このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/09/18

Peripeteia 09 - by Sylvia







By the Pen - Peripeteia
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。






「あら、ごらんなさい。ネッカー河だわ!その向こうに見えるのは旧市街よ。きっとそう。ここから見るとずいぶん高い場所に見えるわねえ。ねえ娘たち、そうじゃないこと?」

少佐はうんざりした声をかろうじて飲み込んだ。娘たちは母親のどうでもいい呼びかけに、おとなしく頷いた。そのうち一人ははにかみつつも少佐に微笑みさえした。

ターニス伯爵夫人であるヘドゥイガはバヴァリア公爵の末娘だった。彼女は鐘楼の狭い窓から身を乗り出し、短い髪を風になびかせてしばらく外を眺めた。彼女の三人の娘は離れたところにある別の窓から、おとなしく外を眺めていた。窓の外には脇を流れる河の渓谷とエーベルバッハの市街が広がっていたが。風景になんらかの興味でも見せたのはその内の一人だけだった。別の一人は寒さに震えていた。外出前におめかし用の服を選ぶときに、愚かにも天候を考慮しなかったようだった。少佐はふと、この娘が自分にコートを借りるつもりで故意に上着を忘れてきた可能性について検討してみた。頼まれるまでは貸す気はなかったし、この娘がそれを自分から頼んでくることはありえそうになかった。それから彼は、選んだ職業のせいでここまで疑い深くなったのか、それとも自分はもともとこういう性格だったのかと、ふと考えた。

「あれってハインリッヒの車じゃないかしら?前に会った時、ああいう古いロールスロイスに乗ってたわよ。ハインリッヒは確かオーストリーでばかばかしい閣僚会議への参加を求められて、こちらにはこられなかったのよね。政治の世界へ戻るだなんて、不運なな大伯父の身の上に起こったことを利用する気に違いないわ。あの家系の人たちときたら、間が悪いったらありゃしない。私達とはちがうわね。あら?あれは誰かしら?あれはハインリッヒじゃないわよ。絶対に違うわ。」

少佐は旧市街地の中心を見下ろし、ロイヤルブルーのコートに身を包んだ人影をみてその人物の正体を確信した。派手な帽子のつばが、その本人の顔と髪を完全に隠していてもそれは分かった。身のこなしが違った。ケープの裾を揺らす歩き方や、帽子の角度をなおす仕草から、それが誰かは明らかだった。その人物はホテル・カルプフェンへ入っていった。街で最高の格式を誇るホテルへ。

「あれは、」少佐は口を開いた。夫人の目がきらりと光るのに気づき、伯爵を見てぐらりと揺れた心が立ち直った。「ドリアン・レッド・グローリア、英国のレッド・グローリア伯爵ですな。」

「まあ!」伯爵夫人はさっと振り返って窓を離れ、背筋を伸ばしてきっとした顔になった。彼女の娘たちも釣られて背を伸ばした。上巻の命令を待つ娘子軍といった趣だった。「マリア、髪を整えなさい。それから上着をちゃんとして。ハンナ、背を丸めないの。もう少しましな服は持って来なかったのかしら?コンスタンツェ、あなたもそろそろお年ごろだと言っていいわ。英語の勉強もちゃんとさせてきたし…」

少佐は意地悪く唇をゆがめ、婚活特攻隊が階段へ続く小さなドアへ突撃するのを見送るために一歩退いた。目標は不運なエロイカであり、結果として少佐には平和と静寂が訪れるはずだ。

と、そこまでがとっさの計画だった。

だが伯爵夫人は足を止め、少佐の袖を掴んだ。少佐はあわてて袖を振り払おうとしたが、夫人は全く動じなかった。「ご紹介してくれるわね、クラウス。あなた、伯爵とはどの程度のお知り合いなの?」

少佐は眼光鋭く相手を睨みつけた。かつてKGBのエージェントですらこの眼光にはたじろぎ、恐怖のあまり銃口を下げたことがある。少佐の上司もまた、常に少佐のこの視線を避けた。だが伯爵夫人はものともしなかった。彼女に流れる代々の高貴な血が、恐るべき自信と気位の高さを彼女に与えていた。

「非常によく知っている、と言えるでしょうな。」少佐は折れた。

「ならあなた、あの噂はご存知かしら。何度か聞いたことがあるんだけれど、あの方の…その…、私的なライフスタイルに関するあの噂は、ほんとうかしら?」

この質問は想定外だった。少佐は思わず力を込めて腕を引いて夫人から逃れた。「噂なぞ存じません。」もちろんそれは真実ではなかった…。噂というのはどの業界においても優れた情報源となりうる。だが彼は伯爵の性的嗜好について今ここで語りたいとは思わなかった。または、いついかなる時であろうと。

伯爵夫人はややあっけにとられたように少佐を見つめた。眉がはね上がっていた。「ばかね、クラウス。噂が本当かどうかなんてどうでもいいことなのよ。ただね、結婚というのはとにかく誰でもしなくちゃならないことなの。」

「おっしゃるとおりです。」少佐はなるべく落ち着いた声を作ろうと試みつつ答えた。声を出すまでには随分時間がかかった。

夫人の眉が降りた。彼女は謎めいた笑顔を浮かべて言った。「では行きましょうか。」

そこで彼らは階段を降りた。少佐は何も考えないように努めた。実のところ、昨夜からずっとなにも考えないようにしていたのだ。考えないでいる限り、これまで通りに過ごせるはずだった。いつもとは違うなにものかに知らぬふりをしていれば、認めたくないすべてのことから目を背けていれば。目を背けている限り、彼は変わらずにいられる。彼が変わらなければ、彼を取り巻く森羅万象もまた変わらぬはずだった。

少佐とターニス家の女性たちが鐘楼の出口からその場に到着した時、エロイカの車の前にはスーツケース、帽子箱、およびその他の様々な衣装ケースが山と積まれていた。ホテルの従業員たちが荷物を持って忙しく行き来していたが、ボーナムはロールスロイスのトランクから伯爵の旅行用のワードローブを際限なくおろし続けた。

少佐はボーナムに注意を払うことなく車に近づいたが、彼が少佐に気づいた瞬間小さく跳び上がったのには気づいた。誰かがいつも通り自分を恐れていると知るのは、今の少佐には多少の慰めだった。

レッド・グローリア伯爵はホテルのフロントデスクにいた。見とれるような姿だった。陽光にきらめく黄金の巻き毛、深夜のように濃いブルーのサテンに身を包み、片腕を気怠くカウンターに預けていた。もう一方の手は帽子を持ったまま、たっぷりした布地の外套のひだを集めるようにして腰に当てていた。レースをふんだんに使った純白のブラウス、ぴったりした黒のボトムに、ひざ上まであるロングブーツを履いていて、あと足りないのは中世騎士の剣だけかという格好だった。そのいでたちは馬鹿馬鹿しいとも言えたし、精巧極まりないとも言えた。計算され尽くしたポーズが、この男のすべてを過剰にしていた。やりすぎで、派手すぎで、目立ちすぎで、他人の注意を引く意図が見え見えで、とにかく過剰すぎた。

少佐は深く息を吸い、覚悟をきめた。「グローリア卿、」彼は低い声で伯爵に話しかけた。「ご紹介させていただけるだろうか。こちらはヘドゥイガ、ターニス伯爵夫人だ。令嬢がたはマリア、コンスタンツェ、ヨハンナとおっしゃる。ヘドゥイガとご令嬢、こちらがドリアン、レッド・グローリア伯爵だ。ではよい日を過ごされるよう。」

伯爵の荷物を抱えて急ぎ足で入ってきた従業員が少佐とぶつかりそうになり、飛び退った。だがヘドゥイガは少佐より素早かった。彼女は少佐の腕をひっつかみ、フロントデスクへと引きずり戻した。エロイカはその場で大きな青い瞳をまんまるにして、ターニス家の三人娘を凝視していた。

「さあ、クラウス。そんなふうにするのは礼儀知らずですよ。私たちははまだネポムック教会も見ていないし、中世の浴場遺跡にも行っていないわ。ねえ、伯爵にご一緒願えないかしら。グローリア卿、いかが?クラウスはエーベルバッハを案内してくれるそうなんですのよ。さっきまで中世の砲台と鐘楼を見学していましたの。今日一日はまだまだ長いし、あとでエーベルバッハ城まで足を伸ばしても…」

「いいえ!グローリア卿はお忙しい方ですので。」少佐は無理やり話の腰を折った。さもなくば、この猛女がいったいどんな手を使ってくるかわからない。「ご無理を申し上げてはいけませんな。それに伯爵は周囲にたいへん気遣いをなさる方です。不躾なお願いをするわけにはいきません。」

「クラウス、身持ちの堅すぎる小娘みたいなことは言わないで頂戴。伯爵ご本人にお伺いしましょうよ、ねえ?グローリア卿だってお出かけはお好きなはずだわ…」

「身持ちとかそういう話ではありません!」少佐はとうとう叫んだ。もうたくさんだ!なんだってこんなところでデクノボウのようにつっ立って、親戚というだけのおばさんに言いたいように言わせておかねばならんのだ?

ロビーが静まり返った。エロイカさえたじろいだ表情を浮かべた。だがヘドウィガは軽く舌打ちをして手を降っただけだった。娘の嫁ぎ先を新開拓するためなら、たいていのことは気にならないらしい。「クラウスのことはお気になさらないでね、伯爵。この子ったらいつだってこう。でも大声で吠えるだけで噛み付いたりはしないんですのよ。さあ、さっき通り過ぎたところに小さな可愛らしいカフェがありましたの。お茶でもいかがかしら?」

少佐は降参した。時において最悪の状況への対処法は、流れに身を任せることだったりする。現時点では、無駄な抵抗は事態を悪化させるだけだろう。

くそっ。煙草を切らしとる。少佐は振り返ってあちこち視線をさまよわせ、フロントデスクの不運な女性に目を止めて怒鳴りつけた。彼女は事の成り行きの一部始終を、目をまんまるにして子ウサギのように身を縮めて見届けていたのである。彼女は跳び上がらんばかりにして煙草を取り出し、さっと差し出した。

少佐は「文句があるならかかってこい」と言わんばかりの眼差しでロビー全体をぐるっと見渡し、最後にようやく伯爵と目を合わせた。伯爵の瞳は疑わしげな、そして気乗りのしていなさそうな色を少し浮かべていて、そこで少佐の気分はやっと持ち直した。婿探し中の魔女に目をつけられたのは少佐だけではないという救いの光。

そしてこの男には女は対象外だから魔女の企みに捕まるはずはないと考えた瞬間、なぜか安堵を覚えた自分に少佐は気づいたのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「エーベルバッハへいらしたご用事はなんだったんですの?」

その質問が、少佐の散漫な意識に飛び込んできた。彼は片耳を澄ませて、エロイカが所要をでっちあげるのを聞いていた。ハイデルベルグでのオークションやネッカーシュタイナハにいる友人たちのこと、それからドイツ辺境への周遊旅行などなど…。

伯爵夫人が取り計らった座席割は、少佐にとっても救いだった。少佐の両隣には適齢期の上の娘二人が座った。伯爵は恐怖の伯爵夫人と英語を話す末娘の間に挟まれた。少佐の両隣の娘たちは、一言二言の会話を交わした後には黙り込んだ。彼女たちの母親は伯爵を質問攻めにするのに忙しく、上の娘たちにまでは手が回らなかった。ということはつまり、伯爵もまた夫人の相手に忙しくて少佐に余計な話を振る暇はない、という状況だった。

少佐はふんぞり返ってコーヒーをすすり、思考がさまように任せた。彼はひっきりなしに煙草を吸い、カフェ中の誰彼となくを黙って睨みつけていた。煙草の煙を抗議に来るものはだれもいなかった。くそっ。多少のいざこざでも喜んで起こしたい気分だった。。

まあ、いい。少し落ち着いて考えてみるべきかもしれない。なるべく考えたくない事であるのは仕方がないにせよ、思考は窮地を抜け出す助けにはなる。戦略を改めねばならない日は、遅かれ早かれが来たにちがいなかった。逃避は何も生まない。のみならず、逃避そのものが危険すらはらむ。そしてまた逃避とは臆病者の所業だ。他の何事ならともかく、少佐が臆病者であったことだけはないはずだった。

どんな調査においても、最初の仕事はできる限りの手がかりを集めることだ。この場合、手がかりは十分だった。エロイカはもう何年も少佐にまとわり付き、求め続けていた。そして昨夜、少佐はついに自らを奴に与えた。事実はそれだけだ。だが少佐が納得できなかった問題はその動機だった。もちろんエロイカはとっくにそれを公言していた。自分が男色家、つまり正真正銘の倒錯者であることと、少佐を自分のベッドに引きずり込みたがっていること。だがそれは表面上の動機にすぎない。その下に隠されたより本質的な動機は、少佐にとっては未だ完全に暗闇のままだった。エロイカを少佐に駆り立てたものはなんなのか?それはひょっとすると挑戦に似たなにかなのか?それとも?

そして少佐自身の動機についてもまた・・・。あらゆることが可能性でありえた。だがそのどれもが、少佐自身を納得させはしなかった。

そのことを突きつめて考えるのをしり込みする自分に気づき、少佐は自分の臆病さに密かに眉をしかめた。事実起こってしまったことを否定するのは無意味だった。なすべき事は一つ、事実を分析し何故それが起こったのかを探る。その結果をもって次の行動の指針とする。

事実を述べよ。彼は自分に言い聞かせた。既知の事項を挙げよ。それはこうだ。自由意志で男と関係を持った・・・エロイカと寝た。やつを拒否することは簡単だった。だがそうしないことを選んだ。拒否する代わりにこの肉体を自由にさせ、ついに吐精するまでやつの愛撫を受けた。そしてなにより、エロイカの望みに応じて愛撫を返した。

脳裏に浮かぶトビアスを抹殺したかった。そのために、エロイカの舌と唇をこの身に許した。・・・戯言だ。

だが勿論それは真実ではなかった。そんな見え透いた言い訳で自分をごまかすことはできない。これには意味がある。これは意味のある何事かなのだ。不規則に起こっているかのように見える出来事を制御し統括したくば、それを白日のもとに晒すしかない。

彼は次の煙草に火をつけ、背もたれに体を預けてエロイカを見た。せわしなく煙草をふかしながら、自分の感情を分類し整理しようと試みた。こいつは軽薄な盗人だ。気まぐれな野郎だ。忌々しくひとの神経を逆なでする。会うたびにイライラする。窃盗犯であること、同性愛者であることを隠そうとしない。移り気な出来心と妄想がこの男の原則だ。超個人的なお楽しみの追求だけがやつの存在を規定している。この世にこれ以上役立たずな人間がいるとはおよそ想像もつかん。

にもかかわらず、いかにエロイカを嫌悪しているかをくりかえし表明し続けたとしても、それは真実ではなかった。金髪の泥棒はしばしば、カッとなった少佐がついに相手を殴りつけるところまで余計なちょっかいをやめなかったが、それでも少佐は他者へ本質的な害を与えそうにないその人物を嫌うことができなかった。彼は確かに厄介者だった。そして同性愛者でもあった。だが結局のところ、エロイカは育ちすぎた野放図な子供に過ぎなかったからだ。

その人物には周囲に合わせるという感覚がなかった。何がより重要で何がそうでないか考える気もなかった。自分の願望と欲望に優先させるべき何物をも持ちあわせなかった。そう、幼稚で無責任だった。だがエロイカにはいかなる悪意もなかった。彼はただ奇妙に堕落したありかたで無垢であり純粋であり、生まれたばかりのみどりごのように幼かった。尽きることのない熱情、湧き上がるような快活さ、大いなる生への賛歌…、それらすべてがほとんど魅力的だとさえ言えた。エロイカはまるで子供のように人生を遊んでいた。いわば、彼は子供そのものだった。ドレスアップを楽しみ、想像をかきたてる金ピカのがらくたを追う。彼は常に自分の思うとおりに振舞った。そして人生を、自分の頭の中の克明でロマンティックな脚本通り劇的に過ごすものとひとり決めしていた。

彼は少佐をギリギリまで激昂させた。だが同時に彼は少佐を…、どうしようもなく魅了した。伯爵の完璧な横顔、よく手入れされた金色の巻き毛、あっけにとられるほど派手な格好、それらすべてに少佐が感じるものは、…ほとんど情愛に似た何かだったのである。

まさにそのとき、伯爵が小首をかしげて少佐の方を見た。夫人の言った何かに微かな笑みを浮かべて応えていた。エロイカの深く青い瞳を覗いた瞬間、少佐の体の奥深い場所、いましがた突き詰めて考えていなければ気づかなかったであろう深く密かな場所に、今まで認めたことのなかったなにかが衝き上がってくるのを少佐は認めた。

体が震え、少佐は目を逸らした。なんとか平静を取り戻して泥棒についての精査を再開しながら、少佐は自分自身のの脆弱さにもう一度眉をしかめた。伯爵はもう別の方に顔を向けていた。

視線を合わせようが逸らされようが、それはもはや重要ではなかった。少佐はついに真実を掘り当てたのだ。昨夜のことは偶然のめぐり合わせではなく、精神的な緊張と激怒と獣用の麻酔薬の副作用が引き起こした異常事態でもない。彼はエロイカに惹きつけられたのだ。それはいずれ避けようのない成り行きだったのだ。

なんてこった。だが否定しても無駄だった。事実には向き合おう。それが真実であってほしくないがゆえに事実を認めないほど、脆弱でもなければ臆病でもない。クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐は、ある男に心を奪われた…、というより、もうずっと奪われていたのだ。そしてその男と寝た。つまり、少佐は性的倒錯者だ。

そうなのか?…もしかすると、だれもが潜在的に持っているようなバイセクシャルな欲望の一端が一時的に高揚しているだけなのかもしれない。NATOの心理学者がそういう説明を滔々と唱えだしたときには、もちろんそれはくだらんたわ言にしか聞こえなかった。だが、しかし…、それが本当ではないと少佐に判断できるのか?

くそっ。どうやらどちらかはっきりさせねばならないようだった。つまり、したかったのか?したくなかったのか? 自身の内部の衝動ですら、その行為を欲したようには思えなかった。では本能…。アナクロなナンセンスだ。まるでお前にはまだ早いと言われているようなものだ。うめき声を上げたところで仕方がない。問題は、この鳥肌が立つような状況にどう対処するかだった。

分析するための正しい切り口を見つけさえすれば、問題はこれほど理解を超えたものではなくなるはずだ。解決すべき次の問題。明るみに引きずり出されるべき、禍々しい謎。それは間違いなく堕落へと向かう破滅への道だ。

まず考えねばならないのは、何よりも優先してなすべきことは、より多くの事実を収集すること。

これまでのところエロイカは例に無く自分を抑制しているように見える。たぶん伯爵夫人がいるせいだ。派手好きで人目を引くのが大好きな伯爵が、ターニス家の女性たちの前で自分と少佐の実際の関係をほのめかさないことに、少佐は胸をなでおろしていた。伯爵の分別を疑うのは杞憂だったようだ。少佐は躍起になって否定しただろうし、誰もそれを信用しないと確信はしていたが、それでももし伯爵が口に出していれば、少佐は間違いなくいたたまれないほどの辱めを受けた気になっていただろう。

だが少佐の側の事情がどうあれ、エロイカはこれまで見たことがないほど控えめに振舞い、伯爵夫人と彼女の無口な娘たちと忍耐強い会話を交わしていた。少佐はこの種の社交上の付き合いにこれまで注力できたことがない。伯爵が少佐をちらりと見ることはあったが、それだけで怒鳴りつけるわけにもいかないだろう。しかも伯爵の普段の標準から言って相当に慎み深い一瞥なのだし。あからさまな挑発もなければ、意味深げなほのめかしもなかった。それはエロイカにしてみればひどく慎重な態度だった。

いいだろう。その常ならぬ寡黙さが少佐の肩を押し、思いついたことを実行に移す決心がついた。彼は、伯爵がこのように過剰さを少し控えてくれればよいのだがと願った。土壇場になってしまえば、そうした熱狂が色を失ってゆくのに気づくはずだ。少佐は考えた。もちろん恐れていたわけではない。ただ…、なぜか気遣われたのだ。

「八時に夕食だ。お前が言ったレストランで。」ターニス家の女たちが長く腰を据えていたカフェからようやく立ち上がり、預けていた外套をとりに席を離れた隙に、少佐は簡潔に告げた。

「失敬、今なんて言っ…、少佐?」

少佐は伯爵を睨みつけた。伯爵はほとんどうろたえているように見えた。うろたえる、何に?あれだけ厚かましく言い寄ってきたくせに、突然人見知りでも始めたのか?それとも人の気を引く手管なのか?「聞こえんのか。わからんふりでもしとるのか?八時と言ったぞ。わかったな?」

ようやく理解したようだった。伯爵は少佐の二度目の念押しの後、すばやくうなずいた。瞳はまだ当惑の色を浮かべたままでいたが。




<続く>



2 件のコメント:

  1. Basil様
    続きを楽しみにしているのは私だけではないはず。ありがとうございます!素直に嬉しい!!

    返信削除
  2. 大変長らくおまたせいたしました。いやほんとスミマセン。全10回で終わる予定でしたが、10回プラスエピローグの11回になりそうです。がんばりまーす。

    返信削除