このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2011/11/11

ぼくの上司の白いシャツ



日付の変わるころに」関連の連作。断片03を踏まえて、断片04のZくん視点です。


-----
ぼくの上司の仕事着のシャツには、ポケットにイニシャルの刺繍が必ずある。"KHvdE"、名前の通り、イニシャルまで長い。きっとお若いころから長く作らせている仕立て屋があるんだろうと思う。そのへんの吊るしを適当に買い足している僕とは大違いだ。少佐のチームで自分の服を作らせているのは少佐とG先輩だけだと思う。G先輩は気に入った婦人服を買っては、自分が華奢に見えるように丹念にサイズ直しをさせてると言っていた。直しきれない服はそのままのデザインで作らせるんだそうだ。

部長の服も仕立てだろうけど、あの場合は腹回りのサイズの問題で仕方なく、だな。

仕事着だけではなくて、普段着にもイニシャルが入っているのを知ったのは、去年の秋ごろだった。ぼくはハノーヴァーから一人で遊びに来る甥っ子へのプレゼントを見繕いに、プラモデル屋の店先を眺めていた。ドイツ連邦軍に入隊したぼくは、甥っ子のヒーローらしい。残念ながら視力のせいで戦車科から需品科に転属になったと伝えたらそのお熱も少しは治まったが、それでも会うたびにぼくの軍服を見せてくれと可愛らしくお願いしてくる。なかなか悪い気分ではない。

姉は僕と同じ金髪だが、姉婿はバイエルン出身のがっちりした黒髪の男性で、甥のハインリッヒは母よりも父に似たようだった。目も髪も、暗い色をしている。小学生のちびさんなのに、ぼくが出た陸軍士官学校への進学を希望しているという。希望は戦車隊だ。男の子というのはそういうものだ。

僕はプラモデル屋のウィンドウ・ディスプレイを眺めていた。僕は軍人だがそれほどの軍事オタクというわけでもなく、先の大戦ごろのドイツ軍に関する興味は民間人ととくに変わりが無い。むしろ甥っ子の方が詳しいかもしれない。甥っ子がまだ持っていない型はどれだろう。店に足を踏み入れたとき、意外な場所で意外な人に出くわした。少佐が、店の奥の棚の下に膝を付いて、埃をかぶった箱をひとつひとつ確認していたのだ。

ぼくが急いで逃げだそうとしたのと、少佐がひょいっと顔をあげて僕に気付いたのが同時だった。

「プラモデルをお選びですか、少佐?」

慌てすぎて言わずもがなの声を掛けた僕を見上げ、少佐は眉をしかめてゆっくり立ち上がった。そのとき、少佐のシャツにイニシャルが入っているのに気が付いた。綿か麻の真っ白なシャツにきっちりとアイロンがあたっていて、いかにもぼくの上司らしかった。仕事着のイニシャルは生地と同じ色の糸で目立たない縫い取りになっているけれど、今日のシャツのポケットには、くっきりしたネイヴィ・ブルーの飾り文字でイニシャルが浮かんでいた。"KHvdE"と。

ぼくの英雄崇拝をみんな軽く笑うけれど、ぼくの上司はその尊敬に値する人だ。能力も、人格も、その男性らしい美しさも。休日用のシャツを着た少佐は、仕事着のときとは全く違って見えた。ぼくは、全身に泡立つような喜びを覚えながら笑った。少佐はもちろん笑わなかった。

「なにをにやにや笑っとるんだ。男がそうそう歯を見せて笑うもんではない。」

少佐は苦虫を噛み潰したような顔で言った。「何をしとる。買い物か?」

「来月遊びに来る甥っ子へのプレゼントを見繕いに来ました。少佐は?」

「同じようなものだ。」

そう言いながら、少佐は手にしていた箱をそっと棚へ戻した。戦車ばかりだった。少佐の親戚の男の子たちも、戦車隊志望なのかな。軍人の家系だというから、男の子は全員軍人コースなのかもしれない。ぼくの一族からは軍人はぼく一人だけだけれど。

「小学生の甥っ子が、軍人志望なのです。ゆくゆくは士官学校へ進学したいと。」

「それは頼もしいな。陸か?海か?」

「戦車科です。ぼくは彼のヒーローらしいです。」

少佐はそこで初めて笑った。「それはいい。それで戦車のプラモデルか。」

「はい。ただ、持っているものを買ってあげてもしょうがないので、買うのは姉にこっそり調べてもらってからにします。」

「そうか。おれも別に急ぐ買い物ではない。この後約束はあるか?正直に言え。なければめしでもどうだ。おごってやる。」

その日は信じられないぐらいすばらしい日になった。そこから歩いていけるオープンテラスのカフェで、ぼくたちはゆっくりと時間をかけて昼食を取った。普段はしないようなプライベートな話をたくさんしたし、聞いた。ぼくは眩しくて少佐の顔を見ていられず、シャツの胸のイニシャルばかりを見つめていた。ぼくも一枚ぐらい、こういうシャツを作ってみてもいいのかもしれない。ネイヴィ・ブルーでイニシャルを入れて。



その同じシャツを、同じオープンテラスのカフェで、今朝もう一度見た。でも着ているのは少佐じゃなかった。

ぼくとB先輩はBDNとの協力任務を終えて、午前中に開催されたその報告会からNATOオフィスへ戻るところだった。昼食に早い時間だったけど、B先輩は食いしん坊だ。食べて帰ろうぜと誘われた。あの店がいいかなと曲がった角で、ふたりともぎくりと足を止めた。

まっすぐな黒髪のがっしりした無骨な男性と、黄金の巻き毛のほっそりと優雅な男性と。ふたりはあらゆる意味で完璧なコントラストを成していた。二人ともシャツにジーンズの軽装だったけれど、それぞれが全く違っていた。少佐はかっちりとしたカーキ色のシャツを着て、袖をきっちりと留めていた。伯爵はスリムなジーンズを少しかかとのあるロングブーツに入れていて、膝から下が信じられないぐらい長かった。そして見覚えのあるあのシャツをゆったりと着ていた。ゆるく捲り上げた袖口から、細い金の鎖がのぞいていた。

朝食には遅すぎ、昼食には早すぎる時間に、小さなテーブルにそれぞれの朝食を載せて、その二人は黙って向かい合って座っていた。ぼくが知る限りの二人は、顔を合わせた瞬間に口喧嘩か小競り合いか嫌味か嘲笑か、とにかくそういう火花が散っているはずだったのに。そのときの二人には、そんな雰囲気は微塵も無かった。長い足を優雅に組んで黙って座っているエロイカは、見とれるくらい綺麗だった。ごく普通の格好なのに、周囲から際立って見えた。ほとんど輝くほどに。ぼくの上司は、この綺麗な人の所有権を主張するために、自分の名を縫い取ったシャツを着せたのだろうか。

B先輩が妙な顔をして、すこし目を細めてぼくをみた。その表情の意味を考えられる余裕は、そのときのぼくには無かった。

先輩は別の店に食事に行くといったが、ぼくはその場に残って未練がましく物陰からふたりを盗み見していた。ぼくの知らない極秘任務の件でエロイカに協力を要請中とかかな。ぼくは無駄なことを考えた。そんな筈がなかった。伯爵は具合でも悪いらしく、ずっと下を向いてコーヒーを飲んだり飲まなかったりしていた。少佐はかまわずにいつもの通りの勢いで食事を片付けていた。もう怒鳴り合いは一通り済ませて、お互い機嫌が悪いところなのかな。だったら少しだけでも嬉しいんだけど。それとも、そんなこと気にもならないぐらい狎れきった仲なのかな。そこまで考えをめぐらせて、ぼくはすこしへこんだ。

そのとき少佐がフォークとナイフを置いて指を組み、伯爵に何かを話かけた。伯爵が気だるげに顔を上げると、少佐は片手でコーヒーカップを口へ運びながら、空いた手を伸ばして伯爵の手を…、手の甲を撫でた。伯爵は少佐の控えめな愛撫を受け入れて、静かに顔を伏せた。絵みたいな二人だった。

あの二人が愛人関係にあるという噂を信じていないのは情報部ではぼくだけだったけど、馬鹿みたいだ。

伯爵は軽く頬杖をついて少佐から視線をはずし、少佐は旺盛な食欲を取り戻して皿の上の朝食をすっかり片付けた。支払いを済ませ、伯爵をテーブルに残して去った少佐は、すぐに車をカフェの店先まで寄せて戻ってきた、それからエンジンを切って運転席から降り、伯爵の腰に軽く手を添えて席を立たせ、完璧なしぐさで車までエスコートし、ドアを開けて助手席へ送り込んだ。エンジンがかかった。目を閉じてナビゲーターシートに体を預けている美貌の金髪の横顔が、一瞬でぼくの目の前を通り過ぎた。

姉さん。ぼく、どうしようもなく失恋したみたいです。

「イースターにはハノーヴァーに帰りますので、久しぶりに手料理を食べさせてください。兄さんとハインリッヒにもよろしく。」その夜、姉へのメールを送った。休みの日に一人でいると、余計なことをいろいろ考えてしまいそうだった。甥っ子へのお土産を買いに、またあのプラモデル屋に行かなくちゃならないな。



END









断片03に引き続き、Zくんへの復讐シリーズその2。あきらめきれずにねちっこく少佐に迫るZくんってのも、後で考えてみよう。私の書くものの中で、伯爵がここまで少佐に大事にされ(ているように見え)るものは、これが最初で最後かもしれない。

2 件のコメント:

  1. カフェモカ2011/11/17 13:39:00

    初めてコメさせていただきます、カフェモカと申します。
    いつも素敵な翻訳やオリジナル(?)を読ませていただいてます!!
    この『僕の上司の〜』がすごく好きで、何度も繰り返し読んでます。
    実情とはちょっとズレてるけど、他者から眺めた二人の姿、いいな〜(^。^)
    また素敵なお話、楽しみに訪問させていただきます。。
    失礼しましたm(_ _)m

    返信削除
  2. ご訪問とコメントありがとうございます!
    Zx少佐派の人を完全に敵に回す内容ですけどね…

    横から盗み見する限りは、双方ともにハンサムで間違いなく目立つ組み合わせでしょうね。
    スパイや泥棒がこんなに目立っていてはマズイのではないでしょーか。

    スーパーへ買い物に行った二人の話が村雨さんのところにありますので、
    そちらもあわせてお読みくださいませ!
    http://iysmhgdcndms.blog.fc2.com/blog-entry-29.html

    返信削除