Snippet #02 -A ballroom, moonlight, a balcony....
by Kadorienne
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概要: 大広間での舞踏会、月明かり、バルコニー・・・
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舞踏会にはうんざりだった。任務は例によって順調に完了しそうな見込みで、そして少佐の機嫌は悪かった。ということはつまり、何も変わらぬいつもどおりの夜、だということだった。
エーベルバッハ家の知己である年配の伯爵夫人につかまり、くだらないおしゃべりに付き合わされた挙句にちょうど年頃の彼女の娘とのダンスを申し込まれたとき、少佐には余計な口実をつけて断らないだけの分別があった。これまでもこんな夜をいくつも切り抜けてきた。少なくともそれは時間つぶしにはなるし、マイクロフィルムを探しまわっている誰かへの注意を逸らすことができるかもしれない。彼は”外部契約者”が余計なものに気を取られていないことを念じた。
ちょうどそのとき、その"外部契約者"が大広間に戻ってきた。屋敷のどこまで忍び込んできたものやら。エロイカの姿が視界に入るなり、クラウスの苛立ちが沸騰した。
「それは素晴らしいですな」彼はダンスの相手のくだらないおしゃべりを唐突にさえぎった。彼女はややあっけにとられて少佐を見上げた。そのまま黙り込んだところを見ると、クラウスの相槌は全く文脈に合っていなかったと見えた。知ったことか。彼は片目でレッド・グローリア伯爵を追いながら、黙ってダンスを続けた。
苛々するにはもちろん理由があった。あのくそったれの盗人野郎の手腕であれば、賭けてもいいが目的の物をすでに見つけて、とっくに入手済みにちがいない。だがしかしなんてこったあの野郎、謙譲の美徳というものをほんのお飾り程度にでも持ち合わせているふりぐらいできんものか。もちろん、男にしておくには惜しすぎる美貌をもって生まれたのはヤツのせいではないかもしれん。だがせめて服の選び方ぐらいもうすこし考えてもよかろうが。純白のタキシードとは何事か。なんで目立たん普通の黒いやつを着てこんのだ。かてて加えて、濃紺のサファイアのピアスときたもんだ…。耳飾りだと。男が。くそっ、瞳の色とぴったり合っていやがる。奴はそれを自分でよくわきまえとるはずなんだ。とどめにあのマントはなんだ。光沢のある乳白色の布地で、たっぷり足元までの長さだぞ。いくらエロイカでもやり過ぎの仮装だろうが…。さすがに執事役は連れ歩いてはいなかったが、部下の誰かを大広間付近に潜伏させているのは間違いない。
エロイカとて相手に怖気づいたり、その場の雰囲気にたじろいだりすることもあるだろうと考えるものがいるとすれば、そいつはエロイカのことをわかっちゃいない。やつは正真正銘の目立ちたがりで変態だ。
ワルツが終わり、クラウスはマイクロフィルムを受け取るために伯爵に近づいた。受け取ってしまえば、忌々しい泥棒もその馬鹿馬鹿しい仮装のことも、いちいち気にかける必要はなくなる。少なくとも今夜は。
ダンスの列に並んだエロイカに、クラウスは疑わしげな目を向けた。クラウスはどの種であろうがダンスなど真っ平だったが、任務とあらば仕方がない。そして今夜の任務が始まるなり気付いたことが、伯爵は当然ながら忌々しいことにダンスの名手だった。エロイカは気取った靴のつま先を正装した貴族や名士たちの群れから群れへと気ままに向けて、連中がそれぞれの胸元やら手首やらにこれ見よがしに並べている宝飾品の値踏みに励んでいるだけだというのに、その姿でさえ忌々しいほどに優雅だった。隠し切れないほどの魅力を湛えた体つきと身のこなしだった。
こいつはただ者じゃない。だが持って生まれたモノをばかばかしくも浪費していやがる。クラウスは不機嫌にそう考えた。
ドリアンがマントの裾をくるりと翻した。その様子にさらにむかっ腹が立っ少佐が目をそらそうとした瞬間、もう少し落ち着いた色の布地がちらついたのが目に入った。ドリアンがマントの下から何かを取り出し、誰かに渡そうとしたのだった。視線をもとに戻して目を凝らすと、エロイカの部下のボーナムが、布に包まれた何か筒のようなものを持ってその場を離れようとしているところだった。周囲の目はボーナムの主人に釘付けだった。
あんな派手なマントをわざわざ羽織っていやがったのはこのためか。
「くそったれが…!」考えるまもなく口に出た。ダンスの相手の目が丸くなった。
「あ、あの…、ええと?」彼女はくちごもった。
少佐は彼女を見下ろした。そこに誰かがいることなどほとんど忘れていた。「お嬢さんがおれの足を踏んだようですな」彼はそう小声で告げると、エーベルバッハ屋敷の女主人候補者にはなりそうにもなかった女性を後に残し、人々の群れをかき分けてエロイカのの元へ急いだ。
「元に戻せ」低い声で命じた。
伯爵が優雅に瞬きをし、少佐は余計に苛立った。「だめだよ、少佐。NATOのために働いてるんだから、少しぐらいのことは大目に見てくれなきゃ。」
クラウスは大広間をぐるりと見回した。外交官、貴族、派手な服を着た富豪たちのうち、彼ら二人に特に注意を払っている者はいないようだった。とはいえ、これ以上の話はどこか目立たない場所に移ったほうがいいだろう。彼はエロイカのニの腕を捕まえ、ほとんど引きずるようにしてバルコニーへ向かった。
ドリアンは抵抗しなかった。それどころかうっとりとした笑顔をで従い、少佐は余計に歯噛みをこらえきれなくなった。「月が綺麗だね…」ドリアンは夢見るような口ぶりでささやいた。
「戯言はそのぐらいにしろ」クラウスは命じた。「マイクロフィルムをよこせ」エロイカは命ぜられたものをさっと取り出し、少佐はそれをすぐにポケットに収めた。「盗んだものを元に戻しておけ。おまえの仕事に対して、NATOはちゃんとした報酬を払っとる。おまえのところの計理士に抜かりはないはずだぞ」
「でもね、少佐。雇った契約者が泥棒だってことは承知してたはずだよ。」
「馬鹿者めが!おまえは最低の盗人だ!」クラウスはドリアンの純白のタキシードの胸ぐらをつかみ、力任せに壁に叩きつけた。ドリアンはいつもどおり無抵抗のまま、双眸でクラウスをとらえ、次の言葉を待った。
続く罵声を浴びせるために口を開いたクラウスは、しかしそのまま凍りついた。ドリアンの口元に浮かんだ微笑と、いつになく近づきすぎた体の位置にぎくりとしたのだった。ふたりは、体のほとんどすべてをぴったりと寄り添わせていた。エロイカを非難するわけにはいかない。それはほかならぬ少佐自身がやったことだった。
彼はようやく自分がやろうとしていたことを思い起こし、エロイカを怒鳴りつけようとした。「時と場合をわきまえ…」だが、声は途中で途切れた。何をどう怒鳴りつければよいか、考えがまとまらなくなったからだ。ドリアンのほっそりした肉体が、彼のすぐそばで暖かく息づいていた。泥棒は身動き一つしなかった。息さえ殺しているようだった。
クラウスは内心で自分自身を叱咤した。「任務中の窃盗行為は許さん!わかったか!大馬鹿者!」彼は返事を待った。もしくは口答えを。伯爵の軽薄な口先の遊びを。だが何も返らなかった。ドリアンは黙ったままだった。密やかな息遣いだけが感じられた。美しすぎる容貌が無言のまま、ふたつの瞳だけがクラウスの表情を探っていた。
不意にクラウスは、自分がドリアンの凝視を捉え、見つめ返していることに気づいた。わざとらしさを捨てた伯爵の落ち着きと沈黙に、奇妙な安らぎを感じていた。伯爵が常に見せている何かを面白がっているような顔つきや、周囲から浮き上がった傍若無人な態度を脱ぎ捨ててしまうと、ドリアンが生まれ持つ美はさらに際立って見えた。自分自身を戯画化するようなオスカー・ワイルドばりの振る舞いをやめると、その美は純粋に澄み切ってゆくように思えた。
視線が交錯した。そしてクラウスは虚勢の下の自分の感情に、ついに気づいた。彼は疑っていたのだ。ドリアンの求愛がただのゲームにすぎないのではないかと。伯爵の目的はクラウスの激怒の炎に油を注ぎ、一歩引いた場所からその炎の高まりを眺めて喝采することなのではないかと、ずっと疑っていたのだ。だがたった今、嘘偽りのないドリアンの瞳を覗きこんだ今、そうではないことをクラウスは知った。ちがっていた。ドリアンはただ望む通りのことを口にしていただけなのだ。そして型通りにあからさまで陳腐な物言いは、不可避の拒絶から自分自身を護るための防御だったのだと。
胸と胸がかすかに触れ合っていた。そして、お互いの足が絡み合っていた。クラウスは喉の渇きを覚えた。
自分が何を言おうとしていたのかもはや思い出せなかった。だが唐突に、沈黙が長すぎたことに気がついた。何かを言うために息を吸い込んだ瞬間、薔薇の香りに不意を打たれ、再びたじろいだ。
クラウスが再び怒鳴りだすのではないかと感じたらしく、ドリアンが身構えるような様子を見せた。とはいえ、優雅な立ち姿を崩したわけではなかった。彼はほんのわずかに、自分の腰をクラウスの腰へと押し返したのだ。クラウスの顔にさっと血が登った。自分の体が不埒な泥棒のその動きに応えていることに気づいたからだった。クラウスは全身を緊張でこわばらせた。泥棒の表情に浮かぶはずの嘲笑に身構えて。
ドリアンの唇の端がほんのわずかに上がった。それは微笑みではなく、ましてや嘲笑などではなく、ただ承認のしるしだった。両目がいっぱいに開かれていた。彼は何も言わなかった。だがその凝視だけが、何事かを語っていた。
クラウスが唐突に手を離したせいで、ドリアンはほとんど転びそうになった。彼が体を起こして目を遣った時には、クラウスはすでに混みあった大広間、彼にとっての安全圏に逃げ込んでいた。
ドリアンはその後にひっそりと続いた。愛する人のポケットから密かに盗み返したマイクロフィルムを自分の胸ポケットに滑りこませつつ、口の端がかすかに微笑んでいた。愛しの少佐がこの悪戯を知ったら、爆発したように怒鳴り散らすにちがいない。とはいえ、こんな素敵な機会を逃すのは愚かすぎるというものだ。
<終>
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