このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2011/09/19

A Price Too High 2/2 The Present by Margaret Price

Fried Potatoes com - A Price Too High <The Present>
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後編<現在>

三週間後、クラウスは予告なしにグローリア城を訪れた。 彼はずかずかと城内に入り込み、使用人たちを手のひらの一振りで下がらせて、真っ直ぐに伯爵の寝室へ向かった。 寝室へ足を踏み入れそうになった瞬間、彼は唐突に立ち止まり、ドアを開ける代わりにノックをした。

「誰であろうと下がりたまえ。起きるには早すぎる時間だ。」伯爵がうめいた。

「おれのノックがわからんのか。」 クラウスはそういって、大股で寝室に入り込んだ。 「だいたい、早い時間なんぞじゃないぞ。」

ドリアンは身を翻し、目を開いた。 「クラウス! なんて素晴らしいサプライズなんだ!」 彼は体をずらせて、ベッドにスペースを作った。 「入っておいでよ。」

「さっさと起きて服を着ろ。 誕生日だろ。出かけるぞ。」

ドリアンの眉が上がった。 「ほんとかい?」

「ああ。」

ドリアンはベッドから跳び下りた。 身支度に半時間とかけなかった。 バスルームから出てきたときには、にんまり笑いを満面に浮かべていた。「それで、どこに連れて行ってくれるんだい?」

「まずは朝食だ。」

「どこに?」

「サプライズだ。教えてやらん。」 クラウスはかわした。

「わお、そういうのって大好きさ。」

クラウスの目が揺らめいたが、彼は無言のまま車へ向かった。

* * *

ドリアンは、その日のために何が用意されているのかあててみようと躍起になった。 クラウスはときどき、ロマンチスト気味になることを自分に許すことがあった。 ドリアンがそれを始めてかいま見たのは、彼らが孤島に取り残されたときのことで、クラウスはそのとき古いドイツの軍歌を歌い、磨き抜かれた鋼鉄の美しさを語ったのだった。 その後、彼はひどくロマンティックなやりかたで、伯爵を列車に招き、NATOの仕事を引き受けさせたりもした。以来、伯爵とのやり取りの中で、彼のそういった一面はしばしば姿を見せた。 恋人となった今では、クラウスは彼のロマンティシズムをさらに頻繁にドリアンに示すようになりつつあった。彼の恋人があまりにも彼を煩がらせさえしなければ。

クラウスがその日初めにしたことは、ドリアンをお気に入りのレストランに連れて行くことだった。 従業員達はみなドリアンのことをよく知っており、彼らはいつもの通り愛想良く歓迎された。 そこでクラウスがわざとうっかり、今日が伯爵の誕生日であることを漏らすと、歓迎は大歓迎になった。

「すばらしいサプライズだったよ。」レストランから出て、ドリアンは言った。

「ホテルにプレゼントを置いとる。」クラウスはおどけた笑顔で答えた。

「プレゼント?私に?」 ドリアンは甘えた声で言った。

クラウスは横目で彼を見た。 「たぶんな。」

数分後、クラウスはスイートルームのドアを開けた。 部屋に入り、彼はドリアンの方に向き直った。彼は小さな笑みを浮かべて、恋人を部屋に引き入れた。 そこはクラウスはいつも泊まるような、飾り気のない部屋ではなかった。

ドリアンにしがみつかれ、情熱的なキスを受け、服を引っ張られつつ、クラウスはやっとのことで部屋のドアを閉めた。 じらすのもそこまでだった。 「寝室は奥だ。」言うや否やそこへ引きずり込まれ、ほとんどベッドに投げ飛ばされた。



「おい、やりたい盛りのガキみたいだな。」 笑っている間にも、クラウスの服はどんどん脱がされていった。
ドリアンは輝くような笑みを浮かべて、自分も裸になった。 「じっとしておいで。痛いことはしないからね。」 

「最初のときにもそう言ったな。」

「それで、痛かったかい?」

「痛かったぞ!」

「その痛みの最初から最後まで楽しんだくせに。」ドリアンはにんまり笑った。

クラウスがどう言い返してやるかを思いつく前に、ドリアンが唐突に訊ねた。「ねえ、プレゼントはどこかな?」

クラウスはベッドサイドに準備してあった潤滑剤を指した。 そして自分からベッドに横たわった。 ひざを折り、ゆっくりと脚を開きながら、笑みを浮かべて恋人の表情の変化を見つめた。 その体位は彼にとっては辛いものだったが、恋人の誕生日に捧げてやろうというのだった。 特に、ドリアンがクラウスの中に入るのがどれほど好きかを知ったからには。

「クラウス、ほんとにいいのかい・・・?」 ドリアンはクラウスの脚の間に割って入りながら訊ねた。

クラウスは身を起こし、ドリアンに情熱的な口付けを与えた。 「訊かんでもいい。おまえにやるんだ。」 それが、伝えたかったことのすべてだった。 クラウスの恋人は、体中にキスを浴びせながらクラウスをベッド上に彼を押し戻し、彼の上にのりかかった。 クラウスが目を閉じると伯爵の手が降り、クラウスの硬くそそりたったものを捕らえ、撫で上げた。クラウスの口からうめきが洩れた。 それから、滑らかな指が彼の中に滑り込み、クラウスは小さな叫びを上げた。

ドリアンが指を探るようにうごめかせると、クラウスは背を弓なりに逸らして反応した。ドリアンはにやっと笑った。 二本目の指が入り、痛いほどに怒張した伯爵を迎え入れられるよう、優しく準備を整えた。注意深く数分間慣らした後に、彼は指を抜いてひざまずき、自分自身のものに潤滑剤をくまなく塗りつけた。 それから彼は体を倒し、鋭く突いた。

それが入った瞬間、クラウスは叫び声をあげた。 かれは震えながら両手を挙げ、ゆっくりと腰を使い始めたドリアンの肩をつかまえようとした。ドリアンはクラウスの手首を掴み、ベッドに押さえつけた。 それから挿入の角度を少し変えて、クラウスの一番敏感な部分をあやまたず突き始めた。クラウスは鋭い叫びを上げ、ドリアンの下で腰を跳ね上げた。 「とめろ、ドリアン!」 彼は激しくあえいだ。

ドリアンはにやりと笑いかえしただけで、そのまま規則正しいリズムで、気が狂いそうになるほどに緩やかな抜き差しを続けた。それは恋人が彼の下でびくびくと震えだすまで続いた。 クラウスは掴まれた手首を振りほどこうとしたが、ドリアンはさらに強く押さえつけ、彼をベッドに串刺しにした。 だめだよ、今日のきみはわたしのものなんだから、 わたしのやりたいようにやるんだ。

何度か逃れようと試みた後、クラウスはドリアンが本気なのだと悟った。手をふりほどき、動きをやめさせるには、本気でやり合うしかないようだった。 明らかに、ドリアンはクラウスの正気を失わせようとしていて、しかも見事に成功していた。

クラウスがのたうちながら腰を浮かせ、絶え絶えにあえいでいるのを見て、ドリアンは輝くような笑みを浮かべた。 さあ、赦しを請うまで、あとどのくらい我慢できるんだい? 彼はゆっくりと続けた。長く続ければ続けるほど、恋人が半狂乱になってゆくのが判っていた。 クラウスがもう一度、手首を引き抜こうと暴れた。 そう、逃げたいんだよね。そうだね? ドリアンはさらにしっかりを手首を押さえ、クラウスは怒りと不満がない交ぜになった声を漏らした。

「なにが欲しいのかな、ダーリン?」 かれは腰の動きを止め、じらすように言った。

「ドリアン、 おれを…おれをこんなに・・・」

「言ってごらん?」

クラウスは彼を驚いたように見つめた。 「おれに、赦しを請えとでも言うつもりか?」 赦しやら哀れみやらを請うなどというのは、いかなる状況下でも鉄のクラウスにはありえないことだった。

「そうさ。 私に赦しを請うんだよ。もう許してくれって、おねだりするのさ。」ドリアンはそう言って、にんまり笑った。それが経験の浅い恋人にとっては、どれほど行き過ぎた戯れかとは気づかないままに。

「・・・ほう、そうかね。 それでおまえはその代わりにかぼちゃパンツをよこせと言うわけだな。」 口にするや否や、自分が何を言ったのかはっきりと理解した。 それは決して口にしてはならない一言で、クラウスにはそれがよく判った。 ドリアンがクラウスに平手打ちをくれてベッドを降りたのにも無理はないほど、 たいした効果だった。なにもかもが完全にぶちこわしだった。

「きみは最低だよ。」 ドリアンは罵った。 彼は自分の服を掴み上げ、すばやく着込もうとして恋人の手に止められたが、それを振り払った。

「ドリアン、悪かった。 おれはひどいことを言った。」

「そうだよ。そのとおりさ。」 ドリアンは涙をいっぱいに浮かべた瞳で彼を見た。 「きみを信頼していたから話したんだ、クラウス。 それをきみは・・・きみは下劣な冗談みたいに・・・。」

クラウスは深いため息をつき、ベッドに腰掛けなおした。誕生日のサプライズは、彼が計画した通りにはいかないようだった。 「同じじゃないとは言わせんぞ。」彼は静かに言った。

出て行くべきかどうかぐずぐずと決めかねていたドリアンは、さっと顔をあげた。 「なにが同じなのさ。」

「おまえはその絵のためなら何でもすると言った。それでその男と寝たんだろうが。 おまえは、あのかぼちゃの絵についても同じことを言ったぞ。かぼちゃパンツのためなら何でもするとな。そしておまえはいつも、欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。」

ドリアンは目を大きく見開いた。 「クラウス、私は『紫を着る男』が欲しくてきみと寝たんじゃない。」

クラウスは目を閉じた。 「知っとる。」

「じゃあどうして、あんな・・・ひどい・・・?」

「おれにもわからん。 たぶん、はっきりさせたかったからかも知れん。」

ドリアンは目を細め、なにかを疑うようにクラウスを見つめた。 「はっきりさせるって、何を?」

クラウスはドアの方を示した。 「クローゼットの中を見てみろ。」

「なぜ?」

「誕生日のプレゼントはそこだ。」

クローゼットの中になにがあるのか突然気が付き、ドリアンは開けるのが怖くなった。 恐る恐る扉を開くと、思ったとおりだった。 「紫を着る男」が、壁に持たせかけられていた。

「誕生日おめでとう。」クラウスの声は、ドリアンの耳に皮肉に響いた。

クラウスが後ろに立つ前に、ドリアンはさっと振り返った。 「受け取れないよ。」口にしたのは、自分でも驚くようなひとことだった。

「これはご機嫌取りじゃないんだ、ドリアン。」クラウスは落ち着いた声で言った。 「これを決めたのは、おまえが前回おれの屋敷に来たときだ。おまえはあの絵から視線をはがすのさえ辛そうだった。 おまえにくれてやったら、宝物のように大事にするのはわかっていた。 だから、おまえが帰った後すぐにロンドンに送って保管していたのさ。誕生日の贈り物にできるようにな。」 彼はそこで言葉を切った。 「あの話を聞いたのは、その後だ。」

ドリアンは手で口を覆った。 「だからあの時、きみは黙っていたんだ。 私はきみが内心では私を道徳的に責めていて、ただそれを私に言いたくないからだと思っていたんだよ。」 彼は恋人を抱きしめた。 「そしてさっきは、きみが私の誕生日のために考えたことが、あの話のせいで汚されてしまったようで、きみ自身驚いたんだね。」

クラウスは抱擁を解いてドリアンの目をみつめた。 「おまえを傷つけるつもりはなかった。だが傷つけたのは事実だ。 おれが引き起こしてしまったことすべてについて、悪かった。謝る。」 彼は深いため息をついた。「おれは馬鹿者だ。」

「うん、そうさ、きみは大馬鹿者だよ。」ドリアンはうなずいた。 「でもそこを愛しているのさ。」 彼はクラウスの顎を引き寄せて、情熱的な口付けを与えながら、微笑まずにはいられなかった。クラウスのあそこがすごく硬くなって、こちらに押し付けられてきたからだった。 彼は背をそらせて恋人を見つめ、にやっと笑った。それから彼を引きずって寝室に戻り、ベッドへ突き飛ばした。 「どうやらきついお仕置きが必要みたいだね。」

クラウスの眉が上がった。 「そう思うのか?」 彼はベッドに横たわった。

「ああ、そのとおりさ。」ドリアンはにやりと笑った。 「きみをめちゃくちゃにしてやるよ、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐。」

「鉄のクラウスは赦しなど請わん。」クラウスは平静な声で答えた。

「きみがそう思っているだけだね。」

クラウスが答えを返す前に、ドリアンはクラウスに跨った。 彼はそのまま挿入し、クラウスのうめき声を引き出した。 クラウスの両手首はふたたびベッドに押し付けられ、恋人は再び規則正しく緩やかに、気の触れそうな抜き差しを再開した。 クラウスは頭をのけぞらせ、背が弓なりに反り返った。腰の動きが、恋人のものと同調し始めた。数分後に、ドリアンは望みのものを得た。クラウスは赦しを請うた。

「鉄のクラウスには、敵の哀れみなど不要かと思っていたよ。」

クラウスは満たされない叫び声で応えた。

ドリアンは返事のかわりににやにや笑った。 「ごめんなさい、は?」

「ごめんなさい。悪かったです。もう言いません!」

「おや、 いたずら坊やだねえ、じゃあわたしがなにが欲しがってるか、わかっているね。」

「はい。 それはあのくそったれな絵なんかじゃありません!」

ドリアンは目をぱちくりさせた。 この答えは期待していたものとは違っていた。 それでも彼は、敗北を認めたクラウスを見下ろして微笑んだ。 両手を自由にしてやると、クラウスは自分のものをしごき始めた。伯爵は速度を上げた。息遣いも同時に上がりだした。

クラウスがうっと呻いて達しつつ、同時に激しく体を震わせた。 それで伯爵も限界を超えた。彼は夢中で腰を使い、恋人の体の中いっぱいに精を放ち、果てた。 それから彼はクラウスの体の上にがっくりと崩れ落ち、クラウスの両腕に抱かれて目を閉じた。

クラウスが寝返りを打ち、恋人を抱きしめた。 ドリアンは恋人の体からするりと抜け出して、背中を向けた。頬を赤らめていた。 「いままでもらった中で、最高の誕生日プレゼントだったよ。」彼は幸せそうにそう告げた。

「さっきの喧嘩がなかったらな。」クラウスがまぜっかえした。

「喧嘩も含めてさ。」

クラウスは顔をしかめた。 「なんでそう思うんだ?」

ドリアンはクラウスのほうに向き直り、素早いキスを与えた。 「どうしてかというとね、私が美術品とセックスのことしか頭にない馬鹿な変態じゃないってことを、きみがやっとわかってくれたからだよ。」

クラウスの眉が跳ね上がった。 「おれはまたなにかへまをしでかしたか? 美術品とセックスとの交換の話をしてたと思っとったが。」

ドリアンは起き上がり、長い間じっと黙ってクラウスの顔を見つめた。 彼の恋人は時折、信じられないほどに鈍感なことがあるのだった。 「私はきみを、世界中のすべての美術品とだって交換しないよ。」

クラウスはにやっと笑い、胸の上にドリアンを引き上げた。「おれとセックスは交換してくれるのか?」

ドリアンは考え込んだ振りをした。 「だれとのセックスと?」

「くそっ、この変態!」 クラウスは勢いよく身体を翻し、ドリアンを体の下に引きこんだ。 「今度はおまえをひいひい言わせてやる番だぞ!」

「でも今日はわたしの誕生日なんだよ!」 ドリアンは楽しげに言い返した。

今度はクラウスが考え込んだ振りをする番だった。 「いいだろう。 意地悪はほどほどにしてやるさ。ほんの少しにな。」

クラウスが彼をくすぐり始めると、ドリアンは嬌声をあげた。 「だめ、だめだよ、お願いだ、だめ!」 彼は笑い出した。

「そんなにさっさと言うな、馬鹿者!」

「あっ、ごめんよ。 いいよいいよ、続けて。」

「おまえ、そんなんだったら、 あの絵は持って帰るぞ。」

「最低!死んじまえ!」

クラウスはドリアンの負けず嫌いな言い方を笑った。 それから彼は急に真面目な顔になった。「さっき言ったこと、許してくれ。」

ドリアンは、微笑まずにはいられなかった。 良心の呵責を感じているときのクラウスときたら、惚れ惚れするほど可愛らしかった。 「わかってるさ。」 彼は素早くキスした。 「だから、埋め合わせをしてくれなきゃね。」

クラウスはドリアンを横目でみた。 「ん? なにをすればいいんだ?」

ドリアンの顔に微笑が広がった。 「今それを考えているところさ。 私は繊細なんだからね。 立ち直るまでにすごーく時間がかかるかもしれないな。」

「次の誕生日まで、ずっとおれに払わせるつもりだな?」

「んん、ふふふ。」ドリアンは甘えた声を出した。 「ずいぶん高い支払いになっちゃったね、ダーリン?」

クラウスは背中を反らせて、真面目に考え込んだ振りをした。

「どうしたのさ・・・?」 ドリアンは楽しげに訊ねた。

「分割払いでもいいか?」

返事の変わりにドリアンは噴き出した。 それから彼は悲鳴を上げた。クラウスが再び彼をくすぐり始めたのだった。次の瞬間、ドリアンはクラウスの熱烈なキスを受けていた。

「おれは許してもらえたのかね?」

ドリアンはクラウスに腕を巻きつけ、キスを返した。 「うん。」

「それならいい。」 クラウスは微笑み、恋人の体に沿ってゆっくりと手のひらを撫で下ろした。 「なら、これが、第一回目の支払いだ。」

END

2011/09/18

A Price Too High 1/2 The Past by Margaret Price

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作者による注意書き: 私自身の姓がこの作品にとって皮肉になっていることはよくわかっています。 私の知る限り、親族の男性に幼児性愛者はいません。



前編<過去>


私はあの男を愛してなどいなかった。 嫌っているわけでもなかった。 私はあの男と寝るべきではなかった。

だが、あのころの私に何がわかっていたというのだ。 私は13歳で、ジョルジョーネの「若き牧人」が欲しかったのだ。 私は自分が十分に成熟したと考えていた。 私は条件をつけ、約束を引き出した。私の次の誕生日に、あの絵を私に与えると。 それは私の過ちだった。 私の犯した過ち。だが私はいかなる代償を支払ってでもあの絵が欲しかったのだ。たとえ引き換えにするのが、わが身そのものであってさえも。

ドリアンの思考があの宿命的な日に駆け戻った。 私は本当に、それほど幼稚で愚かだったのだろうか?

* * *

プライス卿はソファに座り、ドリアンを膝に載せた。それからかがみこんでキスし、両手をジャケットの中へ滑り込ませた。 少年は体を硬くしていたが、彼は気にも留めなかった。 少年はすでに同意したのだ。それで十分だろう。

ドリアンは今何が起こりつつあるか、考えないようにしていた。ただひたすら、視線をその絵に向けていた。

シャツのボタンがはずされ、プライス卿のざらざらした手が彼自身の柔らかな肌を撫で始めたとき、彼は喉元までせりあがってきたものを呑み込むように堪えた。 やがて彼は小さく跳びあがった。男の手が彼の一方の手を捉え、男の股間に導いたのだった。

「なにをするかはわかっているだろう。」プライス卿は耳元でささやいた。

ドリアンは視線をその絵から引き剥がし、下を向かねばならなかった。彼に手のしたには、ひどく膨らんだものがあった。 「僕は・・・」

プライス卿がジッパーを下ろして前を開けると、すっかり怒張しきったものが少年の手の中に勢いよく転がりこんだ。 ドリアンの手がそれをためらうようにそっと撫でさすると、男は深く震えるような息を漏らした。 「そう・・・」彼は息を吸った。 「そんなふうに・・・ そのまま・・・ いい子だ・・・。」

ドリアンはそうは思っていなかった。 母親は彼を見放していた。彼女の「いい子」ではなかったからだった。彼は大人になったら本格的な窃盗を始めるつもりだった。 いま息子が誰かのペニスをしごいていると知ったら、母親はなんと言うだろう? それは彼自身のものよりも、ずっと大きかった。 彼は以前から、成熟した大人のものが硬くなったらどうなるのか知りたいと思っていた。 今彼はそれを目の当たりにして、微かに怯えていた。 これをうまく取り扱えなかったらどうなるんだろう? 取引は成立しなくなるんだろうか?

「もっと速くだ。」プライス卿は息を吐いた。 彼は背を逸らし、目を閉じた。 彼の手はドリアンの手首を握ったままで、全く何も知らない少年の手に指示を与えていた。 ドリアンが言われたとおりにすると、彼は低いうめき声を漏らした。 数分後、彼は深いうめき声とともに果てた。

男が射精に至ったとき、ドリアンは驚きのあまりぱっと手を離した。 彼は手のひらに垂れ落ちる精液をみつめた。

 どうすればいいんだろう? 彼は自分の服でそれを拭きたくなかった。

少年の困惑は、プライス卿のお楽しみの一部だった。 彼はハンカチを取り出して少年に与え、少年が手を拭くのを見つめた。 「さあ、脱ごうか。」彼はやがて静かに命じた。 「服を汚したくないだろう?」

ドリアンは男をじっと見つめ、うなずきながら立ち上がった。 プライス卿が彼の服に手をかけている間、ドリアンはその絵だけを凝視し続けた。ざらざした大きな手が再び彼の肌の上を這い回り、やがて裸の尻に触れた。

「では横になりなさい。」プライス卿は静かな声で言い、少年をソファの上にうつ伏せにした。

その体勢を取らされたとき、ドリアンは腕を上げてソファのひじ置きをつかんだ。 男が服を脱ぐ音が聞こえたが、振り返って確かめたくはなかった。彼の目はただ、その絵だけを見つめていた。 プライス卿は少年の脚の間に跪き、裸の尻を揉みしだきはじめた。

「きみはいい子だね・・・」男は繰り返し言い続けた。 「そして綺麗な子だ・・・」

巧妙な指がドリアンの体の中に滑り込み、ドリアンは声を出さないようにするのが精一杯だった。 彼は顔をクッションに埋め、目を固くつぶった。数分後、男は怒張したものを未経験の入り口に押し付けた。いい子だ、いい子だと繰り返しつぶやきながら。

プライス卿がとうとう中へ押し入った瞬間、ドリアンはついに叫び声をあげた。彼の指はソファのひじ置きを固く握り締めた。 男がゆっくりと自分の中に押し入ってくる間、壊れそうなほどに命がけで握り締めた。 ひどく痛んだ。 彼はとうにそのことを覚悟していた。だが知っているのと現実に味わうのは、まったく別の話だった。特に、それがどういう大きさでどういう硬さであるかわかった後には。

「いい子だ・・・いい子だ・・・」プライス卿は繰り返しながら、抜き差しを速めた。

伯爵は歯を食いしばり、視線を上げてその絵を見つめた。 もうすぐ終わる。 きっともうすぐ終わる・・・

だがそれは数分間続いた。全く経験知らずのドリアンにとっては、永遠にも等しい時間だった。 それから彼は、男がさっきと同じ声をだすのを聞いた。さっき、彼の手のひらいっぱいに射精するまえに漏らしたのと同じ声。終わりは目の前だった。 プライス卿は最後の一突きをくれ、叫び声をあげて少年の体のなかへ彼自身の精を解き放った。

それで終わりだった。 プライス卿はそれを抜き出し、仰向けに座りなおした。満足げな笑みが浮かんでいた。ドリアンは目を閉じ、クッションに顔をうずめた。 あとは誕生日を指折り数えていればいい。「若き牧人」は僕のものだ。

「ドリアン、服を着なさい。」プライス卿は身支度を整えながら言った。「きみの父上がもうすぐきみを迎えに来る。」

ドリアンはうなずき、ゆっくりと立ち上がった。痛みに震えながら。 この痛みはしばらくは続くのだろう。 だがあの絵は彼のものだった。 彼は支払いを済ませた。 彼はただ、プライス卿が取引を完了するのを待つだけでよいはずだった。


だが、取引はついに行われなかった。


誕生日に届いた贋作を手にしたとき、ドリアンは高すぎる学費を支払ったことに気づき、屈辱をかみ締めた。

14歳にして、彼は恐るべきレッスンを受けたのだった。 おろかな取引だった。そして彼が支払った代償は、二度と取り返しのつくものではなかった。


* * *


「そのあと、私はその絵を盗もうとしたんだ。」ドリアンは静かに言った。「でも私はたったの14歳で、全く経験がなかった。 私は犬に追いかけられて、もう少しで捕まってしまうところだった。」深いため息をついた。 「というわけで、エロイカの最初の窃盗は、惨めな結果に終わったのさ。」

彼が語り終えると、長い沈黙が降りた。 彼はグローリア城の書斎にクラウスといっしょにいた。クラウスは向かいの椅子に座っていたが、その表情は読めなかった。 沈黙に耐え切れなくなり、ドリアンはとうとう訊ねた。「何も言わないのかい?」

暗い緑の目が彼を見上げた。 「何を言って欲しいんだ?」 静かな答えが返った。

「さあ・・・。 たぶん、きみが私にいつも言うようなことだね。 馬鹿者とか、いい気味だとか。」

「・・・おまえは小僧っ子だった。 その男は最悪の変質者で、おまえをペテンにかけたんだ。」クラウスは短く答えた。 彼は壁にかかっている、今話題に上がったその絵画をちらりと見た。 「その男からそれを盗んだことだけは認めてやるさ。」

ドリアンは首を振った。 「それはあの男が死んだ後の話だよ。 プライス卿のコレクションが売りに出されるまで、私はそれを記憶の底に封じ込めておくのに成功していたのさ。」

クラウスは深く息を吸い、頭を振った。 「おまえは、気に入った美術品にはいつもそうなんだろ。」

「そう来ると思ったよ。」ドリアンは冷静に言った。 「きみに言うんじゃなかった。」

「おまえが自分で話したんだぞ。」

ドリアンは冷笑し、身を翻した。 「きみが私の初体験を訊ねてきたんだよ。 私はどう言えばよかったんだい?」

「馬鹿正直に答えんでもよかったんだ、ドリアン。 いつもはおれの質問に、正直に答えたりせんだろうが。」クラウスは指摘した。 「そんな細かいことまで、あらいざらい話し出すとは思わんかったぞ。」

ドリアンは振り返り、彼を見た。 「きみには話しておくべきだと思ったんだ。それだけだよ。」

クラウスは何かを考え込んでいるような顔でうなずき、コーヒーを口にした。 これほど海千山千の恋人と一緒にいれば、できれば知りたくないような過去のあれこれを、なにも知らないままでおくのも難しかった。 この件もまた、事細かには知りたくなかったことのひとつだった。 つい最近クラウスをベッドに引きずり込むまでに、ドリアンには何人の経験があったのだろう? 何人だったら多すぎるとおれは思うんだ? クラウスにとって答えは簡単だった。 一人以上なら、もうそれでたくさんだ。

「さあクラウス、 きみの番だ。」

クラウスはさっと顔を上げた。 「おれの番?なんのだ?」

「きみの初めてのセックスの話をききたいな。」

クラウスは椅子に座りなおし、顔が赤くなっていなければいいがと考えた。 彼はやや努力して笑顔を作った。「なんでだ? おまえ、おれと初めて寝たときのことを覚えてないのか? たぶんおれは、ひどくみっともなかったんだろうな。」

ドリアンはぽかんと口を開けた。 彼は、クラウスは一度は女性と寝ているだろうと確信していた。自分が異性愛者であることを自分自身にきっちり証明するために。 「きみ・・・きみって・・・」

クラウスはうなずいた。 「おまえが初めてだ。」

「おお、クラウス!」 ドリアンは椅子から転がり降り、クラウスの上にほとんど飛び乗らんばかりになってキスを浴びせた。 「全然知らなかったよ。なんて果報者なんだろう、私は。」

クラウスは小さく笑った。 「全くその通りだな、おまえは。」







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A Price Too High 後編<現在>に続く・・・

2011/09/17

A Thousand Break-ups(7/7) Start Again - by Margaret Price

A THOUSAND BREAK-UPS - Seven: Start Again
by Margaret Price
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クラウスは、ドリアンの柔らかい金髪の巻き毛を片手で気怠げに梳きながら、天井を見上げて横たわっていた。伯爵は彼の裸の胸に頭を載せて、静かに彼の心臓の鼓動に耳を傾けながら、彼の肌を撫でていた。

「クラウス・・・?」

「うん?」

「もう喧嘩はやめようよ。」

クラウスは楽しそうな含み笑いで答えた、ドリアンは驚いた。「何がそんなにおかしいんだい?」

「息を吸うなと言ってるようなもんだろ、それは。」

「クラウス、私は真面目に言ってるんだよ。」ドリアンは体を上げて座りなおし、彼の目を見つめた。

「おれはいつも真面目だ。」クラウスは反論した。

ドリアンは体を寄せ、クラウスにキスした。「そうだよね。それがきみを好きな理由だものね。」

「そしておれを嫌いな理由でもある、だろ?」

「な・・・」ドリアンは口ををぽかんと開けた。「嫌ってなんかいないよ、全く。」

クラウスはもう一度笑った。「嫌っとるだろ、おれを。」彼は起き上がって姿勢を変え、ドリアンを体の下につかまえた。彼らの位置は反対になった。「その方が、よりを戻したときにもっと熱くなれるとぬかしたのはおまえだぞ。」彼はまるでそれを証明するかのように、ドリアンにキスを与えつつ言った。

「ええと・・・それは争えない事実だね。」

クラウスがドリアンの首筋を甘噛みし始めたとき、ドリアンは満足そうなうめき声をあげた。「あっ、でも、あとひとつだけ...」

「なんだ?」くぐもった返事が来た。

「きみの部下達、あのばかばかしい賭けをやめるかな?」

クラウスは背を逸らし、ドリアンを見てこう言った。「たぶんな。」

ドリアンはよこしまな笑みを浮かべた。「そっちに賭けるかい?」





END

2011/09/16

A Thousand Break-ups(6/7) Payment - by Margaret Price


A THOUSAND BREAK-UPS - Six: Payment
by Margaret Price
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翌朝、情報部のオフィスに出勤したエージェントたちの目に入ったのは、特大の花瓶いっぱいに生けられた茎の長い薔薇の花束で、それはGの机の真ん中に載っていた。明らかにエロイカからの贈り物だった。カードなど見なくてもそれは判った。

「G、伯爵と付き合い始めたのか?」Aがからかった。少佐に見つかったら大変だ。

Gは咳払いをした。きまりわるそうだった。「いいえ、ちがうの。これはね、たぶん感謝のしるしだと思うの。」

「感謝って、なんの?」

Gはもじもじした。「ええと、あのふたりがね、ええと、そう、ええと、ええと、」

「さっさと言えよ!」Rが腹立たしげに怒鳴った。

「伯爵が、賭けを総取りにしたのよ。」Gはとうとう白状した。

沈黙が降りた。

最初に口を開いたのはAだった。「なんだって?」


「聞いてよ。」Gは少佐の部屋の方へてをひらひら振った。助かったことに、少佐はまだ来ていなかった。「あれって、二人で仕組んだことだったのよ。少佐はあたしたちが賭けていることを知っていたの。それで・・・。最初はお芝居だったみたい。それがそのうち意見が合わなくなって、手に負えなくなったの。途中から本気で喧嘩になっちゃったのよ。それから・・・ええと、そして・・・。えい、もうっ!」彼は椅子に座り込み、机に頭をうずめた。


「Gって、『グローリア』のGだったのか?」Rが唖然とした声で言った。

机にうつぶせになったまま、Gはうなずいた。

「俺達は全員アラスカ行きだ。」Bはうめいた。

「伯爵が少佐をなだめてくれたわ。」Gが座りなおして言った。

「助かった・・・。」

「伯爵が、『お仕置きしたいならここで仕事をさせたほうが効果的だよ』って説得したの。」

「さささ最悪うぅぅ・・・」

恐怖に駆られた部下達からそれ以上のコメントが噴出する前に、少佐が登場した。彼は穏やかで落ち着いていて、かつ薄い笑みを浮かべていた。鉄のクラウスの最も恐ろしい表情だった。「おはよう、諸君。」

部下達は恐怖に駆られて叫び返した。「おはようございます、少佐!」

「全員、パリでの任務についてのレポートを本日中にまとめて提出するよう命ずる。」彼は自分の部屋へ向かいながら告げた。そして肩越しに振り返り、冷たい笑顔で部下達をねめつけた。


「全員がレポートを提出できるかどうか、賭けるかね?」







A THOUSAND BREAK-UPS 7/7 Start Again へ続く・・・





2011/09/15

A Thousand Break-ups(5/7) Afterward - by Margaret Price

A THOUSAND BREAK-UPS - Five: Afterward
by Margaret Price
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「エレベーターからなるべく遠く離れた部屋を、少佐が自分でわざわざ選んだのかい?」少佐の部屋であり、かつ作戦本部でもあるスイートルームまでやっとのことで少佐を運び込み、伯爵はぶつぶつ文句を言った。

部下数人がかりでも、意識を失った少佐をそれなりにみっともなくない格好で部屋まで運び込むのは大変な作業だった。たぶん最も簡単な方法は誰かが肩に担ぎ上げることだったが、今日の少佐の服装を考えると、その方法はちょっと他人の目をひきすぎた。結局、伯爵が少佐の片手を肩に担ぎ上げ、Zが反対側を担当した。彼らは半分は担ぎ上げ、半分は引きずるような形で少佐を部屋までつれて帰った。

少佐をベッドの上に投げ出した後、伯爵は痛む肩と腕を伸ばしたり曲げたりした。。それから彼は当惑する部下達に向かってため息​​をついた。「少佐のパジャマはどこだい?」

この一言で、部下達全員が現実に帰った。Aはさっと顔をあげ、Bと顔を見合わせた。

伯爵はすでに少佐の上半身を引き起こし、座らせていた。「AくんとBくんは、少佐の服を脱がせるのを手伝ってくれ。」彼は部下達の顔に浮かぶ恐怖を無視して、顔をあげた。「Gくん、私のメイクアップボックスの中に化粧落としがあるんだ。悪いけど取ってきてくれないかい?」彼はひらひらと手を振った。「いや、いい。箱ごと持ってきて欲しい。それからお湯が欲しいな。それでこの少佐の化粧を落とそう。」

Zが咳払いをした。「伯爵、私にお手伝いできることはありますか?」

伯爵ははZを見上げた。「このイブニングガウンを脱がせたら、ペチコートを探ってくれ。書類を手渡すことになっていたのはきみだったよね?」

そこに書類を隠してあるからだという事実にもかかわらず、尊敬する指揮官が着用していたドレスのスカートをめくると考えただけで、Zは真っ赤になった。彼はすぐにその場に背を向けて、少佐のパジャマを取りに行った。二組あるはずだった。

「ああそれから、ボーナム君を呼んできてくれないかい。彼にしかできないことがあるんだ。」

彼は用件をはっきり言わずに、気を失ったままの少佐に注意を戻した。AとBが少佐の体を支え、伯爵は付け毛やら宝石やら受信機やらをはずし、次々にGに手渡した。それから彼はファスナーを降ろそうとしたが、あちこちで布をかんでいて降ろすのは難しそうだった。伯爵はついにあきらめ、ドレスの上をびりっと引き裂いて下に下ろし、簡単に仕事を終えることにした。上半身にはすぐにパジャマが着せられた。

あれこれと苦労した数分後に、さっきまでドレスだったものは床に落ちた。Zは隠しポケットのついたペティコートを取り上げ、すぐに隣の部屋に向かった。Gはバスルームに姿を消し、洗面台に熱い湯を準備し始めた。AとBは顔を見合わせ、変装の最後の部分が取り払われたときに、伯爵が彼らに何を命じるのか心配していた。ほっとしたことに、それは単純に、下着姿の少佐にパジャマのズボンをはかせろという、まずもって妥当な指示だった。

少佐にズボンを穿かせるまで、伯爵は部下達が何を心配しているのかに気づきすらしなかった。彼は大きくため息をついたが、直接のコメントは避けた。「Bくん、カバーを下ろしてくれるかい?」彼は顔をあげて、バスルームでおしぼりとタオルを用意しているGを見た。彼はメイクアップボックスに向かって手を振った。「箱には除光液も入っているからね、Gくん!」

少佐に毛布がかけられた後で、ボーナムがやってきた。伯爵が少佐の化粧を落としてやっている間、Gは爪からマニキュアを落としていた。

「何が起こったんです?いったい少佐に何が?」ボーナムは息を呑んだ。

伯爵は顔を挙げてため息をつき、手のひらで彼を呼び寄せた。「話は長くなるんだけどね・・・」

ボーナムは、さっきまでドレスだった布の塊を見つめた。「ジェームスは喜びませんよ、きっと。」

伯爵は化粧を落とす作業に戻った。それは濡れた布で、化粧と化粧落としを拭い取るという作業だった。「助かったことに、それはディオールのコピーなんだよ。それにジェームズ君は、NATOに請求書をまわせばいいだけさ。」

この時点では、ボーナムはベッドの足元に立っていた。「ご用件はそれだけですか?」

「まさか。」伯爵は顔をあげた。「きみの知識を・・・ちょっとデリケートな問題で必要としているんだ。」

* * *

少佐がついに意識を取り戻したのは、翌日の早い時間だった。体に残留している謎の化学物質にもかかわらず、彼の体内時計がいつもどおり作動したのだった。彼はこめかみに手をやり、目を開いてうめいた。寝返りを打つと、隣で伯爵が丸まっているのが目に入った。彼は小さく微笑み、それから顔をしかめた。おかしい。こいつはここで一体何をしとるんだ?そして今は任務中ではないか!

クラウスが起き上がろうして呻いたのと、伯爵が目覚めたのが同時だった。伯爵がおきあがったとき、少佐は伯爵が毛布の上で眠っていて、少佐自身は別の毛布にくるまっていたことに気が付いた。それに、少佐は自分のパジャマを着こんでいた。

「おはよう。」伯爵は気遣わしげに言った。「きみ、気分はどうだい?」

「最悪だ。」このときになって、少佐は何とか起き上がり、ベッドの下に足を降ろすことが出来た。「くそっ、何が起こったんだ?」おれが覚えとる最後の記憶は、あの馬鹿者がおれに・・・あれを飲ませようと、あれ・・・」

「睡眠薬入りの飲み物をね。」

クラウスはさっと振り返り、それを後悔した。"Was?" (なんだこれは?)彼は頭に手をやったが、記憶は空白のままだった。それから彼はふらつく足で立ち上がった。「小便だ。」

「きみ、しっかり立てるかい?」

少佐の脳裏にいくつもの思考が浮かんできた。その中には、バスルームで伯爵といちゃつく、というのまであった。「用を足すぐらいなら、なんとかな。」彼はそういってバスルームに向かい、後ろ手でドアを閉めた。

伯爵はさっと立ち上がり、隣室の部下達に指揮官がとうとう起き上がったことを知らせた。大喜びの部下達を残して部屋に戻ったとき、少佐はまだバスルームから出てきていなかった。伯爵はベッドの端に腰掛けて待った。

数分後、ふらふらしたままの少佐が戻り、伯爵の横にどすんと腰を下ろした。

伯爵は彼の落胆ぶりをみて、突然その理由を察した。「少佐、きみの任務は失敗ではなく成功したんだよ。」彼は念を押すように言った。「Zくんは予定通りに書類を受け取り、次の人物に届けたんだ。」

少佐は顔をあげ、目を開いた。彼がなにかを言う前に、伯爵は昨夜のことをかいつまんで説明した。誰かが少佐の飲み物に薬品を混ぜたこと、そいつが少佐を襲ったこと。それから何が起こったか。

「カナダ人?」主は静かに言った。おそらくフランス系カナダ人だ。それで訛りの説明がつく。

「ボーナム君がこういう仕事を請け負ってくれる医師を呼んできて、きみから採血したんだ。」伯爵は続けた。「それから、Zくんがそれを持ってNATOのパリ支部で血液検査をさせている。薬物検査にひっかかる心配はないんだよ。」

少佐がどう応えるべきか考えているうちに、ドアで控えめなノックがあり、Aの声が続いた。「少佐?」

伯爵は、返事をする前に少佐に流し目をくれた。「入っておいで、Aくん。」

Aはおずおずとドアを開け、ふたりがベッドに腰掛けているのを見て明らかに安心したようだった。しかも二人ともしっかり服を着て。「ええと、少佐、Zが戻りました。サミットは予定通り開催されるそうです。」彼は少し間を置いた。「朝食にルームサービスを呼んだほうがいいでしょうか?」

「いらん。総員ボンに帰る準備だ。」

「少佐。何かを食べる前にここを離れるのは許さないよ。」伯爵が乱暴に割って入った。

「では朝食後に出発だ。」少佐は言い返した。彼はふらつく足で立ち上がり、ドアに向かって手を振った。「さあ、出て行け。おまえがおれのけつをいやらしい目で見ているうちは、おれは着替えができん。」

「いやらしい目でなんか見てないよ。色目を使ってるだけさ。」伯爵は少佐の言葉遣いを訂正しながら立ち上がった。「それに、きみの尻がとっても素敵なのは事実だしね。」

少佐は口論の気力もないのに気が付いた。「なんでもいい。おい、そのパジャマは綺麗に洗って返せよ。」

「誰が返すなんて言ったんだい?」伯爵はにんまり笑って、自分が着ているパジャマの胸の辺りを両手で撫でさすった。すごーく気持ちいいんだよ、これ。」

「おれのパジャマを着てそんなわいせつなことは、考えることすら許さん!」

「むしろこのパジャマを脱いでから、わいせつなことをしたいものだねえ。」伯爵が歌いように言いながらドアを閉じると、ドアの向こうから「変態!」と罵る声が聞こえた。彼は、部下Aに向かって輝くような笑顔を向けた。「喉は完全に回復したみたいだよ。」そう言って、伯爵は着替えのために自分の部屋に戻って行った。

AがBの顔を見ると、Bは首をすくめていた。ボンへのフライトは長距離ではない。天に感謝だ。





A THOUSAND BREAK-UPS 6/7 Payment へ続く・・・

A Thousand Break-ups(4/7) Even Worse - by Margaret Price

A THOUSAND BREAK-UPS - Four: Even Worse
by Margaret Price
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少佐は、この格好だと他人の注意を引かずに館を動き回るのがどれほどたやすいかに驚いた。 移動したければ人の群れの周りを数分間うろうろするだけで紛れられた。何の邪魔もされずに廊下をうろつき、部屋から部屋へ動き回った。15分以内で彼は書斎を見つけ、入り込んだ。

声が戻り始めたことに気づき、まだそれは低いごろごろ声だったが少佐は喜んだ。「見つけたぞ。」

「おや、すばらしい。」立ち聞きされていないかどうか注意深く辺りを見回しながら、伯爵が答えた。「どこだい?さっききみと別れた部屋からの位置は?」彼は返答を聞き取り、自分が今いる位置と比較した。「私は館の反対側の庭にいるんだよ。ここから見る限り、さっさと撤退するならこちら側ではなくて、そっちからだろうね。」

「よかろう。」クラウスは判断した。うまくいきそうだ。

「撤退ルートの調査が終わるまでに、そっちで金庫を見つけられるかどうかやってみてくれ。」

誰かがが書斎に入りなにやら話しかけてきたとき、変装した少佐は部屋の探索を終えて金庫の位置を確認中だった。彼は、伯爵から念を押された女の振りをするときのの注意事項と、過去に見たことのある女性らしいしぐさとを思い出そうとした。

「きみ、飲み物に口もつけてないんだね。」さっきの自己紹介のときにアーチーと名乗った男はソファに腰掛け、少佐の袖を引いて座らせた。彼の訛りにはさまざまなものが混ざっていて、少佐にはそれがどこのアクセントであるか特定できなかった。彼のフランス語にはおかしいところはなかったが、パリのものではなかった。

男にグラスを差し出され、少佐の視線がすっかり忘れていたトニックウォーターに落ちた。彼はそれを受け取り、あいまいな目でみた。飲み物は変装の一部でしかなく、もともと飲む気はなかった。この馬鹿男は断られるとは思っとらんのか?馬鹿男が自分のグラスを取り上げたので、答えは明白だった。変装中の少佐は不承不承グラスから一口飲んだ。少佐は咳き込んだ。ひどい味で、体温が上がりそうだった。

「さあ、飲んで。」アーチーが促した。「きみの喉を楽にするよ。」

クラウスはもう一口飲んだ。この馬鹿男との無意味な雑談は避けられそうにな かった。

そのとき、伯爵からの通信が入った。彼は苛立たしい声で言った。「少佐、おしゃべりなんかしてる暇はないよ。さっさと追い払えよ!」隣に座る男に聞こえなかったかと少し慌てつつ、少佐は仕方なくもう一口飲んだ。グラスを下ろそうとしたとき、それが口に押し付けられたので驚いた。

「もっと飲みなさい。」アーチーが命じた。

なんだこいつ。少佐は目の前のグラスに焦点を合わせようとして、視界がぼんやりし始めたことに気が付いた。くそっ!薬を混ぜられた!このおれが引っかかるとは。彼は立ち上がろうとしたが、強引に引き戻された。

「いったい何を急いでいるんだい?」

もう一度そう言われたときに、少佐はこの馬鹿野郎をぶん殴るのは最後の手段だと判断した。伯爵がまだ書類を盗み取っていない以上、任務中に喧嘩をおっぱじめるのは賢明なやりかたではない。その代わりに、彼は女性なら誰でも取りそうな行動に頼った。飲み物を男の顔にぶちまけた。これで少佐は立ち上がることが出来たが、残念ながら飲み物に混ぜられた薬品が彼をふらふらにしていて、数歩も歩かないうちに後ろから抱きすくめられた。

「何を急いでいるのかって聞いただろ?」アーチーはさらに強引な言い方になっ た。「まだお互い良く知り合ってないじゃないか。」

ドレスが破れる音を耳にして、少佐はもうこれで十分だと決意した。おれはもう十分に我慢した。彼は振り返り、相手の股間に膝を叩き込んだ。そして身体のバランスを崩した。男は怒り声を上げて逃れようとし、少佐を床に突き飛ばした。 「くそっ、この雌犬め!」

伯爵は、家具がごとんとずれる音とともに少佐が床に倒れて大きなうめき声を上げるのをききつけた。「なんてこと!少佐!」彼は叫び、館の裏口に向かって走 り出した。「そのケダモノ、ほんとにきみを強姦しようとしているのかい?」

「Ja!」少佐がなんとか口に出来たのはその一言だけだった。アーチーが上に覆いかぶさってきた。少佐はその男と薬品の影響の双方に、出来る限りの抵抗を尽くした。少佐の耳にAの声が入った。「伯爵、我々もそこへ移動すべきでしょうかっっっ?」

「Nein! 」少佐は叫び返した。動きづらいドレスを内心で激しく罵倒しつつ。

アーチーは笑い声をあげた。「女性の『ノー』は本当は『イエス』の意味だって、誰でも知ってるさ。」ドレスがさらに破かれ、スカートが捲り上げられた。アーチーの手が少佐の股をまさぐった瞬間、彼はひっと息を呑んだ。「畜生、男 じゃないか!」

「当たり前だろ!」伯爵の怒り声が割って入った。彼をファックしていいのは私だけなんだよ!伯爵は少佐が落としたパーティ用の小さなバッグを振り上げ、男のこめかみに叩き付けた。彼自身もびっくりしたことに、男はもぐもぐ言うと床に大の字に倒れて気絶した。

「驚いたよ。中に何が入ってるんだ?」伯爵が信じられないぐらい重いバッグをがさごそ探ると、中には小型の拳銃が入っていた。「そうだよね・・・。女性のバッグって、やっぱり危険なんだ。」少佐の様子がおかしいままなので、伯爵は近づいて眉をしかめた。「少佐・・・?少佐?」少佐の目の焦点はまだ合わなかった。伯爵は少佐の頬を何度か打ち、揺さぶった。「クラウス、しっかりしてくれ クラウス!私を見てくれ!」

「一服盛られた。」少佐は目の焦点をあわせようと努力した。

「どうやらそうみたいだね。」

「伯爵・・・」Aの心配そうな声が入った。

「A、館へは侵入してこんでも・・・」

「ちがいます、少佐。」Aは続けた。「運び屋が到着した模様です。三人の男 が、入り口でフィッツロイに挨拶をしています。」

「そのうちの一人の人相が、我々が把握している首謀者のものと一致します。」 Zの声が加わった。

この情報は、少佐の精神をしゃっきりさせるのに十分だった。彼は金庫の位置を指差した。「あそこだ・・・。」

伯爵派うなずいた。「きみは私と一緒にいるんだ。我々はこの後まだ、ここから脱出しなければならない。」

「Ja.」

エロイカが金庫を開けて、ファイルの束を引き出すのに一分とかからなかった。 それから彼はファイルを広げて、フォルダから必要な書類を抜き取り始めた。

少佐は座り込みそうになるのを必死でこらえ、ソファにもたれかかったまま困惑していた。"Was machst du?"(何をしとるんだ?)

伯爵は眉をしかめた。少佐は、英語がうまく出てこなくなっているようだった。それは薬がさらに効いてきたことを意味し、ひどい場合には気を失って床に倒れてしまうかもしれなかった。伯爵はドイツ語で返答しかけたが思い直した。英語を使わせれば、少佐の精神を集中させるのに役に立つかもしれない。「ファイルそのものじゃなくて、必要な書類だけ抜き取れば、」伯爵は説明した。「やつらは書類か抜かれたことに気が付かないかもしれないだろ。誰もが鉄のクラウスみたいに注意深いわけじゃないんだ。あいつらがファイルを開かなければ、こっちのもんだ。」

少佐は伯爵の意見を認めるようにうなずき、伯爵が金庫にファイルを戻すところ に視線を合わせようとした。それから顔をしかめた。伯爵がやってきてそばに座り、スカートをめくったからだった。"Was...?"(なんだ・・・?)

「驚かないでくれ。」伯爵は落ち着いて告げた。「ペチコートに隠しポケットが あるんだ。これできみが書類を外に持ち出せる。」そういいながら、伯爵はすばやく書類をポケットに滑り込ませた。それから背をそらせて、少佐をじっと見つめた。

少佐は気を失っているアーチーの方角に向けてふらふらと手を振った。「縛れ・・・」

伯爵は眉をしかめた。縛る?

少佐の手がぐるぐると回るような動作をしたとき、伯爵はやっと了解した。そう、その色気違いを縛り上げなくては。

余計なものを探しまわって時間を無駄にすることなく、伯爵はさっさとその男のネクタイに手をかけた。「この田舎者、出来合いの結び目を後ろで留めてるぞ。」伯爵は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、少佐にちらりと眼をやった。少佐はぐるりと目を動かしただけだった。伯爵は替わりに男のベルトを抜き取り、後ろ手に縛り上げ た。それから立ち上がり、気絶している男のみぞおちをすばやく蹴りつけた。「これは私の少佐の代わりだよ、ブタ野郎め!」それからもっと敏感な部分を蹴り上げて付け加えた。「『ノー』っていうのは『ノー』って意味なんだよ!」

彼は向き直り、感銘を受けたような顔の少佐に手を貸して立ち上がらせつつ、銃の入ったバッグを取り上げて訊ねた。「少佐、裏口までたどり着けると思うかい?」

少佐は焦点の定まらない目を伯爵に向けた。「わきゃらな・・・」彼は破れたドレスを示した。「ろうやって・・・?」みなまで言う必要はなかった。意味するところははっきりしていた。

「出来るかどうか、私にもわからないな。でもなんとか考えよう。」

「Scheisse」(くそっ)



* * *



それは一苦労だったが、伯爵はなんとかして廊下を移動し、客達がいる部屋まで戻った。問題は少佐がさらにふらふらになり、かつ重くなってきたことだった。伯爵は、館を出るまでに少佐が気を失ってしまわないかと心配になってきた。ちょうどその時、伯爵の目にロレンスが写った。そして、伯爵の心に書類を盗み取ったことをごまかし、時間稼ぎをするためのたいへん邪悪な考えが浮かんだ。

「ロレンス!探してたんだよ!」伯爵は大げさな口調で声をかけた。「私には高貴な騎士の助けが必要なんだ。」

「なにかお楽しみでも・・・?」振り返り、ミズ・パーシモンがエロイカに支えられているのを見て、ロレンスは絶句した。「ミズ・パーシモン!いったい何が!?」

「無礼で礼儀知らずな野郎から、彼女を救い出してきたところなんだよ。」伯爵ははっきりとそう答えた。彼は廊下の方をあごで示した。「そこを入ったところだ。その男が彼女に襲い掛かっていたんで、けしからんことが起きる前にぶちのめしてやったんだよ。」

ロレンスは書斎の扉が開いているのを見て、廊下へ一歩踏み出した。「きみのところの若い衆は、その無礼な奴を見張ってくれると思うかい?」伯爵は背後から声をかけた。「その男を警察に引き渡してくれたら、少佐はSISにすごーく感謝すると思うんだけど。」

伯爵はこの計略がうまくいくかどうか疑っていたが、ロレンスはさらに上を行った。彼はSISの同僚を書斎に向かわせ、そこにいる男を拘束するように指示した。

伯爵は満面の笑みを浮かべた。「もしもうひとつお願いできるなら、」彼は愛想良く言った。「クローディアをしばらく見ていてもらえないかな?コートを取りに行きたいんだけど、彼女を一人にしたくないんだ。」「皆まで言わずともよい、伯爵。」ロレンスはそう言って、伯爵に支えられたか弱げな女性の世話を引き受けた。

伯爵が顔をあげたとき、フィッツロイ太陽王が例の三人を連れて人ごみをかき分けているのが見えた。間違いない。運び屋たちだった。「外の空気を吸ったら、クローディアも少ししゃっきりすると思うんだ。横の通用門のところまで連れて行ってくれないかな?」彼は小さな出口を指した。可愛そうなこの子を困らせないでやってほしいんだ。こういうところの連中は、うわさ好きだからね。」



少佐にはまだ意識があり、脇の出口へ連れて行かれる前に伯爵に凶悪な視線を向けた。ロレンスはそれには気づかず、戦友である鉄のクラウスとの冒険譚にまで妄想を膨らませていた。一方、少佐は自分のイギリス人に対する見解を再確認していた。こいつらはうすのろの間抜け揃いだ。今伯爵に近づいていったやつもだ。少佐は伯爵と繋がっている隠しマイクに耳を済ませた。これで館を出ても様子がわかる。

「何が起こったんだ!」フィッツロイは答えを要求した。

「きみが驚くのも無理ないよ、ウォーリー。」伯爵は滑らかに返した。「きみの客人の一人が、パーシモン嬢を襲ったんだよ。」

「襲った!?」フィッツロイが鋭く聞き返すのと、彼の目にふらふらになったクローディアがローレンスに支えられて館を出て行くのが入ったのが同時だった。「誰が?なにで?いつ?どこで?」

伯爵は手をひらひら振って、鼻を鳴らし、「テレビのリポーターみたいな真似はやめてくれよ。」きつい言い方をした。「アーチーとかいう名前の無礼者が、あの気の毒なお嬢さんに薬を飲ませたんだ。」

「アーチー?カナダ大使館の?」

わ、知らなかったな。「誰だっていいけど、要はそいつがきみの書斎で、彼女に乱暴しようとしたんだよ。」
「書斎?」

この反応を見て、噴出しそうになるのを我慢するのは大変だった。さて、仕上げだ。「SISの連中が協力してくれて、警察が来るまでその男を取り押さえてくれてるよ。」

「警察?」

彼は鸚鵡返しにそう言った。「『閣下』の肩書きで呼んでもらえるかもね。」伯爵は皮肉っぽく言った。さっき呼び止めた使用人が、彼のコートと少佐のショールを持って戻ってきた。伯爵は礼を言い、雷に打たれたように立ち尽くすフィッツロイに向き直った。「クローディアをどう慰めていいかわからないよ。彼女をここに連れてきたのは、別れたばかりの男のことは忘れて、少しでも楽しいことが見つかればいいと思ったからであって、こんなひどい目にあったり、あんなちんぴらにあつらえたばかりのディオールのドレスを台無しにされるためじゃなかったんだよ。」

言うだけ言うと、伯爵は相手を押しのけてその場を去り、少佐の後を追った。少佐はまだドアのあたりにいて、ロレンスに支えられるままに石のベンチに腰掛けていた。ロレンスは、伯爵が期待していたよりもずっと真剣にクローディアの心配をしているようだった。

「グローリア卿、パーシモン嬢を医師に見せるべきだと思う。」女装中の少佐の肩にショールをかける伯爵に向かい、ロレンスはそう言った。「気を失っているようなんだ。」

言われなくても判ってるよ。伯爵は黙ってうなずいた。それからふたりは少佐を立たせた。少佐にはまだわずかに意識があり、ドイツ語でうわごとを言った。伯爵にはいくらも聞き取れず、そのほとんどはちんぷんかんぷんだった。「私の車があそこなんだ。」かれは柔かく告げた。「このまま病院へ向かうよ。」

「同行させてもら・・・」


「ここに残って警察に逢うべきだと思わないか?きみ、あいつが逃げてもいいのかい?少佐になんて言うつもりだ?」

「そうだった。」ロレンスは背筋を伸ばした。「義務を回避するわけにはいかない。女性をこんな風に扱う男は、厳しい懲らしめを受けるべきだ。」そういいながら、大股で歩み去った。

「まぬけなやつめ。」伯爵は鼻を鳴らし、周囲の暗闇を見回した。「Aくん、みんなはどこだい?」彼は真面目な口調で言った。「少佐はまだなんとか自分の足で立ってるよ。」

「こちらです、伯爵。」声とともに、すぐそばの暗闇からZが姿を現した。何人かの部下が続き、ぐったりした上官を支えて待機していた車まで運んだ。数分のうちに、彼らはパーティのあった館から遠く離れたところにいた。

伯爵は眠っている少佐を見やった。「大丈夫です、伯爵。薬が効いているだけだそうです。」

伯爵はうなずき、席にもたれ、目を閉じて安堵のため息を漏らした。

これで任務は終了だった。






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A THOUSAND BREAK-UPS 5/7 Afterward へ続く・・・

2011/09/13

A Thousand Break-ups(3/7) Party - by Margaret Price

A THOUSAND BREAK-UPS - Two: Party
by Margaret Price
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任務には非常に厳しい時間制約があったが、内容自体は比較的単純だった。機密書類の受け渡しのために借り上げられた、豪邸でのパーティに参加する。エロイ カは事前にアレンジされた運び屋が到着する前に書類を盗みとる。任務はこれまでのところ、部長がエロイカに参加を説得できたところまでは進展していた。

少佐は事態がさほど複雑だとは思っていなかったが、部下とともに現場に 到着して始めて、これはやっかいだと気が付いた。パーティには大勢の上流階級 たち、政府高官、そしてスパイが顔を出しており、あちこちで社交上の折衝が始 まっていた。各国の諜報部員が少佐を知っているのは間違いなかった。少佐の従妹のクローディア・パーシモンは、今日は喉頭炎のせいでウシガエルのような声 しか出ないんだと紹介されても誰の注意も引かないほど、伯爵が自分に施した変身ぶりがたいした出来であることに少佐はすぐに気が付いた。

グローリア伯爵は、ミズ・パーシモンのエスコートを完璧にこなしていた。伯爵は彼女を多くの出席者たちに紹介して回ったが、そのほとんどはすでに少佐と面識があった。パーティのホストがついに登場したとき、少佐は彼の腕をつかむ少佐の手に、やや警戒深げな力がこめられたのを感じた。

「あの男だ。」伯爵は、マイクロフォンの声を拾ってどこかで聞いているはずの 部下たちと、少佐の双方に向かってそっと告げた。「階段の横にいる、金の服を着てルイ14世みたいな扮装をしている男だよ。」

伯爵の声の鋭さが、少佐の脳内の警報を鳴らした。伯爵の視線を追うと、それは 誇張でもなんでもなかった。その男の金色でない部分といえば、髪粉をつけたかつらだけだった。

「ウォルター・フランシス・フィッツロイ閣下だよ。」伯爵は低い声で続け、それから小さく鼻を鳴らした。「きみは私のことをもったいぶりの馬鹿だって思っ てるけど、少佐。今夜のホストはこうさ。彼の名はウォルター・ローリー卿と フランシス・ベーコンから取っていて、姓の方は彼が王の非嫡出系の子孫であるこ とを意味している、そう言ってるんだよ。」伯爵は振り向いて、その男をじっと 見ている少佐の興味津々の視線を見つめた。「真相は、彼はその称号を得るため だけに、人口約百人ぐらいの村をひとつ買ったんだ。彼の本名はカドワラダー・ フランクリンだ・・・最後のひとことは本当だね。」伯爵は視線を話題 の本人に戻した。今日のホストは彼ら二人を目にとめて、込み合った人々を押し 分けてこちらに歩み寄ってこようとしていた。「彼は本物のごろつきだ。」

これは少佐から面白そうなしわがれ声を引き出すに十分だった。伯爵がこんな風にはっきりと他人に対する軽蔑を示すことはめったになかった。特に、今日のホ ストのように見栄えのよい相手に対しては。なにか理由があるのだろうかと勘繰 らずにはいられなかった。この二人の間に、おれが知らんなにかの過去でもある のか?この考えが頭をよぎるなり、嫉妬のうねりが彼を震わせた。彼はじろりと横目で伯爵を見た。伯爵は来るべき紹介に備えていた。どっちにしろ終わっとる話だ。なぜ嫉妬を感じねばならんのだ?

少佐の思考はすぐに切り替わった。今夜のホストであり、任務のターゲットである男が挨拶のために近づいてきたからだった。彼は自分を伯爵と同じような恵ま れた血統の出身に見せかけようとしていたが、少佐に言わせれば二流の俳優が貴族を演じているに過ぎず、しかも惨めに失敗していた。言葉遣いにも身のこなしにも無理があった。伯爵の気品は生まれつきで、努力によるものではない。少佐 は内心で伯爵の論評に同意した。このフィッツロイとやらはもったいぶりの馬鹿 にまちがいない。

お互いの紹介が行われ、フィッツロイはにっこりと微笑んだ。「おお、残念なこ とですね。」彼は喉頭炎のミズ・パーシモンを慰めた。「今日はみなさんのおしゃべりを聞く一方だとは。ご自身でも腹立たしいことでしょうね。」

伯爵にひじで一突きされ、こういうときは目を伏せるものだと女装姿の少佐はやっと思い出した。手の甲にキスを受ける間、彼は歯を食いしばった。後で消毒液で手を洗わねばならない。

「立ち入った質問を許してくれたまえ、グロリア、古い友人よ。」フィッツロイは伯爵に向き直った。「しかし、きみが女性を伴って現れるとは、私は全く予 想していなかったよ。きっと他の皆さんも同じだと思うが。私はきみがすごくマッチョで軍人タイプの男と付き合っていると聞いたんだが、そういうのはきみ のタイプじゃないよね?きみはもっとこう、綺麗でふわふわしたのが好きだったはずだが?」

伯爵は瞬き一つしなかった。「実のところ、いま付き合っている相手はいないん だよ、ウォーリー。」彼は相手が気安いあだ名で呼ばれて苛立った表情になった ことに気づかない振りをした。」「このあいだまで愛人だった男は、単に軍人タ イプというだけじゃなくて、こちらのミズ・パーシモンの従兄弟だったんだ。彼女も最近 ひとりになったばかりで、パリでは友人もいないというから、お連れしたのさ。 夜の集まりは彼女にとっても楽しいだろうと思って、いっしょに来てもらったん だよ。ここには決まった相手のいないハンサムがたくさんいるし、だから当然・・・」つま先を少佐の靴のかかとで押しつぶされ、伯爵は語尾を濁した。

フィッツロイは輝くような笑みをうかべ、"クローディア嬢"へ向き直った。彼女 は視線を上げて微笑みつつ、伯爵の腕に腰を回して、彼が足の下から逃げられな いように押さえつけていた。

「ああ、ということはきみたちがここへ来たのは...おやおや、かわいそうに。」今夜のホストは続けた。じゃあおふたりを応援せねばなるまいね。」

(貴様を射撃訓練にでも利用させてもらおうか。この気取ったろくでなしめ。) 少佐は考えた。

「ウォーリー、これってほんとにきみらしいよね。」伯爵は意地悪く言った。 「パーティーひとつ開くのにわざわざパリくんだりまでやってきてさ、ルイ太陽王の扮装までして、それで参加者には英語を話すように言うんだ。それもみんな、きみがフランス語を学ぶなんて面倒をしたことがないからさ。」

フィッツロイは努力して微笑んでみせた。そしてすぐに他のゲストを迎えるため に離れていった。

少佐は伯爵の勝ちだなと内心で認めた。それから彼はまだ伯爵の腰に手を回して いたという事実を利用して、急いで階上の部屋に隠れに行くよう指示した。

これは間違いであったことがすぐに判明した。少佐は、長くなる一方のリストに、さらに 項目を一つ付け加えることになったのだ。そのリストのタイトルは「難航が予想される任務を、さらに悪化させる行動」というリストであった。

* * *

「次は飲み物だよね。」夜の催し物のが行われると思しき部屋に入ると、伯爵 が言った。 彼はわずかに脇に寄り、腕を差し出した。「私の腕を取って、おしとやかに見えるようにしてくれ。」彼は低い声で言った。返事は少佐の返事は殺 意のある視線だった。「ちゃんとやらないと、きみの大事な情報を持った運び屋 が到着する前に、ここをうろうろできなくなるよ。」

少佐はこの主張には逆らえなかった。彼はしぶしぶと差し出された腕を取り、ドアの近くの目立たない場所にバーを配置することを決めた誰かに、黙って感謝した。

「こんばんは。」バーテンダーは愛想よく言った。「お客様とそちらのレイディ に、何をご用意させていただきましょうか?」

伯爵はカウンターの向こう側の若い男にまぶしい笑顔を向け、自分用の飲み物と喉を痛めているミズ・パーシモンのためにトニックウォーターを注文した。それ から彼らはそこを離れて、書類が隠されているはずの場所を特定しようと試みたが、呼び止められた。

「こらっ!この恥さらしめ!立派な紳士のパーティに顔など出しおってて、大英帝国の栄光を辱める気だな!」

「うわ、かんべんしてくれ・・・」伯爵はうめき、少佐といっしょに振り返ってそ の声の方角を見た。

「SISのチャールズローレンスだ。」と、わかり切った顔がわかり切ったことを 述べた。「そしておまえは・・・」

「今夜の主人の古い友人だよ。」伯爵は短くさえぎった。「ミスタ・ロレン ス、こちらの’クローディア・パーシモン嬢を紹介させてくれるかい?」彼はわざと声を低 めて、すばやく付け加えた。「彼女はフォン・デム・エーベルバッハ少佐の従妹なんだ。」

ロレンスの顔がぱっと輝いたのを見て、少佐は任務終了後に伯爵をぶん殴るだけではなまぬるすぎると考え、どういう拷問を加えてやろうかとさまざまに考慮し始めた。

「少佐も来ているのかっ?」ロレンスは、すぐに部屋のあちこちを見回し、明るく訊ねた。

「残念だが答えはノーだ。」伯爵は手のひらをひらひらさせて答えた。「任務でもなけりゃ、パーティになんかくる男じゃないよ。私は遊びに来ているだけだ からね。」

「さすがプロだ。」ロレンスはため息を付いて賞賛し、例の通り周囲に向かって 気取ったたわごとを吐き始めた。「我々は彼から学ばねばならない。この二重スパイだらけの危険な世界と、上流社会のお祭り騒ぎとは相容れないものなのだ・・・」

クラウスは彼の目をぐるりと回し、うめいたが、それはカラスの鳴くような大声 になってしまった。

「おやおや、大丈夫かい?」

伯爵は自分の腕に添えられていた少佐の手を軽く撫でた。「クローディアは喉頭 炎にかかっているんだ。普段は愛らしい声がなんだけど、今日はね…。きみが今 が聞いた通りだ。」

同僚がロレンスを呼び戻しに来たため、彼らは退屈な会話をそこで打ち切った。 「ジェームズ・ボンドごっこは後だ。」同僚はそう言って、ロレンスを引きずっ ていった。明らかに、SISもフィッツロイに注目しているようだった。やつらも 資料を狙っているのかと、少佐は疑問に思った。

「神に感謝。」伯爵の呟きが少佐を現実に引き戻した。伯爵は部屋の中を見回し た。「少佐、外が真っ暗になる前に、館の外をざっと調べてくるよ。」と、彼は 静かに言った。「きみはこのあたりを見て回っていてくれたまえ。誰かがきみを よびとめたら、化粧室を探しているような振りをすればいい。誰もきみを気に留 めないよ。」

変装したクラウスは深く息をついた。女性に扮したままで取り残されたくないと 思っていることに、突然気がついたのだった。彼は髪をなでつける振りをして、 耳元の受信機を調整した。

「ああ、クローディア、きみなら大丈夫さ。」伯爵は横を通り過ぎたグループに 聞かせるためにわざと声を上げた。「どうして少しだけでも皆さんとお話しない んだい?」かれは声を低めた。「Aくん、聞こえるかい?」

「感度良好です、伯爵。」返事が返った。

「いいね。」 




2011/09/12

A Thousand Break-ups(2/7) Mission in Paris - by Margaret Price


A THOUSAND BREAK-UPS - Two: Mission in Paris
by Margaret Price
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AとBはお互いに顔を見合わせ、それから身を隠そうとしているボーナムを見つめた。部屋を横切りながら、少佐は伯爵をはじろりと睨みつけた。伯爵は黙ったまま腕を組み、むっつりした顔で睨み返した。そっちがその気なら、こっちだって・・・

「ほかに方法は無いと言っとるだろうが。」主はついに唸り声を上げた。
伯爵は、片方の髪をさっと肩の後ろへかき上げた。「私はきみのためにはもう二度と女装しないよ。」彼は横柄に言った。「おばさんみたいな服しか用意してないじゃないか。最近きみがそうさせてるんじゃないのかい。」

少佐のうなり声が大きくなった。「おまえなんぞ何を着たって、よぼよぼで死にかけの女王陛下の真似程度が落ちだぜ。どうつくろったって変わりばえなんぞせんだろうが!」それ以上続ける前に伯爵の平手打ちが飛び、少佐は唖然として黙り込んだ。

「ドイツの豚食い野郎!」伯爵は吐きすてた。「きみの部長が腰を低くして頼んできたことに感謝すべきだね!それと、NATOが気前よく支払ってくれることにね。そうでもなきゃ・・・」彼はドアの方へ向かってあごをしゃくったが、それ以上は続けなかった。言いたいことははっきりしていた。
少佐は、はっきり目に見えるような努力で自分自身を押さえつけた。「おれはそのくそったれなドレスは着ん。」食いしばった歯の間から言葉が洩れた。

「それはドレスじゃないよ、物知らず。そういうのはイブニングガウンって言うのさ。」

少佐は大きく鼻を鳴らし、腕を組んで背を向けた。それから荒れ狂う怒りを押さえ込むために、煙草に火をつけた。

「また煙草かい?」

「嫁みたいな口をきくな。」

伯爵は目を細めて彼を見たが、何も言わなかった。彼は問題の衣装を拾いあげ、広げてみた。「AくんとBくんには大きすぎだし、Gくんはくるぶしを捻挫してるんだろ。」

「あの馬鹿者はハイヒールで転びやがった。」少佐は振り向きもせずに吐き捨てた。

AとBがお互いを見てほっと安堵のため息を漏らしているあいだ、ボーナムはぼんやりとひげを撫でていた。 

伯爵は服を広げて検討した。「うーん・・・」彼は首を傾げて言った。「Zくんならいけるんじゃないかな・・・」

「だめだ!」少佐は振りかえった。「おまえがZにまとわりつくことは許さん!おまえはもうに十分におれの祖国をひっかきまわしとる!」彼は泥棒の手からドレスを奪い取った。そして伯爵を振り返る前に、嫌悪に満ちた目でそれをじっくり見つめた。

「任務のためとあらばなんだって、だったよね。」伯爵は嘲笑を浮かべて念押しした。

「おまえは本当に執念深く悪意に満ちた野郎だ。」
伯爵は金髪のひと房を指でくるくるともてあそびながら、無邪気な微笑を浮かべた。「きみが何を言いたいのかぜんぜん判らないね、少佐。」彼は陽気に言った。「その服、素敵な色だよ。きみによく似合うさ。とにかく、今度はきみが妻役を演じる番だよ。」

部屋の向こうの男性はこれを聞いて肩を震わせ始めた。AとBは、アラスカへ向かっている途中のほうが今よりまだマシなのではと考え、ボーナムはこれ以上この部屋にとどまるのと英仏海峡トンネルを歩いてイングランドに戻っるのとでは、どちらが安全かと悩んだ。彼らにとって救いだったのは、少佐は銃を取り出さなかったし、激怒の罵詈讒謗を爆発させることも無かった。彼はただ、隣の部屋へどかどかと移動する前に、さっさと着替えろと伯爵にも命じただけだった。

「ひげはきっちり剃るんだよ。」伯爵は呼びかけた。「それから、煙草の焼け焦げで穴を開けるんじゃないよ!」

「おまえののど元を掻っ切ってやる!」少佐は怒鳴り返し、ドアを後ろ手でドアをぴしゃりと閉めた。

伯爵は非難の意をこめて鼻を鳴らし、肩を落とすボーナムを連れて去った。

AとBは止めていた息を吹きかえした。

「今でどのくらいなんだ?」Bが低い声で尋ねた。

「二十九日目だよ。」彼は向こうのドアを見つめながら、同じように低い声で答えた。

二十九日たっても、いかなる種類の和解の兆しも見られなかった。たいていの場合、伯爵がその日のうちにささやかな譲歩をするのが普通なのだ。ところが今回はそれがなかった。実際のところ、彼らの仲たがいはこれまで以上にひどくなっていくように見えた。

* * *
伯爵がタキシードに着替えて戻ったとき、AとBはまだびくびくしながら指揮官の帰還を待っていた。彼らは、すでに少佐の自ら確認済みの監視装置をいじりまわして、忙しそうな振りをしていた。伯爵は部屋を横切りながら、テーブルのほうに向かってひらひらと手を振った。ボーナムは手に持っていたケースをテーブルに置き、それを開いた。それから彼は深く息をついた。
伯爵は腕時計を眺め、眉毛を上げた。そして唇の両端に小さな笑みを浮かべた。彼はドアの前へ行き、軽くノックした。それから「クローディア、愛するきみ。このままでは遅刻してしまうよ。」と、歌うように言った。

「くそったれが。」木のドアの向こうから、簡潔な返答が返った。

「少佐。」伯爵は声を低め、エージェントたちが今まで聞いたことのないような男性的なトーンでささやいた。「この任務を成功させたくば、我々は一時間以内に出発する必要があるな。女性が身支度に時間をかけるのは当然だが、パーティにすっかり遅れてしまうのはいけないなことだよ。この方法に突破口を開く可能性があるかもしれないと言ったのはきみだよね。今すぐそこから出てきたら、私がきみの準備を終わらせてあげるさ。それから我々は任務に出かけるんだよ。」

こちらの部屋にいるものには、少佐がどう答えたかは聞き取りにくかった。しかしその後、流れるように続いた呪いの言葉ははっきりと聞こえた。ドアが開き、たっぷりくるぶしまであるフルレングスの濃いグリーンの夜会用ドレスに身を包んだクラウスが現れた。彼は、片腕にショールを掛け、もう一方の手にローヒールの靴とイブニングバッグを持っていた。表情に、雷が轟いていた。エージェントたちの目はこれ以上ないほど開き、顎は開きすぎて落下した。

少佐は、畏敬の念に打たれて立ち尽くす部下達に、氷のように冷たい視線をくれた。「ひとことたりとも口をきくな。」伯爵がドレスの後ろのファスナーを上げるために背後に回ると、少佐の食いしばった歯の間からからうめき声が洩れた。

口など利けるはずもないまま、AとBが頭はうなずいた。手のひらで忍び笑いを隠そうとしたボーナムは、自分自身が少佐の視線を一身に浴びていることに気が付いた。彼は急いで部屋の向こう側、ドアの近くのAとBの陰に隠れた。

「ああ、なんてよく似合ってるんだ!」伯爵は猫なで声で褒めあげた。少佐は無愛想な顔つきで伯爵を見かえしただけだった。「Zくんを呼んで来て着替えさせる時間はまだあるけどね。」

「黙れ!」

「じゃあ、みんなを脅しまわるのはやめて、座るんだね。伯爵は少佐の腕を取り、テーブルの脇の椅子へ導いた。テーブルにはボーナムが準備したケースが置かれていた。「きみの髪型を整えるまで、じっとしておいで。」

少佐はペティコートの衣擦れの音とともに座って目を閉じ、伯爵が大喜びで髪型をいじり始めたのを感じて、心の中で数を100万ぐらいまで数え始めた。彼はそのケースに何が入っているか、わざわざ見るまでもなく知っていた。伯爵が巻き毛を飾り付けるのに使う、数々のがらくたども。彼はそれを充分すぎるほどよく知っていた。少佐は自分の長い黒髪が引っぱられ、ピンで留められている間、伯爵が何をしているのか見当もつかなかったが、黒髪の付け毛がふわりと広げられ、それが少佐の髪に当てられたところで、伯爵が何をしているのかがやっとわかった。

「あとどのくらいおれに恥をかかせれば気がすむんだ?」少佐は、付け毛を髪につけられながら訊ねた。

伯爵は忍び笑いを漏らしつつ、なにも答えてやらなかった。付け毛をいい場所に固定するのに忙しかった。髪留めをもうあといくつか、ぱちんぱちんと留めてから、伯爵は一歩退いて出来上がりを満足げに眺め、うなずいた。濃い緑色の瞳が、彼を憎々しげに見上げた。伯爵はそれを無視し、再びケースを開けた。「さて、次はアクセサリーとメイクアップだね、クローディア・・・」

少佐は沈黙したまま、屈辱に耐え続けた。宝石がちりばめられたネックレス - 間違いなく盗難品 - が、彼の首に掛けられた。伯爵はピアスを取り上げ、部下たちの驚きの視線を密かに楽しみつつ、少佐の髪をかき上げてピアスをつけた耳を表に出した。ピアス?少佐が!いつ開けたんだ?伯爵は後ろのねじを少し締めるのが見え、それがピアスではなくイヤリングだとわかったときに、部下は胸をなでおろした。

「おまえ、図に乗るなよ。」少佐はうなった。

「きみがピアスの穴を開けていれば、もっと簡単なんだけど。」伯爵はため息をついた。
少佐は彼を睨み続けた。「おまえは、おれが賭けに負けたと認めてほしいだけだと言ったぞ。そしておれは認めただろ。」

「ちゃんと念を押しとかなきゃ。」

「おれが言ったのは、連中をちょっと騙してやるだけ・・・いたっ!こらっ、ドリアン!あんまりきつく締めるな!」

「きみがもう一度言ったんだよ。どうやって賭けに勝ったか、あとでよく思い知らせてやるって。」

少佐の目が広がり、それから危険なまでに細められた。イヤリングが所定の位置に取り付けられるまで、彼は黙って過ごした。「くそっ、なんて重さだ!」彼はもう一方の耳にとりかかった相手を手で制した。「おれはこれは付けん。」

伯爵は口を開きかけ、そのまま黙って閉じた。せっかくここまで持ってきたのだから、イヤリングごときで台無しにしたくなかった。彼は、文句の付いたイヤリングをはずして、ティアドロップ型の小ぶりの真珠のペアを選びなおした。「じゃあ、こっちはどうかな?」 

少佐はそれを手にとって重さを量り、クリップを調べてから伯爵に返した。「よかろう。」返事というよりはうめき声に近かった。

イヤリングが取り付けられ、それから少佐の顔のくっきりしすぎた輪郭を柔らかくするためのメイクが軽く施された。次 に、香水についてのちょっとした言い争いが始まった。伯爵は使用を主張し、少佐は断固として拒否した。しかし伯爵は、少佐を女性に見せるためにはアフターシェーブの香りが残ったままでは変装は完成しないと指摘することにより、最終的に説得は成功した。その時点で、変身までにほぼ45分が経過 していた。伯爵は一歩下がり、邪まな笑みを浮かべた。少佐はかかとの低いパンプスに足を入れ、鏡で自分を見に行った。

「きみはすっかり『魅力的なクローディア』だよ。」伯爵は息を吐きながら言った。彼は部屋の隅で震え上がっている三人を見やった。この目で見たのではなったら、彼らは目の前で鏡に自分を映している女性が鉄のクラウス本人だとは、とても信じられなかっただろう。
少佐は腰に手をあて、たっぷり10秒ほど伯爵を見つめてからこう言った。「だからおれは貴様が大嫌いなんだ。」

「その言葉をそっくりきみに返すよ。」

AとBは顔を見合わせた。何をどういっていいかわからなかった。というより、なにか言って無事ですむものかどうかもわからなかった。彼らにわかっていたのは、少佐が部屋を横切ってずかずかと近づいてきたということだけだった。「ちゃんと確認は済ませたんだろうな。」彼は返事を要求した。

少佐の声が、大股でこちらに向かってくるその生き物から発せられ、悪寒が背骨を駆け降りる感じがした。彼らは受信機を耳にあててうなずくことしかできなかった。少佐が彼の手からそれを奪う前に、伯爵が割って入った。「だめだ!少佐、だめだよ。マニキュアが台無しになってしまう!」彼はそう叫び、少佐は凍りついたように動きを止めた。緑の目が激怒を浮かべ、彼の方を向いた。

「ほら、私が・・・」ドリアンは受信機を取り上げ、慎重に付け毛を動かして少佐の耳に入れた。それから自分の耳にも1つを入れた。彼はシルクの造花をとりあげて、マイクロフォンを仕込んだジャケットの襟に飾った。マイクは彼と少佐の会話を部下たちに伝えるのに、役立ってくれることだろう。少佐のマイクは、伯爵が留めてやったドレスのハイカラーの襟のブローチに仕込まれていた。

マニキュアが乾いたのを確かめた少佐は、伯爵の抗議を無視して受信機を調整した。今度は伯爵も茶々を入れなかった。装置はもう一度確認され、少佐は短く言った。「よし、これでいいだろう。」
伯爵は彼の腕に手を置いた。「待ってくれ。」

「どうした?」

「申し訳ないが少佐、これは...これはたぶんうまくいかないね。」

少佐は威嚇するように目を細めた。「もし今になって、これがすべておまえの嫌がらせだというつもりなら・・・」
伯爵は真剣に驚いたようだった。「きみの任務の真っ最中に?いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないよ、私は。」

「ドリアン、俺の忍耐を試すようなマネはやめろ。」

伯爵は、手を挙げた。「休戦中だよ。」パーティーの最中にお互いを攻撃しあうなんてことはできないよね?」

少佐は深いため息をついた。残念ながら、その通りだった。「で、なにが言いたい?」

「女性らしい身のこなしについては教えてあげられるけど、声はどうしようもないね。」ドリアンはポケットから小さな袋を出し、薄いつるつるした植物の葉に見える何かを取り出した。「これを噛んでくれ。」

「何だ?」

「言わなきゃわからないかい?」

「警告しとくぞ。もしそれが・・・」

「ディフェンバキアだよ。観葉植物の一種だ。」ドリアンは当たり前のことのように続けた。「噛んでごらん。毒性はあるけれど、別に君が死ぬほどじゃない。声が数時間ほどおかしくなるだけさ。」

クラウスは、葉っぱの方から噛み付いてこないかと懸念しているような顔つきで、慎重にそれの裏表を調べた。「これでおれがヘリウムを吸ったような声になるんだとしたら・・・」

伯爵は天井を仰いだ。

クラウスは渋々その葉っぱを口に入れた。「うわ!なんだこりゃ!」

「まだ吐き出しちゃだめだよ!」ドリアンが命じ、少佐はひどい顔で見返した。「噛んで!」

少佐は表情を引き締め、最終的に吐き出す前さらに何度かその手ごわい葉っぱをかみ締めた。それから彼は咳こみ、焼けるように熱い口とのどを何とかするために『水をくれ』と言いかけた。だが彼の喉から出た音はひどいしわがれ声で、まともな言葉にはならなかった。彼はのどに手を当てた。喉が腫れあがり、すっかり閉じてしまったように感じられた。

「すばらしい!」伯爵は嬉しげにそう言い、立ちすくんでいる少佐にグラスの水を差し出した。「これで大丈夫。」
少佐にできたことといえば、目をいっぱいに見開いて立ち尽くし、口の中でもごもご言うだけだった。「おまえ、おれになにをした?」

「慌てないくていいよ、少佐。致死量には程遠いんだから。」伯爵はあっさり答えた。少佐は、視線に激怒をこめて伯爵を睨み付けながら、グラスを返した。「ディフェンバキアの別名は"Dumb Cane"だよ。声帯を麻痺させるんだ。」伯爵は空のグラスを受け取ってそれを置き、少佐の腕を取ってドアに向かおうとした。「残念なことに、一時的な作用なんだけどね。」と、彼はため息をついた。「パーティでは、誰も私の最愛のクローディアには話しかけてこないはずだよ。なにしろ喉頭炎で声を出せないからねえ。」
声が戻り次第浴びせかけてやるべきすべての呪いを頭の中で繰り返してから、少佐は伯爵に向かって殺意に満ちた顔を向けた。呪いで十分じゃないというなら、ドレスがどうのこうのにかかわらず、任務が終わり次第この決着をつけてやる。

「ついておいで、男の子たち」伯爵は手を振って、肩越しに呼んだ。「少佐のショールとハンドバッグを忘れないようにね!」

少佐がいかなる怒りの反撃もできないという事実にもかかわらず、AとBはそれでも身を縮めてお互いに顔を見合わせた。これでいいのか?少佐と伯爵は永遠によりを戻さないのか?彼らはふたりが腕を組んでホールをエレベーターのほうへ向かって歩むのを見つめた。

紳士服のエロイカと。イブニングドレスの鉄のクラウス。

ひどい夜になりそうだった。