少佐 「こんなめんどくさいもんをちまちま食うのは性に合わん!」
伯爵 「でも、蟹は殻を剥くのも味のうちなんだよ。」
少佐 「勝手に剥いとれ。おれは別のものを食う。イモはないのかイモは。」
長い指で蟹の甲羅をはずし、脚の殻を苦もなく剥いているとしている伯爵を見ながら、少佐は別のことを思い出していた。以前にもこんな指を見たことがあった。あれは多分フランスでの任務だ。寒い日で、広場で部下を待つ間に思いついて焼き栗を買った。トレンチコートのポケットに袋ごと入れて温かみを味わいつつ、ひとつひとつ取り出して不器用に皮を剥いていると、背後から音もなく忍び寄ってきた誰かが、不意にコートのポケットに手を差し込んだ。誰だかわかっていたから、わざと振り向かなかった。
「きみもこういうものを買うんだ。」
カチリ。乾いた音を立てて殻がはじけた。細い指が器用に栗の殻をはずし、中の栗を取り出した。温かく硬くつやのある焼き栗を、伯爵は口に放り込んでひと噛みにした。
「不器用だね。剥いてやろうか?」
「馬鹿。任務中だ。離れろ。」
「ふふふ。」
伯爵は少佐のポケットに無遠慮に手を突っ込み、熱い焼き栗をもう二、三個盗み取ってから背を向けた。
「もらってくよ。またね。」
コートのすそを翻し、あっさり去ってゆく伯爵の背を自分の視線が追わないようにするのに、すこし努力が必要だった。それから不意に、自分がもう寒さを感じていないことに気が付いた。
少佐は目の前で無心に蟹を剥いている男を見つめた。こいつは盗みがうまい。欲しいものはなにもかも盗む。剥くのもうまい。蟹の殻。栗の殻。おれの心の殻。それからもうすぐ訪れるはずの、自分の服が残らず剥かれる瞬間に思い当たり、微かに身震いをした。あの日忘れた寒さが戻ってきたのかもしれなかった。すべてを剥かれたむき出しの体の中にある心。それはもうとっくに、目の前の男に盗み取られて久しかった。
伯爵 「でも、蟹は殻を剥くのも味のうちなんだよ。」
少佐 「勝手に剥いとれ。おれは別のものを食う。イモはないのかイモは。」
長い指で蟹の甲羅をはずし、脚の殻を苦もなく剥いているとしている伯爵を見ながら、少佐は別のことを思い出していた。以前にもこんな指を見たことがあった。あれは多分フランスでの任務だ。寒い日で、広場で部下を待つ間に思いついて焼き栗を買った。トレンチコートのポケットに袋ごと入れて温かみを味わいつつ、ひとつひとつ取り出して不器用に皮を剥いていると、背後から音もなく忍び寄ってきた誰かが、不意にコートのポケットに手を差し込んだ。誰だかわかっていたから、わざと振り向かなかった。
「きみもこういうものを買うんだ。」
カチリ。乾いた音を立てて殻がはじけた。細い指が器用に栗の殻をはずし、中の栗を取り出した。温かく硬くつやのある焼き栗を、伯爵は口に放り込んでひと噛みにした。
「不器用だね。剥いてやろうか?」
「馬鹿。任務中だ。離れろ。」
「ふふふ。」
伯爵は少佐のポケットに無遠慮に手を突っ込み、熱い焼き栗をもう二、三個盗み取ってから背を向けた。
「もらってくよ。またね。」
コートのすそを翻し、あっさり去ってゆく伯爵の背を自分の視線が追わないようにするのに、すこし努力が必要だった。それから不意に、自分がもう寒さを感じていないことに気が付いた。
少佐は目の前で無心に蟹を剥いている男を見つめた。こいつは盗みがうまい。欲しいものはなにもかも盗む。剥くのもうまい。蟹の殻。栗の殻。おれの心の殻。それからもうすぐ訪れるはずの、自分の服が残らず剥かれる瞬間に思い当たり、微かに身震いをした。あの日忘れた寒さが戻ってきたのかもしれなかった。すべてを剥かれたむき出しの体の中にある心。それはもうとっくに、目の前の男に盗み取られて久しかった。
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