このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/07/09

Peripeteia 05 - by Sylvia






By the Pen - Peripeteia
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なんてことだろう。こんなことは計画には全く入っていなかった。本来であればもうとっくに、ドリアンがこの手に盗み取りたいと渇望しているあの息づく肉体のせめてもの身替わりに「紫を着る男」を手に入れて、意気揚々とこの屋敷を後にしているはずだった。すでにこの国を離れているはずだった。少佐を後に残して。・・・いや、どうせまたすぐに彼のもとに戻ってくるのだろうけれど。

だが現実はそうはいかなかった。手下の者たちを乗り込ませてあった食料配達用のトラックはすでに屋敷に到着し、食料だけを下ろして去ってしまっていた。ドリアンと目的の絵と、そしてもちろん少佐も屋敷に残したまま。伯爵は手下の者たちの進言に耳を貸さず、屋敷に残った。絵を運び出せる機会を狙っていると説明したが、ボーナムがそれを信じているとは思っていなかった。

本音はこうだった。今の少佐を一人にはしておけない。仮にあの恐るべき感情の爆発を目撃しなかったとしてもだ。少佐にはやはり私が必要なのだ。ドリアンは以前からそのことを知っていた。今起こった出来事は、あの頑固なドイツ人にそのことを知らしめる機会になるのかもしれない。彼はそう考えた。

誰かがあれほど取り乱して凶暴になるところを見たのは初めてだった。その誰か愛する少佐であってさえ、それは背筋の凍るような光景だった。彼は少佐が怒髪天を突く有様を、これまでは十分に楽んで眺めてきた。かつてドリアンに、磨きぬかれた鋼鉄の輝きが美しいと語った男がいた・・・。その鋼鉄と同種の美が、危険の香りと鍛え抜かれた攻撃力と猛り狂った怒りに裏打ちされ、美しい肉体の中に混じりあい、燃え上がるのをドリアンは何度も見た。誤解を恐れずに言えば、怒りをあらわにした少佐は他のどんなときよりも・・・そう、ドリアンをそそった。だがドリアンとて、声の限りに叫んでいるクラウスの服を脱がせようとまでは考えていなかった。

もちろん、あの短気な想い人にそんなことを告げたことは無い。そんなことを言うのは幾度かベッドを共にして、クラウスの鎧をもうすこし蕩かしてからにすべきだろう。そう、ほんの少し。ドリアンはクラウスを変えたくなかった。私を怒鳴りつけない程度に柔らかくなってくれればいい。そう、ベッドに引きずり込むために。それ以上の変化は無用だ。

だが少佐が父親の友人に向けた激怒は常軌を逸しているとしか形容できない種のものであり、ドリアンの厳しい美の基準にはそぐわなかったし、魅力的でもなかった。クラウスが激怒したところを見たことがあったと考えていたのは、間違いだったのだ。素手で相手を殺すところまではごくわずかだった。だれもそう口に出しては言わなかったが、老エーベルバッハがライフルを持ち出していなければ、トビアス某は明らかに息の根を止められていただろう。ライフルには、猟場の管理人が野生動物を捕獲し獣医に引き渡すための麻酔をこめた弾丸が充填してあった。

目覚めたあとの少佐の処置がどうなるのかは、だれにもわからなかった。老エーベルバッハがクラウスの廃嫡だけでことを済ませず、自ら手を下して不肖の息子を始末したとしても、今なら誰も不思議には思わないだろう。とはいえ、老エーベルバッハの後継者としてはクラウスしかいないのだが。クラウスが従兄弟の結婚式を台無しにした事件は、無差別テロと同様に衝撃的な出来事だった。

意識を失ったクラウスの世話を任されたのがドリアンだったというのは、なんという幸運だったろう。彼はすぐにそれらしく身分を偽った。私は卒業間近のベネチアの医学生で、ただいまヨーロッパ中を放浪中なんです。もう少し足を伸ばすために旅先で紹介してもらった臨時のアルバイトがここでの結婚式のウェイターでした。・・・誰もがこの厄介ごとを他人に押し付けたがっていたから、二・三時間のあいだ少佐の面倒を見ようという者が現れたことを有難く思った。野次馬は死にそうに息をつくトビアスの周囲を取り囲み、ドリアンが少佐を寝室へ担ぎ込むのを喜んで見送った。

ドリアンがそう申し出なければ、老エーベルバッハは意識の無い息子をそのまま車寄せに捨て置いていたかもしれない。

麻酔弾の効果がいつ切れるのかは、だれにもわからなかった。ドリアンに問い詰められた猟場の管理人が断言するには、一発の命中で一般的な体重の若い牡鹿をたっぷり半時間ほど眠らせることが出来るという話だった。

だが少佐はほぼ三時間ほども昏々と眠り続けた。ドリアンは次第に不安を感じ始めた。目覚める兆候が何もなければ、本物の医師を呼んで血液検査かなにかそういったものをさせるべきなのかもしれない。少佐の体重はどう見積もっても平均的な牡鹿の六分の一より下ということな無いはずだった。それともそうなのか?だが担ぎ上げたときは十分に重かった気がしたが・・・。

ドリアンはついに意識の無いクラウスの服を脱がせるチャンスを得たが、それを楽しむ気には到底なれなかった。靴を脱がせ、ボウタイとジャケットを取り、そしてもちろんシャツの胸元を緩めた。介護をするものとして当然の行為だった。心配が大きすぎて楽しくは感じられなかった。そもそもドリアンには酔った男を解放しながら脱がせるといった趣味もない。それにこれは深刻すぎる事態だった。そしてまた、少佐がいつ目を覚ますか判ったものではないし、目を覚ましたときにドリアンが何をしているかによっては、さっきと同じ常軌を逸した激怒にもう一度火をつけるのかもしれなかった。

それにもかかわらず、ボタンを外したシャツの下のなめらかな胸に手のひらを滑らせたいという欲望を、ドリアンは抑えることが出来なかった。というより、抑えようという努力もあまりしなかった。だが何とかして心を落ち着かせねばならない。そこでクラウスの脚に目が釘付けになった。美しい脚。水泳選手のような二本の脚は、ほっそりした腰と幅のある肩幅によく似合っていた。この魅力の前では、クラウスの脚の上で手を二・三度遊ばせたからといって誰もドリアンを責められないだろう。それに少佐はタキシードの下をまだ穿いたままだったのだし。触った感触では、クラウスの下着はまるでフランネルか何かのように分厚かった。6枚ぐらい重ね穿きしてそうな感触。なんと歯がゆいこと。

「きみがちゃんと目を覚ましていて、私に協力的だっていうなら楽しいんだけどね。」クラウスの黒髪をゆっくりと手櫛で梳きながら、ドリアンはため息をついた。髪は、ドリアンが思っていたよりもずっと柔らかかった。絹のように。そして自然な光沢があった。彼の肉体の他の部分と同じように、ただ美しかった。

どうしてあんなに激昂したんだい?驚いたよ、実際。わたしがあんまり度を超えてからかい続けたら、きみはそのうちあんなふうに気が狂ったように我を忘れて逆上してしまうんだろうか・・・

ドリアンは身震いをして、手のひらの中の黒髪をくしゃりと握った。ひどい男だよね、きみって。せめてもう少し醜く生まれてきてくれればよかったのに。

「あの老いぼれ、一体全体何をしでかしてきみをあんなに怒らせたんだろう。」彼は考え込んだ。考えながら、片手がうろうろと少佐の胸元をさまよい、むき出しになった鎖骨を軽くなぞった。少佐は確かに癇癪持ちだったが、それでもドリアンが知る限りあそこまで我を忘れて逆上することは、これまで一度も無かった。

彼は愛しい狂戦士の心拍音に注意深く耳を傾けた。それはしっかりと規則的に鼓動を打っているように思えた。見たところ、胸毛はなかった。完全な形の胸筋には、余分な筋肉は何もついていなかった。みぞおちの下には真っ直ぐな腹部が続いた。思った通り、余計なものをすべて削ぎ落としたような腹だった。素晴らしい。ドリアンの手の平の下で、がっしりした暖かい肉体が息づいていた。そう、長い時間をかけてとうとうきみはわたしの・・・

「麻酔で眠らされてる相手に変ないたずらなんかしないからね、わたしは。」ドリアンはひとりごちた。もう三時間ほども、ずっとそうやって自分に言い聞かせているのだった。だが自己抑制の力はどんどん弱まっていた。「そこまで下劣じゃない。そこまで堕ちないよ。たとえきみが永遠に知らないととしても、わたしは倫理的で英雄的であるべきなんだ・・・。できるだけ・・・、なるべく・・・・」

別のことを考えて気を逸らす手助けになりそうなものは、寝室には何も無かった。ホテルの部屋にだってこれほど無機質でよそよそしい部屋はない。壁には一枚の絵すらかかっておらず、家具はベッドとクローゼット、そして一組の机と椅子だけだった。机の上には何も無かった。家具は実用的で特徴が無いことだけを基準に選ばれたようなものだった。中世スタイルの古風な窓枠と、そこにしつらえられた作り付けの腰掛がなかったら、この部屋は今までドリアンが少しの時間なりとも滞在しようと自分の意思で決定した中では、最もひどい趣味の部屋ということになっていただろう。これまで過ごした中で最悪の部屋よりややましといったところか。最悪だったのはドーバーの近くの名前も忘れてしまった朝食つきの安宿で、そこで三日間も足どめをくらったのはほとんど拷問だった。それ以来ドリアンはピンクとオレンジの花模様の壁紙と、グリーンに塗られた家具を病的に嫌っていた。


眠ったままの少佐が微かに鼻を鳴らした。眠っている・・・少なくともドリアンはそう信じたがっていた。泥棒は急いで手を引っ込めた。愛しい愛しい相手の、・・・ベルトの金具から。なんて悪いタイミングなんだ!良心の呵責を押さえつけた瞬間に目を覚ますなんてさ!

「少佐?」

意識を失ったままの男の息遣いが不規則にゆらいだ。覚醒に近づくにつれ、横たわった体が強張り始めた。身動きが始まり、四肢が緊張と弛緩の間を行き来した。ドリアンはため息をのみこんだ。気の毒に・・・。眠りの中ですら緊張し、追いつめられているらしい。時折正気を失って怒鳴り散らすのも無理は無い。この積もり積もった緊張のはけ口として、何かもう少し楽しいことを探さなきゃね。

「クラウス、」彼は少佐の耳元に口を寄せてささやいた。生え際の柔らかい髪が息で揺れた。「起きてくれよ、ダーリン。」

それこそ弾丸で撃ち抜かれたように少佐ははっきりと目を覚ました。同時に、全身の筋肉に力がみなぎった。かろうじて押さえつけられていた激情が、鋭い叫び声をあげながら解き放たれようとしていた。クラウスはドリアンの手の下で体をひねり、ベッドの反対側で素早くうずくまって顔を上げた。

ぎらついた、しかし当惑を浮かべた緑の双眸がドリアンを見た。信じられないという顔つきだった。ドリアンは少佐の表情に思いがけない感情を見て取った。少佐は狼狽していた。それがはっきりわかるまでに、たっぷり二度の呼吸分の時間が必要だった。その狼狽はやがて刺すような警戒の色に取って代わったが、少佐はそれでもうずくまった姿勢を崩さなかった。

「ドリアン・・・?」

ドリアンの息が止まった。ファーストネームで呼ばれるのは初めてだった。いつもなら「エロイカ」、もしくはよそよそしく「グローリア卿」だ。ドリアンは今の驚きをクラウスに伝えるのはやめにした。大げさに騒がなければ、ひょっとするともう一度そう呼ばれることがあるかもしれない。

「そうだよ。」彼はささやくように答えた。

「やつはまだここにいるのか?」

「わからない。」小声で答えてから間をおいて少し咳払いをし、普通の声に戻した。「ここを離れたがっているように見えた。でもぶるぶる震えていたね。きみの父上があの男を座らせて、ブランディか何かを飲ませていたよ。」

少佐は唇を薄めて鼻にしわを寄せながら体を起こし、ベッドを降りてためらいながら立ち上がった。目を細めてドアのほうを見やったが、その目からは数時間前の手の付けられない激昂は消えていた。それでもなお、その目は嫌悪の感情を隠しきれていなかった。

「おれが下に行く前に、あの男はここを離れたほうがいいだろうな。」少佐は低い声でそう言った。ドリアンに話しかけているようには聞こえなかった。

「あの男はどこかの機関の諜報員なのかい?」ドリアンは思い切って訊ねてみた。それが、彼が唯一たどり着いた推測だった。

クラウスはしわがれた声で笑った。「おれが知るかぎりそれはない。あの男ならやりかねんがな。」少し考えて付け加えた。「ほかの連中も、どうだかわからん。」そう口にしながら、彼はドリアンのほうに目を向けようともしなかった。声からは怒りを嫌悪が消え、空洞のような感情だけが残った。

「それで、あの男はなにをしでかしたのかな。」


その質問を完全に無視し、体をひねって背中に手を伸ばした少佐は痛みに眉をしかめた。麻酔弾で撃たれた傷口の血は乾いていた。「言わんでもいい。親父がおれをライフルで眠らせた。そうだな?」

ドリアンはゆっくりと肯いた。もしかするとこれが初めてではないのだろうかと疑ったが、その答えを知りたいとも思わなかった。もし麻酔銃が無ければ、老エーベルバッハは通常のライフルで息子を撃っていたのだろうかとさっきまで考えていたのだった。その答えはもっと知りたくなかった。


「おれはどのくらい眠っていた?」


「三時間ってとこかな。」


少佐はうなずき、もう一度ドアを見遣った。ややあって彼は目を逸らし、窓のほうへ向かうと、両手を窓枠について身を乗り出した。屋敷の後庭は幾何学的配置な配置の庭園にしつらえられており、夜間照明がそれをあかあかと照らし出していた。クラウスはその夜景を黙ったまま見つめた。


ドリアンは我慢強いほうだとは、生まれてこの方一度も言われたことが無かった。好奇心が勝った。口に出した。


「で、きみはどうするつもり?」


返答までには長い時間がかかった。少佐がわずかに体をひねり、窓ガラスに頭をもたせかけた時には、ドリアンは返事が返ってくるのをほとんど諦めていた。頭痛でもするのかな。


「わからん。」彼は口を開いた。「いつまでここにいるつもりだ。さっさと出て行け。もめごとはもう十分だ。」


「そうそう、言うのを忘れてたよ。私はベネチア出身の真面目な医学生なんだ。」


少佐は興味なさそうに鼻を鳴らした。「医学生?」


「それで、きみが目を覚ますまで看護役を務めてたってわけさ。」


クラウスはぎくりとしたように体を翻し、ドリアンに向き直った。目に微かな狼狽が浮かんでいて、ドリアンは呆気に取られた。それはすぐにかき消すように無くなったが、だがしかし確かにそこにあったのを、ドリアンは見た。この日ドリアンは矢継ぎ早に二度も、クラウスがその感情をあらわにするところを目撃したのだった。ふたりは見つめ合ったまま、お互いから目が離せなかった。


「教えろ。」少佐は言葉を投げつけるように要求した。「答えを急がんでいい。だが真面目に考えろ。嘘偽りのない答えだけが聞きたい。できるか?」


ドリアンはせわしなく瞬いた。「もちろん・・・。きみのためならなんでも。」


予期した通りの返事に、少佐はうんざりしたような声を漏らした。「理由を教えてくれ。なぜおれを見てそうなる。おれの何がおまえをそうさせるんだ?おれのどこを見て、おまえはおれがそうだと思うんだ?答えろ!なぜなんだ!?」


「きみを愛しているだけさ、少佐。理由はそのひとことしかないね。だからきみがいつか・・・」


「そんなたわごとを聞きとるんではない!なにか理由があるはずだろうが!真面目に考えろといったはずだ。くそっ!もう一度考えろ、そして本当のことを言え!」






<続く>

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