このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/07/02

Peripeteia 04 - by Sylvia





By the Pen - Peripeteia
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。






使用人用の階段を降りきったときにも、クラウスはまだどういう処置をとるか決めかねていた。この口数の多いこそ泥に二度と屋敷の周辺をうろちょろするなという警告を浴びせて警察に付き出すべきか、それともその手間と時間を惜しむべきか。彼は重罪人の背中を小突き、右手の厨房のほうへ向かわせた。通報すべきだろうな、と考えた。もうすでになにかをちょろまかして可能性もある。招待客の宝石やら、目をつけたその他のこまごましたガラクタ・・・。知れたもんではない。だが身体検査をして無駄だろう。どこかに隠しこんでいるに違いない。どこか、このこそ泥かその共犯者があとで獲物を取りに来られるようなどこか。


目障りな盗人だ。ただでさえよく無い気分をさらに最悪にしやがる。物事をひっかきまわす。じろじろと貪欲な目付きでおれを眺め回す。まるでおれがメニューに載っている写真付きの料理かなにかで、おまけにそいつは空腹の極みにいるかのように。なぜいつもこういうやつが付きまとってくる?なぜおれはこういう男を引き寄せるんだ?ねじくれた欲望を持つ男、そう、まるであいつのような・・・


いや、待て。


この泥棒はギャラリーに忍び込んできた。あの部屋には価値を認められた多くの絵画と、あの厄介事の種がある。「紫を着る男」だ。こそ泥はおれに私的な質問をし、窃盗の意図を指摘されると平気な顔で言い訳を並べた。おれの尻を不躾に眺めやがった。


顔が大きいように思えた。体つきもちがっていた。だがそれは詰め物と変装用のメイクの結果かもしれない。黒いショートヘアは、明らかによくできた人工のものだった。黒い瞳はコンタクトレンズだろう。肌の色が暗めなのは、メイクのせいかそれともこのために事前に慎重に日焼けしたのか。それを差し引くと、体つきは同じだった。背が高く、ほっそりしていて、ほどよく筋肉質である。腰や腹に詰め物をすることは考えなかったようだ。虚栄心からだろう。クラウスはそう結論づけた。そして訛り。イタリア人の訛りを真似ているのかもしれなかったが、実際には英国人がイタリア訛りを真似ているように聞こえる・・・


「エロイカだな。」クラウスは落ち着いた声でそう言った。クラウスの前で伯爵が一瞬ふらついたように見えた。泥棒は顔を上げると、濃い睫毛の下に精一杯の無垢の色を浮かべた。


「なんですって?」


「エロイカだな、と言ったんだ。貴様のことだ。」クラウスは英語で辛辣に告げた。奇妙な感覚が胸の中に沸き上がってきた。はっきりとした怒りを爆発させる機会を得たことをむしろ歓迎した。「こんなところでなにをしている。」


「きみにどうしても会いたくってね。」悪名高い窃盗犯は艶めかしい笑みを浮かべて答えをよこした。


「なるほどな。そしてついでに盗めるものは盗んでおこうという魂胆か・・・」


クラウスの、よく訓練された冷静さが言葉の途中で消えた。毒をこめた侮辱の言葉が噴きこぼれるように湧き上がった。手癖の悪い泥棒の顔に浮かんでいたわざとらしい作り笑いがさっと消えた。


用意していたような悪罵が次から次へと口からこぼれた。書斎を出て大広間へ向かおうとしているある男のを見た瞬間、クラウスは氷のように冷たい’衝撃に我を失ったのだった。






伯爵が何か言おうとしていた。だがクラウスは彼をわきに手荒く押しやり、広間へ走り出た。磨きぬかれた寄木細工の床が、急にぼんやりと揺れたように感じられた。耳鳴りのあまり、口を開いたときに自分の声すらはっきりとは聞こえなかった。自分の声が、ありえないほど遠くで響いているように聞こえた。


「出て行け!」


男は、クラウスが最後に見たときよりもずっと年老いていた。がっしりした体つきが、やや太り気味になっていた。そして常に自慢げにしていた、アスリートとしての敏捷な姿勢を失いつつあった。顔の皺がより深く刻まれ、額の生え際が後退していた。もう十年以上もこの男の顔を見ていなかった。クラウスは、時の流れという当たり前の事実に衝撃を受けている自分に気づいた。


彼はクラウスより背が低かった。クラウスが何よりも驚いたのは、何故かその些細なその事実だった。


「屋敷から出て行け。ここの領地に二度と足を踏み入れるな。」


クラウスの名付け親は狼狽したようにたたらを踏み、彼のほうへ手を伸ばした。クラウスはその手を払い落とした。衝撃と激怒とその他の感情に、体が震えていた。


「クラウス、頼むよ。私たちはいい大人だろう?私がここへ来たのは、きみと仲直りできるんじゃないかと思って・・・」


「出て行け!」クラウスは叫んだ。こんなふうに叫んだりしないと、心に決めていたのではなかったのか?


ロバート・トビアスはさっと体を引いて振り返り、書斎から彼に続いて出てきたクラウスの父親の方を向いた。「だから言ったろう、テオ。彼は全く変わってないよ。」クラウスの父の顔には、雷のような激怒が浮かんでいた。


「クラウス!」


クラウスは自分の右の拳がその老人の顎を殴打するのを見た。殴った瞬間の衝撃も感じた。だが、それはなぜか遠い世界での出来事のようにしか感じられなかった。


そのトビアスという名の人間のクズは、勢いよく壁にぶつかって跳ね返り、床に崩れ落ちた。クラウスの父が急いで駆け寄り、助け起こそうとした。父親の顔は驚愕と激怒で塗りつぶされていた。「クラウス。ただちに客人への謝罪を命じる。」


「お断りします。」


そしてクラウスはその男と父親を背後に残したまま、大またで大広間へと立ち去った。震えが止まらず、今自分が何をしたかを考えるには茫然としすぎていた。彼は父親に歯向かった。父親が何を言おうとしているかを歯牙にかけなかった。自分が血の気の昇った顔色でいることも気にかけなかった。彼が試みたのは、あの腐りきった男をここから追い出すこと、視界から追いやること、二度ととその顔を見ないで済むようにすることだった。


外へ通じるドアが開いていた。彼が開けたのだろうか?それとも執事が?どうでもいい。考える気もなかった。トビアスがよろめきながら階段を下り、降り切ったところで膝をついていた。父親はどこだ?だがそれもどうでもいい。なぜならトビアスが外へ出て車寄せを横切ろうとしていたからだ。足首を捻ったかのように片足を引きずっていた。そうであればいいとクラウスは’思った。自分があの男をの足に怪我を負わせたのだと。そして顎。顎を割ってやったのだと。もっと早いうちにこうしておくべきだったのだ。殺しておくべきだったのだ。殺すべきだったのだ。だがある理由でそうはできなかった。切望していたにもかかわらず。恐ろしいほどに深く渇望していたにもかかわらず。そしてその渇望が、今なお彼の体の中に燃えたぎっているにもかかわらず。


トビアスが何か叫んでいた。だがクラウスにはその声を聞いていなかった。男は車に戻り、そこで動かなくなった。この男はまだ何故生きながらえているのだ?クラウスはそう思った。この男を殺したかった。なぜまだ殺していない?なぜ殺さなかった?


そしてその瞬間、クラウスは突如として突き抜けるような、めまいを覚えるほどに自由な感覚を覚えた。まだ間に合う。かつてはできなかった。だが時は流れ物事は変わった。そしていまならまだ間に合う。いまならできる。



「キーはどこだ?車のキーが見つからないんだ、」


殺せる。殺してやる。おれを止めるものはもはやなにもない。



背中への衝撃を感じる間もなかった。血の色に縁取られた暗黒に呑み込まれるのを、とうに予期していたことのように受け入れた。猛り狂う激怒と嫌悪のなかに、一瞬のうちに溶け落ちた。自身の力量に感じた勝利。この男の息の根を止めることへの、無条件の意思。


「次に会うときは殺す。」


気を失う前に自分がそう叫ぶのを聞いた。相手の目に浮かんだ恐怖から、自分が真実を告げていること、相手がそれを理解してることが分かった。


その男の首を絞め、頚骨を折る。縊り殺す。眉間に弾丸を撃ちこむ。鼻骨が脳にめりこむまで殴りつける。・・・どの方法でもいい。その時にはクラウスが勝利をおさめる。







<続く>

0 件のコメント:

コメントを投稿