに疑われてしまう。」

「ちょっとやりすぎだな。」クラウスはそう言い、じっくりとしたキスと素早い腰の動きで、話を紛らせようとした。高まった情熱が一旦落ち着き、もういちど話ができるようになったころに、彼は言った。「あんまりやりすぎて、偽装の役に立たんようになったようだな。」

「勘弁してくれよ、もう!うっかりヘマをしないかひやひやだったよ。私が君に夢中だってことは、誰だって知ってるんだからね。ああ、もう今日はその辺を跳んで回りたい気分だった。みんなじろじろ見るしさ。心配で心配でしょうがないんだ。なにかへまをしないか、いつまでバレずにやってけるか・・・」ドリアンははっと目を見開き、クラウスの下半身にこすり付けていた腰の動きを止めた。

「ああ、まさにそれがおれの悩みの種だ。おまえといると・・・」クラウスは言った。「くそっ!おまえが欲しくてたまらなくなる。」

「少佐・・・」ドリアンが体を寄せた。彼の喜びの激しさに、クラウスもまた同じ想いに体を奮わせた。「私もきみが欲しくてたまらないよ。ねえ、今すぐ。ね?」

クラウスは震える息を吐いた。ぞくぞくするような誘いだった。彼はそれがどのくらいいいものか、自分たち双方をどれほどの快楽の極み連れてゆくかをよく知っていた。それでもなお、彼はまだ疑問を抱かずにはいられなかった。ドリアンは、あの・・・あの行為からどれほどの快楽を引き出しているのか?そしてまた、こいつはいつまでおれの脆弱さに気兼ねするつもりだ?おれはもう動転してめそめそ泣いているガキじゃない。NATOの鉄の将校だ。フォン・エーベルバッハ家の一員で、一人前の男だ。「いや、だめだな。やってやらん。」

爪が肩に食い込んだ。「どうして?お仕置きの続きなのかい?」

「いや、」クラウスはにやっと笑った。そしてベッドの中で寝返りを打ち、恋人を自分の体の上に引っ張りあげた。「おれにやってみてくれ。いかせてくれ。おれをそうさせてくれ。これを・・・どうやるのか教えてくれ。いくときのおまえは死ぬほどよさそうに見えるからな。」

「クラウス・・・。私ならもっとよくしてあげられるよ。」ドリアンは誇らしげな笑みを浮かべてそういった。「ずっとそれを待ってたんだ。この先バニラを食べるたびに、今夜のことを思い出すようにしてあげるさ。」彼の手がクラウスの前を握り締めた。「私の可愛い、愛しい、何よりも大事な、鋼鉄の蘭・・・」

「そんなふうに呼ぶのはよせ。」クラウスはうめいた。その恥知らずな手の動きに、体を弓なりにして応えていたにもかかわらず、

「どうしてだい?馬鹿馬鹿しいから?でもね、私愚かで感傷的な男なのさ!ときどきね。・・・きみってあれだろ?自分が壊れやすくて傷つきやすい一輪の花だとは絶対思いたくないんだよね。それに、考えないふりをしてるね。自分から『挿れてくれ』って頼んでるだなんて。」

クラウスはうめいた。ドリアンの手の動きに体をよじり、体を押し付けた。「どんなふうなのか知りたいんだ・・・ああ、すごくいい・・・、知りたいんだ。何故おまえはおれにこだわるのか、おれはおまえが気になって仕方がないのか。」
 
「愛しいきみ・・・」ドリアンは優しいキスをくれて、抱きしめた。そこでクラウスは恋人のほっそりした体が頭の鉄片からつま先まで震えているのに気付いた。「きみときみの知っている世界をめちゃくちゃに揺さぶって、いくときに私の名を叫ばせてやるさ。でもね、セックスだけがすべてじゃないんだよ。」

「なにが大事なんだ?」
 
ドリアンはクラウスの喉のくぼみを舌でつつき、ささやいた。「時間、そして信頼。私たちが数え切れないほどの『翌朝』を一緒に迎えること。それが唯一の方法じゃないかと思う。ベッドの外にいるときに、ふたりが一緒にいるってことがどんなことかをきみが分かってゆくには。」

「つまり、おまえにも確信はなということなのか?」断定を避けるようなドリアンの口調に、クラウスはふと体の動きを止めた。それともこれはこのけしからん盗人の、また別の遊びのつもりなのだろうか?
 
ドリアンはクラウスの鎖骨を優しく噛んだ。「きみ以外のだれにも、こんな気持ちになったことがないんだ。セックスのことなら何だって知ってるさ、私は。でもね、愛のことは・・・。きみに出会うまで何も知らなかった。きみと愛し合うのは素晴らしい。クラウス、隠れて交わす愛撫とか、みんなの前でわざと挑発しあうばかばかしい遊びとかも・・・・。何故なんだろう?私はね・・・」
 
「くそっ、おまえはしゃべりすぎだ。」クラウスは口ごもったドリアンを遮り、黙ってキスを与えた。唇と舌と熱を帯びた四肢が絡み合った。そしてドリアンがようやく落ち着いたころに、クラウスはその耳にささやいた。
 
「『翌朝』の前には『今夜』が必要だろうが。そう思わんのか?」


END
 
 


訳者より:Vanilla: Gay expression for conventional sex without any kinky extras such as bondage or sado-masochism. Usually used in a perjorative sense. "バニラとは、ゲイ用語でボンデージやSMのようなひねった味付けの無い陳腐なセックスの意。通常は冷笑的に用いられる。

2011/12/11

『警告:女体化注意・裏の裏篇』 まさかの続編

『警告:女体化注意・裏の裏篇』 まさかの続編です。視点がAくん離れました。あとで一話目を書き直すかも。

<注:ものすごく下品です。気に触る方はここでお引き返しください。>






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結局少佐は全員を指名した。生まれてくる子の父親を確定したくないという理由だった。研究医は顔色ひとつ変えずに許可をだした。

全員で診療所の待合室のような部屋に移った。少佐以外の全員が待合室に残り、少佐だけがドアの奥に消えた。ドアの隙間から、ピンクのレースひらひらの天蓋つきクイーンサイズベッドがちらりと見えた。

NATOが既得権を主張して先攻をとり、フランス情報部はしぶしぶ引き下がった。もともとがフランス人なので、無粋な初物よりも程よくこなれたころのほうがたっぷり楽しめると考えたのかもしれない。

次に部下全員の総意で、とりあえず部長を縛り上げて用具室に監禁した。さすがに少佐が嫌がるろうと考えて取った措置だったが、あとで一応聞いたら「もはやどっちでもいいわい、そんなもん。フン。」とのことだった。よぼど自暴自棄になっているらしい。

次はAから始めるかそれともZからかの決定だった。年功序列を主張するAと、斥候はペーペーが務めるものだと言い張るZの血を見るような乱闘になったが、なぜか発言権の大きいGの鶴の一声で、じゃんけんで決着をつけることになった。Zが勝った。Aは床を転げまわって号泣した。

Zは、まずまずハンサムといえるはずの顔一杯にだらしない多幸症の笑みを浮かべ、丁寧に挨拶をした。「では先輩方、僭越ながら若輩者のこの僕から。」その場で下を脱ぎ始めた。「とっとと行けよ。」部下Bに尻を蹴られ、Zは足とズボンを引きずってドアの奥に消えた。


* * *


「おまえか。」

ベッドの上の凄艶な黒髪美女を見て、Zは前を押さえた。元気にテントを張っているはずの息子を、とりあえず押さえ込もうとしたのだった。だが予期していたものとは全く違う感触に、Zは思わず頭を下げて自分の前を凝視した。

「なにをしとる。さっさと来んか。」

「は、はい!少佐!」

だが不吉な予感は的中した。Zは役に立たなかった。

「スウェーデン女には元気になっても、上司の用にはたたんというわけか。」

「いえっ、そういうわけではっ」

「そういうわけじゃなかったらどういうわけだ。」

長年の片思いをこじらせすぎて、Zのやんちゃ君は肝心のときに役立たずな残念君に成り果ててしまっていたのであった。

「もういい。とっととそのぶらぶらしたものをしまって帰れ。」

「うっ・・・」

Zは悔し涙を押さえ切れなかった。


<Zの片思い篇・完>



* * *



「おまえなに横はいりしてんだよ。」

部下Bが、ドアを開けようとしたフランス諜報部所属ルイ・サンドリエ、別名スカQの服を掴んだ。

「私はQだ。部下Rの次だ。この順番だ。」

「てめーはNATOじゃねえだろ!」

NATO全員にボコられるQの横を、影の薄い(といういるのかいないのかも不明な)部下Qがそっとすり抜け、ドアの影に消えたが、彼もまたもちろん部下Z~Rと同様、ほどなくうなだれて待合室に戻った。



* * *



Gの番になった。

「んまー、なんてステキなベッド!こんな愛らしいベッドでエーベルバッハ少佐との念願の初夜を・・・むふむふむふ」

「まだ日は暮れとらん。初夜とか言うな。」

「クラウスったら、照れなくてもよくってよ、むふむふむふ」

Gがスカートをたくし上げたとき、少佐はひっと喉が鳴る音を抑え切れなかった。

「・・・オカマのおまえの発言力が仲間内で意外と大きい訳が今分かったぞ、G。」

「ええ、そういうわけなんです、少佐。」

ペットボトル大の両手に余る一物をしごきながら、Gはゆっくりと少佐のベッドに上がってきた。

「スカートはいてるほうが楽なんですよ、実際。」

「だろうな。」

少佐はごくりとつばをのんだ。年貢の納め時なのかもしれなかった。

「正常位でお願いします。足の長さが違いすぎるんで、バックだと多分高さが足りません。」

「好きにしろ。」

「では。」

「・・・」

「あ、胸は見たくないので上は着たままでいいです。」

少佐は観念したように目を閉じた。



* * *



左目の青あざを押さえて号泣するGを全員がなぐさめかねていた。

「入らなかったの。どうしても入らなかったのよぅ~~~!あたしの巨根のばかばかばか~~~!!!」

Z~Hは視線を交わしてつぶやいた。「つーかその状況まで持っていけたんだ。Gってすげえ・・・」

Gの号泣を背にFがドアの影に去り、やがて戻った。


* * *



ここまで全員が玉砕していた。部下DとEは顔を見合わせ、意を決したようにうなずきあった。二人で立ち上がり、ドアに向かった。そして声をそろえて申し込んだ。

「僕たちは3Pでお願いします!」

ドアの奥から声が帰った。

「よかろう。来い。」

DとEは恐る恐るドアを開けた。黒髪の美女がひじをついて寝そべり、冷たい緑の目で二人を迎えた。

「フン、鉄のクラウスも堕ちたもんだな。輪姦で処女喪失か。」

「三者の合意の下における性交です!輪姦じゃありません!」

「だが一人がやっとる間はもう一人はおれを押さえつける役なんだろう?」

「それはまあ、そうなわけですが。」

「どういう役割分担だ。」

二人は顔を見合わせた。まだ決めていなかった。

「やるのかやらんのかどっちなんだ。」

二人はしり込みを始めた。

「どうぞどうぞ。」

「いやいやいや、そちらこそどうぞ。」

「いえいえいえ、先輩からどうぞ。」

「・・・どっちでもかまえわんから、とっとと来んか。」

じゃんけんで負けたEから立会いを申し込むことになり、Dは両手首をしっかり押さえつけたが、残念ながらEの不戦敗となった。ポジション交代後のDも同様の結果に、頭ともうひとつの頭を上げられなかった。

***



Cが暗い目をしてて出てくるのと入れかわりに、部下Bが入った。

「おまえの子だけは生みたくないなあ、部下B。」

「なぜですか。」

「エーベルバッハの家系におまえのタイプはおらん。子供がおまえ似になったら、おれの女の趣味を疑われてしまう。」

「少佐、あまり知られていない事実ですが、少佐の部下の中では自分が一番ノーマルなんですよ。」

「何が言いたい?」

「これまで少佐に欲情したことがありません。よって今回の件に関してもやはり辞退させていただきます。」

「なんと!B君!おれはいままできみを見損なっていたぞ!」

「礼には及びません、では。」

丸顔で小太りの小さな目の部下は、これまでになく渋い態度で寝室を後にした。


***



「とうとうきみの番か。部下Aくん。」

「はい、少佐。長年の想い、遂げさせていただきます。キリッ」
エーベルバッハ少佐の長年の右腕は燃え上がるような喜びの表情を隠せなかった。少佐はふっと柳眉を曇らせた。」

「奥さんには悪い気がするがな。」

「妻のことを言われると・・・、罪悪感で・・・、正直よけいに燃えますね。」

「不倫か。」

「不倫です。キリッ」

「・・・不倫はいかんな。」

「は?」

「Aくん、奥さんによろしく伝えてくれたまえ。不肖エーベルバッハ、最後まで倫理観は失いませんでしたとな。」

「はあ?」

「寝室を出てよろしい、Aくん。」



* * *



NATO情報部全員玉砕の報を受けて、フランス情報部の三名が立ち上がった。まずは自信満々のQが部屋に入った。


「おまえは出ていけ。」

「なぜだっ!?なぜだ少佐っ!?こんなにビンビンなのに!!!」

「NATOで把握しているデータでは、おまえはパイプカット済みとある。それをいいことにあちこちで生でやりまくっとるだろう。」

「なぜそれをっ!?」

「おれと伯爵にストーカーしとるやつの性癖が気味悪くて突っ込んで調べた。おまえは却下だ。」

「くくく、くそう。」

あとの二名は正々堂々と宣戦布告の結果、普仏戦争と同様の結果を迎えた。



* * *



全滅だった。眼鏡をかけた金髪の医師が冷静に宣言した。

「ではセカンドトライアルに入るまえに、もしよろしければこのわたくしめが。」

そのとき待合室のドアが開いた。

「ハーイ、鉄の処女のご機嫌はいかがかな。気になって様子を見にきたんだ。開通式は済んだかい?」

花束を持って現れた美貌の青年に、医師の眼鏡がキラリと光った。

「あなた男性ですね?」

「男性です。ちなみに男色家です。」

「フラウ・エーベルバッハのお相手をお願いできませんか?」

「無理無理無理。男色家だから。」

寝室のドアががっと開いた。ネグリジェ姿のエーベルバッハ少佐だった。

「来たか伯爵!おれとやろう。な?な?」

伯爵は医師の強い視線と周囲全員のうなだれた萎れ具合を見て何事かを悟り、しまったという顔になったが、そのまま首根っこを掴まれて寝室に引きずり込まれた。そしてベッドの上に投げ飛ばされた。


「わっ!美女がそんな馬鹿力だすもんじゃないよ!」

「やかましい、とっとと脱げ。」

「無理だよ。いくらきみでも、女性相手だとどうにもならないよ。」

「おれは悲しいぞ伯爵。長年おれに付きまとっては来たが、所詮その程度の感情だったんだな。」
「何言うんだよいきなり。」

少佐はネグリジェ姿であぐらをかき、腕を組んだ。

「知っての通り、おれは異性愛者だ。」

「知ってるよ。ホモじゃないんだろ。」

「だがおまえのことはそれなりに気になっとった。」

「・・・」

「おまえが女だったら・・・と考えたことがないとは言わん。だが今おれが女になった。これは考えようによってはいい機会ではないかと思う。」

「それって話作ってるだろ?」

「正直に言おう。部下とややこしい関係になると任務に差し支える。同業者も避けたい。」

「そっちのほうがまだ納得いく説明だね。」

「跡継ぎの問題も考えると、多少は優れた遺伝子も選別したい。おまえは人格はともかく見た目と頭脳は合格点だ。」

「血筋もね。」

「生まれた子供はエーベルバッハの非嫡出子となる。父親は俺で母親は不明だ。おまえの名は出ん。」

「ま、それに別に異議はないけどね。」

少佐はとうとう決定打を使うことにした。

首尾よく男に戻れたら、もう一箇所のバージンもおまえに・・・。

「頑張るよ、少佐。是非私に任せてくれたまえ。でも灯りは全部消していいかな?」

「なんでも好きにしてくれ。」



* * *



とは言ったものの、暗闇の中で伯爵は身動きひとつできなかった。

「ごめん、妙なところを触りそうな気がして、手を伸ばす勇気がないんだ。」

「わかった。おまえ横になれ。おれが上に乗る。」

「そうしてくれる?悪いけど。」

少佐は騎乗位をとった。伯爵の長い腿の上に座り、肝心のものをむんずと掴みあげようとしたが、手に残った感触は「くにゃり」だった。

「くそっ、おまえもか。へなちょこだぞ。」


「みんなそうだったの?」

「GとスカQ以外はだいたいな。女としてのおれはよほど魅力がないらしいな。」

「そういうわけじゃなくって、なんというか、ヴァギナ・デンタータ的な恐怖があるんだろうねえ。ま、なんとか頑張ってみるよ。」

伯爵は一生懸命利き手を上下させてみたが、効果はなかった。

「きみ、悪いけど私を罵ってくれる?なるべく低い声で。」

「変態!、とかか?」

「なにか、もうちょっとそそるセリフはないのかねえ。」

「パンツァー・マーチを歌ってやってもだめか?」

「全然だめ。もうそんなのでときめく時期は終わった。」

「しょうがない。おれが咥えてやる。」

「それうしてくれると助かるかも。」

伯爵は暗闇で豊かな妄想力の翼を広げた。クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐(性別不問)が、いま私にお口のご奉仕を・・・。うまくいったらこれから毎日あるのかなあ、これ。ああ、そう考えたら嬉しくなってきたぞ。その先にはすんばらしいご褒美も待ってるわけだし。あっ、私のXXXに反応が・・・。

「クララ、いやちがった、クラウス!勃った!勃った
よ!」

「よし、おまえ後ろから行け!場所はだいたい変わらんはずだ。もうちょっと前だ。」

「ローションとかはいらないの?」

「天然ので充分間にあっとる!」

「便利なんだー。」

「おまえの大きさなら大丈夫だ!とっとと突っ込め!」

「傷つくなあ・・・。よいしょっと。」

「よし行け!腰を使え!」



* * *



伯爵は少佐の背中の上で果てた。

Veni, Vidi, Vici!!!、・・・ついにやってしまった・・・。黒髪美女と。」

「美女美女言うな。虫唾が走る。」

「私の虫唾は走りっぱなしだよ!」

「おれは外の医師に連絡してくるぞ。」

少佐は寝室のドアを開けた。アルファベット全員とフランス情報部と金髪メガネ医師がドア付近から飛び退るように逃げた。

「とりあえず出来ることはわかった。」緑の瞳の黒髪の美女はニヤリと笑い、宣言した。「いまからやってやってやりまくる。おまえらみんな帰れ。用具室の部長を忘れるなよ。」






END









すみませんもうつづきはかけませんです・・・