このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2011/10/05

巴里の一夜(上)・サバーハ

  
メモ:サバーハ萌えの友人のリクエストに応じて書きました。設定は、「九月の七日間」の二・三年後です。


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<サバーハ>

豊かな黄金の巻き毛から、記憶にあるとおりの薔薇の香りが立ち上った。

促されるままに彼の滞在する部屋に入ったときには、こうなることはすでにわ かっていたような気がする。そ の青い目の英国人が私の黒いレーシングスーツの ファスナーを降ろすまでに、さほどの時間はかからなかった。私はその音を、 運命の扉が開く音のようにただなすすべもなく聞いていた。そもそも手痛い目に 合わされた以前の経緯すら、思い起こすたびによみがえる記憶は見事に騙された 腹立たしさではなく、もう二度とこの イギリス人とあいまみえることがないとい う喪失感だったのだ。だが私は再び彼を見出した。豪勢な金髪の巻き毛を背の中 ほどまでたらした男は、私の凝視に気付くと視線だけで私を誘い、私は抗わなかった。

彼は一人だった。彼のパリでの投宿先が、私の一族の所有するホテルではなかった ことに、私は密かに安堵した。取り巻きの誰にも知られたくなく、私も独りだっ た。大型のバイクの後ろに彼を乗せ、夜の街を走った。 私は目立つらしい。この 姿で外出すると、女からも男からもねっとりした視線を受ける。彼はもちろん、 もっと目立つ外観だ。襟の開いた真紅のノースリーブに足腰の形ぴったりのスリムなジーン ズ、膝から下の長さがよくわかるロングブーツという、私の国では男であろうが 女であろうが決して許されない格好をして、輝くように笑っていた。暗い店の中 で、まるでそこだけスポットライトが当たっているようだった。今もまた、私の背後でヘルメットもかぶらずに黄金の豊かな巻き毛をたなびかせている彼を、夜道を行く誰もが息をのんで見つめていることだろう。

彼の部屋に入った。彼は私を奥の寝室には誘わなかった。プライス・コレクションから私が落札した絵画を根こそぎ盗みとり、その後も私を愚弄し続けたエロイカが、今夜も私を嘲笑おうとしているのだろうか?絵画などいくらでもくれてやる。私にとっては取るに足らないものだ。だがこれ以上私を愚弄することは許さない。その沸々たる想いとは裏腹に、私は緊張していた。ソファに、ごく浅く腰掛けた。優雅な手つきでブランデーグラスをふたつテーブルに置いた彼は、向かいのソファには 座らず、私のすぐ隣に腰を下ろした。太腿が触れ合った。薔薇の香りがした。心拍数がいっぺんに上がった。

「少し飲みたまえ。体も気分も楽になるよ。」

青い瞳が、自在に伸び縮みする網のように私を捕らえて離さなかった。私は動けなかった。ここは彼の部屋で、私のテリトリーではない。水の中にいるように体が重かった。彼は視線で私を捕らえたままグラスを取り上げ、私の唇に当てた。はたき落とす事も出来たはずなのだが、そうしなかった。できなかった。グラスを傾 けられるままに、私は青い瞳の男の手から与えられるその強い酒を飲み、やがて飲み干した。それはつまり、承諾のしるしだった。英国人は静かにグラスを 置き、私のレーシングスーツのファスナーに手をかけた。襟元が押し広げられ、 砂漠の砂のように金色に輝く髪が私の胸にうずめられた。舌が、鎖骨を這い 回っているのが判った。みっともなくも女のような悲鳴を洩らしそうになり、冷汗がどっと噴出した。私には同性との経験がなかった。

「君の国の香料の匂い、緊張したきみの汗の匂い、皮のレーシングスーツの匂い が交じり合っている。たまらないね。」

英国人は私の胸元から顔を挙げないまま、そう言った。からかうような言葉に 伴って吐き出された息の温もりが、私の肌をかすかに刺激した。それだけでもま た声が出そうだったのに、金髪はそのまま頭を下げ、巧妙な 舌で私の胸の小さな 突起を捕らえ、ちろちろと愛撫を始めた。ソファの肘掛を掴む手に力が入った。泥棒貴族は 私の左の乳首を舌先で、右を指先で巧みに刺激しながら、空いた手を スーツの 中にもぐりこませ、私の体のそこかしこを存分に確かめ始めた。

「アラブ種の素敵な駻馬だ。すごく、感じやすい体だね。愛撫を受け慣れているんだ。いつも女性に奉仕させているばかりなんだろう。」

それは当たっていた。私は女を相手に積極的になるということがほとんどなかっ た。取り巻きの女たちは大勢 いて、相手に不自由はなかった。身の回りに女たちを置 いておくのは、私の国の私の階級の男にとっては車や駱駝を収集するのと同様 の、当たり前の身だしなみに過ぎない。指を鳴らせば複数の女たちが私の体に群 がるのは、10代のころからの習慣だった。

「でもきみは本当は、女性ではたいして感じないんだろう?だからあんなに数だけ揃えているんだ、ちがうかい?」

英国人が私に話しかけている間だけ、彼の舌先の容赦ない攻めから逃げられた。 だが私には息を整え、こう言い返すのが精一杯だった。

「きみは病気だ・・・私に・・・こんなことを・・・」

「そうかな?本当に嫌ならいくらでも逃げられるはずだよ。でもきみはそうしな い。賭けてもいいよ。きみはずっと・・・こういうのを、ずっと待っていたんだ。」

図星を指されて、恥ずかしさで目が眩んだ。もう目を開けていられなかった。ま ぶたをきつく閉じると、触れられている肌の感覚だけに意識が集中し、声をあげずにこらえているのが精一杯だった。その憎らしい男がいつも身に纏っている、 薔薇の香りがまた匂い立った。香りと共に、滑らかで長い指がレーシングスーツ の中を這い回り、恐ろしいほどの背徳感に裏打ちされた快感の予感に、私は唇をかみ締める以外の何の抵抗も出来なかった。体が震えだすのを止めることも出来 なかった。金髪のイギリス人はそれでもなお、肝心のところに触れてこなかっ た。やはり私を嘲笑っているのかもしれない。全身をを硬くこわばらせながら息を殺 して男の愛撫を受け入れ、恥知らずにも体の中心をもっともっと硬くして男の指 を待っている、惨めな私のことを。私はたまらなくなって目を開いた。

思いがけない近さに、伯爵の顔があった。

「だめだよ、サバーハ。」

オアシスの湖水のように青い瞳が、私を優しく見つめていた。「もっと素直に なって欲しいな。私は無理強いは嫌いなんだ。するのも、されるのもね。きみが 自分から望まないのなら、私はきみには何もしてあげない。 初めてなのはわかっ ているよ。言ってごらん?何をして欲しいんだい?どこに触れて欲しい?」

そのまま瞳が近づき、しっとりした薔薇色の唇が私の乾いた唇を吸った。なけな しの矜持が持ったのはそこまでだった。私は蕩けた。唇を開き、薔薇の舌を受け 入れようとした瞬間、相手の唇が離れた。その舌を・・・、そう言いさしたところ に、英国貴族の命令が優しく、だが容赦なく下った。「さあ、はっきり口に出して言ってみたまえ。その通りにしてあげるから。」

屈辱で顔が火照った。舌が欲しい。唇が欲しい。指が欲しい。何もかもが欲し い。もっと別のところを攻めて欲しい。そんなことを言えるわけがない。だが現 実には私の身をぴったり包んでいた黒い衣のファスナーは腰まで下ろされ、私はうっすらと汗を浮かべて男の舌と指の愛撫を享受しており、唾液に濡れた乳首はこんなに硬くなってもっと強い刺激を待っており、そしてなにより聞き分けのない私の持ち物 が、これ以上ないほどに怒張しきって皮のスーツの前をいっぱいに膨らませてい た。早く解放してやらなければ、もどかしさに気が触れてしまいそうだった。

「命じられるのには慣れていない。そうだね?」

私は答えなかった。そうでもなかった。私の国は金髪の男の国よりもさらに厳格 な階級社会だ。私は国王に、一族の長に、父に、兄たちに、系列が上位の従兄た ちに命じられ、従うことには慣れていた。 だがもちろんこんな恥ずかしい命令 を受けたことはない。

「落ち着かせてあげるよ。ほら。」

英国人は私の手を取り、自分の下腹部へ導いた。そこに、私と同じようにすでに何かを待ち受けているものがあった。他人のそんなものを、布ごしであろうななかろう が、触るのは初めてだった。この巻き毛の男もまた、私に欲情している。その認識は確かに私を落ち着かせた。だが次の瞬間、それを布ごしではなくじかに触りたい、見たい、そして・・・したいと熱望している自分に気づき、さらに頭に血が 昇った。だがそれは、私がもうずっと以 前から望んでたことではなかったのか。

このイギリス人には決まった相手はいるのだろうか。嗅がされた催眠ガスから目覚めたあと、彼のことは手を尽 くして調べていた。どの報告にも、この男との公私にわたって関係のある相手として、あのドイツ軍人の名が挙がっていた。だが彼とその男の関係について は、報告書ごとにて定義付けが異なっていた。曰く親しい友人である。曰く長年にわ たる愛人関係である。曰く業務上のパートナーである。曰く敵対関係である。曰く、曰く、曰く・・・。どこから 探りを入れてもかちこちに硬そうな、NATOの諜報将校。事実がどうであれ、目の前の男があの無粋なドイツ軍人となんらかの関係を持っているのは間違いないようだった。私はあの黒髪の男になりかわりたかった・・・。

今やその夢想の一部がかなおうとしていた。私は伯爵の耳元に唇を寄せ、ついに哀願を口にした。





<伯爵>

彼は私を連れて夜遊びをしたがった。どうやら私を見せびらかしたいらしい。可愛らしいものだ。初物には初物の楽しみがある。特に、こんな歳になるまでこち ら側の経験のない、こわもての男の味ときたら。ひとりでパリまで足を伸ばしたのは 正解だった。こんなにおいしいデザートが転がり込んでくるとは。

昨夜のことを思い出すだけでいやらしい笑みがこぼれた。さんざんにいじめてやった。最初から最後まで、逞しい体をよじって恥ずかしがっていた。言葉で攻めようが指で攻めようが、また別のもので攻めようが、とにかく敏感な体だった。少し縛ってやったら、そんなことをされるとは思っても見なかったのだろう、屈辱に燃える暗いまなざしで呆然と私を見あげた。だがさらに呆然としていたのは、自分がその屈辱から痺れるような快感を得ていることだったに違いない。とめどなく沸き起こる劣情を自分自身で扱いかねているような戸惑いぶりに、また一層そそられた。あまりにも楽しませてくれたので、ご褒美に好きにしていいと体を任せたら、同じように私を縛り上げて、腕力に任せて手のひらを返したような無体を強いてきた。それもまた、よかった。デザートどころか、私にとっても彼にとってもフルコースの一夜だっただろう。

あとは、彼が私に夢中になり過ぎないように気をつけなきゃね。伯爵は無益なこ とを考えた。今まで自分に夢中にならなかった相手などいただろうか?・・・もちろんいる。夢中どころか、振り向きさえしない。私の永遠の標的の彼。追うことは追われることより素晴らしい。彼 は過去にもこの先も私を一顧だにしないだろうが、それでも私は追うことをや めないだろう。肩まで落ちるまっすぐな黒髪、長身で広い肩幅、頑丈で長い手足、 挙措と口調に乱暴さと育ちのよさが奇妙に同居した、どこまでも堅い鋼鉄の男。鉄のクラウス。決して私のものにならない、私の運命の男。

だが彼のあの緑の瞳がさらに深い色になるとき、私には彼がわからなくなる。ひらひらと飛び回る蝶のような私は、彼の 瞳にどう映っているのだろう。彼は時折目を細め、瞳の色をさらに暗く して私を見つめることがある。一度はそのまま腕をつかまれた。経緯は忘れた。 引き寄せられるか殴られるのかどちらだろうととっさに身構えたが、少佐はその まま動かなかった。緊張に耐えられなくなった私は、いつものように微笑んで少佐に流し目をくれた。そうすれば少佐が手を 離して私を突き飛ばすことがわかっていたから。結局は私も少佐と同じく、それが起こってしまうことを恐れているのかもしれない。

考え事にふけっていたら、腕をつかまれ、強引に引き寄せられた。私の隣にいるのは短 い黒髪の男。くっきりした目鼻立ちで、特に目が印象的だ。浅黒い肌の色が、 使っているフレグランスと同じぐらいエキゾチックだった。昨夜の、そしておそらく今夜の私のお相手。アラビアの夜のようにぬめりを帯びた漆黒の 瞳。ごめんよ、サバーハ。きみの前で別のひとのことを考えていたよ。きみに失礼だった ね。抱き寄せられたその腕を拒まないことで、私はきみに謝罪しよう。私の髪を絡めとるきみの指と、耳たぶをついばむように寄せられた唇を、いつもの微笑で受け入れよう。きみが私に何かの冗談を囁いた。のけぞって笑う私の喉もとに、きみは吸い寄 せられるように口付けた。私は目を閉じた。やはりきみも、私に夢中になるんだね・・・。

私はサバーハの体をそっと押し遣った。夜まで待とうよ。そうか、時間はもう夜だ。ではベッドまで自制したまえ。 私の肩を抱いていた腕が下がり、腰を抱き寄せら れ、下半身を押し付けられた。サバーハの欲望が、言葉より もはっきりと伝 わってきた。私はさりげなく目を逸らした。泥沼になる前に、潮時を見極めなければならない。





<少佐>

相変わらず良く目立つ男だ。なんでこんなところにいる。髪を切れ。もうすこし 肌を隠す服を着ろ。体の線もだ。へらへら笑うな。とっとと自分の国の自分の城にこもって、盗み 集めた絵でも眺めて暮らしていろ。ブリテン島から出るな。表に出るな。夜も昼もだ。

隣に立つ男に見覚えがあった。クウェート某財閥の三男坊、素人のくせにあちこちに顔を出したがるきな臭い 成金野郎だ。金なら腐るほど 持っとるくせに、エロイカの本職にも手を広げるつもりか?いや、ルビヤンカ・レポートの時にはこいつらはすでに面識があった。そもそもどういう知り合いだ。全く何もかもが気に入らん。

何が最も気に入らないのかを、少佐は意識に乗せないようにしていた。もちろん 一番気に食わないのは、その二人が壁際で足を絡ませるようにして寄り添って立ち、鷹のように鋭い目のアラブ人が、きらめく美貌の泥棒貴族の耳元でなにやら囁いている、その姿だった。もっと言えば黒髪が金髪の肩を抱くようにして巻き毛に指を絡ませ、金髪が嫌がる様子もなくそれを受け入れ、心地よさげに目を細めて囁きに耳を澄ませてい る、その様子でもあった。何を囁かれたものや ら、風船野郎は頭をそらせて笑い 出した。開きすぎた胸元の上に、白い喉が見えた。近くにいればいやったらしい嬌声が聞こえた かもしれない。黒髪の男の眼がその喉もとに釘付けになり、 やがて顔をそこへうずめた。金髪は払いのけなかった。目を閉じて、なすがままにさせてい た。変態どもめ。少佐は目をそらせた。

目的のエージェントとはすでに接触した。渡すべき情報は渡した。エージェントは去った。NATOパリ支部への 連絡は済んだ。会議出張のついでに済ませた、ペーペーのような久しぶりの単独任務だった。接触相手の指定でもなければ、こんな店に足を踏み入れることもなかった。男ばかりが踊りに来る店。独りで来る客の目的はみえみえだ。おれはこんなところにいるべきではない。とっとと飲み干して宿へ引き上げねばならん。

少佐が自分のグラスに目を落とすのと、伯爵が顎を引いてサバーハの体を軽く押し遣ったのがほぼ同時だった。 サバーハが伯爵の腰を抱き寄せ、下半身を押し付けて欲望に燃える目で伯爵を見つめてているところを、少佐は 目の当たりにせずにすんだ。顔を伏せた伯爵の顎をサバーハの片手が捉え、強引に自分の方を向かせて噛み付くようなキスを与えているところも、もちろん見ることがなかった

少佐はグラスを取り上げ、残りの酒を心のざわめきと併せて飲み干した。味などわからなかった。用を足した ら、とっとと宿に戻ろう。 ホテルのエクササイズジムが開いている時間ならいいが。汗をかいて忘れることに しよう。忘れる?何を?






<サバーハ>

伯爵が軽く私の体を押し遣った。だが私はそれを許さず、彼の腰をとらえて抱き寄せ、下半身をこすりつけた。伯爵はさりげなく視線をはずし、私の欲望を回避しようとした。憎らしい男だ。昨夜あれほど私を翻弄したくせに。私には一夜のお遊びの価値しかないのか?

さんざんにもてあそばれた挙句に最後に好きにしてごらんと言われ、さっきまで自分を縛っていた縄でお返しにこの金髪を縛り上げた。緊縛の中から揺らめくような瞳で見上げられた瞬間に、背筋に走った鈍い衝撃が忘れられない。ベッドでこんなものを使うのは初めてだった。縄目がしなやかな筋肉に食い込んでいくのを、自分以外の誰かがしでかした残酷な懲罰のように見ていた。だが縄を掛けたのは自分だ。力を込めて縛り上げたのは自分だ。よほど痛かったらしく、巻き毛が汗でしっとりと湿り始めていて、まるで渦を巻いてとろけ落ちてゆく蜂蜜のようだった。伏し目のまま私の仕打ちを甘んじて受けていた男の、巻き毛と同じ色の長いまつげがふと上がると、その下から底知れぬ湖水のように青い瞳が私を見上げ、同じく底知れぬ欲望に私を引きずり込もうとした。私はあっさりと引きずり込まれた。その後のことはよく覚えていない。正気を失った私から引き出せるだけの快楽を引き出すと、エロイカはやすやすと縛めを解いた。

視線をはずした伯爵の綺麗な顎を掴み、下半身の昂ぶりを強く押し付けたまま、強引にこちらを向かせた。伯爵は美しい眉をかすかにひそめて私を見たが、無理には抗わなかった。私が噛み付くように唇を奪うと、伯爵は私が求めるままに唇を開き、私の舌を受け入れた。その物分りの良すぎる冷静さが、私の暴虐な部分に火をつけた。決して私のものになることのない、この美しい異教徒をどうしてくれよう。怒りのあまり目を開けたまま伯爵の唇をむさぼっていた私の視界に、思いがけないものが映った。

クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐。この金髪の曰くつきの相手。お堅いドイツ軍人がお堅い服を着こんで、カウンターでグラスを前に独り座ってい た。ここは彼らの場所なのか?待ち合わせでもしていたのか?よくここで会うことにしているのか?

目の眩むような怒りが私を襲った。金髪男の舌を吸い出して、噛み切ってやりたかった。さっき唇を寄せた白い喉に指を回し、力を込めて縊り殺してやりたかった。だがそのとき気が付いた。この店に連れてきたのは私だ。この美しい悪魔ではない。 目を閉じて私の舌をおとなしく受け入れているこの男は、エーベルバッハ少佐がこの店にいることにはまだ気付いていないだろう。私は横目でドイツ軍人を追った。彼は立ち上がりながらバーテンダーに手洗いの位置を尋ねており、どうやら私たちのことには気づいていないようだった。冷静になりきれないままの怒りの余韻が、私の脳裏のゆがんだ欲望をさらに歪ませた。まっとうではない思い付きだったが、だがそれがどうだというのだ。男と寝ること自体、まっとうではない行為なのだから。




<伯爵>

私は気が進まなかった。いくらこんな店だからって、そんなところで?覚えたてのティーネイジャーでもあるまいし。そういうのは子供の頃のエレベーター逆走と同じで、若い頃に済ませておくべきやんちゃだよ。だが考え直した。彼にとってはなにもかもが初めての体験だ。本人が望んだこととはいえ手を出したのは私なのだし、坊やの初々しさが残るっているうちに、せいぜい付き合ってあげよう。どちらにしろ、彼とはパリを離れるまでの仲だ。

私はほとんど引きずられるようにラバトリーへ向かい、中をよく確かめる余裕もなく、一番手前のブースに押し込まれた。後ろ手にドアを閉めると、サバーハは切羽詰ったような手つきで、私の前を広げ始めた。「サバーハ?我慢できなくなったのはきみのほうじゃないのかい?」

「私の名を呼びながらいってくれ、伯爵。きみのいい声が聞きたい。」

彼はそう言うとそのままひざまずいて私のものを口に含み、あからさまに湿った音をたてて吸った。ずいぶん性急なしぐさだった。

「私は・・・ここでは無理だな。きみのは私がなだめてあげるよ。場所をかわろう。」

やんわりと制しようとする私の手首をつかみ、サバーハはそのまま執拗に舌を使った。稚拙な愛撫だったが、それでも私のものは応えはじめた。物理的な快感には逆らわずに身を任せながら、一方で私は違和感を感じていた。なにかがおかしい。こんなふうに他人の快楽に奉仕することは、まだこの男のお楽しみリストに載るには早すぎる。ではなにか別の目的が?

ラバトリーの奥で物音がしたような気がした。誰か先客がいるのかもしれなかった。ならば納得が行く。私を所有していることを、周囲に誇示したいのだ。そんな男はこれまでに星の数ほどいた。わざわざ名を呼ばせるということは、ひょっとすると行きずりの他人ではなく面識のある誰かなのかもしれない。坊やの火遊びに付き合ってやるべきかどうか、少し迷った。私が黙って息を殺していると、サバーハは苛立ったように立ち上がって自分のものをつかみだし、しごきはじめた。それは何の準備も要らないほど怒張しきっていた。

「声を出す気がないのなら、後ろを向いて前に手を付け。尻を上げろ。」

黒い目が、嫌な光り方をしていた。多くの男たちにおいて、性欲と攻撃欲はずいぶん近い位置にある。だが私はそういう趣向は好みではなかった。

「ゆうべも言ったと思うけど、私は無理強いは好きじゃないんだ。するのも、されるのもね。」

体を離し、前を閉じようとする私を力任せに壁に押し付けながら、サバーハは背後から膝で私の脚を開かせようとした。おもしろい。腕力で何かができると思うなら、やってみるがいい。

「おまえは誰の言うことならおとなしく言うことを聞くのだ?あのドイツ人か?」

「ドイツ人?」

「クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハだ。おまえの大事な男だ。」

私は口をつぐんだ。その名を聞くだけで、自分が今もてあそんでいるような児戯がまったく味気なく感じられた。抵抗をやめた私の両手首を片手で壁に押さえつけ、サバーハはもう一方の手で私の腰を抱いた。抱き寄せて着衣を引きずりおろし、後ろから照準を合わせようとした。

「君は何かを誤解しているようだが、私と少佐はそういう関係じゃない。」

「嘘をつくな!」

「きみ、そういうのが好みなのかい?私が誰かのもので、その誰かから盗み食いをしているっていう趣向なのかな?きみの好みを正直に言ってごらん。きみの感じる設定に合わせて言葉を紡いであげよう。ただ・・・、彼の名を出すことだけはやめてくれないかな。でないと私は続けられなくなってしまう。」

「やはりあのドイツ人はおまえにとって特別なのだな?」

「・・・悪いね。きみのファンタジーがそこにあるなら、私は付き合ってはあげられない。放してくれたまえ。」

「放せと言うのか?ここまで来て?こんなになっているのに?」

サバーハは無理やり私に押し入ろうとした。初心者はこれだから、たまったものではない。私はブーツの踵で相手のつま先を思いっきり踏み付け、相手がたじろいだ隙に体をひねって、男の腕からするりと抜け出した。

「やれやれ、きみはまだ駆け出しなんだ。こういうことは謙虚じゃなきゃ上達しないよ。言っとくけど、初めての相手がわたしだなんて、きみってすごくラッキーだったんだから。今夜だって楽しい思いはいくらでもできたのに。」

「悪魔め!やつの前で同じことがほざけるかどうか、試してみるがいい!」

サバーハはせわしない仕草で着衣を引き上げ、乱暴にドアを開けた。やつ?誰のことだ?まさか・・・?




<少佐>
ため息を付いて、ドアを開けることにした。用を足したら勘定を済ませて、さっさと店を出るはずだったのだが。なんだってこんなところで変態どもの痴話喧嘩に遠慮せねばならんのだ。しかもその痴話喧嘩に、ほかならぬおれ自身の名前まで登場しているという体たらくだ。

ブースを出ると、成金野郎が乱れた着衣のまま、なにやら得意げな顔で立っていた。無視して、丹念に手を洗った。洗いながら、この野郎をぶん殴るかどうかを冷静に考慮した。ぶん殴る以外にも、完膚なきまでに叩きのめし、踏みつけにし、二度と余計なことをさせないようにする方法を一ダースほども比較検討しつつ手を洗い終わり、水気をハンドペーパーで拭い取りながら、結局のところその中でもっとも単純で効果的な方法を採用することに決めた。黙ったまま成金野郎の目の前を通り過ぎ、一番手前のブースの前で足を止め、のぞき込んだ。変態の巻き毛の金髪のパープーの風船野郎がひどい格好で壁にもたれ、上気した顔で傲然とおれを睨み付けた。おれは平静な声で言った。

「伯爵、身支度が済んだらおれの席へ来い。カウンターだ。手をよく洗えよ。」

言い捨てて、そのまま手洗いを後にした。




<サバーハ>

私は伯爵が手を洗い、丹念に口をすすぎ、髪を手ぐしで漉きなおして、私に一瞥もくれずに立ち去るのを見送った。つまり私は、一度は掌上に摑んだ英国の薔薇を、いらぬ小細工を労して失ったということだろうか?それとも、薔薇がそもそも私の手の中にあった瞬間などなかったというのか?

呆けたように立ちすくんだ私が気を取り直し、店内へ戻ったときには、二人の姿はもうなかった。私は往生際悪く、昨夜を過ごした伯爵の宿へ行ってみた。伯爵はすでにそこを引き払っていた。一族の所有するホテルのすべてと、その他手を尽くせる限りの宿の宿泊者リストを当たったが、伯爵の名も、かつて私が調べた限りで彼がよく使う偽名も見つけることができなかった。NATOの諜報将校がどこで夜を過ごしているかは、もちろん調べられるものではなかった。

つまり、かつてと同じく、私は再び完敗したのだった。それが間違いのない事実だった。

だが今でもわからないことがある。あのふたりはどういう関係なのだ?伯爵は否定した。少佐ももちろん否定するだろう。だが本当にそうなのか?あのふたりには、何もないのか?そしてあの夜、伯爵はどこで夜を過ごしたのか?

答えを得る機会は永遠に失われた。そして悔やんでも悔やみきれない後悔と、薔薇の香りの記憶だけが、私に残った。


<終>


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後書:

※サバーハ萌え友人からのお題:『いてこまされサバーハ』
※サバーハに次の一言を言わせること。「きみは病気だ・・・私に・・・こんなことを・・・」

※原題は「当て馬にも五分の魂 ~あるいは「いてこまされサバーハ」のささやかな報復・大失敗の巻~」(ごめん、ぜんぜん愛がなくて・・・)

※もしくは、「サバーハの筆下ろし」
※または、「サバーハくん社会人デビュー」

サバーハ派の人ごめんなさい・・・






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