このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/05/21

FEET OF CLAY 13 Tell Me You Love Me - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  13 Tell Me You Love Me
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。


 


作者からひとこと: そうです。またしても生ぬるいエンディングになってしまいました。皆さんのうめき声が聞こえるようです。プレゼントの中身とか、結末のセリフとか。





Tell Me You Love Me - 愛していると言ってくれ



これまで幾度となくそうだった通り、山荘で過ごす時間は矢のように過ぎ去った。クラウスが見るかぎり、ドリアンの状態はずっと改善したように見えた。だがすっかり元通りとは行かなかった。少佐が伯爵をホテルまで送り届けたときに、伯爵は胸にせつない痛みを覚えた。数週間のうちに彼はイングランドに帰り、体調を完全に取り戻すまでの日々をグロリア城で過ごすことになる。

ドリアンが完治するまで、エロイカが少佐の任務にかかわってくることはないだろう。伯爵はまた、記憶の少なくとも一部でも取り戻すまでは、本業の美術泥棒を再開するつもりも無かった。彼にとって喜ばしかったことに、クラウスは数カ月おきにこの山荘で逢おうと言ってくれた。山荘で再開するたびに、記憶が少しずつ取り戻されていった。かなりの期間の記憶が一度に蘇ったことすらあった。このままゆけばすべての記憶を取り戻すことも可能なのかもしれないと、ふたりは思い始めた。だが、ドリアンがこだわっている限り、暴行の記憶そのものは永遠に封印されたままなのかもしれなかった。


* * *


夏になっていた。ドリアンは草むらに腰を下ろし、湖を見下ろしていた。汗ばむような日だったが、風が空に浮かぶ数片の雲をゆっくりと吹き流していた。クラウスは少し離れた場所で、黙って煙草をふかしていた。しばらくたって、ドリアンはクラウスの方に目をやった。クラウスは折り曲げた膝の上に煙草を持った手を載せて、木にもたれかかったまま目を閉じていた。鉄のクラウスがこれ以上ないほどに自分を開放し、くつろいでいる。ドリアンはそう思った。

「きみを、愛しているから。」ドリアンは唐突に口を開いた。

クラウスは目を開けてドリアンを見遣り、唇の両端にかすかな笑みを浮かべた。その同じ言葉を聞くなり、部屋を横切ってドリアンを殴りつけたのはいったいいつのことだったろう。その言葉を今は、幾度でも繰り返し聞きたかった。

「もしそうなら、それを見せてくれ。教えてくれ。」クラウスは穏やかに繰り返した。だが意外にも、ドリアンは全く別のことを言い出した。「何が問題なんだろう?」

「何も。でなければ最初からすべてが問題なのか、どちらかだ。」

「随分よくわかったような言い方だね。」

ドリアンはため息をつきながら立ち上がった。半分眠ったままつぶやいたあの一度を除けば、クラウスは一度も「愛している」とは言ってくれていなかった。その言葉をねだってみたほうがいいのだろうか?この一年の間、クラウスはそれをあらゆる行動で示してくれていた。だが、ドリアンの回復を待つ間中ずっと、彼らの関係を秘密のままにしておくのは難しかった。だが考えてみれば、失われてしまった十年の過去の時にすでに、それは難しい問題になっていたはずだ。

「クラウス、もう戻ろう。」

「どうした?なにか思い出したのか?」

「何も・・・」彼はため息をついた。「何が問題なのか自分でよくわからないんだ。」彼はぼんやりとした返事を返した。「きみには迷惑をかけっぱなしだ。」

「ドリアン。もう自分を責めるのはやめろ。」煙草を消し、クラウスもまた立ち上がった。「迷惑なら、記憶喪失の患者は病院に任せておいていたさ。」返事の代わりに、伯爵は少佐にしがみついた。

「ずっと待っていてくれてありがとう。」ドリアンは息を吐いた。「きみを愛しているよ。」

「知っとる。もう何度も聞いたぞ。」

ドリアンの痩せ我慢はそこまでだった。「どうしてきみは言ってくれないんだ?」

「何だ?」

「きみがそう思ってるのは知ってるよ。そんなことを口にだすのは馬鹿馬鹿しい、気取りすぎだ、でれでれしすぎてる、ってね。それにきみは黙ったまま行動でなんども証明してみせた。もしかすると私はそれを一生思い出せないのかもしれないけど。」いちど口火を切ってしまうと、ドリアンはこぼれ落ちる言葉をとどめることが出来なかった。「でも、一度でいいから聞きたいんだ。たった一度でいい。口にしてほしい。」

クラウスはだまったままドリアンを見つめていた。それは、かつて過ごした日々のうちにも、もう幾度と無く繰り返してきた会話だった。ドリアンは隠し事の限界に来ていた。軍部は同性愛者に対する政策をついに変更していた。クラウスが自分の性向を公表したとしても、軍人としてのキャリアは維持できるはずだった。ドリアンはそのことを、とうに二人の間の話題に持ちだしていた。幾度と無く。そしてクラウスがその答えを告げようとした夜、ドリアンは暴行を受けたのだった。

「戻ろう」。クラウスはとうとう口を開き、手を差し出した。「渡すものがある。戻ろう。」

ドリアンは疑うような目付きで、クラウスの手をとった。彼らは山荘への道を言葉少なに歩み始めた。


* * *


クラウスが山荘ではなく前に泊めたメルセデスの方に歩いてゆくのを見て、ドリアンは不審そうに目を細めた。「クラウス…?」

「もう一年以上、ここに入れっぱなしだ。」クラウスはそう言ってトランクを開けた。「あの夜、おまえに渡すつもりだった。」彼は目を閉じてその後に続く言葉を飲み込み、トランクから小さなギフトボックスを取り出した。それは確かに新しいものではなく、長いこと忘れられたまま、車の後ろに放置されていたもののように見えた。

「なんだい、それ?」ドリアンは疑わしげな声を出した。

クラウスはかすかなほほ笑みを浮かべ、秘密めかした口調で言った。「中で言おう。」

「随分もったいぶるんだね。」

「1年以上も待ったんだ。すこしぐらいおれの好きなようにやらせろ。」クラウスはそう言って先にたって山荘へ入った。おまえはどうしようもないロマンチストだろうが。おまえのやり方でやってやるぜ。彼は片手を出した。「そこへお掛けいただこう。」

ドリアンは革張りのコーチに腰掛け、クラウスを待った。箱の中身をあれこれ予想し、目が輝いていた。

クラウスは箱をテーブルにそっと置き、それを開けて息を吸った。「この中には薔薇が入っていた。」彼は柔らかい口調で始めた。「・・・全部準備して暗記していたはずだったんだがな。くそ、全く思い出せん。」彼は箱のなかから更に小さな箱を引き出し、ドリアンの前に跪いた。それから彼はその小さな小箱を開き、ドリアンの目の前に捧げた。小箱の中には厚みのある金のリングが光っていた。「言葉の替わりに、おれが捧げたいものはこれだ。おまえが今している指輪のかわりにこれを身に着けてくれるならば、それにまさる喜びはおれにはない。」

ドリアンのつぶらな青い瞳がさらに大きく見開かれ、唇から喘ぎ声が漏れた。彼はリングボックスから指輪を取り上げた。それは細かい彫金細工で、ロープのまわりを薔薇が取り囲んでいるデザインだった。どの薔薇にも真ん中にルビーが埋め込まれていた。ワイヤーロープ。間違いない。その意味するところに思い当たった瞬間、ドリアンは微笑を浮かべてクラウスを見上げた。「クラウス、とてもきれいだ。だれのデザインだい?」

「おまえが描いた絵からとった。」

ドリアンは小さく呻いた。「思い出したよ、その絵を!」取り戻した記憶の明晰さに、彼は喜びの声を上げた。こんなふうに記憶の断片を取り戻すことが、最近よく起こっていた。「私はきみを薔薇の蔓で引き寄せたんだ。ドイツ製の鋼鉄のワイヤーロープ、それがきみだ。きみはイングリシュ・ローズに絡め取られたんだ。」

思い出してくれて嬉しいぞ。クラウスは深く息を吸った。「内側に刻印がある。」

ドリアンは目を落として、リングの内側を見た。そこにはこうあった。「ともに歩むことを誓う。永遠の愛をこめて。クラウス」ドリアンは手のひらで口を覆って涙をこらえた。「これを渡すのを一年も待ってくれてた?」彼は小さな声で訪ねた。

「そうだ。そこには十の薔薇を彫らせた。一年につきひとつだ。」

ドリアンは万感の思いを込めてクラウスに口付けた。ながいことたって、ようやく息を吸うために唇を離したとき、輝かしい笑顔が彼の表情に浮かんでいた。そして彼は左手にはめていた指輪をはずし、たった今クラウスから贈られた指輪をはめた。ぴったりだった。「いつの間に測ったんだろ、きみってば。」彼はクラウスの頬にもう一度口付けた。「ありがとう、クラウス。」

「気に入ってもらえればそれでいい。」

「きみが私を愛しているって、本当なんだね?」

いわずもがなの問いだった。だがクラウスはそれでも答えた。「ああ。はっきりとそう宣言する。」

ドリアンはちらりとクラウスを見た。「軍人らしい言い方だ。」

「軍部は軍人の性的嗜好に関する政策を変更して以来、おまえはずっとおれに言っていた。例えこの関係が公になっても、おれの経歴には影響がないだろうと。」クラウスは伯爵に視線を向けた。「おれはその意見を受け入れることにした。そして・・・」彼は言いよどみ、息を吐いた。「おれのチームの部下たちに先に言うつもりでいた。」ドリアンは呆気に取られた表情でクラウスを見た。「言う?きみが?」

クラウスはうなずいた。「ボーナムとうちの執事には、この件を公開することについて事前に告げてあった。だがその後にあの事件が起こった。」

ドリアンは体を硬くしたまま、たった今クラウスが言ったことを理解しようとした。「それで、きみはいまもまだそうしようと思っていると?」

「ああ。ただ結ぶべき協定がひとつある。任務の間はセックスは無しだ。」

「少佐、ひどいよ!そんなのってないよ!」ドリアンは楽しげにうめいた。

「おまえは任務の邪魔ばかりするからな、エロイカ。」

輝くような笑みがドリアンの口元に浮かんだ。「きみを怒らせた後のセックスは格別だからね!」

クラウスは天を仰いでため息をついた。「救いようのない変態だ、おまえは。」

ドリアンは笑い出さずにいられなかった。「きみの部下たちには青天の霹靂だと思うよ。」

「Zがもう知っとる。」クラウスが告げた。「あの夜、おまえの病室で、見られた。」彼は言葉を切り、想い出しながら目を閉じた。こいつに見られてなくて良かったぜ。

「見られたって、何を?」

「泣いているところだ。」

「きみが?泣いてたって!?」昨年から現在に至るまで数限りなく見聞きしてきた、鉄のクラウスに似つかわしくないセリフと行動のうち、たった今聞いた一件が最も予想外な一言だった。そしてクラウスはついに頷いた。

「おまえを失うかもしれないと考えた。」クラウスはしっかりと視線をあわせてそう言った。「そして、ほとんど失いかけた。」

ドリアンはクラウスの顔を見つめ返したまましばらく動けなかった。やがてクラウスが静かに「おまえを愛している。」と告げた瞬間、ドリアンは飛び掛ってクラウスをソファに押し倒した。「きみをめちゃくちゃにしてやるよ!いまここで、リビングの真ん中でさ!」

「できるのか?」

「すっかり治ってるよ!きみが健康証明書をくれたみたいなもんさ、少佐!」ドリアンの熱いキスがクラウスを捕らえた。シャツのボタンをはずしにかかるドリアンの手首を、クラウスは掴んで止めた。

「ああ、忘れるところだった。」クラウスは唐突な声を上げた。

「何を?」

「明日はおまえの誕生日だぞ。」

ドリアンはぱちぱちと瞬きをした。それから、流し目をくれた。「きみがプレゼントってわけ?」甘えるように喉を鳴らした。

クラウスは考え込むふりをし、それから答えた。「いいだろう。」

「これから先もずっとくれなきゃやだよ!」ドリアンは大笑いして、クラウスの首に頬をこすりつけた。

「贈り物を開けていいぞ。」

ドリアンはくすくす笑って、シャツのボタンをはずし始めた。彼は微笑みながら視線を落とし、自分の指に光る新しい指輪に目を留めた。「恥ずかしいことを言うなって、怒らないでくれよ。」彼はクラウスのキスを掠め取った。「愛してるよ。私の美しい少佐、ドイツ製のワイヤーロープを。」

クラウスは微笑み、ドリアンの首に手を回して引き寄せた。「同じぐらい恥ずかしいことを今から言うぞ。愛している。おれに絡まる蔓薔薇、大輪のイングリシュ・ローズをな。」



END

2012/05/20

FEET OF CLAY 12 Be Patient With Me - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  12 Be Patient With Me
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。


 


作者から一言: この章は純然たるオマケです。密室で服を脱いだドリアンとクラウスを書きたかっただけ。フィクにこの手の場面をもうひとつ挿入したくなったのです。





Be Patient With Me - 想い出すまで待って


「雪だ。まだこんなに早いのに。」ドリアンは頭を振って、窓の外に降り始めた雪から目を逸らし、暖炉の前の革張りの椅子に深く体を沈めた。

クラウスが近づき、マグカップに入れた熱い紅茶を手渡しながら、隣の椅子に腰掛けた。「湖への散歩は今日はなしだな。」

「それも悪くないね。」少佐が暖炉の火を眺めながら自分のコーヒーをすするのを、ドリアンはじっと見つめた。クラウス、わたしたちはもう幾度、こんなふうに何もかも分かり合える沈黙の中でいっしょに過ごしてきたんだろう?悪態も、ののしりも軽蔑もない。きみは本当に鉄のクラウスをドアの外に置いてきたんだ。

「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだい?」ドリアンは出しぬけに訊いた。

「Was?(独:何だって?)」物思いにふけっていたらしいクラウスは、不意の質問に驚いた。「もっと早くとは、何のことだ?」

「このことだよ。わたしたちのこと。」

「おまえが信用するとはとても思えんかったからな。」

「ああ、クラウス・・・」

「病院で意識を取り戻して以来、おまえの精神はささくれだっていた。おれが悪辣な冗談を仕掛けているとおまえが誤解するのが怖かった。記憶喪失につけこんで、おまえを嘲笑っているのだと。」クラウスはそこで少し言いよどんだ。「ドクター・ウェストファルもおれに同意した。」

ドリアンは信じられないという風に目を見開いた。「きみ、医者に話したんだ。」

クラウスは肯いた。「おまえを取り戻したかった。」彼は静かな声で言った。「おれの・・・ドリアンを。」

手のひらで覆った伯爵の口元から、押さえきれない声が漏れた。ドリアンが目を潤ませているのを見て、クラウスは大きくため息を’ついた。「また泣く気か?」

「ごめんよ、クラウス。でも自分でもどうにもならないんだ。」ドリアンはそう答えながら、ぼろぼろとこぼれる涙をぬぐった。「薬のせいだよきっと。だからまだ普通じゃないんだ。」

「そうかもな。」

ドリアンは少佐に泣き笑いをつくってみせた。「だからきみはもうしばらく我慢しなくちゃ。」瞬きをするクラウスに向かって、からかうように続けた。「だって休みは一週間しかないんだろ。その間にできるだけのことをやっててみようよ。」

クラウスとドリアンの視線が絡み合った。ドリアンの表情に、誘うような色が浮かんでいるのを見つめた。クラウスは立ち上がり、ドリアンに近づいた。「なら、ぐずぐずしとるわけにはいかんな。」


* * *


「きみがこういうのを好きだなんて、考えたことも無かったよ。」ドリアンは泡だらけのバスタブに足を踏み入れながらそう言った。クラウスはすでにバスタブに横たわってドリアンを見上げていた。「おまえがいろいろ教えてくれたからな。」伯爵の足が水の中で肌の上をすべるのを感じながら、彼はそう答えた。

「ああ、バスタブの中でのことなら覚えてるよ。」ドリアンはにやっと笑った。

クラウスは眉を上げた。「本当か?」

「うーん・・・」伯爵は目を閉じ、息を吐きながらバスタブに体を浸した。それから目をぱっと開いて付け足した。「相手はきみじゃないけどね、もちろん。」

「くそっ!この変態が!」クラウスは怒ったふりをして、ドリアンに水を撥ねかけた。

「少佐、ここにいる間は私を殴らないって約束したよ!」

「溺死させんとは約束しとらん。」クラウスはそう答え、悲鳴をあげる伯爵の足を掴んで水の中へ引きずり込んだ。ドリアンは大げさな水音を立てて体を起こし、「本気でいくからね!」と、クラウスの足を掴んでお返しに水の中へ引きずり込んだ。それから向きを変えて体を寄せ、顔を出したクラウスの唇を奪った。

クラウスはクラウスの上半身を腕の中に抱え込み、胸元へ引き寄せて押さえ込んだ。「忘れるな、おれは軍人だ。」

ドリアンはもう一度悲鳴を上げた。それから、他のものと取り違えようのないほどに硬く尖ったものが自分の体に押し付けられるのを感じ、笑い出した。それからすこしずり上がって、それを腿の間に挟みこんだ。

「ドリアン・・・?」少佐が警戒心に満ちた声を出した。

「しーっ・・・」ドリアンが唇に人さし指を当てた。「ちょっと試してみようよ。」彼は手で支えて体の位置を変え、浮力を使って水の中で緩やかに体を動かしなら、クラウスを挟んだ腿をうごめかせた。上へ、そして下へ。

「うっ・・・」クラウスはあえいだ。「ああ・・・、悪くない・・・。」彼はドリアンの腰の両側に膝を立てて相手をその間に落とし込み、両手でバスタブの縁を掴んだ。

「ケンカよりこっちのほうがずっといいだろ。」クラウスの両膝が自分の腰を締め上げてくるのを感じ、ドリアンは体を動かしながらにやっと笑った。

滑らかな肌が激しく高まったものを刺激し続ける感覚にクラウスは息を速め、のけ反って目を閉じた。温かい湯と、体の上でうごめくドリアンの肌と、みぞおちに押し付けられたドリアンの勃起だけを感じながら、我を忘れそうになった。バスタブから片手を離し、その手でドリアンのものを掴むと、ドリアンがうめき声を上げた。ふたりの動きはすぐに同調した。ドリアンがクラウスを挟んだまま体を上下すると、クラウスも同時に腰を上下させた。

ドリアンの息が短くなり、あえぎ声が漏れ始めると、クラウスは体勢を変えて伯爵の腿の間への突きを強めると同時に、手を激しく動かし始めた。突然の狂乱につれて水面が激しく揺れ、それはふたりがほとんど同時に達し、果てるまで続いた。

ドリアンが鋭くうめき、背をくねらせた。同時に、クラウスは最後の一突きをくれた。それから彼は片足でドリアンの体を抱き寄せ、体を預けてきた恋人の顔を見つめ、口付けた。


「すっごく・・・よかった・・・」ドリアンが息を弾ませながら言った。

クラウスはうなずき、しずくの滴る巻毛を撫でた。「こんなことをするのは初めてだな。」彼は柔らかくそう告げた。

ドリアンは体を起こした。 驚いたような表情を浮かべていた。「初めて?」

クラウスは頷いた。

ドリアンの表情を、いくつもの感情が横切った。それから彼は恋人の目を見つめ、こう言った。「じゃあこれが、私たちの新しい記憶なんだね。」

クラウスは微笑み、ドリアンの首を優しく引き寄せて言った。「休暇はまだ終わっとらん。新しい記憶ならまだまだ作れるさ。」


* * *

2012/05/19

FEET OF CLAY 11 Bad Dreams - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  11 Bad Dreams
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。



Bad Dreams - 悪夢

クラウスはウェストハル医師の提案を聞き入れ、いくつかのサポートグループと連絡を取っていた。そこから学べることも多かった。もっとも納得のいった助言は、被害者を責めるなという原則だった。もちろん彼はそのことをよく承知していたが、さらに深く肝に銘じた。ドリアンはすでにもう何度か、暴行を受けたのは自分の落ち度だったと言い出して聞かないことがあった。あんな時間に山荘にいかなければ、こんなことにはならなかったはずだと。クラウスはそのたびにそうではないと諭した。すべての責任と罪行は、気を失ったままの無力な伯爵を強姦し続けていた、あの二匹のの腐った獣ども以外が負うべきではないと繰り返した。

夜毎の悪夢から逃れられないにもかかわらず、ドリアンはその記憶そのものについては一切なにも取り戻さないままでいた。寝汗でびっしょり背をぬらして、ゆえのない恐怖に震えながら目を覚ますこともあった。主治医たちは最善をつくしていたが、目に見えるような治療の効果は何も無かった。薬も手助けにはならなかった。ウェストハル医師は記憶が無意識の壁を破ろうとしていると推測していた。だが伯爵の精神にまだその準備が整っていないのだった。もしくは、思い出したくないのかも知れなかった。

その夜、クラウスがすみやかに眠りに落ちても、ドリアンは眠れないままに夜を過ごしていた。彼はただ、傍らに横たわる美しい恋人を見つめていた。幾度思いなおしても、恋人が自分に語った突拍子もない始まりの物語が、本当にあったことだとは思えなかった。十年を秘めた恋人同士として過ごし、そして自分がそのすべてを忘れてしまったとは。今ふたりが恋人であることすら、現実とは思えない気がした。

クラウスの傍らに体を横たえた瞬間、ドリアンは小さく声を上げそうになった。眠ったままのクラウスが微笑みを浮かべ、ドリアンを抱き寄せたからだった。

「きみを愛している、クラウス。」ドリアンは唇を寄せた。クラウスもキスを返した。そして息を吐き、「おれもだ。」と呟いて再び深い眠りに落ちた。

ドリアンは動けなかった。目を見開いたまま身じろぎひとつできずにいた。私には聞こえなかった。私には何も聞こえなかった。そう自分に言い聞かせながら、涙がなすすべもなく零れ落ちるにまかせた。いつい自分が眠ったのかさえ、判らないままだった。


* * *


「ドリアン!ドリアン!目を覚ませ!」

ドリアンのまぶたがさっと開いたが、その目は自分の肩を掴んで揺さぶり続けるクラウスを映してはいなかった。彼は必死で何かから逃れようとし、クラウスに手首を掴まれて鋭い悲鳴を上げた。

「ドリアン、頼む!目を覚ましてくれ!」

頬を打たれる感覚に、彼はついに正気を取り戻した。自分を見下ろすクラウスにひたと視線を合わせてしばし茫然とし、それから体を起こしてクラウスにしがみついた。「少佐、助けてくれ!もうこんな夜には耐えられない!」

クラウスは目を閉じ、震えるドリアンを抱きしめた腕に力を込めた。「そうしてやりたいさ・・・」彼は静かに言った。「どんな夢を見たか、覚えているか?」

ドリアンは頭を振った。「わからない・・・。ただ、怖かったんだ・・・。・」彼は絶望的なため息をついて、続けた。「まるで罠にかかったような感覚なんだ。それしか言えない。」

クラウスは頷いたが、それ以上は聞かなかった。担当医のウェストファルに、患者本人が自分で思い出すことが大事なのだと念を押されていたからだ。失われた記憶が意識の壁を破ろうと、無意識下で蠢いているのは間違いなかった。最初に壁を破って噴き出すのがあのアメリカ兵たちに蹂躙された記憶なのか、それともかつての自分による未遂に終わった強姦の記憶なのか、クラウスは暗然とした。後者であったほうがまだいい。

「いま何時だい?」

クラウスは時計に目を遣り、独り言のように呟いた。「まだ早すぎるな。」

ドリアンは呻いた。「ごめんよ、起こしちゃったね。きみは一度目を覚ましたら、もう眠れないほうなのに。」

クラウスは瞬きをして伯爵の顔を覗き込んだ。「なんでそれを知っとる?」

「え?」

「おれが二度寝ができんほうだと、なんで知っとるんだ?」

「え、だってきみっていつも・・・」ドリアンは言葉を途切らせ、愕然とした顔で少佐を見つめた。「わからない・・・。ただそう思ったんだ・・・。」そして目を大きく見開いた。「これって、私の記憶が戻りつつあるってことかい?」

クラウスは頭を振った。「おれにはわからん。」彼は体を仰向けに体を倒し、ドリアンの腕を引いて隣に横たわらせようとした。「座って話すには寒すぎる朝だぞ。」ぶつぶつ文句を言いつつブランケットを引き上げ、壁のほうを一瞥した。「夕べのうちにヒーターをつけておくべきだったな。」

ドリアンはそれを聞いて頬を緩めた。「暑さ寒さは意志の問題じゃなかったっけ、少佐?」彼はからかうようにそう言った。

「任務以外のことで快適さを求めて何が悪い。」クラウスはフンと鼻を鳴らした。その意外に正直な返答に、ドリアンは声に出して笑いだした。「裸で寝るのに慣れてないだけだろ?」その言葉はごく自然にするりと口からこぼれたのだった。自分が何を言ったか理解した瞬間、ドリアンはさらに笑った。「クラウス、記憶が戻りつつあるみたいだよ!」彼は恋人に羽のように軽くキスし、にんまり笑った。「悪夢の埋め合わせってとこかな。」

クラウスは瞬きをした。「どうせなら、もう少しまともな時間に思い出してもらいたいもんだがな。」

「ひどい言い方だね!」ドリアンはすとんと体を倒し、仰向けに毛布の中にもぐりこんでそれを独り占めにしようとした。「じゃあわたしは遠慮なく二度寝させていただくよ。」彼は憤慨したふりをしてそう言ったが、クラウスがドリアンの腰に手を回し、体をすり寄せてくるに至って頬を緩めずにはいられなかった。ドリアンの剥き出しの尻に硬くなったものが押し付けられて、ぴくぴく震えていた。

「ドリアン・・・」

ドリアンはからかうように言った。「きみがどうしても眠れないんだったら・・・」

クラウスは鼻先をドリアンの首筋にこすりつけ始めた。「いいだろ。おれのもすっかり目を覚ましとる。」

そう言いながら腰を使ってつついてくるクラウスに、ドリアンは大笑いした。「きみ、いつからそういうことを言うようになったんだい、クラウス!」

「十年前からだ。」

ドリアンは寝返りを打ち、目を細めてクラウスの顔を正面から見た。クラウスは深刻な顔でため息をついた。「あのときおまえは生娘みたいにぎゃんぎゃん泣き喚いていてだな、おれはそのおまえをひん剥いて、こう・・・」

「けだもの!」ドリアンはげんこつでクラウスの胸を叩き、クラウスは笑った。「見てろよ、ダービーチャンピオンみたいにきみの上に乗っかって、へとへとになるまで締め上げてやるから!」乗りかかろうととしたドリアンを、クラウスは毅然とした手つきで制止した。

「だめだ。まだ早すぎる。」

「クラウス・・・」

「だめだといったらだめだ。まだ治り切っとらん。だいたいおれのは・・・」クラウスは息をつき、自分が赤面していないかどうか心配になった。「おまえだって十年前はかなり苦労してたぞ。」

ドリアンはせわしなく瞬きした。「でも、もう待てないよ。」

クラウスはにやりと笑い、伯爵の手を引いて自分の足の間に座らせた。「まずはおまえからだ。」彼は呆気に取られたドリアンにすばやくキスしてそう言った。

「本気?」

「ああ。」

ドリアンが潤滑剤とタオルを取りに行く間に、クラウスは起き上がってヒーターをつけた。自分のためではなく、恋人のためだった。それからふたりはさっきの体勢にもどり、ドリアンはブランケットを自分の肩まで引き上げて、クラウスに覆いかぶさった。胸にキスし、へその周りにも唇を寄せた。それから滑らかな指をその場所に挿しいれて、横たわった恋人が体を弓なりにして息を吐くのを見つめた。じっくりと時間をかけてそこを準備した後に、ドリアンは次に移った。自分のものに潤滑剤を塗りつけ、ゆっくりと挿入した。クラウスは堪えきれない快感のうめきを漏らし、両腿でドリアンを挟み込んだ。

ドリアンは自分を包み込む体温を感じながら目を閉じた。今自分がクラウスに何をしているのか、どうしても信じられなかった。しかもそれはクラウス自身が望んだことなのだ。注意深く抜き差しを始めた。クラウスにとってこれが初めてではないと実感するのに、しばらく時間がかかった。クラウスはドリアンの動きにぴったりと体を寄り添わせていた。これはふたりの間でこれまで幾度と無く繰り返してきたことなのだと、ドリアンは次第に納得せざるを得なかった。

手のひらをついて体を倒すと、はちきれそうに膨らんだクラウスのものが下腹部の肌にこすれた。手で愛撫すべきだとは思ったが、身勝手にも今の快感に集中して身を任せたかった。あれほど恋焦がれた相手の、体の中にいるという感触。クラウスにも前をかまわれたがっている様子はなく、むしろ後ろの快感を夢中でむさぼっているように見えた。目を閉じて体を弓なりに逸らせていた。ああ、私の美しい少佐。どうしてきみのことを忘れることが出来たんだろう。きみはこんなに完璧なのに。

クラウスが体の動きをぴったり合わせると、ドリアンは押さえきれずに自分の動きがどんどん早まってゆくのを感じた。そしてそれはクラウスをさらに快感の崖に追い詰めた。クラウスはドリアンの体の下で、調教を拒む野生馬のように背骨を跳ねさせながら大声でうめいた。両の手がドリアンの腰をしっかりと掴んだままだった。

“Gott, Dorian(くそっ、ドリアン),” クラウスは喘いだ。, “das ist so gut.(よすぎる、よすぎるんだ)”

クラウスの口からこぼれたドイツ語が、ドリアンに拍車をかけた。双方が絶え間なく喘ぎ声をあげた。ドリアンの容赦ない責めの下で、クラウスは突如乱れ始めた。時間の問題だ、ドリアンはそう感じた。クラウスが声を上げて達すると、ドリアンは満足の微笑を浮かべずに入られなかった。クラウスの絶頂の声が、ドリアンを快楽の峠の向こう側へと押しやった。彼は鋭く息を呑み、クラウスの中へ自分自身を一杯に解き放った。

「クラウス・・・、きみって、すごく・・・」クラウスが両腿でドリアンを包み、体を押し付けてくるのを感じながらドリアンはそう声に出した。

クラウスは伯爵を引き寄せて情熱的な口付けを与えた。指が、巻毛の間を這い回った。正気を失うほどの快感の中でふたりがほぼ同時にいったことに、深く圧倒されていた。こんなことは久しぶりだった。ドリアンもまた彼の上で果てた。彼はドリアンを腕の中に抱きしめながら、この瞬間が永遠に続けばよいと願った。

この瞬間が終われば、ふたりは現実に戻らねばならない。そして現実の進展は、苛立たしいほどに歩みの遅いものだった。



* * *


「どうしてこれを夢に見ないんだろう?」ドリアンは眼下に広がる湖を指して言った。「こんなに・・・美しいのに。」天気のいい日で、湖面に陽光がさざめいていた。

クラウスはわかっている、という表情で肯いた。あの日あの時の伯爵を、もう一度繰り返してみている想いだった。ドリアンとの始まりの日を再現しているような気がした。彼の記憶を取り戻すために。だが十年前のあの日とはちがって、樹々の葉はもはや初夏の緑ではなく、山は秋色に染まりつつあった。ドリアンは秋のこの景色がどれほど美しいかを、よく口にしていた。風景画家を雇ってここの絵を描かせようかと真剣に考えたことすらあった。だが、それがふたりの聖域に他の誰かを立ち入らせることになると思い当たり、諦めたのだった。

ドリアンはきらきらした瞳でクラウスのほうを振り返った。「わたしを絞め殺すかわりに、我慢強く待ち続けてくれてることに感謝するよ。」彼は幸せそうにそういって、少佐の頬に羽根のように軽いキスをした。そしてそのまま目を見開き、凍りついたようにその場に立ち尽くした。

「どうした?」

「ああ、わたしは・・・、」ドリアンは微かな声でそうつぶやき、片手で口を覆った。

クラウスはいぶかしげに目を細めた。「何か思い出したのか?」

「わたしは・・・」ドリアンは頭を振った。「想い出したというより、なにかを感じたんだ。たったいま、ほんの少し、きみがそのキスを嫌がって怒り出すんじゃないかと心配になったんだ。」

クラウスは肯いた。「初めてのとき・・・、おまえはおれが怒り出すんじゃないかと怯えていた。」

「そしてきみは?」

「もちろん怒りなんぞしなかったさ。」クラウスは伯爵のもっと答えを求めるような視線に気づき、彼の首の後ろに手を回して引き寄せた。「もちろん今もだ。怒っとらん。」そう言って、柔らかなキスをした。


* * *

2012/05/18

FEET OF CLAY 10 Don't Panic - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  10 Don’t Panic
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。




Chapter Ten
Don’t Panic -「落ち着け」


「ああ、クラウス。きみとのこのことをまるっきり全部忘れてしまったなんて。」ドリアンは喉を鳴らした。「死んでしまえ、あのアメリカ人ども。」

彼はうつぶせになり、クラウスからオイルマッサージを受けていた。クラウスの手はドリアンの緊張をほぐしつつ、肩から背中に下りた。これは二人にとって欠かせない前戯だった。それは初めての夜に緊張しきっていたクラウスを落ち着かせるために始まり、やがてクラウスはそこから、ドリアンに触れられることがどれほどの悦びを生み出すかを知った。

「少しは落ち着いたか?」

「素晴らしいよ。」ドリアンはうっとりとため息をついた。閉じたままの目が安心と微笑を浮かべていた。

クラウスは面白がっているような表情を浮かべつつ、伯爵の背をさらに下り、両足へ手を掛けた。最初の片方、それからもう片方を。それから少しためらった。前戯に続くことをこのまま始めてよいものだろうか。彼はその前に、深刻な傷害を受けた伯爵のその場所を注意深く調べた。伯爵は緊張しつつも、クラウスのなすがままに任せた。裂傷は注意深く縫合されており、予後も順調で完治していたと言ってよかった。だがクラウスは、伯爵の内部が自分の規格はずれの持ち物を受け入れられるほどに治癒しきっているかどうかを危ぶんでいた。

代わりに、彼はドリアンの胸をマッサージすることにした。体を裏返すつもりで腰に手をやったところで、ドリアンの手が彼の手首を掴んだ。続く鋭い悲鳴を耳にして、髪が逆立った。ベッドから落ちないようにするのがやっとだった。「ドリアン・・・?」

伯爵は体をずらせてクラウスを見上げた。瞳には狼狽の色だけが浮かんでいた。「やめてくれ、お願いだから!」彼はそういって、自分を守るように体を丸めた。

なんてことだ。こいつはおれに強姦されそうになったことを思い出したんだ。「ドリアン。」クラウスは落ち着いた声で言った。「おまえを傷つけるつもりはない。」

ドリアンは朦朧とした目で少佐を見上げ、瞬きをした。荒い息遣いで、恐怖に打ちひしがれているように見えた。クラウスがもう一度声をかけると、その聞きなれた声を認識して表情が明るくなり、体の緊張が解けた。「ああ、少佐。ああ・・・」彼は体を起こして、クラウスにしがみついた。まるで腕の力を緩めればクラウスが跡形もなく消えてゆくとでもいうように。「なにかを思い出したんだ。ほんの一瞬、自分でもわけがわからなくなって、取り乱してしまったんだ。」

「おれが悪かった。」震えるドリアンを腕の中に抱きしめながら、クラウスは毅然として言った。ドリアンが精神的な外傷を乗り越えるためには、まだ時間が必要だった。「くそっ、おれはなんてことをしようとしてたんだ。まえはひどいやりかたで暴行されたんだ。それをおれは・・・」

「でもクラウス、わたしは覚えていないんだよ。」

クラウスは深いため息をついた。「いや、覚えているはずだ。でなければそんな反応にならん。」彼はドリアンの髪に唇を寄せて、金髪を梳き、頭部の傷口に触れないように注意深く髪を撫でた。そして、まだ震えているドリアンに向かって、十年前にこの寝室で何があったかを語り出した。両者の対決が火花を散らしあい、激怒した少佐が危うく伯爵を強姦しそうになったその全詳細と、その後の意外な成り行きを。

ドリアンは信じられないと言う風に頭を振った。「もしかするとその最初の部分は思い出さないほうがいいのかもしれない・・・。恐ろしいよ。」

クラウスはうめき声を上げて、自分の過ちを悟った。「言うべきではなかった。おまえが自分で記憶を取り戻すのを待つべきだった。」彼はドリアンの髪にもう一度キスした。「おれは大ばか者だ。」

ドリアンはこれを聞いて、笑い出さずに入られなかった。少佐が自分をそんなふうに言うなんて。「どうしてそんなに我慢強く待ってくれるんだい?」

「おまえとは長年の付き合いだ。我慢強くでもならんと、とっくに絞め殺しとる。」

ドリアンは目をと閉じて、クラウスにしがみつく手に力を込めた。「殺す」と言われた瞬間に、ざわざわと不安が立ち上った。クラウスはそんなドリアンの背を優しく撫でた。少佐は冗談を言っただけだ。ドリアンはそう自分に言い聞かせた。それから突然思い出した。少佐は私といっしょにベッドにいる。しかもなにも着ていない。そして私はまだ彼に何にもしてないんだ!

「いいことだけ思い出せて、嫌なことはこのままずっと忘れたままだといいな。」ドリアンは自分がそう呟くのを聞いた。「ねえ、このまま何も思い出せなかったら?」

「おれが覚えておく。」

「約束してくれる。」

「もちろんだ。」

ドリアンの言葉の後にはクラウスの驚きが続いた。ドリアンはクラウスをベッドの上に押し倒し、唇を襲って熱烈なキスを浴びせた。クラウスがようやく抱擁を返し、キスに応え始めると、ドリアンは本格的に甘え始めた。彼の手がクラウスの体中を這いまわり、髪に指を通し、腕をからめ、胸を愛撫し、そしてとうとう硬くそそりたったクラウスの中心へと降りた。ドリアンはのけぞってそれを見つめた。きらめく瞳が彼の欲情を物語っていた。「ああ、クラウス。わたしときたら、一体どうしてこんなすごいのを忘れちゃったんだろう?」彼はたまらないとでもいいたげなため息をついた。「すごすぎる。」

クラウスは苦笑した。この化け物じみた持ち物のせいで、どれだけ決まりの悪い思いをした経験があったことか。彼の自意識はずっとこれを持て余していた。ドリアンがこれを発見し、一目で魅せられて夢中になるまでは。ふたりが始まった最初の頃、この大きさのせいで秘め事は常に時間をかけてゆっくりと慣らさなければならなかった。どうやら、十年ぶりにまたそれを繰り返す必要があるらしかった。ドリアンが精神的にも肉体的に癒えた暁には。

クラウスは目を閉じ、深く息を吸って堪えた。伯爵がクラウスのものを掌中におさめ、じらすような愛撫をしばし与えてから、舌先でちろちろと舐めはじめたのだった。ドリアンの唇がそこへ吸い付き、先から半ばまでが口の中に呑み込まれたときには、低いうめき声を漏らさずにはいられなかった。ドリアンの顔が上下した。クラウスは両手を頭の上へやり、ベッドの柵をしっかりと掴んだ。そうでもしなければ、うっかりドリアンに手を伸ばし、体を掴んでもう一度悲鳴を上げさせかねなかった。

ドリアンは夢見心地だった。心の底から欲しかった相手が何の抵抗も無しにこちらに体を預け、なすがままを許している。クラウスがくぐもった快感の声を漏らした瞬間、ドリアンは真剣に祈った。夢なら覚めるな。少佐、きみって完璧だよ。十年前のわたしは、いったいどうやってきみを落としたんだろう。

彼は巻毛をまとめていた髪紐をはずし、クラウスの根元をきつく縛り上げて射精できないようにした。そうしておいてから、舌と唇でさんざんに苛めた。舐め、喉の奥までくわえこんで、クラウスを死ぬほどよがらせた。クラウスは苦悶とも快楽とも付かぬうめき声を上げ続けたが、やがてドリアンが極限まで自分をじらして楽しんでいることに真剣に苛立ち、反応し始めた。彼は容赦ない愛撫に体をねじり苦しみながら、ベッドの柵をしっかりと握り締め、体を弓なりにそらして耐えようとた。半時間もの攻防の末には、力を込めて閉じたまぶたにすら痛みを覚えるほどだった。十数分後、彼はついに降伏を告げた。「ドリアン・・・、頼む、いかせてくれ・・・、気が狂いそうだ!」

「ふふ、我慢強くなったんじゃなかたっけ?」

「おれに嫌がらせはせんと・・・約束したはずだぞ・・・」クラウスは喘ぎながら言い返した。

ドリアンは笑った。笑いながら、黒光りする先端に舌を這わせて、もう一度クラウスの苦悶を誘った。それからおかしそうに言った。「少佐、あんまりよすぎて英語がおかしくなってるよ。わたしはきみに嫌がらせてなんかしてないさ。きみをくわえこんでるだけで。」

「どっちだっていい!早くしてくれ!」

ドリアンは微笑まずにはいられなかった。記憶は失ったかもしれないけれど、体で覚えた手管は忘れていない。はちきれそうなクラウスの根元から髪紐をほどき、口を開けて奥まで呑み込んだ。激しく吸うにつれて、クラウスの喉からもはや押さえきれない快感の叫びが漏れた。彼は声を上げながら精を放った。伯爵の喉をめがけて腰を突かずに堪えるのが精一杯だった。ドリアンが巧みに舌を使って最後の一滴までを舐め取ると、あとには完全に消耗した、荒い息遣いのクラウスが残った。

クラウスの横に倒れこんだとき、ドリアンの表情には得意げな色が輝いていた。「こういうのは忘れてないんだな、わたしは。」彼は自慢げに言った。

「そんなもん、一瞬たりとも心配しとらん。」クラウスは寝返りを打って伯爵に寄り添い、十年前と代わらない、燃えるようなキスを返した。

「きみを愛してるよ、わたしの美しい少佐殿。」ドリアンは満足に満ちたため息をついた。

「わかっとる。」クラウスはにやりと笑い、片手を伯爵の体の上で遊ばせ始めた。手はゆっくりと下へ降り、その場所へ近づいた。指が茂みをかき分け、硬さを増したその場所に触れると、ドリアンはせつなげな声を漏らした。伯爵は目を閉じて仰向けになり、体の力を抜いた。窓から差す夕焼けを背に浴びながら、クラウスは愛撫を続けた。いくらもたたないうちに、ドリアンは快感に身をゆだね始めた。クラウスはドリアンのみぞおちに唇を寄せた。ひとつ、またひとつと、キスごとにその場所に近づいた。そして穏やかに訊ねた。「お返しが欲しいか?」

ドリアンは驚きの声をようやく押さえた。ああ、神よ!なんて素晴らしい!ああ、クラウス、きみの思うままにされたいよ。もうずっと以前から、きみがわたしにあらゆる不埒なことをするのを待ち望んでいた・・・。

「クラウス。きみがすることならわたしは、なんだって・・・」

ドリアンがとうとう自分から求めはじめたときには、クラウスは頬を緩めずに入られなかった。十年が失われたとしても、ドリアンはドリアンのままだった。クラウスは少しも急かずにゆっくりと唇を進めた。唇がその場所に届くと、クラウスは位置を変えた。彼が腿を割ると、ドリアンは両足を広げて迎え入れた。クラウスの手のひらの愛撫がが両腿を登り、そそり立つ中心に達すると、伯爵のこらえきれない甘い声が漏れた。待ち受けているものを手のひらに納める代わりに、クラウスは金色の茂みに指をくぐらせ始めた。ドリアンは意外そうに息を呑み、それからくすくす笑いながらのけぞった。クラウスの手はそのまま体の中心を下がり、その下に揺れるものを両手で愛し始めた。ドリアンはうめき声を我慢できなかった。それからとうとう、クラウスはドリアンのものを口に含んだ。

ドリアンはもう一度体を弓なりにしならせ、だが今度は息が揺れ出すのをこらえられなくなった。震える指がクラウスの髪を掴んだ。ほとんど即座に、彼は無我夢中で喘ぎ始めた。さっき自分がクラウスにした通りの、舌と唇の悪戯をそっくりそのままお返しされ、太ももでクラウスの顔を挟み込んで耐えた。伯爵の体力を気遣って、クラウスは自分がされたような小道具は使わなかった。ただ舌で攻めた。数分後には、ドリアンはクラウスの下で喘ぎながらびくびくと痙攣しはじめていた。

「少佐、わたしは、わたしはもう・・・」 そしてドリアンは頭を強く振り、悦びの声を上げながら絶頂を迎えた。今まで経験したことのないような快感に揺さぶられていた。その絶頂の中でぼんやりと思った。これも、記憶の中に失われてしまったもののひとつなんだ・・・。でもそれを最初からもう一度体験できるなんて、なんて素敵なんだ・・・。彼は繰り返し打ち寄せる快感の余韻の波に身をゆだねたまま、そう考えた。

クラウスは、恋人が気を失わんばかりに感じているのをじっと見つめていた。ドリアンの太腿から力が抜けると、クラウスは満足げな微笑を浮かべ、隣に横たわって体を伸ばした。

「少佐、何を言っていいかわからないよ・・・」ドリアンは小さなため息を付いて、もういちどクラウスにキスした。

クラウスは笑い出した。「その割にはここへ来るのを随分と渋っとったようだがな。」

「ここへ来る決意をした自分を誉めてやりたいよ。」ドリアンはクラウスの胸に頭を預け、ゆるぎない鼓動に聴き入った。「私はきみにちっともふさわしくないね。」

「逆だろうが。おれの方ころおまえには似つかわしくない。」

ドリアンの返答は、彼の持てる情熱のすべてを注ぎ込んだキスだった。過去の記憶を取り戻すか失ったままかは、二人にとってはもはや最重要課題ではなくなりつつあった。ドリアンは十年を失ったのかもしれなかったが、引き換えに手練で包容力豊かな恋人を得た。そしてその恋人こそが、はるか過去に追いかけていた恋慕の相手その人だったということなのだ。クラウスの現在と未来がすべて彼のものである限り、過去にこだわらずとも満足すべきなのかもしれなかった。


* * *

2012/05/17

FEET OF CLAY 09 Return Trip - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  09 Return Trip
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。




Return Trip - 帰還への旅




クラウスは山荘に到着した瞬間のドリアンの横顔を盗み見た。運転していた間はそうしないように努めていた。彼は山荘の事後処理と整理と言う名目で、その週に休みを取っていた。車を止めて伯爵に向き直ったが、伯爵は簡単に肩をすくめただけだった。


「何か思い出したことはあるか?」クラウスは静かに訊ねた。


「少佐、もう何度も言ったと思うけど、私はここに来たことは覚えているんだよ。ここに・・・」ドリアンは深く息をついた。「ここに、きみへの罠を仕掛けるために。」


「その罠がどうなったのかは覚えていないんだな?」


「全く何も。何一つ。」ドリアンは冷たく言い放った。「こんなところにきて何になるのかも全くわからないね。」彼は腕を組んだ。車から出ることすら拒絶しているように見えた。「それと、きみが親切すぎるのも気に食わないな。」


「おまえが十年前の出来事に捕らわれたままでいるからだ。」クラウスは車を降りて、山荘のドアを開けた。玄関灯をつけて薄雪のように積もった埃を払うと、事件から過ぎた時間のことが胸にこたえた。あれは初春だった。今は晩秋、もうすぐ冬だ。彼は振り返り、伯爵が渋々と車から出て、それでも記憶の手がかりを探そうと周囲を見回しているのに目をやった。


クラウスが先に中に入った。彼はそこで、ドリアンが嫌々ながら玄関をくぐって続くのを待った。


「さあ、それで?私はここへ来た。それから?」ドリアンは腕を組み、ふてくされた態度で言った。「なにも変わらないみたいだけどね。」それから彼は手のひらで腕をさすった。「外は寒かったな。」彼は周囲を見回した。暗いブラウンの家具と革張りの椅子。最初に忍び込んだときと何一つ変わっていない様に見えた。男性的というよりほかのない部屋。クラウス本人そのもののように。


「暖炉の火入れをする間、中を見回ってきたらどうだ?」クラウスは暖炉の前に腰を下ろしてそう言った。現場検証が終わった直後に、クラウスはすでに目の付く限りの場所を整備、掃除し、寝具すべてを取り替えていた。そして執事に備品の点検とキッチンの食材の補充を命じた。


ドリアンの口調にもう我慢ならないという苛立ちが現われた。「少佐、いい加減にしてくれ。何もなかったようなふりをするのはやめてくれよ。」


「何もなかったようなふり?」


ドリアンは苛立たしそうにため息をついた。「そう、何もなかったようなふりさ。私たちふたりとも、ここで何があったか知ってるだろ。ここで、あの男たちが・・・」彼は目を閉じ、そしてもう幾度目になるだろう、体中に残るまだ癒えない外傷の原因となったその記憶を、完全に失ってしまったことを神に感謝した。


「ここでなにがあったか、おまえが知っているというのか?」


クラウスは振り向きさえしなかった。薪はすでに暖炉の中に組まれていた。彼は風戸を開き、薪に火を入れた。ほどなく、乾いた薪がはぜるぱちぱちとした音が響いた。ドリアンは少佐が立ち上がって振り返るのを待ってから、その先を続けた。


「きみだって知ってるはずさ。私はここに、きみにひどい嫌がらせをするために来た。」彼はうんざりしたように手を振った。「十年前に何が起こったのか、その詳細はおぼえてないかもしれないけどね、でもこれだけははっきり言えるよ。きみは私に何かのチャンスを与える気など、ひとかけらも、これっぽっちも持っていなかった。」


「初めのうちはその通りだったさ、ドリアン。だがその後起こったことはそうではない。」クラウスははっきりとした声で告げ、歩を進めて相手の前に立った。「おまえが襲われた日、おまえはここに、おれと逢うために来ていたんだ。」


「きみと逢う・・・?」ドリアンはせわしなく瞬いた。「きみは今、わたしをドリアンと呼んだ。」


「いつもそう呼んでいた。ここではな。」


「なんだって?」


「十年前にここで逢ったあと、物事はおれたちがそれぞれ企んだどちらの方向にも進まなかった。おれたちはな・・・」クラウスは深く息を吸った。「おまえはおれにひどい嫌がらせを仕掛けた。おれは怒り狂ってベッドの柵を折り、もうすこしておまえを強姦するところだった。」彼は自分が悪かったと認めた。「ドクター・ウェストファルは、おまえがそのふたつの事件の間の記憶をすべて封じ込めていると考えている。」クラウスはキッチンのほうを指差した。「それから、おまえがあそこで料理を作り、ふたりで食事をした。」


「料理?わたしが?きみがわたしを強姦しようとして、それからわたしが料理を?」ドリアンは額の巻毛を指で跳ね飛ばし、クラウスの言ったことを鼻で笑い飛ばそうとした。それから両手で髪を後ろにまとめ、髪の中に残る縫い跡を隠そうとしているふりをした。だがどちらも成功したようには見えなかった。


「料理は、おまえを籠絡しにかかっていたフランス人のシェフから習ったと言っていたな。」


ドリアンはあっけに取られた。「私はそんなことまで言ってたのか?」


クラウスはうなずいた。「それからおれたちは湖まで散歩に出かけ、雨に降られて逃げ帰ってきた。ずぶ濡れだった。おれは暖炉に火を入れた。」彼は後ろの暖炉に目を遣った。「あんなふうに。」


「きみにそんなロマンチックな作り話ができるなんてね、少佐。」ドリアンは皮肉な笑顔を浮かべて言った。「そしてついに暖炉の前のキス、なんて落ちはやめてくれよ。」


少佐の目が光った。「こんなふうにか?」クラウスは伯爵の顔を両手で挟み、唇に静かなキスを与えた。


ドリアンは凍りついたように動けなくなった。それから、クラウスから体を引きはがして叫んだ。「何のつもりだ!?」


「言うまでもないと思ったがな。」


驚愕のあまり二の句を告げられないまま、ドリアンは立ち尽くし、クラウスを見つめて唇を片手で覆った。「少佐・・・」


クラウスは息を深く吸い込んだ。「その日からずっと、続いている。」


「今、なんて・・・」


ドリアンはクラウスから目を逸らせなかった。現実が現実だとは思えなかった。それから、ぐらぐらする頭に手をやり、部屋を見回した。ドアを蹴破って逃げ出そうかとも考えた。「頭がおかしくなりそうだ。」


クラウスは声を上げて笑い出さずに入られなかった。「それは昔のおれのセリフだったはずだぞ。」


伯爵の青い瞳の奥に何かが煌くのを見て、胸の中にどんな思いが渦巻いているのだろうとクラウスはしばし訝しんだ。


「からかってるんじゃないだろうね。」ドリアンはとうとう口を開いた。


少佐は天を仰いだ。鉄のクラウスがついにエロイカの愛情を受け取ったと、ドリアンに信じさせることがこんなに難しい作業だとは。「もちろん、おれは本気だ。」次の瞬間、少佐は渾身の力でしがみついてくる伯爵の体を受け止めていた。まだ癒えきっていない伯爵の体が心配になるほどの勢いだった。抱きしめながら、彼はドリアンが震えているのだと思った。だが違った。ドリアンは泣いていた。涙を流していた。


「泣くことはない。」クラウスは穏やかに声をかけながら、ドリアンの体に両腕をまわした。だがそれは伯爵の嗚咽の堰を切って落としただけだった。


「飛び上がって嬉しがると思ったぞ。」


「嬉しいだって?私は忘れてしまったんだよ。」ドリアンは泣きながらそう言った。「きみはわたしが望む、ただひとつのすべてだった。そして今、きみはもうわたしのものだと言う。でもそれはすべて失われてしまったんだ。」


クラウスはドリアンの瞳をのぞきこむために、しがみついてくる手を緩めようと力を込めた。「ドクター・ウェストファルは、おまえが記憶を取り戻すだろうと言っていた。」


「取り戻せなかったら?もしずっとこのままだったら?」


「そのときには、新しい思い出をもっとつくればいい。」それを聞いて、伯爵はクラウスにしがみつく手にさらに力を込めた。


「少佐、わたしはきみにひどい言葉ばかり投げつけてきた。どう謝ればいいんだ?」


「おまえは普通じゃなかった。」クラウス穏やかに答えた。「俺は別に気にしとらん。」


ドリアンは手に力を込めて、再び嗚咽を始めた。「少佐、少佐・・・」


「クラウスだ。そう呼んでいた。」


「わたしが?」


「そうだ。」少佐はもう一度抱擁を解き、伯爵の顔に正面から視線を合わせた。「ここにいるときには、エロイカと鉄のクラウスは玄関の外に置いてくるんだ。」


「なんてことだ、十年が・・・」ドリアンがうめいた。


クラウスが愛情に満ちた手つきでドリアンの頬の涙をぬぐった。「十年のうちに何があったか、今見せてやるさ。ここにいる間におまえが何を教えてくれたかをな。」




* * *




「やっぱり、できないよ。」


ドリアンは自分の言葉に驚いた。階段の上まで登りきった彼は、そこで一歩も進めなくなった。見たことのないベッドだった。記憶にあるものよりも一回り大きくなっていた。6フィートの男ふたりがゆっくり休める大きさだった。


クラウスはドリアンの手を引いて階段を登っていた。彼は振り返って伯爵を見つめ、初めての時の自分をを思い出した。不安で、ためらいに満ちていて、死ぬほど怯えていたあの夜。クラウスはドリアンの耳に口を寄せてささやいた。「怖くなったらそう言え。おれは無理強いはせん。」


ドリアンはさっと顔をあげた。そんな言葉は似つかわしくなさすぎた。少佐・・・いや、クラウスがそんなことを言うなんて。顔をあげたドリアンの唇を、クラウスの唇がかすめた。ドリアンは目を閉じた。こぼれそうな涙を必死でこらえた。このクラウスとの思い出を、わたしはすっかり失ってしまったんだ。


「落ち着いて体の力を抜けと、いつもおまえに言われていたな。」クラウスは伯爵の腕を優しく撫でた。「今度はおれがそう言う番か?」


ドリアンは神経質な笑い声を立てた。「いかにもわたしが言いそうなことだね。」クラウスは答えの代わりに、もう一度羽根のようなキスをよこした。それから、ゆっくりと伯爵のシャツのボタンを外し始めた。優しい手がシャツの中に差し入れられ、胸を愛撫しながら肩まで登った。ドリアンのシャツが床に落ちた。下半身の衣類が続いた。そして、最後の一枚に至るまで。


なんてことだ。クラウス、きみってずいぶん手練れじゃないか。私がこれを教えたってことかい?ドリアンはクラウスの目を見つめ、ゆっくりと同じことを返した。まだこれが現実だとは信じられなかった。こんなことをしてるのに、少佐は落ち着はらったままだ。叫び声を上げて夜暗の中に走って逃げてもおかしくないのに。


クラウスの最後の一枚をはぎとりながら、胸に唇を寄せてゆっくりと顔をを下げた。指が下着の中にもぐり込んだ。唇をそのまま下に滑らせ、筋肉だけの平らな下腹部にキスした。そしてさらにその下の・・・


「これって・・・!」


ドリアンはその場にへたりこんだ。クラウスのものが姿を現したからだった。腰を落とした際に、まだ治りきっていない下半身をひどく床にぶつけたが、その痛みにすら気づかなかった。手のひらで口を覆い、目を丸くしてそれを見つめた。


最初の夜とは違い、クラウスはドリアンの反応を落ち着いて面白がることができた。ドリアンは顔をあげた。瞳がきらきらと輝いていた。「少佐、少佐、きみのってすごいよ!」


「上に乗るのが好きだったな、おまえは。」クラウスは落ち着いた声で言った。


「え?ええと、ああ、あの・・・」ドリアンは言葉を続けられなかった。


クラウスはドリアンの頬が紅潮してきたの気づいた。そして自分の興奮にも。彼はドリアンの手をとった。「床よりベッドのほうがいい。そう思わんか?」






* * *

2012/05/16

FEET OF CLAY 08 Healing Process - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  08 Healing Process
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。


 



Healing Process - 治癒の経緯




少佐は日々の仕事に戻ろうと努めた。伯爵が暴行を受けた件に関する調査は複数の諜報機関の干渉を受け、官僚主義の中で身動きが取れなくなっているらしかった。一人の英国人が受けた、ドイツの国境内における、NATO管轄下の空軍基地から脱走した、アメリカ兵による暴行。クラウスが予見した通り、それは官僚から見れば悪夢に等しい事態だろう。そして彼自身が、犯行現場が彼の所有する不動産内だったという点において、まさにその悪夢の中心にいるのだった。


だがそれでも事態は収束に向けて動き始めていた。緊張で額に汗をかいた各方面の担当者たちをリラックスさせるのに、部下Bは意外なほどに適した人選だったことがわかった。あちこちからの横槍が少なからず入ったようだが、Bはとくに気にもせず鼻歌交じりで対応していた。どんな横槍も、彼のチームの上司と比べれば物の数ではなかったからである。


現場検証が終了して少佐の山荘が解放されると、GはZと共に病院に詰めるよう命ぜられた。そのころにはボーナムを始めとするエロイカの手下たちが到着し、伯爵の介護にあたっていた。だがそれでもNATOはものものしい警護をやめなかった。


ドリアンは数え切れないほどの検査を受けたが、そのどれもが現状を解決できるような何かを見い出せなかった。彼の身の上に起こった事件が記憶喪失の原因かもしれないし、そうではないのかもしれなかった。精神科医の報告も同様に曖昧だった。伯爵が記憶を取り戻す兆候すら示さないことがはっきりしたとき、少佐は担当医に連絡を取った。




* * *




「どういったことをお知りになりたいのか見当もつかないのですが、少佐。」ウェストファル医師が腰を下ろしながら口を開いた。「また、医師には守秘義務というものがあります。」


「その守秘とやらを当方からも強く希望する。」少佐は答えた。「今からお伝えする事情は、厳守すべき機密であるとお考え頂きたい。」


ウェストファルは顔をしかめた。「よくわかりませんね。グローリア卿の件でお見えになったとばかり思っていましたが。」


「その通りだ。」少佐は深く息を吸った。「十年前から、伯爵とは私的な愛人関係にあります。」


精神科医は目を丸くして椅子に座りなおした。「きっかり十年前ですか?」


「伯爵が目覚めて、日付を聞かれたときに答えた日の、その翌日から。」


医師はしばらく考え込んだ。それから顔を上げて、なぜ伯爵がまさにその十年の記憶を封じ込めたかを解き明かすべく、矢継ぎ早に質問を始めた。伯爵の記憶する日付から考えると、彼は少佐と過ごした日々の記憶だけを完全に封じ込めてしまったかのように見えたが、その理由は判らなかった。医師はとうとう、双方の関係が始まった経緯について、詳細に訊ねた。


少佐は椅子の中で決まり悪げに身じろぎをした。どこをどうどう取り繕っても、みっともない話だった。彼はなるべく順を追って話し始めた。伯爵から容赦なく挑発されつづけていたこと。それを振り払おうと躍起になっていたこと。考えに考えを重ねて、伯爵を追い払うために罠を仕掛けたこと。それを知った伯爵が反撃の罠を仕掛けてきたこと。山荘での対決の挙句、間一髪で伯爵を強姦しかねないまでの事態に至ったこと・・・。


「強姦、あなたが?」ウェストファルは驚きを出来る限り隠しつつ訊ねた。


「いや、やっとらん。」少佐は答えた。「だがもう少しでそうなりそうだった。やつはひどく怯えていた。そう、そしておれもだ。」


「少佐、考えられるのはこういうことです。心身ともに傷害を受けたグローリア卿が、ふたつの出来事を混同してしまった可能性があります。」


少佐は目をむいた。「なんだと?」


「どちらも同じ場所、同じ部屋で起こった出来事ですよね?」


「あ、ああ。」少佐はゆっくりと答えた。


ウェストファルは不機嫌に肯いた。「ということであれば、最初に可能性があると判断した心的傷害性の記憶喪失の診断は有効でしょう。グローリア卿に関してはこう考えられます。そのふたつの出来事の間のすべての記憶を封じ込めてしまったと。」


少佐は目を閉じ、絶望的なため息をついた。「素晴らしい診断ですな。」彼はうめいた。「で、治療法は?」


「申し訳ありませんが、時間が何よりの薬になるとしかいえませんな、少佐。時が患者を癒し、伯爵が自分の身の上に何が起こったかを直視できる落ち着きを取り戻すまでは、彼の無意識が痛ましい記憶を封じ込めたままにしておくでしょう。」


「このまま何も思い出さない可能性もあるということすか?」


「残念ながら、その通りです。」ウェストファルは同情に満ちた目で少佐を見つめた。「そういった患者たちをサポートするグループもありますよ。」彼は優しくそう言った。


少佐はさっと顔を上げた。「それは無理だ。このことを知っているのは三人しかいない。ドクター、あなたを含めても四人だ。」


「ネットで参加できるグループもありますね。」医師は答えた。「素性を隠して参加することも可能です。」


「考慮してみよう。」そう言って、少佐は立ち上がった。


「少佐、この症状に関する情報をよく理解することが、あなたのパートナーを救うことにつながりますよ。」


少佐は刺すような視線を返した。おれの、パートナー。なんてことだ。十年すべてが失われたとは。


* * *




退院の日に、少佐は病院に姿を見せた。伯爵の病室は花束とプレゼントでいっぱいだった。伯爵はひとつのこらず看護婦たちに配るように命じた。


「おやおや、きみの国からとっとと出て行くのを確認に来たんだね、少佐?」エロイカは冷ややかに言った。彼は外出着を着こんでベッドに座り、ボーナムが戻るのを待っているところだった。


「全快するまではドイツに滞在すると聞いていたぞ・・・」


「冗談だよ。」エロイカはため息をついた。「あまり上出来のじゃなかったけどね。」


「任務上、退院を見届けに来たまでだ。」少佐は穏やかに言った。


「ああ、なるほど。」エロイカは書類を点検している一群の職員たちに手を振った。「きみが忠誠を誓うドイツ政府、それからアメリカ政府、NATO本部、Geilenkirchen空軍基地の責任者。これまでのところ、口頭と書面で謝罪をよこしたのはそんなところかな。」彼は続けた。「だが私に手を出したごろつきどもからは音沙汰無しさ。」


クラウスは自分でもよくわからないままに口を開いていた。「謝罪で済む問題ではない。おまえはこんな目にあうべきではなかった。」彼は目を逸らせた。瞳の奥に傷ついたような色が光った。エロイカはそれを凝然と見つめた。


「少佐、それって、きみが私の身を案じてくれてるってことなのかな?」だが彼は皮肉めいた口調でそう尋ねた。


少佐は現実に引き戻されたように視線を戻し、不機嫌な表情で答えた。「その通りだ。」


「なぜだい。」


「それは・・・。」少佐が激情をかろうじて押さえつけた。「おまえがそんなに荒れているのが、そのせいだからだ。」


「十年だよ!十年分の記憶を失って、きみは平然としていられるかい?」


ああ、ドリアン。何を訊ねているのかわかっているのか。クラウスは視線を受け止めた。「この十年のあいだの出来事は・・・」彼はその後を続けられなかった。何をどう伝えればいいのだろう。「記憶が失われたことについては、気の毒だったとしか言いようが無い。」


「ほんとかい?」エロイカは目を細めた。


クラウスはもう一歩踏み込むことにした。「おまえの主治医と話をした。」


「どの医者?」


「ドクター・ウェストファルだ。」


「ああ、あの精神科医ね。素晴らしい。きみは私の精神科医とまで話をしたんだ。で、彼はなんと?この患者はどこかに閉じ込めておくべき変態だと?」


「少しは落ち着け。」


「落ち着いたからってどうなんだよ!」


クラウスは息を吐いた。「おまえの記憶は、おれたちが山荘で待ち合わせた日で途切れている。」彼は『山荘で待ち合わせた”最初の”日』と言いそうになった。今何を告げても、伯爵は決して信じるまい。


エロイカはさっと頭を振って長い髪を肩の後ろにやり、すぐにそれを後悔したように頭に手をやった。まだ痛むらしかった。「それで?」


「それで、もしおまえがこの十年の記憶をなんとしてでも取り戻したいと思うなら・・・」くそ、どうしてこう言いにくいんだ。「ドクター・ウェストファルは一度その場所に戻ってみることを提案した。」


「そこできみという卑劣な下種ともう一度本気で対決する、というわけだね。」


「おまえが望むなら。」


「少佐・・・」


「エロイカ、十年前に、おまえが考えているようなことは起こらなかったんだ。」


伯爵の目は疑い深げに目を細めた。「なぜ?何が起こったんだい?」


「今それを言う気はない。どちらにしろおまえは信じないだろうしな。来るか来ないかかはおまえ次第だ。」頼む、ドリアン、来ると言ってくれ!


伯爵は長い間黙ったままだった。それから深いため息をついて、ぼそりとつぶやいた。「私に危害を加えないと誓ってくれ。」


クラウスは言葉どおりの意味で震え上がった。愕然とした。「おれがあのくそアメリカ人みたいに振舞うと思っているのか!?」


「殴らないでくれと言ってるんだ。」


「くそっ、まさか。」


「私がどんな嫌がらせをしても、だよ。」


クラウスは目をそらせ、視界の隅で伯爵を見た。こいつはおれを引っ掛けようとしとるだけだ。「嫌がらせなんぞやめておけ。」


エロイカはこみ上げてくる微笑を押さえ切れなかった。少佐に小さな悪戯を仕掛けることは、どうしてもやめられない小さな楽しみだった。そしてあの薬の件以降すでに十年たっているにもかかわらず、それはまだ伯爵にとって飽きない喜びのままだった。


「わかったよ。その提案に乗るよ。きみが何をやりたがってるのかは全然わからないけどね。」


おれは、おれのドリアンを取り戻したいだけだ。クラウスは砂漠の迷い人が水を欲しがるように、ただそう思った。彼が口を開く前に、ボーナムが部屋に戻り、伯爵と少佐に声をかけた。「何か他にご入用なものはありますか、少佐?」ボーナムは何気なく聞いた。


少佐は瞬きをして答えた。「伯爵の滞在先の住所だな。」彼は伯爵に視線を戻した。「医療費は全額NATO持ちだと知ったら、ドケチ虫は小躍りするだろうな。」


エロイカは眉を揚げて答えた。「じゃあ、全快するまでたっぷり時間をかけなきゃね。」




* * *

2012/05/15

FEET OF CLAY 07 A Bit Of A Problem - by Margaret Price


 
Fried Potatoes com -  FEET OF CLAY  07 A Bit Of A Problem
【警告】上記のリンクには成人向けコンテンツが含まれている可能性があります。
18歳未満の方、または公共の場所からのアクセスはご遠慮ください。


 



Chapter Seven
A Bit Of A Problem - 見過ごせない問題






Zは何者かが迷うそぶりもなく待合室のほうに向かってくる足を聞きつけ、すばやく立ち上がった。「少佐。」彼は注意を促すように声をかけた。


少佐のまぶたが跳ね上がり、即座に目を覚ました。「なんだ?」


「何者かがこちらに向かっています。」


クラウスがドアのほうへ顔を向けると、伯爵の部屋からクラウスを人払いした医師が深刻な表情で姿を表した。医師はクラウスの向かいに腰を下ろし、Zをちらりと見た。クラウスは眉をしかめた。


「エージェントZは私の部下です。」少佐は無言の問いに答えた。「伯爵の関係者が到着するまでは、彼が患者の保護に当たります。」


医師はうなずいて息を吸い、ゆっくりと口を開いた。「病人の目覚めを待って、質問したいことがおありでしょうな。」


クラウスの眉が上がった。彼は自分がいつまでもここに居残っていられるような口実を思いついておらず、周囲がそれを都合よく誤解してくれるのを正直ありがたいと思った。


「実は・・・、すこし見過ごせない問題がありまして・・・」医師は続けた。


「伯爵の状態が悪化でもしたのですか?」少佐はたずねた。訊ねながら、内心の狼狽を必死に押さえ込まねばならなかった。医師は首を振った。「いえ、体調は安定しています。ただ、ただ患者は・・・。何も思い出せなくなっているのです。」


「それは、暴行を受けた件について?」


医師は再び首を振り、説明を始めた。ドリアンは服の着替えの最中に目を覚まし、どういう経緯で自分がその外傷を受けたかについて何一つ記憶が無いと言った。使用した麻酔の量と、それが完全には切れていないことを考慮すると特に驚くべき反応でもなかったので、医師はそのまま通常通りの質問を続けた。その結果、記憶の喪失が広範囲に及ぶことが判った。「今日の日付を聞いたとき、彼ははっきりとこう答えたのです。」


ドリアンの答えを医師の口から聴いた瞬間、クラウスは愕然とせざるを得なかった。それは彼ら2人が初めて山荘で待ち合わせたあの日の、その前日の日付だったからである。少佐が英国人を追い払おうとする'努力をやめて、ふたりが恋人となるより前の日付。馬鹿な。


「それは一時的なものなんでしょうな?」クラウスは自分がそう訊ねているのを他人事のように聞いた。


「なんとも言えませんな。」医師は答えた。「とにかくもう少しいろいろ検査してみないと。脳に外傷が無いかも考慮して再検査します。」


クラウスは背もたれに体を預け、たった今聞いたばかりの事実を脳裏で反芻した。世界が砕け散ってしまった今、何が残ったというのだろう。十年・・・、その十年が、たった数時間のうちに完膚なきまでに損なわれたのだ。あのアメリカ人どもを殺しておくべきだった。


「精神科医の診察を手配しておきます。」医師がまだ話を続けていた。「どうやら、単純な心的外傷による一時的な記憶喪失ではなさそうですので。」


少佐は立ち上がりながら肯いた。ドリアンの華奢な神経が受けたダメージを考えると、起こっても不思議は無いことだった。伯爵の精神は醜い暴行にひどく傷つけられたに違いない。だが、記憶の最後の日付がなぜあの日になっているのかは謎だ。


「差し支えなければ、患者と話をしたいのですが。」少佐は許可を求めた。


「少佐、彼はこの十年の記憶を失っています。」医師は再度念を押した。


「彼との面識は、それよりずっと以前からあります。」


医師は少し考え込み、そして肯いた。「あまり刺激しないようにしてください。」注意を付け加えた。「本人はショックを受けているようです。」


クラウスは何かいいたげな視線をZに向けた。Zは(この医師は何も知らないのだ)という表情で眉を上げたところだった。






* * *




少佐がエロイカの部屋に戻っている間、Zが門番に立った。


ベッドを隠していたカーテンが開いていた。少佐が部屋に入ると、伯爵は驚きの余りほとんど飛び上がらんばかりになった。彼はまだ横向きのまま、胸の下に枕を挟んで臥せっていて、少佐がベッドに近づいてくるのを目を見開いて見つめた。


「エロイカ・・・?」


ドリアンは彼を見つめ、うめき、それから目を閉じた。「行ってくれ、少佐。きみとやり合うには疲れすぎてるんだ。」それは全くその通りだった。言い終えるなり、彼は糸が切れたように意識を失った。




* * *




部下Aが状況報告のために戻ったとき、Zは何かの本を広げて伯爵のベッド脇におとなしく腰掛けていた。エロイカは眠っているように見えた。少佐はその部屋のもう片方のベッドに横たわっていた。


ドアが開くとZは顔を上げて本を置き、ドアに近づくとAと話すために廊下に出た。彼は医師の診察結果をAに告げ、少佐は伯爵が昏睡状態に陥る前に自分で質問したい事項があったのだと言った。


Aの報告は、部長の決定に関することだった。当初は別の担当者にこの件を任せるつもりでいたが、事件の現場があの”鉄のクラウス”が保有する不動産内だと陸軍基地が知るに至り、会議の場への少佐の参与を強く望んでいた。本来はAとBで担当しようと考えていたが、米国軍もまた同様に少佐の参加を希望していた。


GからAへの報告もあがっていた。Zが推測したとおり、Gは少佐のクローゼットに伯爵の身の回りの品を発見し、伯爵がまたフィレンツェでやったような悪戯を繰り返したと考えた。


Zは肯き、病室のドアをちらりとみた。「その報告を少佐に伝えるのは、伯爵の部下が到着してからでも遅くはないですよね。」彼は静かに言った。


Aは同意した。「そうそう、その件だ。ボーナムとコンタクトが取れた。」彼は少し考え、ドアを見た。「ボーナムに言って、伯爵のものを少佐の山荘からもって帰らせたほうがいいかな。少佐が山荘に足を運ぶ前に。」


Zは密かな笑みをこらえられなかった。「その件については、僕がボーナムさんにお伝えすることにします。」


「それがいい。」Aは深いため息をついた。「それにしてもなんてこった。なあ?」






* * *






エロイカは何度かぼんやりと目を覚ましたが、そのたびにまたすぐ眠りに落ちた。Zは指示通りの時間に少佐に声をかけ、Aの報告内容を伝えた。少佐はZにコーヒーと食事の調達を命じた。


Zが去って五分もたたないうちに、エロイカが目覚めた。彼はベッド脇に座る人影を見てうめいた。「なんて完璧な朝なんだ。きみが私の子守とはね。」そして目を閉じた。「で、嘲り笑うために来たのかい、少佐?」


その言葉は短剣のようにクラウスの心臓を刺した。今はまだ、二人の秘めた関係について触れる時期ではないようだった。「おれがそこまで下種だと思っとるのか?」少佐は穏やかに尋ねた。


「たちの悪い冗談だね。きみがあの薬で私に何をしたか、忘れたとは言わせないよ。」


クラウスは椅子に背を預け、息を吐いた。もう十年にもなる遠い昔の悪い冗談、それは確かに伯爵を罠にはめようとした悪質な計略だった。「ドクターは、おまえが記憶を失っていると・・・」クラウスはゆっくりと口を開いた。


エロイカは体の位置を変えようとし、痛みにたじろいだ。どんな鎮痛剤使っても、この痛みを和らげるのはほとんど不可能だった。「覚えてないね。あの呪うべき山荘できみと顔を合わせた場面で、私の記憶は途切れているよ。その次の場面はこうだ。目覚めたらここにいて、医者が私に『それは十年前の話です。』と言う。そして続けて言うんだ。『あなたはひどい暴行を受けています。』だとさ!」伯爵は吐き出すようにそう言い放った。


クラウスは視線を落とし、椅子の上で居心地悪げに身じろぎをした。ドリアンはそれに気づき、クラウスがこれまで性に関するいかなる話題についても不快感を隠さなかったことを思い出し、今もまたそうなのだと誤解した。


「私がどういう目にあったか聞いて、腹を抱えて笑ったんだろ?」エロイカはぞっとするような毒をこめてそう言った。「あの変態が、くわえ込みすぎてとうとう痛い目を見やがった、って。」


クラウスの目の焦点がカチリと合った。瞳の中で、怒りの炎が燃え上がった。「誰から聞いたわけでもない。おれ自身ががこの目で見た。」


エロイカは瞬きをした。「何だって?」


「おまえはおれの別荘で暴行を受けていた。おれが到着した、まさにその時・・・」少佐の言葉はかすれて消えた。彼は刺すような視線で伯爵を射た。「おまえが何をされているかわかった瞬間、おれは危うく奴らを殺しかけた。」


エロイカはあっけにとられて少佐を見つめ返した。「でもきみはそうしなかった。」


「ああ、殺さなかった。一人の顎を割り、もう一人の鼻の骨を折っただけだ。」


エロイカは茫然としたまま、怒りをあらわにした少佐の表情を見つめた。少佐はときに不思議なほど、誰かへの気遣いを見せることがあった。そして伯爵は今がそのときであることに感謝を覚えずにいられなかった。「少佐・・・、私を救ってくれたことに感謝するよ。きっとそれは・・・、きみにとって愉快な体験ではなかっただろうから。」


深い緑の瞳がドリアンの表情を捉えた。伯爵には、その瞳の奥にいわくいいがたい感情の波がさざめいているように見えた。自己嫌悪?かな・・・、たぶん。私を助けるなんて、虫唾が走るような作業だったにちがいないもの。そうだろ、少佐?ああ、私の十年は失われたと聞いたたばかりだけど、きっと何もかも何一つ変わってはいないんだ・・・。


「Aがボーナムに連絡を取った。」少佐は言った。「何か伝えることはあるか?」


エロイカは姿勢を変えようとして痛みに眉をしかめた。そのごろつきどもは私に何をしたんだ?「ずいぶん優しいね、少佐。」


「おれの別荘でおまえを襲撃し、殴打し、暴行を加えたのはふたりの米軍兵士だ。NATOの空軍基地からの脱走兵だ。」少佐は手短に言った。「担当医にはおまえがNATOの外部契約者で、身の回りの世話をする者が到着するまではおれが保護に当たると言ってある。」


伯爵は深く息を吐き、目を閉じた。「では、私の部下たちは早くここに着いて、さっさときみの我慢を解放してあげなくちゃね。」


「おまえとNATOが関連する件についてはおれが担当となる。この件が解決するまでは『我慢』する。」クラウスは立ち上がった。そうでもしなければ、目の前の男を腕の中に抱きしめてしまいそうだった。だがそんなことをすれば気が狂ったと思われるのが落ちだ。


エロイカは精一杯強がって見せた。「それって、きみの部下たちがかわるがわる面倒を見てくれるってことかな?」


「たぶんな。明日は警備のついた個室へ移るぞ。」


「私が逃げないように気をつけろよ。」伯爵は心にも無い冗談を言った。


クラウスは痛ましいものを見る目で伯爵を見つめた。もう逃げられたさ。おれはおまえを失ってしまった。彼はドアの方へ視線を転じた。「おまえの部下が到着するまでは、Zがおまえの面倒を見る。」


エロイカは体の下の枕を引き出してそこにもたれかかりながら、小さく不満を漏らした。「今の私は『健全なるドイツ青年』の脅威ではないと判断したわけだね。彼に私を担当させるなんてさ!」


* * *