by Margaret Price
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少佐は、この格好だと他人の注意を引かずに館を動き回るのがどれほどたやすいかに驚いた。 移動したければ人の群れの周りを数分間うろうろするだけで紛れられた。何の邪魔もされずに廊下をうろつき、部屋から部屋へ動き回った。15分以内で彼は書斎を見つけ、入り込んだ。
声が戻り始めたことに気づき、まだそれは低いごろごろ声だったが少佐は喜んだ。「見つけたぞ。」
「おや、すばらしい。」立ち聞きされていないかどうか注意深く辺りを見回しながら、伯爵が答えた。「どこだい?さっききみと別れた部屋からの位置は?」彼は返答を聞き取り、自分が今いる位置と比較した。「私は館の反対側の庭にいるんだよ。ここから見る限り、さっさと撤退するならこちら側ではなくて、そっちからだろうね。」
「よかろう。」クラウスは判断した。うまくいきそうだ。
「撤退ルートの調査が終わるまでに、そっちで金庫を見つけられるかどうかやってみてくれ。」
誰かがが書斎に入りなにやら話しかけてきたとき、変装した少佐は部屋の探索を終えて金庫の位置を確認中だった。彼は、伯爵から念を押された女の振りをするときのの注意事項と、過去に見たことのある女性らしいしぐさとを思い出そうとした。
「きみ、飲み物に口もつけてないんだね。」さっきの自己紹介のときにアーチーと名乗った男はソファに腰掛け、少佐の袖を引いて座らせた。彼の訛りにはさまざまなものが混ざっていて、少佐にはそれがどこのアクセントであるか特定できなかった。彼のフランス語にはおかしいところはなかったが、パリのものではなかった。
男にグラスを差し出され、少佐の視線がすっかり忘れていたトニックウォーターに落ちた。彼はそれを受け取り、あいまいな目でみた。飲み物は変装の一部でしかなく、もともと飲む気はなかった。この馬鹿男は断られるとは思っとらんのか?馬鹿男が自分のグラスを取り上げたので、答えは明白だった。変装中の少佐は不承不承グラスから一口飲んだ。少佐は咳き込んだ。ひどい味で、体温が上がりそうだった。
「さあ、飲んで。」アーチーが促した。「きみの喉を楽にするよ。」
クラウスはもう一口飲んだ。この馬鹿男との無意味な雑談は避けられそうにな かった。
そのとき、伯爵からの通信が入った。彼は苛立たしい声で言った。「少佐、おしゃべりなんかしてる暇はないよ。さっさと追い払えよ!」隣に座る男に聞こえなかったかと少し慌てつつ、少佐は仕方なくもう一口飲んだ。グラスを下ろそうとしたとき、それが口に押し付けられたので驚いた。
「もっと飲みなさい。」アーチーが命じた。
なんだこいつ。少佐は目の前のグラスに焦点を合わせようとして、視界がぼんやりし始めたことに気が付いた。くそっ!薬を混ぜられた!このおれが引っかかるとは。彼は立ち上がろうとしたが、強引に引き戻された。
「いったい何を急いでいるんだい?」
もう一度そう言われたときに、少佐はこの馬鹿野郎をぶん殴るのは最後の手段だと判断した。伯爵がまだ書類を盗み取っていない以上、任務中に喧嘩をおっぱじめるのは賢明なやりかたではない。その代わりに、彼は女性なら誰でも取りそうな行動に頼った。飲み物を男の顔にぶちまけた。これで少佐は立ち上がることが出来たが、残念ながら飲み物に混ぜられた薬品が彼をふらふらにしていて、数歩も歩かないうちに後ろから抱きすくめられた。
「何を急いでいるのかって聞いただろ?」アーチーはさらに強引な言い方になっ た。「まだお互い良く知り合ってないじゃないか。」
ドレスが破れる音を耳にして、少佐はもうこれで十分だと決意した。おれはもう十分に我慢した。彼は振り返り、相手の股間に膝を叩き込んだ。そして身体のバランスを崩した。男は怒り声を上げて逃れようとし、少佐を床に突き飛ばした。 「くそっ、この雌犬め!」
伯爵は、家具がごとんとずれる音とともに少佐が床に倒れて大きなうめき声を上げるのをききつけた。「なんてこと!少佐!」彼は叫び、館の裏口に向かって走 り出した。「そのケダモノ、ほんとにきみを強姦しようとしているのかい?」
「Ja!」少佐がなんとか口に出来たのはその一言だけだった。アーチーが上に覆いかぶさってきた。少佐はその男と薬品の影響の双方に、出来る限りの抵抗を尽くした。少佐の耳にAの声が入った。「伯爵、我々もそこへ移動すべきでしょうかっっっ?」
「Nein! 」少佐は叫び返した。動きづらいドレスを内心で激しく罵倒しつつ。
アーチーは笑い声をあげた。「女性の『ノー』は本当は『イエス』の意味だって、誰でも知ってるさ。」ドレスがさらに破かれ、スカートが捲り上げられた。アーチーの手が少佐の股をまさぐった瞬間、彼はひっと息を呑んだ。「畜生、男 じゃないか!」
「当たり前だろ!」伯爵の怒り声が割って入った。彼をファックしていいのは私だけなんだよ!伯爵は少佐が落としたパーティ用の小さなバッグを振り上げ、男のこめかみに叩き付けた。彼自身もびっくりしたことに、男はもぐもぐ言うと床に大の字に倒れて気絶した。
「驚いたよ。中に何が入ってるんだ?」伯爵が信じられないぐらい重いバッグをがさごそ探ると、中には小型の拳銃が入っていた。「そうだよね・・・。女性のバッグって、やっぱり危険なんだ。」少佐の様子がおかしいままなので、伯爵は近づいて眉をしかめた。「少佐・・・?少佐?」少佐の目の焦点はまだ合わなかった。伯爵は少佐の頬を何度か打ち、揺さぶった。「クラウス、しっかりしてくれ クラウス!私を見てくれ!」
「一服盛られた。」少佐は目の焦点をあわせようと努力した。
「どうやらそうみたいだね。」
「伯爵・・・」Aの心配そうな声が入った。
「A、館へは侵入してこんでも・・・」
「ちがいます、少佐。」Aは続けた。「運び屋が到着した模様です。三人の男 が、入り口でフィッツロイに挨拶をしています。」
「そのうちの一人の人相が、我々が把握している首謀者のものと一致します。」 Zの声が加わった。
この情報は、少佐の精神をしゃっきりさせるのに十分だった。彼は金庫の位置を指差した。「あそこだ・・・。」
伯爵派うなずいた。「きみは私と一緒にいるんだ。我々はこの後まだ、ここから脱出しなければならない。」
「Ja.」
エロイカが金庫を開けて、ファイルの束を引き出すのに一分とかからなかった。 それから彼はファイルを広げて、フォルダから必要な書類を抜き取り始めた。
少佐は座り込みそうになるのを必死でこらえ、ソファにもたれかかったまま困惑していた。"Was machst du?"(何をしとるんだ?)
伯爵は眉をしかめた。少佐は、英語がうまく出てこなくなっているようだった。それは薬がさらに効いてきたことを意味し、ひどい場合には気を失って床に倒れてしまうかもしれなかった。伯爵はドイツ語で返答しかけたが思い直した。英語を使わせれば、少佐の精神を集中させるのに役に立つかもしれない。「ファイルそのものじゃなくて、必要な書類だけ抜き取れば、」伯爵は説明した。「やつらは書類か抜かれたことに気が付かないかもしれないだろ。誰もが鉄のクラウスみたいに注意深いわけじゃないんだ。あいつらがファイルを開かなければ、こっちのもんだ。」
少佐は伯爵の意見を認めるようにうなずき、伯爵が金庫にファイルを戻すところ に視線を合わせようとした。それから顔をしかめた。伯爵がやってきてそばに座り、スカートをめくったからだった。"Was...?"(なんだ・・・?)
「驚かないでくれ。」伯爵は落ち着いて告げた。「ペチコートに隠しポケットが あるんだ。これできみが書類を外に持ち出せる。」そういいながら、伯爵はすばやく書類をポケットに滑り込ませた。それから背をそらせて、少佐をじっと見つめた。
少佐は気を失っているアーチーの方角に向けてふらふらと手を振った。「縛れ・・・」
伯爵は眉をしかめた。縛る?
少佐の手がぐるぐると回るような動作をしたとき、伯爵はやっと了解した。そう、その色気違いを縛り上げなくては。
余計なものを探しまわって時間を無駄にすることなく、伯爵はさっさとその男のネクタイに手をかけた。「この田舎者、出来合いの結び目を後ろで留めてるぞ。」伯爵は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、少佐にちらりと眼をやった。少佐はぐるりと目を動かしただけだった。伯爵は替わりに男のベルトを抜き取り、後ろ手に縛り上げ た。それから立ち上がり、気絶している男のみぞおちをすばやく蹴りつけた。「これは私の少佐の代わりだよ、ブタ野郎め!」それからもっと敏感な部分を蹴り上げて付け加えた。「『ノー』っていうのは『ノー』って意味なんだよ!」
彼は向き直り、感銘を受けたような顔の少佐に手を貸して立ち上がらせつつ、銃の入ったバッグを取り上げて訊ねた。「少佐、裏口までたどり着けると思うかい?」
少佐は焦点の定まらない目を伯爵に向けた。「わきゃらな・・・」彼は破れたドレスを示した。「ろうやって・・・?」みなまで言う必要はなかった。意味するところははっきりしていた。
「出来るかどうか、私にもわからないな。でもなんとか考えよう。」
「Scheisse」(くそっ)
* * *
それは一苦労だったが、伯爵はなんとかして廊下を移動し、客達がいる部屋まで戻った。問題は少佐がさらにふらふらになり、かつ重くなってきたことだった。伯爵は、館を出るまでに少佐が気を失ってしまわないかと心配になってきた。ちょうどその時、伯爵の目にロレンスが写った。そして、伯爵の心に書類を盗み取ったことをごまかし、時間稼ぎをするためのたいへん邪悪な考えが浮かんだ。
「ロレンス!探してたんだよ!」伯爵は大げさな口調で声をかけた。「私には高貴な騎士の助けが必要なんだ。」
「なにかお楽しみでも・・・?」振り返り、ミズ・パーシモンがエロイカに支えられているのを見て、ロレンスは絶句した。「ミズ・パーシモン!いったい何が!?」
「無礼で礼儀知らずな野郎から、彼女を救い出してきたところなんだよ。」伯爵ははっきりとそう答えた。彼は廊下の方をあごで示した。「そこを入ったところだ。その男が彼女に襲い掛かっていたんで、けしからんことが起きる前にぶちのめしてやったんだよ。」
ロレンスは書斎の扉が開いているのを見て、廊下へ一歩踏み出した。「きみのところの若い衆は、その無礼な奴を見張ってくれると思うかい?」伯爵は背後から声をかけた。「その男を警察に引き渡してくれたら、少佐はSISにすごーく感謝すると思うんだけど。」
伯爵はこの計略がうまくいくかどうか疑っていたが、ロレンスはさらに上を行った。彼はSISの同僚を書斎に向かわせ、そこにいる男を拘束するように指示した。
伯爵は満面の笑みを浮かべた。「もしもうひとつお願いできるなら、」彼は愛想良く言った。「クローディアをしばらく見ていてもらえないかな?コートを取りに行きたいんだけど、彼女を一人にしたくないんだ。」「皆まで言わずともよい、伯爵。」ロレンスはそう言って、伯爵に支えられたか弱げな女性の世話を引き受けた。
伯爵が顔をあげたとき、フィッツロイ太陽王が例の三人を連れて人ごみをかき分けているのが見えた。間違いない。運び屋たちだった。「外の空気を吸ったら、クローディアも少ししゃっきりすると思うんだ。横の通用門のところまで連れて行ってくれないかな?」彼は小さな出口を指した。可愛そうなこの子を困らせないでやってほしいんだ。こういうところの連中は、うわさ好きだからね。」
「ロレンス!探してたんだよ!」伯爵は大げさな口調で声をかけた。「私には高貴な騎士の助けが必要なんだ。」
「なにかお楽しみでも・・・?」振り返り、ミズ・パーシモンがエロイカに支えられているのを見て、ロレンスは絶句した。「ミズ・パーシモン!いったい何が!?」
「無礼で礼儀知らずな野郎から、彼女を救い出してきたところなんだよ。」伯爵ははっきりとそう答えた。彼は廊下の方をあごで示した。「そこを入ったところだ。その男が彼女に襲い掛かっていたんで、けしからんことが起きる前にぶちのめしてやったんだよ。」
ロレンスは書斎の扉が開いているのを見て、廊下へ一歩踏み出した。「きみのところの若い衆は、その無礼な奴を見張ってくれると思うかい?」伯爵は背後から声をかけた。「その男を警察に引き渡してくれたら、少佐はSISにすごーく感謝すると思うんだけど。」
伯爵はこの計略がうまくいくかどうか疑っていたが、ロレンスはさらに上を行った。彼はSISの同僚を書斎に向かわせ、そこにいる男を拘束するように指示した。
伯爵は満面の笑みを浮かべた。「もしもうひとつお願いできるなら、」彼は愛想良く言った。「クローディアをしばらく見ていてもらえないかな?コートを取りに行きたいんだけど、彼女を一人にしたくないんだ。」「皆まで言わずともよい、伯爵。」ロレンスはそう言って、伯爵に支えられたか弱げな女性の世話を引き受けた。
伯爵が顔をあげたとき、フィッツロイ太陽王が例の三人を連れて人ごみをかき分けているのが見えた。間違いない。運び屋たちだった。「外の空気を吸ったら、クローディアも少ししゃっきりすると思うんだ。横の通用門のところまで連れて行ってくれないかな?」彼は小さな出口を指した。可愛そうなこの子を困らせないでやってほしいんだ。こういうところの連中は、うわさ好きだからね。」
少佐にはまだ意識があり、脇の出口へ連れて行かれる前に伯爵に凶悪な視線を向けた。ロレンスはそれには気づかず、戦友である鉄のクラウスとの冒険譚にまで妄想を膨らませていた。一方、少佐は自分のイギリス人に対する見解を再確認していた。こいつらはうすのろの間抜け揃いだ。今伯爵に近づいていったやつもだ。少佐は伯爵と繋がっている隠しマイクに耳を済ませた。これで館を出ても様子がわかる。
「何が起こったんだ!」フィッツロイは答えを要求した。
「きみが驚くのも無理ないよ、ウォーリー。」伯爵は滑らかに返した。「きみの客人の一人が、パーシモン嬢を襲ったんだよ。」
「襲った!?」フィッツロイが鋭く聞き返すのと、彼の目にふらふらになったクローディアがローレンスに支えられて館を出て行くのが入ったのが同時だった。「誰が?なにで?いつ?どこで?」
伯爵は手をひらひら振って、鼻を鳴らし、「テレビのリポーターみたいな真似はやめてくれよ。」きつい言い方をした。「アーチーとかいう名前の無礼者が、あの気の毒なお嬢さんに薬を飲ませたんだ。」
「アーチー?カナダ大使館の?」
わ、知らなかったな。「誰だっていいけど、要はそいつがきみの書斎で、彼女に乱暴しようとしたんだよ。」
「書斎?」
この反応を見て、噴出しそうになるのを我慢するのは大変だった。さて、仕上げだ。「SISの連中が協力してくれて、警察が来るまでその男を取り押さえてくれてるよ。」
「警察?」
彼は鸚鵡返しにそう言った。「『閣下』の肩書きで呼んでもらえるかもね。」伯爵は皮肉っぽく言った。さっき呼び止めた使用人が、彼のコートと少佐のショールを持って戻ってきた。伯爵は礼を言い、雷に打たれたように立ち尽くすフィッツロイに向き直った。「クローディアをどう慰めていいかわからないよ。彼女をここに連れてきたのは、別れたばかりの男のことは忘れて、少しでも楽しいことが見つかればいいと思ったからであって、こんなひどい目にあったり、あんなちんぴらにあつらえたばかりのディオールのドレスを台無しにされるためじゃなかったんだよ。」
言うだけ言うと、伯爵は相手を押しのけてその場を去り、少佐の後を追った。少佐はまだドアのあたりにいて、ロレンスに支えられるままに石のベンチに腰掛けていた。ロレンスは、伯爵が期待していたよりもずっと真剣にクローディアの心配をしているようだった。
「グローリア卿、パーシモン嬢を医師に見せるべきだと思う。」女装中の少佐の肩にショールをかける伯爵に向かい、ロレンスはそう言った。「気を失っているようなんだ。」
言われなくても判ってるよ。伯爵は黙ってうなずいた。それからふたりは少佐を立たせた。少佐にはまだわずかに意識があり、ドイツ語でうわごとを言った。伯爵にはいくらも聞き取れず、そのほとんどはちんぷんかんぷんだった。「私の車があそこなんだ。」かれは柔かく告げた。「このまま病院へ向かうよ。」
「同行させてもら・・・」
「ここに残って警察に逢うべきだと思わないか?きみ、あいつが逃げてもいいのかい?少佐になんて言うつもりだ?」
「そうだった。」ロレンスは背筋を伸ばした。「義務を回避するわけにはいかない。女性をこんな風に扱う男は、厳しい懲らしめを受けるべきだ。」そういいながら、大股で歩み去った。
「まぬけなやつめ。」伯爵は鼻を鳴らし、周囲の暗闇を見回した。「Aくん、みんなはどこだい?」彼は真面目な口調で言った。「少佐はまだなんとか自分の足で立ってるよ。」
「こちらです、伯爵。」声とともに、すぐそばの暗闇からZが姿を現した。何人かの部下が続き、ぐったりした上官を支えて待機していた車まで運んだ。数分のうちに、彼らはパーティのあった館から遠く離れたところにいた。
伯爵は眠っている少佐を見やった。「大丈夫です、伯爵。薬が効いているだけだそうです。」
伯爵はうなずき、席にもたれ、目を閉じて安堵のため息を漏らした。
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