このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2011/11/24

昼と夜とすべてと

  
きさらぎふじこ氏作「Tempus est iocundum 」(季節は悦楽の時)後編の別バージョンです。きさらぎ氏の同意を得て公開します。本作は伯爵受けが華麗な原作とはまるでちがい、BasilLeaves個人の少佐みじめ萌え妄想が遠慮なく炸裂していますので、かっこいい少佐が好きな人は読まないほうがいいと思います。警告しましたよ!


昼も夜も全てのあらゆるものが私に逆らう。 あのひととの会話は私を悲嘆にくれさせ、私はため息ばかり。 友よ、からかうがいいさ。 でも経験豊富な君たちにお知恵を拝借したいもの。 ああ、あなたの美しい顔が私を千回も泣かすのだ、 胸に氷を抱えるようだ。 再び私を生き返らせるのはあなたのたった一度の口づけ。

(カルミナ・ブラーナ バイエルンの古いカンタータより)

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「お疲れのところ悪いが、あの男にお前を売った。ガソリン代プラスアルファで。ゴムを使うそうだ。」

「・・・それなら良かった。大嫌いな君以外なら誰でもかまわない気分なんだ。」

少佐の親友を誘惑してその栄えある前途を破綻させた償いに、私はほんのはしたがねで行きずりの男に売られたらしい。おもしろい。引かれ者の小唄という言葉を知っているかな、少佐? きみが私に罰を与えると言うなら、私は昂然と顔をあげて歌い続けてみせよう。涙を浮かべて許しを請う私を期待していたとしたら残念な話だったね。ポン引きならポン引きらしく、寒い車の中でホテルの窓の明かりを見上げて、娼婦が仕事を終えるのを待っているがいいさ。

私の返事に愕然とした表情を隠せない少佐を尻目に、私はスタンドの店員に近づき、笑いかけた。醜い男だった。近づくと体臭があった。寝る前に歯を磨いているかどうかも知れたもんじゃない。自分をとことんまで貶める気でそのまま顔を近づけ、誘うように息を吹きかけてから唇を半開きにして、男が食いつくのを待った。待つ必要も何もなかった。むしゃぶりついてきた男の舌を受け入れてやると、口いっぱいに広がる不潔な味に思わず鳥肌が立った。同じぐらい不潔そうな手が、私の下半身をまさぐり始めた。おやおや、こんなところで始める気かい?なんとも気の早いことだ。

「部屋へ行こう。ゆっくり、ね?」

「お、おう。」

私は少佐をちらりと見て、くすくす笑いながらこれみよがしに男の前の膨らみを撫で上げた。それは意外に大きくて、すぐ後に控える情事のひどさを微かに予感させた。男は慌てふためいて私の腕を掴み、引きずるようにモーテルへ向かった。少佐の前を横切るとき、正面から彼の目を見て、あからさまな侮蔑の色を浮かべてやった。少佐の目に確かな激怒の炎が見て取れた。私の知ったことか。忘れないで欲しいな、きみが命じたんだよ。

必要最低限の設備しかない殺風景なモーテルの一室に連れ込まれ、私は一瞬だけ迷った。目の前の男に当て身を食らわせて、このまま行方をくらまそうか。それから思い直した。私を売った男はたぶんそれを期待している。ならばそれは彼から私への懲罰になりえても、私から彼への懲罰にはならない。磨き上げたメルセデスの運転席で、平静さを失ったままに煙草だけをふかす少佐を思い浮かべた。きみを苦しめるためなら、私は喜んでこの身を捧げるよ。さあ、毒の杯を受け取ってくれたまえ。

冬で窓を開けられないのが残念だな。きみに私のいい声を聞かせてあげられない。

目の前の何の興味もない男の顔を見つめながらブルーフォックスのコートを床に落とし、ゆっくりと服を脱いだ。袖も抜かないうちに、男が小さな奇声を上げてとびついてきた。「慌てないで、ハニー。私は今夜きみのものなんだから。」あつらえたばかりのシャツを破かれないように男をなだめながら、げんなりした声を出さないように少し努力が必要だった。寝たくもない相手とやるなんて何年ぶりだろう。いや、この言い方は間違っているな。本当に寝たい男とそうできないままに、もう何年たったのだろう?私たちは永遠にこのままなのだろうか。私もきみも、永遠に苦しみ続けるのか?

下腹の出た、生白い不健康な肌の男はそれなりの持ち物を持っていた。よほど自慢なのだろう、にやにや笑いながらたくし上げて、私に見せ付けた。これを咥えるのは骨だな。上の口も下の口も疲れそうだ。手でやらせろよ。私はチャーミングな微笑を浮かべて手を伸ばし、ささやいた。「大きさを確かめさせてくれるかい?素敵だな。ずっと触っていたいな。」

「一発目は手でもいいぞ。」男は尊大な口調で言った。「だがそのあとはお前の後ろを使う。わかったな?」「もちろんさ、スウィーティ。金はあの男に払ったんだろ?じゃあ、きみは私に何をしてもいいんだよ。」

どこまでも堕ちてゆけ。私は我が身を呪いつつ自嘲した。その間にも男は私の手の中であっけなく爆発していて、驚くほどの量の白濁した液体を、私は手のひらに受けた。この匂いだけはどの男も変わらない。多分、車で待っているあの男でも。

「それをおまえの後ろに塗りつけて、自分で用意しろ。」

男は直後の余韻にがくがくと身体を震わせながらも、ねばっこい声で私に命じた。ごめんだな。私はついと立ち上がってバスルームで手を洗った。鏡の中の自分は陰鬱な表情を浮かべていた。なぜ世の誰もが私の笑顔に魅せられるのか、本当に分からなくなるときがある。私が欲しい世界でただ一人の男だけは、私が微笑むと私を殴りつけるのに。

ローションとゴムとタオルを持って、味気ない地獄に戻った。男は白けた表情で私を待っていた。甘い声で返事をする私が、なにもかも言うことを聞くわけではないと理解したようだった。ご自慢の物がへしゃげて下を向いていた。私は取っておきの声で誘ってやった。「次は私をよくしてくれるんじゃないのかい?私が上になろうか?すごく気持ちよく締めてあげるよ。」

男は下品な顔つきをさらに下品にして、たちまち笑み崩れた。「まずは俺が上だな。おまえみたいに綺麗な男にぶちこめるとは儲けもんだ。じっくり顔を見ながら腰を使うぜ。」重いのはごめんだったし、相手の言うなりに突かれるのにもうんざりだったが、私は笑みだけを返してコンドームのパッケージを切った。残滓をざっと拭き取ってかぶせると、たちまち上を向いた男の大きすぎる持ち物は、標準サイズのゴムに窮屈そうにようやくおさまった。私はその先を少しだけ舐めた。

「いや、いい。また出ちまう。」男は喘ぎながら慌てて私を制止した。「おまえのを舐めてやる。横になって脚を開け。腰の下に枕を入れろ。」

私は黙って言うとおりにした。天井のしみを見つめながら、前回意に染まない相手と寝たのは13歳の初めてのときで、そのときはジョルジョーネを見つめながら気を紛らわせたなと、ぼんやり考えていた。あのときは「若い牧人」を手に入れるためにこの体を差し出した。そしてついに手に入れられなかった。今夜は何を手に入れようとしているのだろう。きみの軽蔑?唾棄?それとも絶望?ああ、それならもう確実に、きみは私に叩きつけてよこすだろうさ。そのときのきみの顔が見ものだよ。私は誓おう。一粒の涙だって落とすものか、決して。断じて。そしてきみが私に叩きつけるものを、私の最高の笑顔で受け取ってみせよう。昂然と顔をあげて。

男の舌が私の高まりを離れ、その下の入り口を丹念に舐め始めた。ローションを使わないつもりらしかった。そして自分のものをそこにあてがい、下卑た笑いで私の顔を見下ろしながら、ゆっくりと腰を進めた。そのとき廊下を近づいてくる特徴のある足音に気付き、私はドイツ語でとびきりの「いい声」をあげた。


* * *


部屋のドアを蹴破って入ってきたのは、もちろん少佐だった。注意深く私と視線を合わせないようにしながら、驚く店員を私から乱暴に引き剥がし、服と札を何枚か投げつけた。

「交代しろ。戻ってきたら、どうなるかわかるな。」

「あ・・・あんたら、美人局か。」

「間違えるな、お前に損はさせてない。それよりさっさと出て行け。こいつとは俺がやるんだ。」

どうにも不満げな男を追い出し、壊れたドアをようやく閉めてチェーンをかけると、少佐は私に向き直った。彼が口を開く前に、私はぴしゃりと言った。

「きみと寝るなんて言った覚えはないよ、フォン・デム・エーベルバッハ少佐。」

私は素早く服を身に着け始めていた。少佐の視線は所在無げにあちこちにさまよっていたが、私の目は少佐を冷たく見つめたままだった。

「誰と寝るかは私が自分で決めるんだ。13歳のころからそうしてきた。ボンのホテルまでさっさと送ってくれたまえ。こんなところまで連れてきたきみの責任だ。」

氷のような声でそう告げて、床から毛皮のコートを拾い上げた私は、先にたって部屋を出た。後ろから、苛立たしげな足音が続くのが聞こえた。

メルセデスに乗り込むと、少佐は車を急発進させた。コートの襟に顔を埋めながら、私は少佐のさっきの怒鳴り声を反芻していた。(さっさと出て行け。こいつとは俺がやるんだ。) 私と、やる?・・・もちろん男を黙らせるために言った言葉に過ぎない。私はそう自分に言い聞かせながら、かき合わせていたコートの前をくつろげた。車の暖気が回り始めた。

アウトバーンに入っても沈黙がづいた。しばらくして、私は車がボンの方角に向かっていないことに気が付いた。

「少佐?どこに行くつもりだい?」

「空港だ。このままおれの国を離れろ。」

「困るな。ホテルに荷物を置きっぱなしだ。」

「捨てろ。」

「パスポートもホテルなんだ。」

「嘘をつけ。いつも携帯しとるだろう。」

私は本格的に腹を立て始めていた。そもそもこんな時間にこんなところを走っているのは、この男がが私を無理に私を連れ出したからだ。私は例年通り昼間のうちにプレゼントをエーベルバッハ邸の執事に届け、お茶を一杯頂いてから、ボンとケルンでのクリスマスショッピングを楽しむ予定だった。ケルンは私のような趣味の男の集まる街だ。買い物も出会いも存分に楽しめる。行きずりの男たちの中から黒髪と緑の目のドイツ人を選び取り、家族のいないクリスマスを一夜きりの快楽で過ごすのが、私の例年の行事だった。

こんなところで薄汚い情事を強いられ、それも途中で中断されて荷物もないままに空港に放り出されるようなことをした覚えはないよ。私は舌打ちをした。

「あの男、ゴムを使う気なんかなかったよ。」

まずは小さな嘘から始めた。

「すごく大きくてさ、普通サイズのだと、そもそも入らないかもね。だから使わなかった。」

ハンドルを握る手が微かに強張ったことに、私は底意地悪く気付いていた。きみはこんな話が大嫌いだろうね。私に罰を与えようとした不遜なきみに、私が罰を与えてあげるよ。

「めったにない大きさだったよ。本人もご自慢なんだろうね。咥えるのがそりゃ大変だったさ。喉まで入れないと怒り出すし。吐きそうになったよ。」

わざとらしく舌を鳴らした。どんどん残酷な気分になっていた。

「たぶんあんまり使ってないんだろうねえ。可愛らしいピンク色だった。でもあんまり硬くならないんだ。ふにゃふにゃと柔らかいままでさ。それはそれで味があったな。挿れるのには手こずったけどね。何しろ大きいし柔らかいし。」

ふふ、と私は小さく笑った。少佐がぞっとしたように体を震わせたからだ。きみにはいろんないやがらせをしたけど、ここまでの話を聞かせたことはないよね、潔癖症のきみには、鳥肌が立つほど嫌だろうね。せいぜい悪夢にでも見るといいよ。

「入っちゃったら意外なくらいよかったよ。硬くないから、突かれても痛くないんだ。でも大きいから私の一番いいところにちゃんと届く。もっと激しく突いて欲しくてうんと締め付けたら、すごくよくってついつい…はしたない声をあげてしまったよ。ひょっとしてきみにも聞かれたかな? 」

少佐が突然急ブレーキを踏んだ。けたたましいスリップ音が夜更けの静寂を切り裂いた。メルセデスを路肩に止め、少佐は両のこぶしをハンドルにたたきつけた。クラクションが鳴り響いた。それから少佐は、ハンドルに突っ伏した。

すさまじい勝利感と甘い痛みが全身を駆け巡るのを感じ、邪悪な笑みを浮かべずにはいられなかった。今の私は息を呑むほど美しいに違いない。この笑顔をきみにだけ捧げるよ、愛するきみ。私は意地の悪い愉悦をたっぷりと味わいながら、長年の付き合いの末に初めて見る、目の前で取り乱した少佐をあますところなく観察した。蜜のように甘い快楽だった。私の毒杯を、きみはいっぱいに飲み干したらしい。

「…うんと締め付けながら考えていたのはね、これが鉄のクラウスのだったらってことさ。」

少佐はさっと顔をあげ、私に平手打ちを喰らわせようとした。とうに予期してた私は、それを難なく避けた。

「きみのはきっと、余計な大きさなんかなくて、私にぴったりなんだ。そして硬い。すごく、硬い。君自身と同じようにね、少佐。」

私は歌うように続けた。きみの歌ならいくらでも歌えそうだった。だってもうどんなに夢に見てきたから分からないぐらいだからね。どんなに想像して妄想して、何度自分でしたかわからないぐらい。

「きみの性格と同じで、目一杯ふんぞり返ってるんだろ?」

少佐が右手を伸ばし、私の胸倉を掴みあげた。私は逃げなかった。誘惑するように薄目で彼を見つめ、小さく笑った。

「また乱暴なキスかい?口をゆすいでこなかったから、さっきの男のあれの味がするよ。いいの?」

私の言葉を聞いて、少佐は汚いものを掴んでいたように、ぱっと手を放した。

「私が泣くと思ってた?きみって、可愛らしい従順な私が好みなのかな。そうした方がいいかい?可愛らしくしてると、なにかいいことしてくれるのかな?」

私の舌は止まらなかった。何をどういえば目の前の男を怒らせることが出来るのか、世界中で一番知っているのはこの私だった。

「泣きそうな顔をしてるよね。もちろん、泣きたい気分なのは私のほうさ。見知らぬ男に乗りかかられながら、きみのことだけを考えていたよ。とことん堕ちた気分で、自分が汚らわしくて痺れるほど感じたね。きみはその運転席で、すぐそこの部屋で誰かに犯されている私のことを想像したかい?想像して、勃ったかい?自分でしたかい?」

少佐がシートベルトを外す音が聞こえた。それは銃殺前の死刑台で聞く、撃鉄を起こす音のように響いた。

「・・・お前を殺して、おれも死ぬ。」

「いままで聞いた中で一番素晴らしい愛の告白だよ、ダーリン。」

「・・・」

「と言いたいところだけど、そんなありふれたセリフはなら星の数ほど言われたことがあるね、昔の男たちからね。」

「・・・」

「車を出してくれないか? この時間だとザルツブルグに飛ぶ便があるはずだ。」

「なんでザルツなんだ。」

「きみのお父上は毎年のクリスマスをザルツブルグでお過ごしになるだろう?ご挨拶に伺って、お近づきになれないものかと思ってね。」

「親父にまで手を出すつもりか、この悪魔!」

少佐はとうとう私に襲い掛かった。首を絞められるのかなと、私は他人事のように考えた。心中を迫られた経験なら何度もあるけど、でも信じてほしいな、少佐。本当に殺されてもいいと思ったのはきみだけなんだ。少佐、少佐、私を殺してくれ。きみが永遠に満たしてくれないこの心と体の飢えに、きみ自身が終止符を打ってくれ。

そのとき耳の中いっぱいに、バイエルンの古いカンタータが鳴り響いた。Dies, nox et omnia -昼も夜も全てのあらゆるものが私に逆らう。 あのひととの会話に私は悲嘆にくれる。私はため息ばかり。ああ、あなたの美しい顔に、私は千粒の涙を流す。胸に氷を抱えるようだ。 再び私を生き返らせるのはあなたのたった一度の口づけ。

たった一度の不本意な口付けをよこしただけで、この男はもう私を殺そうとするのか。



どのくらい経ったのかはわからない。殴打の痛みも、扼殺の苦しみも感じなかった。気がつくと、少佐が私に覆いかぶさって私を抱きしめていた。低い嗚咽が聞こえた。

「おまえは悪魔だ。」

「…よくそう言われるね。天使と呼ばれることもおなじくらいあるけど。」

「おまえは男だ。」

「間違いないね。」

「おまえはドイツ人じゃない。」

「誇り高き英国貴族だよ。」

「おまえは泥棒だ。」

「私の天職さ。」

「おまえは性格が悪い。」

「ふふふ。」

「おまえは犯罪者だ。」

「その通り。」

「おまえは生意気だ。」

「そうかもね」

「おまえは変態だ。」

「お褒め頂いてありがとう。」

「おまえは普通じゃない。」

「私はごくまっとうだよ。」

「おまえは淫売だ。」

「とっくに知ってただろ。」

ちょうど私の口元に当たった、少佐の耳たぶを噛んだ。少佐は私の首筋を舐めて返事をよこした。しばらくそのまま、おたがいに唇と舌先だけを動かして過ごした。それから、指先がおたがいの髪を遠慮がちにまさぐった。それ以上の身動きは、ついに始まらなかった。おたがいの体の中心がどんどん大きく熱くなって、どくどくと鼓動を打っていることに気付きながら、身じろぎひとつできなかった。本当は触れ合わせたかった。こすり合わせたかった。おたがいを悦びに導きあいたかった。だがこんな場所でせっかちな、傷口を舐めあうような性愛を交わすには、私たちはすこし歳を取りすぎ、馴れ合いすぎ、おたがいがおたがいであることが当たり前になりすぎていた。長い沈黙の後、私はとうとう少佐の耳元でささやいた。

「・・・少佐、空港へ送ってくれ。ロンドンへ帰るよ。」

「ああ。」

「運転を替わろうか?」

「馬鹿を言うな。」

少佐は私の顔を見ずに体を離した。私を包んでいた煙草の匂いのする温かみが、嘘のようにふとかき消えた。シートベルトの金具をはめる金属音がして、前を向いた運転席の男は何事もなかったかのように、謹厳なドイツ軍人に戻っていた。

車が発進し、アウトバーンに戻った。しばらくの間、どちらも口をきかなかった。私はただ車の振動に身を任せ、残光を引いて時折流れるヘッドライトとテールライトを、黙ったままいつまでも見つめていた。

私が口を開けばいいのだろうか。何を告げればよいのだろう。私の心も体もすべてはきみのものだと? でもきみは、そんなことはとうに知っている。知っていて、なぜ…? 不意に涙があふれそうになり、その問いがまさに口からこぼれそうになった瞬間、少佐が前を向いたまま低い声で、彼なりの謝罪の言葉を口にした。

「今日のおれはどうかしていた。」

私は息を吸い、静かな声で答えた。

「私もさ。」

胸に、再び氷が張り始めた。私はまた千粒の涙を流す。そして昼も夜も全てのあらゆるものが私に逆らう。



メルセデスは夜闇を抜けて、空港へと走り続けた。




END





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書いてから気付いたが、少佐がファビエンヌと遊んでたという設定を全く忘れてた。うーん、つじつま合わんな…。許されよ、きさらぎ姐。

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