このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/09/23

Peripeteia 12 - by Sylvia










By the Pen - Peripeteia
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その時が来たことはすぐわかった。しどけなく弛緩していた少佐の肉体のあらゆる輪郭が、ぴんとはりつめた。すべての筋肉に意思がみなぎった。伯爵の舌を受け入れていた唇ですら、ふと気配を変えたようだった。それは遠い場所で落ちた一枚の枯葉のようにかそけく始まり、しかし地平線の彼方で嵐が集結してくのを止められないように必然的ななりゆきだった。畏怖と予感を湛えた、暗い光を帯びる美。なぜならそれもまたクラウスなのだから。

素っ気ない反応は冷ややかな受諾へと転じた。少佐はキスを中断して苛立ったような仕草で伯爵を押しのけると、乱暴に体を引き剥がした。痛みを覚えているかのどうか、彼の身のこなしからは分かり難かった。少佐は体を起こし、寝乱れた黒髪をかき上げた。

伯爵は息を潜めて待ったが、少佐はただ眉間にしわを寄せ、唇を引き結んだまま伯爵には一瞥もくれなかった。だが怒りの爆発が起こるような気配はなかった。ただ体を起こして姿勢を整えると、ブランケットを引き寄せて下半身を真っ直ぐにそのなかに滑り込ませた。

いかにも少佐らしい几帳面なふるまいと、恐ろしいしかめっ面があまりにも不釣合いで、伯爵は思わず頬を緩めた。気難し屋の少佐は、仏頂面用の表情筋をよほど発達させているにちがいない。伯爵の胃が不安でせり上がったが、彼はかすかな吐き気をこらえて少佐を見つめ続けた。

暫くの間、少佐は身動きひとつしなかった。鉄筋でも入っているかのように背筋をまっすぐ伸ばして座りこみ、不機嫌な顔で何かを考え込んでいた。伯爵の目にはそれがいかにも軍人らしい佇まいに写った。まったく眼福だった。鍛えあげられた鋼鉄の軍人…、たったいま陵辱を受けたばかりの。だが少佐もまた十分に楽しんでいたはずだ。淡い噛み痕が首と肩と、それから左の乳首に残っていた。唇がわずかに腫れていた。そして常にきちんと真っ直ぐな黒髪には、あきらかに「誰か」の手でかき乱された跡があった。それでもなお、たった今そこで繰り広げられた痴態と自分とは一切関わりがないと宣言するかのように、彼は他者を拒絶した冷淡な態度を崩さなかった。



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伯爵は身震いをして、自分の考えを振り払った。なにか声をかけるべきなのかもしれない。…あるいは、そうすべきではないのかもしれない。愛する少佐がその頑固な頭の中で何を考えているのか、伯爵にはぼんやりとしかわからなかった。今何を呼びかけても、いい結果につながるわけがない。

少佐もまた黙りこんだままだった。癇癪どころか思い切りぶん殴られるかもしれないとの可能性に思い当たり、伯爵はため息を付いた。だが何が起こっても、ここにこのまま座り込んで沈黙に耐えながら、口元をへの字に結んだ少佐がぼんやりと虚空を見つめているのを眺めているよりはマシだろう。

「クラウス?愛しいきみ、どうかしたのか…」

伯爵の言葉が途切れた。少佐が体をひねり、鋼鉄のような緑の目を向けて伯爵を見据えたからだった。その目は、銃口を突きつけられた虜囚の目を照らしこむ尋問灯のように不気味に光っていた。

「なぜわかった?」

伯爵は瞬きをして思わず髪に手をやった。どう反応すべきはとっさにはわからず、ほかにどうもできなかったからだ。曖昧な答えも確信のないことも言いたくなかった。そんな質問をされることはめったになかったが。「わかったって、何が?」

答えはすぐには返らなかった。だが薄い鼻孔がゆらぎ、少佐の薄い唇が嫌悪に歪む間にもその氷の凝視は続いた。「このことだ。…おれが、同性愛者だという事実だ。おれは変態だ。堕落者だ。おまえと同じように。」

おや。これは前向きな変化なのか?伯爵の心臓は喜びのあまり跳び上がりそうになった。少佐とのことが、これきりで終わりになるわけじゃないのかもしれない。だが少佐の様子はそれどころではなく、厭わしさでいっぱいの表情からは事態が前向きに動きそうな前兆は微塵もうかがえなかった。

「ええとね…、ほんとのことろ、そんなことは全然わからなかったよ。」伯爵はゆっくりと話し始めた。確信のない答えから確信の無さを覆い隠すために、わざとらしく母音を伸ばした口調。彼はほんの少し体を伸ばし、情感をこめて目を見開いてみせた。だが長いまつ毛をこれみよがしに閃かせるのはやめにした。少佐がそれを好ましく思うような気分でないことはわかっていた。「私にわかっていたのはね、きみを手に入れなきゃ気がすまないってことだけだったさ。きみが同性愛者か異性愛者かそれともその間にいる何者か、気にしたこともないね。そんなことは問題にならなかったのさ。」

「自分と寝さえすれば何者でもいい、そういうことだな。」冷ややかな表情のまま、感情を押さえつけた声が返った。うわ、大変だ。

伯爵は淫蕩なほほ笑みを浮かべてみせた。「そうとも言えるね。」

軽蔑に満ちた鼻息。「興味深い説明だな、エロイカ。おまえのが裏の業界をどう泳ぎ渡ってきたのか不思議に思っていたが。」少佐はそこで言葉を切った。「つまり、これはただの不測の事態に過ぎん。」

「ちがうね。」伯爵は鋭い抗議の声を上げた。「これは運命さ。私ときみのように約束された一対の魂の前では、ホモセクシュアルだかバイだかヘテロだかなんて不自然な分類は…」

「そのくだらんたわ言をもう一言でも続けたら、ぶん殴るぞ。」

「どうしていつもそう暴力に訴えるのさ。たったいま素敵なセックスを楽しんだばかりじゃないか。なのにきみったらまた私を侮辱して、あまつさえ脅しつけたりする。知ってるかい?こういうのは世間じゃ『ドメスティック・バイオレンス』って言うんだよ!」伯爵は自分がすねた子供のような口調になっていることに気づいたが、もう止められなかった。一体全体、この男ったらどうしてこう何でもかんでも面倒なことにしちゃうんだろう。

少佐は何も言い返さなかった。

「おまえは…」とうとう口を開いた。「悪辣で無節操で強情で軽率な、頭のてっぺんからつま先まで考えなしの変態だ。」

伯爵は憤慨して、噛み付くように言い返した。「きみは野蛮で傲慢で横柄な、薄情の塊だよ!」

またしても少佐は言い返さなかった。

「そのとおりだ。」長い長い時間の後に、少佐はとうとううなずいた。奇妙にぎこちなく、堅苦しい口調だった。「おれたちは互いに正しい。」

伯爵は小首をかしげた。巻き毛が顔にかかり、金髪のカーテンが表情をうっすらと隠した。これまで数々の男たちを悩殺してきたこのお得意のポーズの上に、さらにキラキラするような怒りの様子と傷ついて反抗的な表情まで付け加えたというのに、少佐が自分をするっと無視したのには肩透かしを食らった。少佐があっさりと立ち上がりブランケットを引っ張り上げたため、伯爵は体を隠すもの一枚なにもないままにベッドに取り残された。

「くそぅ!」ブランケットを複雑にぐるぐる巻きにした少佐がバスルームのドアの奥に消えると、伯爵はとうとう罵った。

なにか壊れ物でも投げつけてやりたかったが、ベッドの上で足をバタバタさせるにとどめた。もうっ!もう!くそっ!なんでこんな結果になるんだよ!ゲームに勝ちをおさめようと夢中になるあまり、少佐がこの種のゲームに乗る可能性は全くないという明らかな事実を見逃していた。もちろんあんなことを言うつもりはなかったのだ。伯爵が口に出した憎まれ口を、少佐がそのまま真に受けてしまわないかどうか心配になった。「でもきっちりした性格で仕事の手はぬかない」とかなんとか、そういうのでも付け加えればよかったってわけ?

がっかりだ、ほんとに。あの男ときたら、この私に愛されるなんて果報者だと思わないんだろうか。ここまでだってさんざん手こずったってのに…

だが奇妙なことに、伯爵はいつも通りの楽観的な自分を取り戻しつつあるのを感じた。挑戦すべきなにかが目に前にある高揚感。それを感じながら、枕に顔を埋めた。想い人の残り香が残る枕に。

私たちの日々は始まったばかりのようだね、棘だらけで傷だらけの私の愛しい人。だがこれまでのような迷いはすでになかった。私たちは愛しあうんだ。私たちの前には世界すら色あせてしまうような、そんな愛を交わすのさ。

そしてそのとき、ベッドでのことはきっと、きっと、…すごいんだよ。




<エピローグへ続く…>

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