By the Pen - Peripeteia
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結婚式だって!ドリアンは結婚式が大好きだった。誰もが一張羅の宝石を身に着けてくる。こんな機会なんだから、エメラルドがルビーとぶつかって傷がつくなんてのは気にしない。いとこのエセルはダイアモンドのティアラをつけてくるかもしれない。それから乾杯の渦。衣装の見せびらかし合い。空になることののないシャンパングラス…。人々の渦。今日だけの親友たち。親族もそうでない者たちも、古い友人もそうでないものも、同僚も隣人も知人もそれから泥棒も…
素晴らしい。全く素晴らしい。
今回は特にそうだ。 婚礼がアンナ・ユリアーネ・ツー・ヘルフォーシュヴァイラーとアントン・ヴァルドキルヒ・フォン・デム・エーベルバッハの披露宴であるときたならば。アントンは、あのそそるほど魅力的なくせに一分の隙も見せない小癪な少佐の従兄弟だった。そしてこの婚礼はエーベルバッハ本家の屋敷で挙行されるのだ。そう、あの『紫を着る男』を所蔵するあの城で。それはエーベルバッハ家の祖先の一人であるティリアンの肖像画で、その絵のティリアンは彼自身の末裔である短気で凶暴な子孫と、驚くほど似た顔立ちをしていた。
さあそしてなお一層素晴らしいのはこのことだ。これだけの数の招待客を格式通りのやり方でもてなそうと考えるならば、やはりそれなりの数の使用人を雇い入れねばなるまい。この好機に乗じないなんてね!
という訳で、臨時のウェイター兼雑用係として潜り込むことはドリアンにとっては児戯に等しいものだったのである。ドイツ語にはやや難があるかもしれなかったが、大きな問題ではない。問題はむしろ彼の目立ちすぎる容姿だけではなく、何をやらせてもそつなく出来すぎることのほうにあった。見破られないだろうかと冷や冷やしたが、エーベルバッハ家の老執事はかつらを付けたドリアンの正体には気づかなかった。
そしてまた、執事は特に何らかの技能も必要としない仕事をドリアンに割り当てた。彼は鍵の降りたドアを何枚も通り抜けて、エーベルバッハ家の祖先たちの肖像画が並ぶ部屋へドリアンを連れてきた。その絵もそこにあった。『紫を着る男』。現実の人間よりも大きく、そして生身の少佐と同じほどに美しい絵だった。
ドリアンは肖像画の表面を注意深く見つめ、それが安物の贋作ではないことを確かめた。いや、本物だ。みたところ、エーベルバッハ家では模写を壁に展示した上でオリジナルを銀行に保管しておくという習慣はないように見えた。ドリアンにとってはなんとも残念なことだった。
絵画の額は盗難防止装置に直結しており、装置はもちろん稼働中だった。盗難防止装置のメインユニットは地下室にあった。ドリアンはワインセラーからワインを取ってくるよう命じられた際に、すでに装置を確認していた。地下は入り組んだ狭い通路と閉所恐怖症の発作を起こしそうな狭い部屋の羅列で迷路をなしており、リースリングとバーガンディを取りに行かされた使用人が戻ってくるまで多少余分な時間を食ったとしても、誰も訝しく思うものはなかった。
盗難防止装置を外すには大した手間はかかりそうになかったし、すでに食料配達用のトラックに部下たちを乗り込ませていた。機さえ熟せば、絵画を成功裏に屋敷から運び去るだけのことだった。それまでにあと数時間…。クラウスの先祖代々の居城を探検する完璧な機会だった。ここでどんな幼年期を送ったのか?もしかすると本人を一度か二度ちらっとのぞき見するチャンスがあるかもしれない。クラウスが招待客全員に目を光らせ、全員がパーティを楽しんでいるかどうか確認するのに最善を尽くしている隙に。
全くもって、少佐は何に対しても不機嫌な男だった。もしこれほど抵抗できないまでに完全な魅力を備えた男でなかったら、私だって…
ドリアンとて好き好んでクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐に恋に落ちたわけではなかった。この恋がその後何年にもわたる渇望と苦痛を自分にもたらすと初めからわかっていたら、ドリアンはクラウスとの最初の火花の散らしあいの後に素早く逃げ出して、さっさと別の男に身を任せてしまっていたかもしれない。
とはいえ、これほど魅力的な誰かさんの私生活を、なんとかして覗き見したいという欲望には抵抗できそうにもないというのも真実だった。その魅力が他のすべての思惑を押さえつけた。
彼は礼儀知らずで悪辣で残酷で、あらゆる意味で難攻不落だった。彼の部下たちは常に死の恐怖と隣り合わせに過ごしていた。彼は会うたびにドリアンを侮辱し、実際に殴りつけた。それ以上近づくなと拒絶し、悪罵を投げつけ、軽蔑と嫌悪をあらわにした。そしてドリアンはそのすべてを享受するために、幾度と無くクラウスのもとに戻った。
なぜ? そう・・・、理由のひとつに、少佐が男性美を完全に具象化した存在だったということがあげられた。彼の一挙一動に釘付けになることは、ドリアンの目には喜びであり拷問でもあった。その滑らかな筋肉の優美さ、無意識に品のある挙措。だがそれだけではなかった。それ以上の何かがあった。それはなんなのか?
あと2時間かそこら、ウェイターとしての仕事に戻るために厨房への通路をたどりながら、ドリアンはしばらくこのことについて考えをめぐらせた。このことを考えだのはこれまでにも何度かあった。そしてそのいずれも、納得のいく答えを見つけられないままでいるのだった。
ひとつ言えるのは、少佐は合理的な思考を持つ有能な男だったが、そういうタイプによくあるように無味乾燥した退屈な男ではないということがある。彼は恐れ知らずであり、大胆で勇敢だった。ある種の熱情家で、はっきりとした果断さを持ち合わせていた。いったん彼のような男をものにしたならば、彼らは永遠を誓うに違いない。心と肉体の双方において。自分でも奇妙に思えることだが、ドリアンにとってエーベルバッハ少佐はそういう関係を築き上げることを想い描いた初めての男だった。少佐か、それ以外の男かなどという選択はなかった。この種の男に妥協などありえない。だが彼をその気にさせたり、ベッドに引き入れたりできるとは、ドリアンにはどうしても考えられなかった。
もちろんドリアンは、ベッドでのことだけを過大に重要視するほどほど浅はかではなかった。それは言うまでもない。
そのことをはっきりと意識しつつも、それでもなおドリアンはひそかに胸の中でそのことを考えてみることがあった。少佐のような男は、ベッドでどう振舞うのか・・・。考えると口の中が乾いた。
決断力、完全主義、爆発力を秘めたエネルギー、それらすべてがドリアンの気を狂わせ、欲望を解放させる目的へとゆるぎな焦点を定めたそのとき。彼は躊躇から始めるかもしれない。ひょっとするとほんの少し不器用かもしれない。そして彼自身の経験の無さと羞恥にどぎまぎするのかもしれない・・・。だがドリアンなら教えてやれるだろう。どう触れるのか、そしてどう楽しむのか・・・
「こら、おまえ!Faulpelz! どこをうろついてたんだ!さっさとこれを客間へ持っていけ。寄り道せずに帰って来い、空のグラスも忘れるなよ!」
妄想はシャンパンのフルート・グラスをいっぱいに載せた巨大なトレーが腕に押し付けられた瞬間に終わった。Faulpelzってなんだろ?ドイツ語のレッスンでは本当に使える言葉は全然教えてくれなかったな。知りたくてうずうずする。それから考え直した。知らないほうがいいのかも。
押し付けられたトレーのバランスを取りながら、エーベルバッハ家の使用人に何かを言い返そうとしたが、その男ははすでに別の気の毒なウェイターを怒鳴りつけようとしているところだった。ドリアンは鼻を鳴らし、重くて持ちにくいトレーを持って客間へ向かった。他の臨時に雇い入れられた使用人たちとは違って、ドリアンは城の内部に精通していた。間取りは頭の中に叩き込んであった。
いや、ちがうな。彼は再び思った。私はクラウス・フォン・デム・エーベルバッハの肉体だけが欲しいわけじゃない。もちろんそれも魅力的だけどね。彼の身体はこれまでみたどの男のものよりも素晴らしい・・・。ドリアンは時折、クラウスに襲い掛かったり服を引きずり下ろしたりしそうになる自分を止めるのに苦労することがあった。彼を見たい、触りたい、舌で味わいたい・・・。彼は二度ほど、それを試してみたことがあったが、悲しむべきことにどちらも見事に失敗していた。特に、舌で味わうという目的においては完敗だった。
彼は小娘よりも身持ちが硬かった。そしてあらゆる防御の方法を知っていた。なんと歯がゆいことだろうか。
ド
リアンがクラウスを渇望していたことは疑いようもない真実であったが、だが彼の望みは単にそれだけではなかった。彼は時折、例えば少佐が誰も自分を見てい
ないと考えているときや、もしくは少佐が自分自身にすら注意を払っていないときなどに、普段は鋼鉄のように厳しくドリアンを切り裂く緑の瞳の中に、なにか
の火花がきらめくのを見ることがあった。そしてそれはドリアンにさらなる望みを抱かせた。それがどれほど身の程知らずな望みに聞こえるかよくわかってい
た。彼の想い人は、鉄のクラウスの二の名で知られた。もしくは人の形をした鋼鉄の戦車。だが彼は知っていた。彼の少佐は孤独であり、不幸であり、無力です
らある、ただ愛を渇望する存在であるということを。
ド
リアンには、自分が少佐の孤独を癒すことができるとわかっていた。彼を幸福へ導き、満ち足りた感情を教えてやれる。少佐の人生にたった今欠けているものす
べてを、伯爵なら与えてやれることができた。彼がその見返りに望むものは、少佐における美を共有すること。それは対等な取引以上のものになるように思われ
た。なぜなら伯爵には、少佐受け取るものすべてを享受し尽くすだろうという確信があったからである。この頑固な野生馬が美しい目を見開き、真の意味でドリ
アンが差し出すものに目を向けさえすれば!
ド
リアンは当初、その日は遠からずやってくると見積もっていた。ドリアンの魅力に逆らえたものはこれまでいなかったからだ。彼は今までにも、異性愛者である
と公言する男たちへも標的を定めてきた。相手の自覚などには無頓着だった。結局のところ、彼らはみなドリアンのベッドに体を横たえた。そして喜んで快楽を
むさぼった。
それらの過去はすべて、彼が少佐に出会う前の話だった。少佐は、両腕を広げて待つ伯爵に恐るべき抵抗力で抗った。この男はいかなる性衝動も持ち合わせていないのかもしれない。
思考の行き着いた先の衝撃に、ドリアンは微かに震えた。なんて想像だ。クラウスがもしそうなら、なんという壮大な浪費だろう。
ド
リアンは、想い人か視線を引き剥がし、大広間へ戻った。広間は人でごった返していて、どの招待客もみな思い思いに着飾り、ありったけの宝飾品を身につけて
いた。シャンパンを招待客に配っていたときに、そのジュエリーのいくつかがドリアンの目にとまった。だがそのいずれも現在の標的も魅力には程遠かった。
『紫を着る男』を手にいれるチャンスを目の前にして、余計な危険をおびき寄せるのは賢明なやり方ではない。あの太った未亡人の真珠とダイアモンドのチョー
カーや、花嫁の耳に揺れるドリアンは大粒のエメラルドにも、そんな価値はない。
ただ・・・、ドリアンはエメラルドのイヤリングをもう一度間近でよく眺め、心惹かれた。めったにない大粒で、珍しいほど緑色の濃い、しかし曇りひとつない石だった。カットも上出来だ。もしかすると、また別の機会にね。
「クラウス!」花嫁が大声で呼ぶ声がドリアンの耳に直接入り、ドリアンはあやうく持っていたトレーを取り落としそうになった。クラウスが顎をあげて、巌のようにいかめしい表情で大広間に入ってくるところだった。
少佐は人ごみをかき分けて、招待客の社交辞令としての挨拶を、あっさりとやりすごしながらこちらへ進んできた。彼はタキシードに着替えていて、その様子は・・・
素晴らしい。
さっ
と目を逸らし、だれでもいい他の誰かに視線を逸らせようとして、ドリアンは再びシャンペンを落としそうになった。もう一瞬でも長く少佐を見ていたら、公衆
の面前で少佐を誘惑しにかかりたいという欲望を抑えられそうになかった。そして想い人は当然、彼に激怒する。ああ、なんてことだ。少佐の立ち姿かここまで
そそるとは。しかも服を着たままで。
「アンナ、」ドリアンの想い人は、滑らかな低い声で花嫁に話しかけた。「おめでとう。」
「ありがとう、クラウス。私、アントンと一緒にきっと幸せになるわ。かれったら素敵なの!あなたとなら、きっとうまくいかなかったわよね?」
なんだって!
「きみはおれには過ぎた女性だったさ。」クラウスは応えた。その返答の驚くべき内容を、冷静すぎる口調がやや裏切っていた。「アントンは果報者だな。きみたちふたりの幸せを祈る。」
なんてことだ。彼はいまとんでもない努力を払っているに違いない。きっとそうだ。
「ドレスがよく似合っている。今夜のきみはとても綺麗だ。」
ドリアンの頭の中は真っ白になった。なんとか我を取り戻し、トレーを少し高く掲げた。飲み物を招待客たちに配り、空のグラスを集めながら、視界の隅でアンナに目をやった。彼女は微笑んでおり、社交と礼儀作法方面における少佐の前代未聞の努力に、さしたる感銘を受けたようにも見えなかった。
「失敬。」
ああ。
アンナの顔に失望の陰がちらりと差した。それはよく訓練された社交的な表情の裏にすぐに隠されてし まったが、ド リアンはくすりとせずにはいられなかった。ドリアンの愛しい男はさっと踵をひるがえし、その場には一瞥もくれずに去っていた。彼は、招待客たちへの失礼にならない程度の挨拶を必要最低限の時間で済ませようとしていた。
「おや、あらあら。」低い女性の声が背後から聞こえた。
「やっぱりそうだったわね。」アンナはごく平静な声で答えた。「何もかもが思い通りに行くわけじゃないしね。もっと早くあなたに紹介してあげればよかったわね。でもよっぽどうまく近づかないと、あなた凍傷にかかっちゃうわよ。」
『私だけの』少佐にけしからん欲望を抱いたこのあばずれを絞め殺してやりたいという衝動を抑えるために、伯爵は急いで新婦とその友人から離れた。ゆっくりと足を向けた方角に少佐がいたのは全くの偶然だった。誓ってもいい。
ひっきりなしに煙草を吸う少佐を見つけたときには、トレーの上は空っぽのグラスでほとんどいっぱいだった。少佐は、なにやらげらげら笑いっぱなしの灰色の髪の年配の男性につかまっていた。ラクダみたいな笑い声だった。ラクダの鳴き声など聞いたことはなかったが。
少佐はドリアンのほうに目を遣らないまま片手を伸ばし、新しいグラスをさっと取り上げて一気にあおった。それからほとんど即座に次のグラスを取り上げた。ド リアンは跳びあがりそうになった。もう一杯を所望されたらどうしよう。ああ、でもこの場所からなら彼のうなじの後れ毛が見える。さっき髪をかきあげたとき に見えたんだ。
だが彼はともかくその場所を離れた。そのままそこにいれば、クラウス・フォン・デム・エーベルバッハ少佐のうなじの後れ毛に鼻をうずめ、素敵な首筋に噛み付いてしまいそうだったから。
「失敬。」
ああ。
アンナの顔に失望の陰がちらりと差した。それはよく訓練された社交的な表情の裏にすぐに隠されてし まったが、ド リアンはくすりとせずにはいられなかった。ドリアンの愛しい男はさっと踵をひるがえし、その場には一瞥もくれずに去っていた。彼は、招待客たちへの失礼にならない程度の挨拶を必要最低限の時間で済ませようとしていた。
「おや、あらあら。」低い女性の声が背後から聞こえた。
「やっぱりそうだったわね。」アンナはごく平静な声で答えた。「何もかもが思い通りに行くわけじゃないしね。もっと早くあなたに紹介してあげればよかったわね。でもよっぽどうまく近づかないと、あなた凍傷にかかっちゃうわよ。」
『私だけの』少佐にけしからん欲望を抱いたこのあばずれを絞め殺してやりたいという衝動を抑えるために、伯爵は急いで新婦とその友人から離れた。ゆっくりと足を向けた方角に少佐がいたのは全くの偶然だった。誓ってもいい。
ひっきりなしに煙草を吸う少佐を見つけたときには、トレーの上は空っぽのグラスでほとんどいっぱいだった。少佐は、なにやらげらげら笑いっぱなしの灰色の髪の年配の男性につかまっていた。ラクダみたいな笑い声だった。ラクダの鳴き声など聞いたことはなかったが。
少佐はドリアンのほうに目を遣らないまま片手を伸ばし、新しいグラスをさっと取り上げて一気にあおった。それからほとんど即座に次のグラスを取り上げた。ド リアンは跳びあがりそうになった。もう一杯を所望されたらどうしよう。ああ、でもこの場所からなら彼のうなじの後れ毛が見える。さっき髪をかきあげたとき に見えたんだ。
だが彼はともかくその場所を離れた。そのままそこにいれば、クラウス・フォン・デム・エーベルバッハ少佐のうなじの後れ毛に鼻をうずめ、素敵な首筋に噛み付いてしまいそうだったから。
<続く>
こういうフィクを拝読すると、日本の文化に浸りっぱなしの日本人である僕なんかには到底表せないヨーロッパの空気が行間から匂い立つ感じがする。
返信削除文化の違いといえばそれまでだけど、肌で感じていることがもう僕らアジア圏とは全く違うというか。所詮僕らが書くフィクはおしょうゆ風味の洋食で、バターの香りがする西洋料理とは似ているようで違うんだよね。僕酔いっぱなし。うっとり。
やっぱちがいますねー。家の中でも靴の人たちの感覚というか。
返信削除その人たちを虜にした、やすこ女神さまの力量がやはり卓越していたということです!
醤油とかバターとか見てるとおなかが減ってきたな…