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2012/05/16

FEET OF CLAY 08 Healing Process - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  08 Healing Process
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Healing Process - 治癒の経緯




少佐は日々の仕事に戻ろうと努めた。伯爵が暴行を受けた件に関する調査は複数の諜報機関の干渉を受け、官僚主義の中で身動きが取れなくなっているらしかった。一人の英国人が受けた、ドイツの国境内における、NATO管轄下の空軍基地から脱走した、アメリカ兵による暴行。クラウスが予見した通り、それは官僚から見れば悪夢に等しい事態だろう。そして彼自身が、犯行現場が彼の所有する不動産内だったという点において、まさにその悪夢の中心にいるのだった。


だがそれでも事態は収束に向けて動き始めていた。緊張で額に汗をかいた各方面の担当者たちをリラックスさせるのに、部下Bは意外なほどに適した人選だったことがわかった。あちこちからの横槍が少なからず入ったようだが、Bはとくに気にもせず鼻歌交じりで対応していた。どんな横槍も、彼のチームの上司と比べれば物の数ではなかったからである。


現場検証が終了して少佐の山荘が解放されると、GはZと共に病院に詰めるよう命ぜられた。そのころにはボーナムを始めとするエロイカの手下たちが到着し、伯爵の介護にあたっていた。だがそれでもNATOはものものしい警護をやめなかった。


ドリアンは数え切れないほどの検査を受けたが、そのどれもが現状を解決できるような何かを見い出せなかった。彼の身の上に起こった事件が記憶喪失の原因かもしれないし、そうではないのかもしれなかった。精神科医の報告も同様に曖昧だった。伯爵が記憶を取り戻す兆候すら示さないことがはっきりしたとき、少佐は担当医に連絡を取った。




* * *




「どういったことをお知りになりたいのか見当もつかないのですが、少佐。」ウェストファル医師が腰を下ろしながら口を開いた。「また、医師には守秘義務というものがあります。」


「その守秘とやらを当方からも強く希望する。」少佐は答えた。「今からお伝えする事情は、厳守すべき機密であるとお考え頂きたい。」


ウェストファルは顔をしかめた。「よくわかりませんね。グローリア卿の件でお見えになったとばかり思っていましたが。」


「その通りだ。」少佐は深く息を吸った。「十年前から、伯爵とは私的な愛人関係にあります。」


精神科医は目を丸くして椅子に座りなおした。「きっかり十年前ですか?」


「伯爵が目覚めて、日付を聞かれたときに答えた日の、その翌日から。」


医師はしばらく考え込んだ。それから顔を上げて、なぜ伯爵がまさにその十年の記憶を封じ込めたかを解き明かすべく、矢継ぎ早に質問を始めた。伯爵の記憶する日付から考えると、彼は少佐と過ごした日々の記憶だけを完全に封じ込めてしまったかのように見えたが、その理由は判らなかった。医師はとうとう、双方の関係が始まった経緯について、詳細に訊ねた。


少佐は椅子の中で決まり悪げに身じろぎをした。どこをどうどう取り繕っても、みっともない話だった。彼はなるべく順を追って話し始めた。伯爵から容赦なく挑発されつづけていたこと。それを振り払おうと躍起になっていたこと。考えに考えを重ねて、伯爵を追い払うために罠を仕掛けたこと。それを知った伯爵が反撃の罠を仕掛けてきたこと。山荘での対決の挙句、間一髪で伯爵を強姦しかねないまでの事態に至ったこと・・・。


「強姦、あなたが?」ウェストファルは驚きを出来る限り隠しつつ訊ねた。


「いや、やっとらん。」少佐は答えた。「だがもう少しでそうなりそうだった。やつはひどく怯えていた。そう、そしておれもだ。」


「少佐、考えられるのはこういうことです。心身ともに傷害を受けたグローリア卿が、ふたつの出来事を混同してしまった可能性があります。」


少佐は目をむいた。「なんだと?」


「どちらも同じ場所、同じ部屋で起こった出来事ですよね?」


「あ、ああ。」少佐はゆっくりと答えた。


ウェストファルは不機嫌に肯いた。「ということであれば、最初に可能性があると判断した心的傷害性の記憶喪失の診断は有効でしょう。グローリア卿に関してはこう考えられます。そのふたつの出来事の間のすべての記憶を封じ込めてしまったと。」


少佐は目を閉じ、絶望的なため息をついた。「素晴らしい診断ですな。」彼はうめいた。「で、治療法は?」


「申し訳ありませんが、時間が何よりの薬になるとしかいえませんな、少佐。時が患者を癒し、伯爵が自分の身の上に何が起こったかを直視できる落ち着きを取り戻すまでは、彼の無意識が痛ましい記憶を封じ込めたままにしておくでしょう。」


「このまま何も思い出さない可能性もあるということすか?」


「残念ながら、その通りです。」ウェストファルは同情に満ちた目で少佐を見つめた。「そういった患者たちをサポートするグループもありますよ。」彼は優しくそう言った。


少佐はさっと顔を上げた。「それは無理だ。このことを知っているのは三人しかいない。ドクター、あなたを含めても四人だ。」


「ネットで参加できるグループもありますね。」医師は答えた。「素性を隠して参加することも可能です。」


「考慮してみよう。」そう言って、少佐は立ち上がった。


「少佐、この症状に関する情報をよく理解することが、あなたのパートナーを救うことにつながりますよ。」


少佐は刺すような視線を返した。おれの、パートナー。なんてことだ。十年すべてが失われたとは。


* * *




退院の日に、少佐は病院に姿を見せた。伯爵の病室は花束とプレゼントでいっぱいだった。伯爵はひとつのこらず看護婦たちに配るように命じた。


「おやおや、きみの国からとっとと出て行くのを確認に来たんだね、少佐?」エロイカは冷ややかに言った。彼は外出着を着こんでベッドに座り、ボーナムが戻るのを待っているところだった。


「全快するまではドイツに滞在すると聞いていたぞ・・・」


「冗談だよ。」エロイカはため息をついた。「あまり上出来のじゃなかったけどね。」


「任務上、退院を見届けに来たまでだ。」少佐は穏やかに言った。


「ああ、なるほど。」エロイカは書類を点検している一群の職員たちに手を振った。「きみが忠誠を誓うドイツ政府、それからアメリカ政府、NATO本部、Geilenkirchen空軍基地の責任者。これまでのところ、口頭と書面で謝罪をよこしたのはそんなところかな。」彼は続けた。「だが私に手を出したごろつきどもからは音沙汰無しさ。」


クラウスは自分でもよくわからないままに口を開いていた。「謝罪で済む問題ではない。おまえはこんな目にあうべきではなかった。」彼は目を逸らせた。瞳の奥に傷ついたような色が光った。エロイカはそれを凝然と見つめた。


「少佐、それって、きみが私の身を案じてくれてるってことなのかな?」だが彼は皮肉めいた口調でそう尋ねた。


少佐は現実に引き戻されたように視線を戻し、不機嫌な表情で答えた。「その通りだ。」


「なぜだい。」


「それは・・・。」少佐が激情をかろうじて押さえつけた。「おまえがそんなに荒れているのが、そのせいだからだ。」


「十年だよ!十年分の記憶を失って、きみは平然としていられるかい?」


ああ、ドリアン。何を訊ねているのかわかっているのか。クラウスは視線を受け止めた。「この十年のあいだの出来事は・・・」彼はその後を続けられなかった。何をどう伝えればいいのだろう。「記憶が失われたことについては、気の毒だったとしか言いようが無い。」


「ほんとかい?」エロイカは目を細めた。


クラウスはもう一歩踏み込むことにした。「おまえの主治医と話をした。」


「どの医者?」


「ドクター・ウェストファルだ。」


「ああ、あの精神科医ね。素晴らしい。きみは私の精神科医とまで話をしたんだ。で、彼はなんと?この患者はどこかに閉じ込めておくべき変態だと?」


「少しは落ち着け。」


「落ち着いたからってどうなんだよ!」


クラウスは息を吐いた。「おまえの記憶は、おれたちが山荘で待ち合わせた日で途切れている。」彼は『山荘で待ち合わせた”最初の”日』と言いそうになった。今何を告げても、伯爵は決して信じるまい。


エロイカはさっと頭を振って長い髪を肩の後ろにやり、すぐにそれを後悔したように頭に手をやった。まだ痛むらしかった。「それで?」


「それで、もしおまえがこの十年の記憶をなんとしてでも取り戻したいと思うなら・・・」くそ、どうしてこう言いにくいんだ。「ドクター・ウェストファルは一度その場所に戻ってみることを提案した。」


「そこできみという卑劣な下種ともう一度本気で対決する、というわけだね。」


「おまえが望むなら。」


「少佐・・・」


「エロイカ、十年前に、おまえが考えているようなことは起こらなかったんだ。」


伯爵の目は疑い深げに目を細めた。「なぜ?何が起こったんだい?」


「今それを言う気はない。どちらにしろおまえは信じないだろうしな。来るか来ないかかはおまえ次第だ。」頼む、ドリアン、来ると言ってくれ!


伯爵は長い間黙ったままだった。それから深いため息をついて、ぼそりとつぶやいた。「私に危害を加えないと誓ってくれ。」


クラウスは言葉どおりの意味で震え上がった。愕然とした。「おれがあのくそアメリカ人みたいに振舞うと思っているのか!?」


「殴らないでくれと言ってるんだ。」


「くそっ、まさか。」


「私がどんな嫌がらせをしても、だよ。」


クラウスは目をそらせ、視界の隅で伯爵を見た。こいつはおれを引っ掛けようとしとるだけだ。「嫌がらせなんぞやめておけ。」


エロイカはこみ上げてくる微笑を押さえ切れなかった。少佐に小さな悪戯を仕掛けることは、どうしてもやめられない小さな楽しみだった。そしてあの薬の件以降すでに十年たっているにもかかわらず、それはまだ伯爵にとって飽きない喜びのままだった。


「わかったよ。その提案に乗るよ。きみが何をやりたがってるのかは全然わからないけどね。」


おれは、おれのドリアンを取り戻したいだけだ。クラウスは砂漠の迷い人が水を欲しがるように、ただそう思った。彼が口を開く前に、ボーナムが部屋に戻り、伯爵と少佐に声をかけた。「何か他にご入用なものはありますか、少佐?」ボーナムは何気なく聞いた。


少佐は瞬きをして答えた。「伯爵の滞在先の住所だな。」彼は伯爵に視線を戻した。「医療費は全額NATO持ちだと知ったら、ドケチ虫は小躍りするだろうな。」


エロイカは眉を揚げて答えた。「じゃあ、全快するまでたっぷり時間をかけなきゃね。」




* * *

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