Fried Potatoes com - FEET OF CLAY 05 Falling Apart
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Falling Apart - 砕け散った世界
クラウスにとって暴力は日常茶飯事だった。自身の存在価値の一部ですらあった。この世の醜い一面は見慣れてきた。世界の暗黒面を知っていた。彼はそれとともに、そしてその中で生き延びてきたのだった。もう何十年も、死と暴力ととのあいだに折り合いをつけながら過ごしてきたのだった。だがドリアンはそうではなかった。彼の魂は美を求めて叫び声をあげていた。
クラウスはドリアンが緊急医療用のヘリで空輸されてゆくのを見上げていた。脱走兵たちは救急車で運び出されていった。救援が到着するまでの間、クラウスはドリアンの美しい肉体を蹂躙した男たちを殺すか、あるいは回復しないような障害を与えてやりたいという衝動と戦っていた。彼はその後、二人組の男がその週の始めに読んだ報告書の中の男たちであることに気付くことになった。彼らはNATOのGeilenkirchen空軍基地から脱走した修理兵だった。彼らは祖国を離れて、旅の恥はかき捨てという気分のまま、無茶な暴走に歯止めがかからなくなったのだった。
脱走兵たちは治療後には米国へ戻され、法の裁きを受けることになる。同時に彼らは軍法会議にかけられ、その後は監獄での長い時間を過ごすことになるだろう。
クラウスにとってそんなことはどうでもよかった。そんな先の話はいい。彼の胸中から離れないのはたった今、現在の話だった。クラウスが病院について一時間もしないうちに、部下たちもまた到着した。
待合室に部下Aが現れた時、クラウスは自分で自分を笑った。真夜中にも関わらず部下はやってきた。上官の司令を受ける準備を整えて。少佐はなぜこんなことにも思い到らなかったのかと自分を訝しんだ。
「少佐?」上官からの命令が即座に下されないと見て取るや、Aは声を掛けた。
クラウスは深く息を吐いた。「煙草はないか。」彼は疲れた口調で言った。それと、なにか強い酒と。彼は立ち上がり、部下を連れて部屋の外へ出た。
Aがこんな少佐を見ることは滅多になかった。鉄のクラウスが精神的な衝撃を受けているとは。もちろん、静寂を求めて自分の別荘に足を踏み入れたら、エロイカが不審者に強姦されている最中だったというのは、衝撃を受けるには十分な出来事だったろう。
「基地のアメリカ軍と協力体制に入るべきでしょうか?」Aは尋ねた。
クラウスはそれを考えながら、時間をかけて煙草を吸った。「いや、それはBにやらせよう。やつはそういう任務に向いとる。きみには全体の指揮をとってもらいたい。これは外交的な悪夢になるだろうな。」彼はそこで言葉を切り、それから突然尋ねた。「ボーナムとは連絡をとることはあるのか?」
「はい。知らせるべきでしょうか?」
クラウスは頷いた。ボーナムは、ドリアンと自分のことを知るたった二人の人間のうちの一人だった。もう一人は少佐の執事だった。執事は二人が逢う前の山荘の準備を担当していた。クラウスには執事の態度が意外だった。彼は執事が直ちに父親にそのことを知らせるだろうと思っていたのだ。だが彼はそうしなかった。実際には、彼は伯爵に対しゆるぎない敬愛の情で応える、非常に信頼できる腹心となり得ることがわかった。
「あまり詳しいことまで言わなくて言い。」彼は驚くほど落ち着いた口調で言った。「伯爵が怪我をしたとだけ伝えておけ。詳細は到着してからでいいだろう。」
「了解しました。」Aはほんのしばらく少佐を見つめた。「山荘へ誰かを派遣しましょうか?」
この質問に対する返答には長くかかった。上官の指示を待つ静寂の中で、不審者が侵入したときに伯爵は山荘で何をしていたのだろうとAは考えた。エロイカは、またなにか上官に対する悪戯を仕掛けるために山荘に入り込み、そこで脱走兵たちに襲われたのだろうか。事実が明らかになっていない現時点では、それが部下たちの推測だった。
「そうしてくれ。Gが妥当だろう。家政婦ということにしておけ。警察の目を引かんから、そのほうが動きやすい。」
「了解しました。」
「警察の事情聴取に応じんとな。」少佐は疲れの滲んだ声で言った。「その間しばらくここを離れる。」
Aはうなずき、下された指令を実行すべく立ち去る前に、もう一度少佐の'顔を見つめた。
クラウスはAを目で見送り、今そこで煙草をもみ消したばかりの塀に寄りかかった。それから次の一本に火をつけ、腕を組んで警察が彼を呼びに来るのを待った。事情聴取が始まり、終わった。彼は自分の世界の崩壊が始まるのを感じた。
* * *
「グローリア卿はあと数時間は目覚めないはずです。」医師がそう告げた。
クラウスはうなずいた。自分がこの目で目撃した出血量だけでも、ドリアンがその事件の間にどれほど深刻な障害を受けたかがわかった。攻撃を受けた部分に明らかな裂傷があっただけではなく、挿入された異物と拳によって内部がひどく損傷していた。全身に受けた攻撃にもかかわらず、奇跡的なことに顔には一切の裂傷がなかった。だが酒瓶で殴打された頭部はそうではなく、縫合を必要とした。また、昏睡状態に陥っているのはその頭部の打撲によるせいもあった。
クラウスが病院に到着したばかりの時、ドリアンは内部の裂傷を縫合する外科手術の最中だった。事情聴取を終えたクラウスが病院に戻ると、ドリアンは手術を終えて集中治療室で眠っているところだった。
クラウスは尋ねられるとわかっていた数々の質問を甘んじて受けた。心配していたほどの難作業ではなかった。彼の山荘はしらみつぶしの捜索を受けており、捜索が終わる頃の山荘はどんな状況になっているだろうかと考えた。あの呪うべき下種どもの罪状を確定するのに、次の世紀までかかって証拠を集めてもまだ足りないというのか。
病院へ戻るなり、クラウスは伯爵の状態を説明できる担当者を捕まえた。彼は伯爵はNATOの外部契約者であると偽り、伯爵がドイツ国土に滞在している間の身元責任者は自分であると告げた。それから、伯爵の外傷に対して医師が施した治療の内容に、黙って耳を傾けた。
* * *
何者かが近づいてきたとき、クラウスは待合室でうたたねしていた。その何者かは、ドリアンが集中治療室から病室へ移ったとクラウスに告げた。伯爵は病室でぼんやりと目覚めたが、麻酔のせいで自身の身に何がおきたかはっきりと理解するほどに明晰な意識は取り戻さなかった。
案内されて伯爵の病室に向かいったクラウスは、自分でも驚くべきことに、何も考えたくないと感じている自分に気づいた。事実を認めたくなかった。彼はあらゆる種類の暴力と日常をともにしてきた。あやうく命を失う破目に陥ったことも一度や二度ではなかった。だがこんな気分になったことはこれまで無かった。
彼はドリアンの病室の前で数分間立ち止まり、ドアの内側に見出すかもしれないものへ心を準備した。病室へ入ると、そこには打撲の跡に包帯を巻かれた伯爵が、体をこちらに向けて寝息を立てていた。彼は楔形の抱き枕を背に当てて、その姿勢を保っていた。体の正面にもいくつかの枕を置いて寝姿を固定していた。
クラウスは枕元へ近づき、伯爵を見下ろしながら顔にかかる髪を優しくかき上げた。ドリアンの顔には殴打によるあざが残り、唇は腫れていた。頭には包帯が巻かれていて、その下には縫合を受けた裂傷あるはずだった。手首には縛られていた紐に対する抵抗の跡が擦過傷として残っており、同じものは足首にも残っているに間違いなかった。
クラウスは椅子を引き寄せ、ベッドの脇に座った。彼は座ったまま、伯爵の顔を長い間見つめ、十年前に何が起こったかを思い出した。ドリアンにこの身を与えたあの夜の驚きを。
記憶にある限り初めて鉄のクラウスはついに我を失い、嗚咽を始めた。
* * *
クラウスは数分後に平静を取り戻そうとつとめた。ドリアンは彼が自制心を失っているところなど見たくないだろう。彼は手の甲で涙をぬぐうと、ハンカチを取り出して鼻をかんだ。そのとき、誰かが背後で息をを飲む気配に気づいた。しまった!
「少佐?」おどおどした声が続いた。
Zか!なんてこった!
クラウスは、自分が泣いていたのを取り繕うすべが無いことを悟った。目が赤く、頬には涙の跡があるだろう。彼はドアの方へゆっくりと振り向き、茫然とした部下が信じられないというように目を見開いたまま部屋の入り口に立ち尽くしているのに目をやった。いたたまれない静寂が続いた。双方がどう口を開くべきか判らずにいた。
クラウスがついに深く息を吐いた。「なにか用か?」彼はできる限り平静な口調でたずねた。
Zはどもりがちに答えた。「は、はい。A先輩に言われてここに来ました。ぼくがここに残れば、少佐は・・・」彼の言葉はそこで途切れた。そしたら少佐は忌々しい伯爵の隣にずっと座っていられずにすむ。どうしてこんなことに。いったいいつから?
「そうか。」クラウスは年若い部下を見つめた。
その凝視がZに北の凍った平原を連想させた。彼は神経質に咳払いをし、小さく一歩前に出た。「少佐。これは高度な機密に属すると思われます。」彼は口を開いた。「もし機密保護のためにはぼくをアラスカに送ったほうがいいと思われるなら・・・」彼は言葉を続けられなかったが、意味するところは明らかだった。
少佐は忙しく瞬きをした。「その必要はない、Z。」彼は視線を戻し、眠ったままのドリアンを見下ろした。
Zはほっとしたようにため息をついた。「少佐。」彼は恐る恐る言った。「ぼくが伯爵を見ていますから、その間に睡眠をおとりください。」
「後でいい。目が覚めたときに、そばにいてやりたい。」
「了解しました。」それ以外の何を言うべきか思いつかないうちに、後ろのドアが開いた。幸いなことに彼はまだドアの前にたっており、ドアは彼の背にぶつかって止まった。Zは少佐をしっかりと見つめてから、身を翻してドアの外へ出た。外にいたのは驚いた顔のAだった。
「Z、なんで交代していないんだ?」
「少佐から、半時間後に起こしてくれと言い付かりました。」彼はそう言ってドアを閉めた。
Aは瞬きをして頷いた。上官の思惑を推測するのは賢明ではなかった。
「少佐にコーヒーお持ちします。」Zはそう言って、下のホールへ降りようとした。
AはZを見て胸の中でうめいた。普段ならベッドにいるべき時間だ。出来の良い妻に恵まれたことに感謝しなければ。夜の自宅で電話を受けた時もグラディスは黙ってスーツを用意し、ネクタイまで合わせてくれた。一段落ついたらなにか埋め合わせを考えよう。
「ぼくもコーヒーを飲むとしよう。」Aはそう言ってZのあとに続きながら、伯爵の病室にちらりと目を遣った。「少佐もたぶん、夕食はとってないだろうな。」彼は何の気なしにつぶやいた。
Zはエレベーターのボタンを押して答えた。「コーヒーと一緒になにかお届けします。」
二人の前で、エレベーターのドアが開いた。
「これはきっと大騒ぎになるぞ、Z。」
Zは彼を見つめ、深いため息をついた。あなたには半分も判っていない。
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