Snippet #04 - Klaus in a temper
by Kadorienne
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概要: 駄々っ子クラウス。
部長が微笑んでいた。いや、微笑んでいるのではなく、してやったりとほくそえんでいるのだった。クラウスは万策尽きて黙り込んだ。所詮は無駄な抵抗だった。少佐の部下たちはおのおのが自分の机に向かい、ありもしない仕事で忙しくて顔も上げられない演技にいそしんでいた。全員が大根だった。
「正直なところね、少佐」部長はにやにや笑った。「きみがそうやってムキになって反抗する理由がよく分からんのだよ。きみにもよくわかっとる通り、彼はこの手の任務には最適な契約者だ。プロならプロらしく、自分の感情は脇にやってもらえんかね」
「あの変態といっしょの任務なんぞお断りです!」
部長の一瞥が彼に一瞬の警告を与えるのとほぼ同時に、物憂げで貴族的なアクセントの台詞が背後から投げかけられた。
「どうしてだい、ダーリン? きみの気に障るようなことでも言ったっけ?」
クラウスはぐるりと振り返って伯爵を見た。泥棒の本日のいでたちを見るなり、こめかみの血管が破裂しそうなほどに膨れ上がった。紫色のギリシャ風チュニックだかなんだかその類のものに、体の線にぴったり沿った白のボトムとサンダル、おまけに古代ギリシャ人が額に巻いていたようなバンドを同じように巻いて、豊か過ぎる巻き毛を撫で付けていた。少佐は一瞬、エロイカがハロウィーンの夜にはどんな奇天烈な格好をするのか見ないですむように神に祈った。とはいえ、この脳天気な洒落ものときたらその服装がまるで普段着であるかのようにあっさりと着こなしていた。そしてまた、彼が着るとそんな服でもごく当たり前に見えるのだった。
クラウスは何も言わなかった。叫びもしなかった。ただくるりと体を翻し、どかどかと足音を立てて自分のオフィスに戻った。普段より音を立ててドアを叩きつけながら。
ドアはほんの数秒もしないうちに開いた。クラウスは氷のような視線とぎろりと向けたが、自分の防御になるものはそれしかないと分かっていた。癇癪を起こしたクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐のオフィスに入り込もうと思うような命知らずは、この世にただ一人しか居ない。くそったれのエロイカめ。だれかこいつをなんとかしてくれ。
ドリアンはドアを静かに閉めると、ぶんむくれの少佐を優しく叱った。「あのね、少佐。人の口に戸は立てられないんだよ。」
クラウスは椅子にへたりこんだ。さっきのあの場で、この男をめっためたにぶん殴っておけばよかったとも思った。もちろんそんな事はできないのだが。
「契約を断れ。」彼は命令した。
ドリアンはやはり鉄面皮だった。柔らかに、しかし明らかに面白そうな声で笑った。「そんなことをしたらほんっとにみんなの噂の的になっちゃうよ。きみはいつもどおりにしてればいいのさ、ダーリン。今まではそこまで私を毛嫌いしてなかったろ?」彼は勝ち誇ったように微笑んだ。「とにかく、私は契約を受けるから、きみはそれを受け入れるんだ。私がきみのそばに居られるチャンスを見逃すなんて、そっちのほうがよっぽど奇妙じゃないか。」
「もし貴様が・・・」クラウスはぶつぶつ言い始めた。しかし後に続く言葉の内容に自分で気づくと、それ以上続けられなくなった。くじけずもう一度試みた。「分かってるだろうな、もし・・・」
少佐が何を言い出すか、ドリアンは辛抱強く待ってやった。その辛抱強さが余計にクラウスの気に障った。彼は伯爵の脚を蹴っ飛ばした。
「F**k you! 澄ました顔で笑うな! 怒鳴り返して来い!」
「でもダーリン、きみほど巧くできないもの。きみったらほんとに上手だよねえ。」甘ったるい返事が返った。
三種類の言語でありったけの罵倒を喚き散らした挙句に、クラウスはもう一度椅子に沈み込んだ。ドリアンはその罵倒語ごとに、丁重に目を丸くして驚いてみせた。激昂しすぎたクラウスはそれ以上の罵倒を思いつけなくなり、四つめの言語を思い出すのを諦めた。
クラウスがとうとう口をへの字に結び、凶悪な目つきで伯爵を睨みつけると、ドリアンは呑気な足取りで少佐の机に向かい、彼の椅子の側までやってきてそこに立った。そしてフンフン鼻歌でも歌いそうな様子で、だが黙ったままクラウスの机の周りを歩きはじめた。フォン・デム・エーベルバッハ少佐がこのオフィスに入ったその日から、このオフィスでそんな行為に及んだものは誰ひとりいなかった。無礼に驚いた机のほうが怒り狂って、エロイカを窓から放り出してもおかしくなかった。
つまりクラウスが口を開くまで、この沈黙は破られそうにない、ということだった。
「部長はおれの意に反しておまえを指名した。おまえと協力して任務に当たるほかに、選択肢はないようだ。」少佐はエロイカの反応を注意深く伺った。しかし泥棒はあくま礼儀正しく注意深くお話を伺っているだけだった。「この契約は単にビジネスに過ぎん。わかっとるだろうな。」クラウスは吐き捨てるように言った。
「おや、わかったよ。」ドリアンはそう言いながら、重たい黄金の巻毛を肩の後ろにさっと払った。「ということはつまり、きみは私と愛し合う気はもうない、ってことだね。」
ロマンティックな一言だった。それは、ケダモノじみた欲望に負けてしまった先月のあの夜のことを指していた。あの夜の出来事を言うには甘すぎる形容詞だとクラウスは感じた。
「鉄のクラウスがとうとう陥落したと、拡声器でアナウンスして回りたい勢いだな。」彼はとげとげしい声で言った。
ドリアンはゆるく首を振るのを、クラウスはじっと睨み返した。「ちがうさ。」伯爵はそれだけ答えた。
クラウスは表情を変えなかった。緑の瞳が、ドリアンの顔を注意深く探っていた。だが何も言わなかった。
「私のチームには知る者もいる。」ドリアンはこれまで見せたことのない真面目さで口を開いた。「隠しきれなかったからね。でも他の誰にも口外はしていない。私はきみの名誉を守るつもりだよ、少佐。」
クラウスは口の中が乾くのを感じた。長い沈黙の後に、彼は低い声で短く尋ねた。「なぜだ?」
ドリアンはクラウスの瞳の底をのぞきこんだ。真摯な表情のままだった。「それはね、ダーリン。誰にも口外されたくないときみが願っていることを、私が知っているからだよ。」
その先を続ける前に、彼は手を伸ばして指先でクラウスの頬を撫でた。クラウスは体をこわばらせたが、だが逃げなかった。ドリアンは声を落とした。声は低くささやくようで、もしその部屋に他の誰がいても、その声はクラウスにしか届かなかっただろう。「秘密にしておけば二度目のチャンスがあるかも知れないと考えたからさ。きみを手に入れるチャンスがね。」
「やめろ。」クラウスは緑の瞳をぎらつかせながらはっきりと口にした。だがドリアンの愛撫を避けることはしなかった。
「やめてもいいさ、きみが夕食に付き合ってくれるなら。」クラウスは訝しむような目を向けた。「ふたりきりの食事だよ、今夜、わたしのスイートで。何時がいい?」
クラウスは口を噤み、凍りついた。その沈黙があまりにも長く続いたので、ドリアンは少佐には返事をするつもりがないのかもしれないと考えたほどだった。だがとうとう、クラウスは掠れ声を漏らした。「七時だ。」
ドリアンは体を起こし、普段通りの軽薄な態度に戻った。「じゃあ夜までいい子で待ってるよ、ダーリン! さてと、私がドアを閉めたらそこになにか投げつけるってのはどうかな、観衆はひと騒動を期待してるよ。」
クラウスはそのばかばかしい提案を無視した。だがエロイカはドアのところで立ち止まり、振り返ると「私の背中に愛の言葉を投げつけるのを忘れないでくれよ!」と言い捨て、あろうことか派手な音を立ててキスを投げてよこしたのだった。
「ばっかもの!」クラウスは思わず反応した。手を伸ばして最初に触ったものをドアに向かって投げつけたところ、それがたまたま電話だったので、それはひどい音をたてて壊れ、電話のコードがぶつりと切れた。午前のうちに修理させたほうがいいとクラウスは思い直した。なぜなら夕方には連絡が…。
外ですくみ上がっている部下どもの様子が手に取るように感じられた。そこに伯爵のよく通る声が響いた。「ね? わかっただろ? 私がちょっと話をしたら、彼はいつも通り落ち着くんだから。」
これまでの傷跡がさんざん残るドアを眺めて、あの底抜けに不埒な野郎にも最低の分别ぐらいはあるようだと、クラウスも認めざるを得なかったのだった。
<終>
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