このサイトでは、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。私が享受するのは、Guilty Pleasure - 疚しい楽しみ-だけです。「エ ロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想 していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

2012/01/19

The Green-Eyed Monster Affair - by Kadorienne

  
  
The Green-Eyed Monster Affair
by Kadorienne

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概要:  ドリアンはクラウスにやきもちを焼かせようと試みた。

訳者より: スパイもののテレビドラマ『The Man from U.N.C.L.E.(ナポレオン・ソロ)』とのクロスオーバーです。ナポレオン・ソロとイリヤ・ニコヴィッチ・クリヤキンもまた、スラッシュファンダムにおける有名カップル。エーベルバッハ少佐はもちろん「緑の目」の持ち主なのですが、英語の"green-eyed"は「嫉妬に狂った」というイディオムでもあります。







部屋に入るなりなにやら激怒している西ドイツ人に出くわした場合、たいていのロシア人ならとっとときびすを返すにちがいない。U.N.C.L.E.ですら、ロシア人がNATOと協力できるかどうか疑わしく考えていたが、この妙なロシア人は特に嫌がってはいなかった。

「イリヤ・クリヤキンです。」彼は簡潔に名乗った。「あなたがエーベルバッハ少佐なのでしょうね?」

「ああ。貴殿の我々の側への参与を歓迎する。」少佐は厳しい声で言った。その他のドイツ人たちは、彼をちらちらと盗み見していた。イリヤは唇をすぼめた。手の早い相棒がまたやらかしたらしい。あの男からは一分たりとも目を離せない。このエーベルバッハとやらの妹か、妻か、それとも・・・。

ドアが開いた。エーべルバッハだけがそちらを睨みつけ、その他のドイツ人はいっせいに知らん振りをした。イリヤはドアに目をやり、トラブルの原因を即座に理解した。そこには彼の相棒がいて、例によって見栄えのいい金髪の誰やらと腕を組み、全く満足げににやにやしていた。常ならざるところといえば、金髪の麗人が男性であるという些細な一点だけで、あとは全くのところいつもどおりだった。

ナポレオンはイリヤの冷ややかな視線にややたじろいだ。金髪の視界にはナポレオン以外は何も入っていないようだった。彼はうっとりとした微笑を浮かべてナポレオンを見ていた。

「つまり、」イリヤは静かにたずねた。「私がサハラ砂漠でじりじりと苦労を重ねている間に、きみがお楽しみだったのはこういうことかね?」

ナポレオンは狡猾な微みを浮かべ、相手をちらりと見た。「こっちはこっちで苦労があったんだよ。」彼は真面目な顔でそう言い、腕を絡めた金髪と秘密めいた笑みを交わした。「そうでもなかったじゃない。」金髪は声を上げて笑い、シャンプーのコマーシャルのように長い髪をさっとかき上げた。

「今日の午後、あと一歩で対象を確保できるところだった。」エーベルバッハは不満げに言った。「だが結局やつは行方をくらませた。」

「ご心配なく、少佐。このソロ氏の不始末の収拾であれば、私がお引き受けします。」イリヤは意味深長な口ぶりで言った。

ナポレオンは未練たっぷりといった風情で隣の金髪から注意を引き剥がし、この道のプロに戻って会議に入った。全くこの男ときたら、こういうお遊びが周囲から自分への過小評価を招くと、いつになったら学習するのだろうか。「ああ、その件に関して説明しましょう。」ナポレオンはは真面目な口調で説明を始めた。「彼らは私たちの計画に気付いていました。何者からか警告を受けており、我々を罠にかけたのです。」

金髪もまた、真剣に説明しようと努力しているのが見てとれた。だがその真剣さを台無しにしているのは、ナポレオンの関心を引こうとしている態度だけではなかった。映画女優そこのけの長い巻き毛にフリルたっぷりの紫色のブラウスに着て、おまけに金の装飾品をじゃらじゃらとこれでもかとつけているような男の言うことを、あまり真面目に受け取る聞き手もいないものである。ついでに言うと、足元は黒のブーツでハイヒールだった。にもかかわらず、この派手な金髪は中身のある話を始めた。「内通者がいるはずだ。」彼はそう言った。「見当は付いてるさ。」

ナポレオンと金髪は説明を続け、ドイツ人たちは渋々と耳を傾けた。しかしながらナポレオンの魅力は、彼らには何の影響も及ぼさなかった。というより彼の魅力にはむしろ反対の効果があった。それはいつもそうなのだった。ナポレオンの魅力は厄介ごとを引き寄せるのが常であり、そこから抜け出すためにはめったに役に立たなかった。

厄介ごとの解決は、イリヤの担当だった。

「私の上官からの情報をあなたに伝えておこうと思いまして、少佐。」イリヤは少佐に話しかけた。少佐はとくに興味を引かれた様子もないまま、部下たちに人払いを命じた。

「おまえもだ、海賊。」少佐は金髪に命じ、金髪は腰をくねらせて席を立った。イリヤは彼の尻をちらりと値踏みした。その「海賊」とやらの穿いている下半身の線まるだしの服のせいで、なにもかもが一瞥で充分見て取れた。少佐の機嫌が悪いのも無理は無かった。

ナポレオンはその場にとどまったままだった。イリヤは少佐の向かいに座りなおし、ナポレオンに冷たい視線を向けた。

「あなたにも不要な情報です。」

追い払われるようにそう言われ、ナポレオンはさながら受難者の様相を浮かべて立ち去った。

「で?」ナポレオンの背後でドアが閉まるなり、少佐はそう切り出した。「どういう機密だ?」

「私の同僚の腕にぶらさがっている新種の寄生動物はなんなんでしょう?」

返答の代わりにイリヤはたずねた。「機密」というのは、相棒が新しいおもちゃと何を遊んでいるのかを知るための口実に過ぎなかった。

少佐は嫌な顔になった。「おれの上官は、ことあるごとにあのくそ面倒な野郎を使おうとしやがる。」

「なにをさせてるんです?」

「あの男は手に負えん泥棒だ。我々はセキュリティシステムの裏をかく必要がある際に、彼を雇うことにしている。」

この惨状を収拾する前に、イリヤは状況をよく把握せねばならなかった。

「それで、いったいどうしてまた犯罪を本業とするものがNATOのために働いたりするんです?通報とか逮捕で脅してるんですか?」

少佐の激怒が一瞬で沸点に達した。彼は立ち上がり、茫然とするイリヤを睨みつけて怒鳴り始めた。「脅すもなにもあるか、くそったれが!おれはもう何年もあの変態を追い払おうとしとるんだ!ちょろちょろ付きまとってきやがるのはあいつの方だ!あいつが考えとるのは獲物の数だけだ!相手構わず咥え込みやがって!」

そのドイツ人は椅子へ倒れこむように座ったが、爆発した感情を押さえ込むのにまだ苦労しているようだった。

「あの糞ヤンキー野郎が友人なら、さっさと手を引くよう忠告してやれ。露出狂じみた服ばかり着てやがる変態に、深入りしすぎる前にな。」

「同僚が服の趣味に問題のある窃盗犯と火遊びを楽しんでいるからといって、何か心配してやるべきことでもあるんでしょうか?」イリヤは尋ねた。

「あのくそったれな変態が、次の週には別の獲物といちゃつき始めるからだ。あいつには節操というものがない。あんたの友人はさんざんもて遊ばれて、それからさっさと捨てられるぜ。」

これはこれは・・・。

イリヤはまるで何かを思い出そうとでもしているかのように眉をひそめた。「あなたのおっしゃることに心当たりがありますね。ええと、NATOに協力する窃盗犯の話なら、私も耳にしたことがあります。ただそのときの話では、その泥棒がNATOにこだわる理由は、あなたへの一方的な恋慕のせいだと聞きましたが・・・。」

少佐は再び立ち上がった。「おれ?けっ、馬鹿馬鹿しい。ああ、その通りだ。あいつはもう何年もおれをたらしこもうと無駄な努力をしとる。だがそれは自分が楽しいから遊んどるに過ぎん。やつは来週にも別の男にまとわりつくだろうよ。」

「ええと、それで、彼はどのくらいの期間、あなたにまとわりついていたんですか?次のターゲットに移る前に。」イリヤは注意深く尋ねた。

「五年だ。」ドイツ人は小さく答えた。

イリヤは相棒の前で微笑と哄笑を隠す訓練を長年続けてきた。そのため、込みあがってきた笑いを封じ込めるのにさほどの苦労も無かった。彼は椅子の背もたれに体を預け、あたかも深く考え込んでいるかのように腕を組んだ。内心ではとっくに結論が出ていた。

「私ならこの件を解決することが出来ると思いますね、少佐。」彼は考え込んでいる振りをようやくやめて、そう告げた。「このあとの打ち合わせには参加しなければなりませんが、実はちょうど盗聴器を持ち合わせています。この件に関してのソロ氏との会話を、今夜あなたにお聞かせすることが可能です。」

少佐は鼻を鳴らした。「それで何が変わるとも思えんがな。」



諜報部員たちと泥棒は打ち合わせを終えた。その日の残りは、KGBとの出し抜き合戦に終始した。双方ともにたいした戦果のないままに終わった。ホテルでの遅い夜食を終えたころには、ナポレオンとエロイカ以外の全員が疲れきって不機嫌だった。ナポレオンはまる一日の無駄足ぐらいではその底抜けの快活さを失わなかったし、エロイカはそもそもKGBの標的リストにおける優先順位が低かった。

食事の後は解散だった。イリヤは少佐の手に受信機を滑り込ませた。「お聞きになるでしょう?」機器のスイッチが入ることを確認しながら、彼は低い声で尋ねた。

「あんたがそういうならな。」少佐は渋々返答した。

「是非そうしてください。」イリヤは言った。

「ああ、わかったよ。わかっとる。くそっ!」

少佐の返答を受けて、イリヤは相棒の後を追って自分たちの部屋へ帰った。ドアが閉まるなり、ソロは彼のほうを振り向いて腕を掴もうとしたが、イリヤは腕を組んで体を離した。そして冷たく激昂した瞳でソロを睨みつけた。「きみの新しい金髪くんにやきもちを焼かせるようなことはしないだろうね?」

ナポレオンは驚いて体をそらせたが、魅力をいっぱいに湛えた表情は変わらなかった。彼は常に、窮地をその方法で切り抜けようとするのだった。もしくはその方法で窮地に入り込んでしまう。「おいおい、僕がなにをしてるか、きみなら分かってると思ってたけどな。」

もちろんイリヤには分かっていた。が、少佐には説明が必要だろう。特に、張本人の口から間違いのない釈明が。彼はスーツケースからウォッカを取り出し、眉をひそめたまま短く言った。「説明してくれ。」

「ええと、はっきり言わなきゃだめなのかな。」ナポレオンは腰を下ろし、グラスを受け取った。「こんな噂を聞いたことはないか?美術窃盗犯のエロイカが、数年前にローマでNATOと仕事をして以来、エーベルバッハ少佐に恋に落ちたとか言う・・・」

「ああ、耳にしたことはある。」イリヤはうなずいた。「で、仕事仲間のお相手をつまみ食いしたら、厄介なことになるとは考えなかった?」

「そこが問題なのさ。エロイカは数年にわたって少佐を誘惑し続け、いまだにその結果を得ていないというわけさ。僕は彼に協力しているだけなんだよ。」

「つまりこういうことかい?エロイカとさも何事かあったようなふりをして、エーベルバッハ少佐を嫉妬させようとしている、ということかな?」

「大当たり。」

「どうしてまた、そんな割に合わない遊びを始めたのかな。」

ナポレオンは魅力たっぷりの微笑を浮かべた。イリヤは熱い石炭の上を歩いているような気分になった。その'笑顔は(エーベルバッハ少佐を除く)他の誰に対してもと同じように、イリヤにとっても有効だった。「エロイカは少佐に夢中なのさ。あれだけ無分別な恋に落ちてる誰かを、そのままにはしておけないよ。」

「全く愚かなことを思いついたもんだ。」

「何が愚かなのかな?」

「エロイカがきみにまとわり付いているところを見て、鉄のクラウスのような男がどんな結論を出すと思う?」イリヤは問い詰めた。

「そうだね、まず彼はエロイカは当然自分のものだと思っていた。しかし彼はエロイカの申し出に応じなかった。そこでエロイカは新しい対象を追うことにした。こういうとき、心に沸き起こるのは嫉妬の感情である。ちがうかい?」

「愚かにも程がある。」イリヤは答えた。「きみの計画は完全に裏目に出たね。先に相談してくれたら忠告してやったのに。少佐の結論ははっきりとこうだよ。『エロイカのおれへの執着は真剣なものではなかった。』もしくは、『エロイカは別の男に乗り換えておれを裏切った』、こんなところかな。」

ナポレオンにはいまいちピンとこないようだった。「ほんとにそうなのか?」

「当然だろ。あの英国人の愚かな所業は、少佐が持っていたかもしれないほんの僅かな信頼さえも打ち砕いたのさ。」

「そりゃ大変だ・・・」ナポレオンはウォッカをごくりと飲み干した。「なんとかしてやらなきゃ。どうやったら少佐の信頼を取り戻せるかな?」

「私が何とかしてやるさ。」イリヤは穏やかに答えた。

ナポレオンはなだめるような笑みを浮かべて立ち上がり、相棒に近づいた。イリヤは立ち上がって彼を避けた。ソロは両手をイリヤの肩に掛けた。「これで納得してくれたかな・・・」彼は体を近づけた。

とろけ落ちそうになる自分を堪えつつ、イリヤはあえて顔をそらした。だがそんなことで諦めるナポレオンではなかった。イリヤは口を開いた。「ああいう服を着て長い髪のやつのほうがいいんだろ。」

「こうなるまえにはそうだったさ。知ってるだろ?」ナポレオンは揺ぎない声で、彼にそう思い出させた。イリヤはふと思い出して感傷にふけった。ナポレオンが大胆不敵に遊びまわっていたころ。あれはあれで、愉快な日々だった。

「あの見事な大輪のイングリシュ・ローズに寝た子を起こされたんじゃないのか?若いころみたいな遊び心が再び目覚めた、とかさ。」

「だったら後始末が大変だ。」ナポレオンは大げさに頭をかきむしった。「なにしろエロイカはエーベルバッハ少佐にくびったけだからな。」

「だから、こっちはこっちで収まるところに収まるしかないってわけだ。」イリヤはそう言い返し、とうとう相手のキスを受け入れた。

「きみは僕の最後の砦だよ。あいたっ!余計なことを言ってるより、別のことをすべきだよな。さあ、このくそ憎らしいロシア人め。」

イリヤは邪まな微笑を浮かべ、横たわって相棒とよりを戻す前に、シャツの下に隠した発信機のスイッチを切った。





エーベルバッハ少佐はホテルの自室で、発信機のスイッチが切れるカチリという音を聞き届けた。どう落とし前をつけてやろうかと考え込みながら、彼はしばらく受信機を睨みつけたままでいた。それから彼は立ち上がり、エロイカの部屋向かってどかどか歩き、ドアを乱暴にノックした。

ドアがさっと開いた。クラウスは泥棒野郎の目の中に満足げな光がきらめくのに気付き、表情に浮かんだ自己満足を鑑賞してやった。

「どうしてこんな時間に?嬉しいな!ねえ、何の用なのかな?」

この間抜けな気取り屋ときたら、少佐が永遠の愛を誓い、かつあのヤンキーを捨てるようにせまってくると期待しているのかもしれなかった。せいぜい驚け。クラウスはドアの近くに立ち、両手を後ろで握って、ほとんど「休め」のような気楽なポーズをとった。

「簡潔に言っておこう。」彼は穏やかな声で言った。「おまえがようやく自分にあった相手を見つけられて、おれは嬉しいぞ。」

「えっ?」エロイカは素っ頓狂な声を上げた。クラウスは声に出して笑い出したかったが、努力して厳粛な顔を保った。

「そうだ。あのソロというのは、アメリカ人としてはまず悪くない男だ。おまえとはお似合いだ。もちろん、おまえを各種の騒動から遠ざけておけるようなもっとまともな相手がおればいいんだろうが、まあいい。ソロは見た目も悪くないし、性格もよさそうだ。おまえら二人はきっとうまくやっていけるだろう。」

エロイカはよろめきつつベッドの端に腰掛けた。膝が目に見えて震えていて、顔は蒼白だった。「でも・・・でも・・・」だが声は言葉にならなかった。

「となれば、いますぐやつの部屋に移ればどうだ?祝福するぞ。」クラウスは小さく微笑みながら寛大にもそう告げた。「クリヤキン氏も納得して、部屋を出てくれると思うがな。」

そう言い捨てると、少佐はドアの方に向かって体を翻した。ドアを開けた瞬間、エロイカがようやく言葉を取り戻した。

「でも・・・、待ってくれ少佐!言い訳させてくれ!」

自分の顔を正視できないでいるらしいエロイカを見て、少佐は笑いが顔一杯に広がるのを我慢できなかった。おれの気が済むまで、そうだな、最低半時間はやきもきさせてやる。彼はそう決めた。その後なら、もしかするとそろそろ誘惑に負けてやってもいいころかもしれん。

それはそれとしてと、彼は反射的に考えた。次にこいつが同じようなことを始めたら、今度は芝居じゃないかも知れんぞ。




END


[Idiom] carry the torch for = to be in love with, esp unrequitedly, to secretly love someone who does not love you
See a lovely pic here: h + ttp://ejje.weblio.jp/content/carry+the+torch+for

[Idiom] in a pinch :  In an emergency, when hard-pressed, as in This music isn't what I would have chosen, but it will do in a pinch . This term dates from the late 1400s, when it was put as at a pinch  (a usage still current in Britain); pinch  alludes to straitened circumstances.

2012/01/07

Appetite Suppressant 10 All Good Things… - by Margaret Price



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Chapter Ten
All Good Things…(すべての善きものに・・・)







「きみはいつボンに帰るんだい?」

ドリアンはその質問をしたくなかった。それがこの実験の終わりを意味し、またおそらくはこの輝かしい夢の終焉をも意味するからだった。

「明日の朝だな。」クラウスは答えた。「夜までは無理だ。だがおまえは別に残っていてもいいぞ。」

彼はキッチンで、昼食を取りながらぎこちない時間を過ごしていた。ふたりともが、週末が終わりつつあるという事実を意識しすぎるほどに意識していた。

「クラウス。」ドリアンはしっかりした声で告げた。「この事だけはきみに知ってもらいたい。この週末の後のことをきみがどう決定したとしても・・・」彼は目を閉じ、声を整えた。「きみが何を決定したとしても、私はそれに従う。」

クラウスは椅子に座りなおし、いつもどおりの鋭い視線で相手を見つめた。「それは有難いな。」彼は静かに答えた。「そう、だが、なんと言ったらいいか・・・」

「わかってるさ。」ドリアンは小さく笑った。「納得のいく答えを見つけるまでには、時間がかかるよね。」

答えが見つかるかどうかすらおれにはわからん!「ああ、そうだな。」クラウスは深く息を吐いた。「おれは任務に戻らねばならん。わかるな?」

「このことは、なかったことだと?」

クラウスは伯爵の顔に深く傷ついた表情を見出し、これ以上何を言おうとその傷をえぐることにしかならないと悟った。「そうだ。そうでなければならん。」彼は言葉を切った。「恋人たちだけの秘密だと言ったのはおまえだったな?」

ドリアンはうなずき、静かに息を吐いた。彼は食事を続けようとしたが、食欲は完全に失せたようだった。食欲(appetite)が、失せた?この単語を思い出した瞬間、彼は顔をゆがめて笑い出さずにいられなかった。

クラウスは顔をしかめた。どこが冗談になったのか理解できなかった。「なにがおかしい?」

ドリアンは顔をあげ、それ以上の笑い声を上げないように手のひらで口を覆った。「あのね、クラウス。私ったら、ああ・・・」彼は苦労の末に言葉を絞り出した。「食欲(appetite)がなくなっちゃったんだ。」それからとうとう笑いを堪えきれなくなった。

ドイツ人はますます眉をしかめた。おれは英語の意味でも取り違えたか?そして突然、伯爵が何をどういう意味で言っているのかを理解した。appetite(性欲)の喪失、まさにそれこそが、この恐ろしく馬鹿げたどたばた騒ぎのそもそもの始まりだった。次の瞬間、クラウスもまた爆笑していた。二人の間に漂っていたぎこちなさが消えうせた。

ドリアンは笑い涙を拭った。「ねえ、ほんとのことを教えてくれよ。」ようやく口が利けるようになったドリアンが尋ねた。「あのひどい薬、きみはほんとに飲んでなかったのかい?」

クラウスは目をむいた。「飲んどるわけなかろう!あのアンプルをおまえに盗ませるのは厄介な仕事だったがな。」


「ちょっと待ってくれよ。きみ、すごくたくさん持ってたじゃないか。」

「ああ、だが本物はおれがおまえに背を向けたときに、一番上に乗っていた一本だけだ。」

「少佐!」ドリアンは尖った声で言った。「きみって最悪。」

少佐は意地悪く笑った。「ならおまえはちがうってのか?事前にここに忍び込んだのは誰だ?いろいろ準備してたな?」

ドリアンは赤面した。「うん。有罪だ。」

クラウスはうなずいた。「おれたち双方がな。」クラウスは突然思い当たり、椅子に座りなおして伯爵を見た。「おれに打ったあの注射はなんだ?」

「ああ!」ドリアンは喘ぎ、口元に手をやった。「あれは薬の作用を打ち消す薬だったんだよ。」

「あんな薬を投与されたのは初めてだ。」クラウスの目が細まった。「なんだったんだ、あれは?」

「ステロイドだよ。」

「何だと?」

「正確にテストステロンというんだ。」

クラウスが目を見開いた。「道理で・・・」彼はドリアンをじろりと見つめて言い放った。「おまえを殺しておくべきだった。」

「そうだよね。」

クラウスは頭をかきむしった。「おれがあの薬を自分で飲んでるなんぞという馬鹿馬鹿しい考えを、どこから思いついたんだ?」彼はそう尋ねた。目がぎらぎらしていた。「おれがああいう薬を使わねばならんほど、自分に魅力があると思い上がっていたのか?」彼は非難がましい口調で言った。

ドリアンの心臓は跳びあがった。目の前の男の一番厄介な性格が表に現れはじめ、恋人が鉄のクラウスに変わりつつあるのを知った。「約束違反だよ。」彼は短く言った。

クラウスは瞬きした。「なんだと?」

「『エロイカ』と『少佐』は無しだと言ったじゃないか。」

クラウスは目を細め、目の前の男をしばし見つめた。徐々に怒りが引き、やがて彼はうなずいた。「そうだったな。」彼はとうとうそう言い、しかし付け加えた。「喧嘩の時間は後でたっぷりあるわけだ。」

「そういうことだよ。」

クラウスは立ち上がり、食器を片付け始めた。「皿洗いも後でいい。」彼は戻り、伯爵に向き直ってそう告げた。「もう一度ぶんの時間があるだろう?」



* * *


(おれは任務に戻らねばならん)、だとさ。部屋を大またで横切りながら指示を出す少佐を、エロイカは見つめた。山荘での『実験』が終わってから、もう三ヶ月以上がたっていた。気持ちを整理するには充分な時間があったはずだよ。それからエロイカの心の奥底に、最初の懸念が真実だったのではないかという恐ろしい疑惑が生じた。クラウスは、それまで知らなかった経験を一通り積んでみたかっただけなのではないか?そしてそれが済んだらあとは用無しというわけだ。

この男には性欲って、やっぱりほとんどないんだろうか?上官の激怒に慌てふためく部下たちを眺めながら、ドリアンはそう考えた。テストステロンが効き過ぎるぐらい効いただけだったのかな?ああ、私はなんてことをしたんだろう。

いきなり少佐に怒鳴りつけられ、伯爵は跳びあがった。「エロイカ!ぼっとしとらんと、さっさとその尻を上げろ!やるべきことは山ほどあるぞ!」

「わかってるさ。」エロイカは喉を鳴らし、心を静めつつ髪をかきあげた。「でも私が動くのは日が暮れてからだよ。」

「ばかものが!わかっとる!」少佐は手のひらを振って、ドアで待つ部下Aを指した。「Aと同じポジションで待機していろ。」

「了解さ、少佐。」エロイカは長い睫毛を淫靡にうごめかせつつ、少佐の体を上から下まで舐めるように眺めた。「ポジションは選ばせてくれないんだろ?」彼は、その言葉の裏の意味を悟って真っ赤になった少佐の顔を見て、にんまりと笑わずにはいられなかった。少佐は明らかに伯爵の意味を理解していた。地団太踏まんばかりの少佐に軽くキスを投げて、伯爵は部屋を離れた。

「くそったれの変態!」

少佐はその背中に怒鳴った。



* * *



エロイカは、任務は成功裏に終了したと考えていた。だか彼は突然呼び返され、馬鹿らしいほど長く退屈な報告を要求されることになった。少佐の近くにいられるかもという理由がなかったら、わざわざこんなとこに来るもんか。ケルン・ボン国際空港の到着ホールで、エロイカはNATOの迎えの車を待つ間にそう心の中で文句を言った。

出迎えらしき黒のメルセデスが伯爵の前で停車し、トランクが軽い音を立てて開いた。ポーターが彼のバッグをトランクに移し、彼がはずんだチップの額にぱっと微笑を浮かべた。このチップはジェイムズ君に言ってNATOに請求させなきゃね、伯爵はそう考えながら後部座席のドアを開けた。

「いや、グローリア卿。前にお掛けいただこう。」

エロイカは聞き違えの無い声を耳にして心臓をばくつかせた。「少佐・・・?」彼は後ろのドアから前を覗き込んだ。

「乗らんのか?さっさとしろ。」

エロイカは前に回り、驚きを隠せないまま助手席に座った。「お出迎えがきみだなんて、思いもよらなかったよ。」彼は言った。「いつもはきみの部下がくるだろ?」

「場所を変更する。」空港を離れつつ少佐は答えた。「おまえの専門が別のところで必要になった。」

エロイカは髪をさっとかきあげたが、心は別のところにあった。「少佐、いや、・・・クラウス。」彼は真面目な声で口を開いた。「二人きりになるのはあのとき以来だね。」彼が言葉を切ると、少佐は横目でかれをじろりと睨んだ。「そして私は、きみの決定をまだ知らされてない。」
 
「わかっとる。」
 
ドリアンは、自分が激怒し始めたのを感じていた。「それで?」
 
「それで、とは何だ?」
 
「きみは最低最悪な野郎だよ!」ドリアンは低くうなり、運転席の男の腕を殴った。
 
「おい、運転中はよせ!」クラウスは声を荒げた。「事故でも起こしたいのか?」
 
「ふん!」ドリアンは腕を組み、なるべく少佐に背を向けるような姿勢でシートに体を埋めた。クラウスはもういちど横目をくれたが、何も言わずに煙草に火をつけた。永遠にも等しいような沈黙を、我慢できなくなったのはやはりドリアンのほうだった。
 
「どこへ向かってるんだい?」
 
「知りたいのか?」
 
「別に。ほかに訊くことも無いから訊いてみただけさ。」
 
クラウスは鼻を鳴らした。
 
「私の専門技術が必要な場所とやらへは、あとどのくらいかかるのかな?」ドリアンはきつい声で尋ねた。少佐の口元に薄い笑みが浮かぶのに気付き、彼は目を細めた。「少佐?」その瞬間、彼はやっと自分たちがが向かっている場所に気付いた。車が最後の角を曲がるとあの山荘が現れ、彼はさっと首をめぐらせてそれを見つめた。息をのみ、口元を手のひらで覆った。
 
クラウスは車を泊め、ドアを開ける前にドリアンをしっかりと見つめた。「荷物は後だ。」彼はそう言って先に立った。「おれの決定をまだ伝えていなかったな。」山荘の入り口で伯爵のほうを向き、彼はとうとうそのことを告げ始めた。「おまえがよこした報告は不備だらけだ。」
 
ドリアンは目をぱちくりさせた。「報告?」
 
「あの実験の報告だ。精査したが、結果と報告があちこち一致しとらんようだぞ。」彼はわざと不満げな表情を浮かべ、腕を組んだ。「週末一杯かけてやり直しだ。」
 
ドリアンの視線はクラウスの顔に釘付けになった。次の瞬間、彼は駆け寄って両手で相手の顔を挟むと、唇に熱烈なキスの雨を降らせた。クラウスの'力強い腕が彼を抱きしめ、心臓が音をたてて鳴った。「週末じゅうかかってもやり直せなかったら?」彼は荒い息遣いのまま尋ねた。
 
階段へ向かおうとしていたクラウスは振り返り、笑顔を浮かべた。「なら、またおまえを呼んで報告させんとな。」
 
「ああ、少佐・・・!」二人は階段を登った。「知ってるだろ?私は細かいことにこだわる方なんだよ。二週間ぐらいかかっちゃうかも。」
 
「それとも何ヶ月かな。」
 
「何年もかかるかもしれないよ?」

「何十年もか?」
 
「クラウス・・・、きみを、きみを愛しているよ。」
 
「ならばそれを見せてくれ。示してくれ。教えてくれ。」

伯爵は輝きに満ちた笑い声を上げた。もちろんさ、美しい、素晴らしい、私の愛する少佐。
 
 
 
END

2012/01/06

Appetite Suppressant 09 Rainy Days And Sundays - by Margaret Price



Fried Potatoes com -  Appetite Suppressant  09 Rainy Days And Sundays
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Chapter Nine
Rainy Days And Sundays (雨の日と日曜日には) 
※Carpentersの名曲『Rainy Days and Mondays』から





目覚めたとき、ドリアンはクラウスが黙って自分を見つめているのに気が付いた。「知ってるかい?」ドリアンは満ち足りた笑顔で言った。「何日か前まで、きみにそうやって見つめられるたびに、よからぬ妄想にかられていたんだよ。」

「とうとうこうなったんだな。」クラウスは答えるともなく答えた。彼はベッドに縛り付けられたまま目覚めたときのことを思い出していた。

彼の表情に浮かんだ陰鬱さに、ドリアンは眉をひそめた。「きみ、何か気がかりなことがあるんだね?」ドリアンは敏感にそう察し、クラウスは驚いた顔になった。「クラウス、きみに決まりの悪い思いをさせるつもりは全く無いんだよ、もしきみが心配しているのがそういうことならね。私はボンには行かないし、ボンで一番高いビルの上から『とうとう鉄のクラウスをものにしたぞ!』とかなんとかかんとか、そういうことを叫びまわる気もないのさ。」

クラウスは相手をちらりと見て少し笑ったが、何も答えなかった。

「あのね、少佐、少佐。わたしの少佐。私はきみが大好きなんだよ。」ドリアンは続けた。「それにいくら私が自惚れ屋だからって、きみが私を愛し返してくれると願うほど愚かじゃないよ。きみは任務至上主義で、心はは祖国に捧げてる、そういうはずだよね。」

「ドリアン・・・」

ドリアンは両手を挙げた。

「この実験は私たちの秘密なのさ。それ以上でもないそれ以下でもない、恋人たちの小さな秘密、そうだよね?」彼は輝くような笑みを少佐に向けて誓った。「誰にも言わない。外ではキスもしない。」彼はそう言って素早くクラウスにキスし、ベッドを出た。

「それは助かるな。」クラウスはふざけた口調で返した。「でなけりゃ、おまえを撃ち殺さねばならんとこだった。」

ドリアンは振り返り、満面の笑みで答えた。「それって、あの素敵な特大の銃でってこと?」 枕が飛んできて、彼は笑いながらひょいっとそれを避けた。

クラウスは天井を見上げながら横たわり、己が仕出かしたこととの間に折り合いをつけようと考えた。なぜそうしたのか。伯爵がベッドの反対側からこっそり滑り込み、擦り寄ってきたときにも、まだ結論は出ていなかった。「まだ気にしてるのかい?」

「いや、悪い気分じゃない。」

ドリアンは安堵のため息をつき、手のひらをクラウスの胸に滑らせて、相手が深い息を漏らすままにまかせた。突然手首を捕まれたとき、度を越して馴れ馴れしくしすぎたのかもと、心配になった。

「待て。」

ドリアンは怪訝そうな顔をして、ベッドを抜け出た相手を見送った。バスルームから水音がして、彼は微笑んだ。間もなくクラウスはベッドに戻り、毛布を引き上げた。「くそっ、なんて寒さだ。」

「下の暖炉が消えたんだと思うよ。」

伯爵が胸を愛撫しようと伸ばした手を見てクラウスは小さく笑い、それからドリアンを後ろから引き寄せた。「そこじゃない。」

「いろいろ試してみる気になった?」ドリアンはキスを返し、低くうめいた。

「おまえを触るのは、・・・いい気分だ。」クラウスはため息をついた。「肌がこんなに滑らかだ。」

ドリアンは目を丸くした。鉄のクラウスがそんなことを言うとは、考えたことも無かった。「好きなだけ楽しみなよ。」彼はささやいた。「セックスがすべてってわけじゃない。触れ合うだけが素晴らしいこともあるからね。」

クラウスは驚いた目でドリアンを見た。この男がそんなことを考えるとは、まったく思いも寄らなかった。

「いい匂いだ、きみ。」ドリアンはクラウスの紙に顔を埋ずめて言った。

クラウスは同意しなかった。「煙草の匂いしかせんはずだぞ。」

「性そのものの匂いがするのさ、きみ。私の美しい男からはね。」

クラウスは体の動きを止めた。それから両手でドリアンの頬を挟み、瞳を覗き込んだ。「頼みがある。」彼はゆっくりと口を開いた。

あまりにも見慣れた、誘うような表情が伯爵の顔に浮かんだ。「何なりと。私のいとしい少佐の頼みなら。」

「それをやめてくれ。おれが欲しいのはドリアンだ。エロイカじゃない。」クラウスは断固とした口調で言った。「エロイカと少佐は無しだ。いいか?やつらは金曜の夜を台無しにした。」

ドリアンはわざとすねたような顔をした。「ちょっとでもだめなのかい?」

「だめだ。」

「ちぇっ、つまんないの。」

「馬鹿者。」

ドリアンは愛情のこもった罵倒に笑った。「了解だ。『エロイカ』は無しにするよ。」彼はクラウスの胸に頭をもたせかけた。「きみを誰とも分かち合いたくないしね。」

クラウスは伯爵の頭のてっぺんにキスし、それから柔らかい金髪の巻き毛を手櫛で梳いた。「おれは誰とも分かち合いなぞせんぞ。」かれは落ち着いた声でそう言った。

ドリアンは満足そうな嘆息をついた。「朝食もひとり占めかい?」

クラウスはぐっとつまった。

「朝食は、分け合って食おう。」



* * *


「クラウス、まだ他にもすることはあるよ、ね?」ドリアンはそう言ってみた。

「後でだ。」

拒否しきれない自分を認め、ドリアンは諦めのため息をついた。どうしてクラウスがこれにこだわるのか、彼には皆目わからなかった。

「じゃあ、枕をいくつか腰の下に挟んだほうがいいかもしれないね。」

「なぜだ?」

クラウスは自分の前のものを愛撫する手に気付き、顔を赤らめた。

「う・・・」

ドリアンは相手がどぎまぎしているの気付き、にやりとせずにはいられなかった。自意識過剰気味のクラウスは本当に愛らしかった。彼はクラウスが広げた足の間に座り、腰の下に枕を差し入れてやった。彼には、クラウスがまだ緊張を解いていないのがわかっていた。先に試したときと同じく、彼は彼の体のこわばりをを解きほぐすことから始め、感じている声を引き出すことに成功した。それから、むき出しの尻を愛撫し始めたが、すぐには挿入を試みなかった。

「力を抜いてくれよ。私の美しい少佐ったら。」ドリアンは誘惑するようにささやいた。

クラウスは抗議の声を漏らしつつ、次に起こることを予期して目を閉じた。が、驚いたことに、次にドリアンの手を感じたのは別の場所・・・、普段はゆっくり柔らかく揺れているそこだった。「わっ!」彼は叫び声を上げ、とっさに枕から顔をあげた。

「悪くない感触だろ?」ドリアンはくすくす笑った。

「なんだっ・・・」

「しーっ、堅くならずに楽しんでくれよ。」

「硬くなるなだと!冗談にもならん!片方だけでも柔らかく出来たら上出来だ!」

ドリアンは笑い出さずに入られなかった。「クラウス、きみに冗談が言えるなんてね!」

クラウスは枕を動かし、頭を下ろした。彼はもぐもぐと口の中で罵った。「くそっ、馬鹿者めが!」

ドリアンは彼の入り口をくすぐった。指先で周りをじらし、手のひらで臀部を愛撫した。それから彼は、ゆっくりと注意深く、指を差し入れた。

クラウスは驚いて息をのんだが、今夜はそれほど緊張せずにやりすごせた。

「痛みを覚えたら言ってくれ。」ドリアンは内部を探りながら言った。

「むぅ・・・、妙な感覚だ。」

「そんなもんだよ。」ドリアンは笑って同意した。それから快感を生む場所を探り当て、優しく撫でた。クラウスはほとんど跳び上がらんばかりになった。

「うわっ!」

「電気が走ったみたいだろ?」

「う・・・、こういうことか・・・。」クラウスは目を見開いた。「で、おれはこの先どうなるんだ?」

「うーん、ふうぅ、そうだねぇ・・・、きみはどう思う?」

「考えられん。」

ドリアンは再び笑った。「よろしい、何も考えなくていいよ、ただ感じてればいいさ。」彼はそう言いながら、二本目の指を優しく滑り込ませた。クラウスはうめいた。それから、指の動きにあわせて下半身がうごめきはじめ、伯爵の指がそこを押し広げるにつれて、背筋を弓なりにしてそれに応えた。

やがてドリアンは告げた。「さあ、準備が整ったようだよ。」きみの心の準備の方もできているといいんだけど。肉体のほうは充分なようだからね。低いうめき声を、彼は承諾の印と受け取った。そこで彼は自分のものに充分に潤滑剤を塗りつけ、姿勢を整えた。初めての恋人に痛い思いをさせたくなかった。

ドリアンは、よく慣らされたその部分めがけて体を倒し、性急さのない動きで幾度かの差し引きを繰り返しつつ、少しずつ押し入った。

挿入の瞬間、クラウスは鋭い叫び声をあげた。彼はなかば激痛を覚悟していたが、それは痛みではなかった。伯爵は手練れだった。彼はそこを周到に用意したし、細心の注意を払って巧みに体を進めていたし、クラウスの体のいかなるささいな痙攣にも、注意深く体の動きを止め、それが収まるまでは次には進まなかった。忍耐強い時間の後に、ドリアンはとうとう彼のすべてをクラウスの体の中に収めることに成功した。それから彼は、クラウスがその感触になれるための時間を与え、待った。

クラウスは、伯爵がすっかり自分の中にいることに自分が何を感じているのか、自分自身でもわからなかった。収拾の付かない脳裏に浮かぶ考えのひとつに、おれは男に犯されているという狼狽があった。ああ、おれはやはり変態だったのか。自分の内部で荒れ狂う感情を理解しようと勤めた結果、彼が達した結論はそこだった。息が荒くなった。ドリアンが、クラウスを傷つけないように注意深く、ゆっくりと体を動かし始めたからだった。くそっ、なぜおまえはこんなときでさえそう物分りいいんだ?もっとおれを踏みにじろうとは考えんのか・・・?

クラウスは叫び声をあげた。ドリアンがその場所を突いたのだった。

「クラウス?」

「こ、これか・・・」

「驚いた?」

「ああ、少しな。」

「ここまでにしておくかい?」

クラウスは信じられんと言うように目を見開いた。一旦ここまでことが進んだ今になって、やめてくれと頼むことなどありえようがなかった。彼はうっかり口に出した。「いや・・・続けてく・・・」

ドリアンはにやっと笑った。クラウスの口調から英語がおぼつかなくなっている事を聞き取った。昨夜の自分が、クラウスを受け入れている間にドイツ語がすらすらとは出てこなくなったのと同じように。クラウスが自分のものを受容できることを確かめたドリアンは、注意深く動きを速めた。ほどなく、彼はそれ以上自分を制御できなくなった。だがクラウスもまた、それが生まれてこのかた慣れ親しんできた動きであるかのように、ドリアンと体をあわせ始めた。

「ああ、クラウス・・・」ドリアンはうめいた。「私は・・・私はもう・・・」彼はクラウスが先に解放されるのを見届けてから、自分を解き放とうと考えていた。だがもはやそれはかなわなかった。最後の一突きをくれて相手の体奥深く一杯に精を解き放ち、ドリアンが先に絶頂を迎えた。ほどなくクラウスもまた低くくぐもった声を漏らし、震えた。伯爵の絶頂が、クラウスにも同じものをもたらしたのだった。

ドリアンは恋人の背に覆いかぶさってあえぎながら、相手の心臓の鼓動が次第にゆっくりと落ち着いてゆくのを聞いていた。ああ、きみってすごいよ。かなわないね。彼は自分のものがすっかり緩くなるまで待ち、恋人を傷つけないことを確認しつつ抜き去り、それから恋人とわが身を拭い始めた。

ドリアンがそこに触れた瞬間、クラウスは息をのんで堪えた。ドリアンは即座に手を止めて、丹念に傷を調べた。目に付く外傷はなかったが、しばらく痛みを覚えるだろうことは確実だった。

「怪我をさせてしまったかな?」ドリアンはいくばくかの罪悪感を覚えつつ、そう尋ねた。

「おそらくな。だが構わん。」

「こんなことにまで我慢強いんだね。」

クラウスは鼻を鳴らした。「馬鹿者。」

ドリアンは声に出して笑い、相手の体を清めた。

彼は昨夜、自分が天賦の才に恵まれた恋人にやや圧倒されたことを思い出した。二人の間の密事(みそかごと)を進めるペースを、すこし落とさなきゃね。そうしよう。クラウスは経験が乏しいんだ。そのほうがずっと居心地よくいられるはず。

その瞬間、ドリアンの脳裏に恐ろしい推察がひらめいた。この実験が一度きりのものだとしたら?だからクラウスはすべてを体験すべく急いでいるのだとしたら?彼は表情を強張らせて、眠りに落ちようとしている目の前の男を見下ろした。ああ、クラウス。きみはわたしをどうする気なんだ?





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つづく・・・

2012/01/05

Appetite Suppressant 08 Show Me - by Margaret Price



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Chapter Eight
Show Me (見せてくれ、教えてくれ)







「週末中、雨に降り込められちゃうのかな?」ドリアンは暖炉の前の椅子に腰掛けながら尋ねた。

「知ったことか。」隣の椅子のクラウスはそっけなく答えた。「こんなに長くここにいるつもりは無かったしな。」

ドリアンは椅子の背に頭を持たせかけた。「ふぅ、なんて居心地いいんだろ、ここ。」

クラウスは横目でちらりと彼を見た。それから唐突に口を開いた。「昼食はうまかったぞ。おまえがからかった料理人に、ずいぶんまともにしこまれたようだな。」

ドリアンはにんまり笑い、褒め言葉を素直に受け取った。「どうも。」

「いったい何人ぐらい・・・」クラウスは、自分が何を言い出しているのかはっきりし意識しないままに、口を開いていた。彼は回答を要求することはあっても、質問をするなどということはめったに無かった。

「きみが考えてるよりはずっと少ないと思うよ。」ドリアンは、聞きたいことはわかってるさと言わんばかりに答えた。「私はいわくありげに振舞うのが好きなのさ、知らなかったかい?でもね、ベッドに引きずり込む相手のより好みは、とっても厳しいんだよ。」

「ならばおれは喜ぶべきだな。」
 
ドリアンはは目を開いた。「きみが?」

クラウスは振り返り、相手をしっかり見つめてこう言った。「ああ、そうだ。おれはずっと、おまえが数を競うタイプじゃないかと思っていた。おまえの・・・美術品のコレクションのように。」

「クラウス、きみは私の獲物じゃないよ。」

「なぜだ?」

「なぜって・・・」ドリアンは瞬きをし、それから手のひらで口元を覆った。クラウスが何を言っているが、ようやく理解したからだった。「クラウス、きみって・・・それって私と関係を続けてもいいっていう意味なのかい?もうっ、私としたことがなんて野暮な聞き方なんだろう!」

クラウスの目がドリアンを誘うように光り、口元に笑みがのぼった。「さあ、教えてくれ。」

「ああ、なにをどうしたらいいのか分からないよ。」

「週末中ここにいるんだろう?時間ならあるぞ。」

彼はクラウスの目が落ち着いているのを見て取った。彼は立ち上がり、何も言わままに相手を促して、階段を登り始めた。




* * *



「どうやったらおまえに怪我をさせずに済むか、おれにはわからんぞ。」クラウスはドリアンの体に指をおそるおそる差し入れながらそう口に出した。

ドリアンは、昨夜と立場を反対にして相手に何が起こるかクラウスに分からせれば、すべてはうまくゆくのかもと考えた。ドリアンはうつ伏せにはならず、仰向けになり、脚を広げて横たわった。これから起こることを考えると、彼は息遣いを荒くせざるを得なかった。明らかに、性的な興奮を感じていた。彼はクラウスに、きみの一挙一動ならなんでも私の悦びを呼び覚ますのさと伝えたかった。ゆうべ無理やり入れられそうになっちゃった、あれを除けばね。

「ああ・・・、すごく感じる・・・」指がうごめき、ドリアンはくぐもった呻き声を上げた。

クラウスはドリアンの言うその場所とやらを探そうとやっきになっていたが、なかなかうまくゆかなかった。伯爵は別にこだわっていないようだったが、彼の指がその場所を探り当てた瞬間、鋭い叫び声をあげて体をのけぞらせた。「ああっ、そこ!」

どうやらそのようだな、クラウスはそう考えた。彼は二本目の指を差し入れながら、伯爵が喜びの苦悶に体をよじらせて声を上げる様子に心を奪われていた。ドリアンはともかく、彼自身はこれを全く刺激的だと感じていた。かれは三本目の指を入れた。ドリアンがそうやって入り口を広げろと指示したとおりに・・・。だが彼自身はまだ自分にそのことが出来るとは考えたくなかった。

「クラウス、お願いだ・・・いますぐ・・・!」ドリアンがあえぎながら言った。

クラウスは凍りついた。何を求められたのかはわかっていたが、自分に出来るかどうかわからなかった。おい、しっかりしろ。KGBだって蹴散らしてきたおれだろ。かれはたっぷりとした量の潤滑剤を自分自身に塗りつけ、息を大きく吸った。そして膝立ちになり、誘い込むようにうごめくドリアンのその部分へ亀頭を押し当てた。

「あぅ・・・」ドリアンはうめき、震える手をクラウスの肩に伸ばしてしっかりを彼を支えた。体にかかる圧力が強まるのを感じ、彼は「ゆっくり・・・」と指示した。「すごく、ゆっく・・・あっ!」クラウスが試しに軽い突きを入れると、ドリアンは体をのけぞらせた。軽く突くたびに、クラウスはますます深く相手の体に押し入り、これまで考えたことなぞ無かったやり方で、相手の体の熱さを感じ始めていた。その規格外のサイズのほとんどすべてを相手の体に収めたとき、彼はとうとう尋ねずにいられなかった。「怪我はないのか?痛くないはずないぞ!」

「すごく痛くて、すごくいいんだ・・・」ドリアンは喘ぎながら、指の爪をクラウスの肩に食い込ませた。「きみって・・・なんて・・・なんて・・・あああ!」クラウスがとうとう根元まで差し込んだ瞬間、ドリアンは叫び声をあげた。

クラウスは、伯爵の体が痙攣していることに気付き、動きを止めた。彼は相手の激しく乱れたい気遣いと身悶えを見て、昨夜相手が恐れたとおり、自分が相手の体をしたたかに傷つけているのではないかと心配になった。彼は自分のものが普通とはかけはなれていることをよく知っていた。幼年期から話題やからかいの種にされてきたからだった。昨夜の伯爵の反応は彼にとってはなにひとつ目新しいものではなく、ただの再確認に過ぎなかった。エロイカが「すごい」と考えたなら、それは本当に桁外れであるにちがいない。

ドリアンは、未経験の恋人が完全に緩急をわきまえていることを知って驚嘆していた。両脚で締め付けたり防いだりして、相手を導こうという考えは不要だった。というより、相手の巨大なものをすっかり迎え入れた感触に圧倒されて、相手を導くどころではなかった。こんなの、考えてもみなかったよ!ああ、この男は天性のやり手なんだ・・・。なのにどうしてこんなに長い間、自分の欲望に逆らっていたんだろう?痙攣が静まるや否や、クラウスはゆっくりとためらうような突きを再開した。それはむしろ優しい動きだといってよかった。優しい動きだって?ああ、彼ってこんなに優しくなれるんだ・・・。クラウス、きみを愛しているよ・・・。

「すごく・・・、すごくいい・・・」ドリアンは喘ぎ声の合間に言葉をしぼりだした。「すごく・・・感じる・・・あ!」クラウスがとうとう彼のもっとも敏感な場所を探り当て、突き始めたため、彼は背筋を反らして反応した。衝撃が全身を貫いた。「ああっ、そこが、そこがいい・・・!」

クラウスは眉をひそめたが、ドリアンが腰をくねらせて彼の動きにあわせ始めたのを見て興奮を覚え、ドリアンの望みどおりの場所を突いた。彼はもっと速く動きたがる自分を抑えるのに苦心していた。相手を負傷させる心配がぬぐいきれなかったからだ。

「もっと速く・・・!」

クラウスは体の動きを止めた。

「大丈夫なのか?」

「ああ、クラウス、お願いだから・・・。」

クラウスは腰をより速く使い始めた。そして動きの幅を広げて、体を引き戻す際にはほんの一部を残してあとはすべて引き抜くようにした。いくらもたたないうちにクラウスは、ドリアンがその動きのせいで気が狂ったように感じているのに気がついた。そこで彼はほとんど引き抜くところまで体を戻し、それからさっきドリアンがそこだと言った場所をめがけて突きこみ、相手に叫び声をあげさせ続けた。

「クラウス・・・私は、、もう・・・」ドリアンはクラウスの肩に爪を食い込ませ、腰を浮かせて声を上げながら絶頂を迎えた。オーガズムの快感に、クラウスの腰に固く巻きつけた両足の力を緩められなかった。

まだ相手の体に深く埋め込まれたままの自分の周りを取り巻くさざなみのような感覚に、クラウスもまた引き込まれた。彼は息をこらえ、今まで感じたことの無い激しさを感じた。かれは両手に体重をかけ、体を前に倒し、ほぼ同時に起こったオーガズムのなかに自分自身の感覚を解放し、爆発させた。

彼らはしばらくそのまま繋がったままでいた。それからクラウスは自分のものがすっかり柔らかくなり、もはやドリアンを傷つけることなく引き出せるだろうと判断した。彼はベッドの一方に倒れこんだ。完全に消耗していた。

ドリアンが準備していたタオルで体をぬぐいつつ、クラウスのそばに体をあわせた。彼は寝返りを打って恋人の前を拭ってやり、タオルを床に放り投げた。それからクラウスの胸の上に腕を投げかけた。彼はクラウスの頬にキスを与えながら、満足げに考えた。さあ、これできみも名実ともに、おれはこいつの獲物なんだって考えてもいいわけだよね?「ねえ、考えてたほどおぞましいものだったかい?」彼は静かに尋ねた。

「いや、これは・・・」クラウスは言いよどんだ。「英語でどう言っていいか思いつかんな。」

「ショックで何も考えられない?」

クラウスは向き直り、同意した。「そんなところだ。」それからひどく真面目な顔になって尋ねた。「怪我をさせなかったか?」

「クラウス・・・」

「おれは・・・、おれのは普通じゃないからな。」かれはためらいがちに言った。

「ふぅ、それはこの私が保証するね。」ドリアンがため息とともに言うと、クラウスの表情にひょっとすると傷ついたとさえいえるような困惑が走り、ドリアンはそれを見て驚いた。「えーと、きみ、ひょっとしてそれを気にしすぎて、こんなにも長い間一歩踏み出せなかったとか?」

クラウスはさっと顔を赤くした。「いや、まあ、それもあるが。」

「じゃあ、それだけじゃないんだね?」ドリアンは言葉を途切れさせた。低い声になった。「そのほかの理由ってなんだったんだろう?」

「それをおおれも考えとる。」

「そうか・・・。」ドリアンはクラウスの胸の上に頭をもたせかけ、落ち着いた胸の鼓動に聞き入った。「この機会を与えてくれてありがとう。きみに、示してみせる機会を。」

クラウスはドリアンの肩に手を回し、引き寄せた。こんなことが起ころうとは考えたことも無かった。彼は伯爵を追い払おうと考えていたのだから。ああ、おれは気が狂ったに違いない。




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続く・・・

2012/01/04

Appetite Suppressant 07 Starting Over - by Margaret Price



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Chapter Seven
Starting Over (仕切り直し)





「きみがなぜここを好きなのかよくわかるよ。ここは、そう・・・、静かで、全く誰もいない場所だよね。」山荘の裏の森を抜ける小道を、クラウスの後を追いながらドリアンはそう話しかけた。

クラウスはうなずいた。「もっとしょっちゅう来られればいいんだけどな。」小道を覆う緑の天蓋を見上げながら、彼はそう認めた。「街の喧騒からの、いい気分転換になる。」 背後のドリアンから何か物音が聞こえ、足を滑らせでもしたかとクラウスは振り向いた。だがそこには、」さっきキッチンにいたときと同じように自分を見つめているドリアンがいるだけだった。

「何だ?」

「何も。」ドリアンは首を振って言った。「きみを見てると驚きが尽きないだけだよ。」

いつもどおりの罵倒の言葉が舌先まで登ったが。、クラウスはそれを飲みこんだ。いや、伯爵は自分らしく振舞っているだけだ。ならば自分も同じようにすべきだ。「あの樹の向こうに湖があるはずだ。」彼は前を指差して言った。

数分後には、少佐の記憶に間違いのないことがわかった。彼らは森を抜けて、小さな湖を見下ろしていた。

「ああ、クラウス・・・」ドリアンは大きく息を吸った。「なんて素晴らしいんだろう。」彼は辺りの景色を見回した。視線が心地よさげな色を浮かべていた。「これが風景画なら、私のギャラリーにぜひ納めたいところだよ。」

クラウスは何も言わず、ただ煙草に火をつけてドリアンが歩き回るのを黙って見ていた。

「きみのお父上がここを好きだった理由が分かる気がするな。」

クラウスはうなずいた。「父は結婚したころ、よく母をつれてここにきていたと思う。」

ドリアンは体を翻してクラウスを見た。ドリアンの表情には驚きが浮かんでいた。彼は、クラウスが自分の私的なことに触れるとは思ってもいなかった。「きみは、お母さんのことを覚えているのかい?」かれはとっさに尋ねた。ドリアンは、クラウスの母はクラウスの幼いころに亡くなっているということしか知らなかった。

クラウスは首を振り、湖を見るために振り返った。彼の目には悲痛が浮かんでいて、ドリアンは彼を抱きしめたい思いに駆られた。「ごめんよ。聞くべきじゃなかった。」

「かまわん。」

ドリアンは視線をクラウスと同じ方向に向けた。「ずっとここにいたいな。」彼は満ち足りたため息をついた。

クラウスは体をひねって伯爵を見た。彼はこの場所の静けさと、ここに一人でいる孤独を愛してきた。この秘密の隠れ家を誰かと分かち合うことなど考えたこともなかったし、ましてやそれをエロイカとなどとは、思いも寄らないことだった。にもかかわらず、彼は今まさにそうしていたのだった。

ドリアンは少佐に向き直った。彼の表情は純粋な幸福に光り輝いていた。「ここに連れて来てくれてありがとう、クラウス。」深く考える間もなしに、ドリアンの感謝のキスがクラウスの頬を素早くかすめた。それからドリアンはしまったという表情を浮かべて凍りついた。「ああ、クラウス・・・」彼は体を離し、喘ぎながら手のひらで口元を覆った。「ちがうんだ、そういう意味じゃ・・・」

クラウスは込みあがってくる狼狽を抑えようと必死になっていた。平静を取り戻さねばならなかった。伯爵のキスにはなんらの性的な意味もないことは、彼にもよくわかっていた。彼は頭ではそれを理解しており、心理的にもそれを受け入れなければならなかった。さもなくな、一生そのままこういったことに向き合わずに、逃げ続けねばならないだろう。「おまえの言う意味はわかっとる。」彼は感情を表さずに言った。「気にしとらん。」

ドリアンは申し訳なさそうに彼を見た。「怒ってないのかい?」

「おれは・・・」クラウスは深いため息をついた。「おれにもわからん。」

じゃあ、これって一歩前進だ。ドリアンは湖に視線を戻しながらそう思った。ほどなく、遠くで雷鳴が聞こえた。二人は同時に空を見上げた。

「引き返したほうがよさそうだ。」クラウスが確信をこめていった。「帰り道は長いぞ。」彼はドリアンが残念そうにため息をついたのを聞きつけ、ちらりと相手の顔を見た。(また来たらいいじゃないか。) クラウスは危うくそう口を滑らせそうになった言葉をようやく押しとどめた。一体全体、おれはなにを考えているのか。このくそったれな馬鹿野郎を追い払おうとしていたのではなかったのか。くそっ!おれは気が狂ったにちがいない。


* * *


ふたりが山荘に戻ったころには、雨は本降りになっていた。彼らは玄関の雨よけの下に文字通り駆け込んだ。

「ふう。」ドリアンが息を弾ませた。濡れた髪を振ってしずくを撒き散らせた。「ちょっとした冒険みたいだったよ。」

「別に誰に狙撃されとったわけでもないぞ。」クラウスはびしょぬれのジャケットを脱ぎ、玄関脇に引っ掛けながらそう言った。

「でも、この雨はほんとに冷たいよ。」彼は腕をこすって体を暖めようとしながらそう言った。「朝はこんなに寒くなかったのに。」

「玄関先では寒いに決まっとる。入ろう。」

クラウスは、まっすぐ暖炉に向かったドリアンが震えているのに気が付いた。「肺炎になる前に、その濡れた服をとっとと脱げ。」その言葉が口から出た瞬間、彼は誰に向かって何を言ったのかようやく気付いた。

ドリアンは、クラウスがはっきりと体を強張らせて動きを止めたのを見た。彼は明らかに、ドリアンが性的な揶揄を込めた返事をするのを、身構えて待っていた。そんなえさには食いつかないよ。だって今日は完璧な日だったもの。「えーと、どういう意味に聞こえるかよく分かるんだけど、」ドリアンはゆっくりと口を開いた。「あのね、着替えを持ってきてないんだ。」

クラウスは彼のほうを見た。それから、伯爵がそもそも何をしにここへ来たかを思い出した。あれは本当に昨夜のことだったのか?彼はロフトに向かってあごをしゃくった。「二階のクローゼットの中に着替えがある。」

「感謝するよ、クラウス。木の床にしずくを落とさないようになるべく気をつけるよ。」ドリアンはそう言って、素早く二階に消えた。

「暖炉に火を入れるぞ。たぶん今夜は寒くなるからな。」クラウスは暖炉の前にひざまずき、煙道を開こうとした。数分後、クラウスは何やらつぶやきながらも、暖炉の風戸を開けて薪を積んでいた。伯爵が戻ったときには、火はぱちぱちと音を立ててはぜ始めていた。

「わぁ、すごくいい感じだね。」ドリアンはまだ雨粒を滴らせたままのクラウスのそばに立って、ため息をついた。彼はそのまま黙ってそこに立ち、それからクラウスのほうを向いて一言告げた。「きみに感謝するよ。」

クラウスは立ち上がり、振りかえった。「何のことだ?」

「すべてにだよ。私に機会を与えてくれたことに。私がここに、嫌がらせと乱暴だけのために来たわけじゃないと証明させてくれたことに。」ドリアンは、自分を見つめている緑の瞳の奥に何かの感情が激しく閃くのを見た。

「きみが好きだ、クラウス。」彼はそう言った。その言葉がすべてを台無しにしなければいいと、心の底から願いながら。

クラウスはドリアンを見つめ続けた。それから彼は片手を伸ばしてドリアンのうなじをとらえ、静かに抱き寄せて限りなく穏やかな口付けを与えた。ドリアンは動かなかった、動けなかった。息を忘れた。身動きひとつですら、この魔法を解いてしまうことを恐れた。

クラウスは背を逸らせて伯爵の顔を見た。「もう一度言ってくれ。」彼は静かに言った。

「きみが好きだ、クラウス。」その言葉はかすれていて、ささやき声とほとんど変わらなかった。

クラウスは深く息を吐いた。「ならばそれを見せてくれ。示してみせてくれ。」

ドリアンはその場でクラウスに襲い掛かり、押し倒し、貪り尽くしてしまいそうな自分をかろうじて抑えた。彼は少佐の手を引いて階段を登り、ベッドの前で足を止めた。クラウスの髪を滴る雨粒を見て微笑み、顔を濡らすしずくを手で拭き取った。それからキスを返した。とても優しく。ただ両手が濡れたシャツの上を這い回っていた。

クラウスは自分のシャツのボタンに手をかけたが、伯爵はわずかに首を振ってそれを止め、相手のボタンをゆっくりとはずし始めた。少佐が素肌の上にシャツを着ていたことに、伯爵は驚いた。シャツのすそを引き出し、優しい手がシャツの中に滑り込んで少佐の肩を愛撫しながら、シャツを彼の体から剥ぎ取った。シャツは濡れた音を立てて床に落ちた。

ドリアンはクラウスのベルトに手をかけた。クラウスが深い息を吐いているのを感じながら、自分も同様に息をこらえきれなかった。彼は顔をあげて硬くこわばった相手の顔を見上げ、もう一度、優しい口付けを与えた。無理強いはしないから。今夜は刃物なんか使わないさ。彼は下を向いてベルトをはずし、それから前のボタンとファスナーを緩めた。

クラウスの震える手がドリアンの腕を撫で始めたとき、彼は目を閉じてこらえることしかできなかった。体がとろけ落ちていってしまいそうだった。それから彼は、たった今の作業に集中しようと努めた。彼はクラウスの腰に手をかけて手をそっと差し入れ、下の服を床に落とした。

クラウスは靴とズボンを足首からはずし、それから目を閉じまま下着が剥ぎ取られるの感じていた。伯爵が彼のサイズに何か言うだろうと身構えていたが、伯爵は静かな愛撫を続けているだけだった。最後に靴下が脱がされ、彼は生まれたままの姿となった。

クラウスは、ドリアンの服を脱がせるべきなのか少し迷った。その答えは彼が相手の服に手をやったときに自然とわかった。ドリアンの服は、それがまるで自分の意思で落ちたかのように自然に床に落ちた。ほどなく、同じように生まれたままの姿のドリアンがクラウスの目の前にいた。そして両の手をクラウスの肌のあらゆる部分に滑らせ、穏やかなキスを繰り返していた。疑いようもなく力を持ち始めたものが自分の体に押し付けられているのを感じ、ドリアンはゆっくりとベッドに近づいた。クラウスはまだためらっていた。そこで何が、何のために起きようとしているのか、まだ確信が持てないままでいるのだった。だが手を引かれるままに、彼はただ従った。

ドリアンはベッドに横たわり、ベッドを軽く叩いて躊躇をみせたクラウスに横たわるよう促した。「緊張しないで。」彼は耳元でささやき、もう一度キスした。キスは喉元へ降り、それから胸へとすべり、ドリアンは相手の深呼吸の様子につい微笑まずにはいられなかった。クラウスは背筋をのけぞらせていた。ドリアンは背に手を差し入れて撫でた。それから髪に指をからめた。その触れ合いは、まだまだ性的な愛撫とは言えるものではなかった。

ドリアンが、クラウスが目を大きく見開いていることに気付いた。彼は感じ始めていた。ドリアンは彼をめちゃくちゃにしてやりたくてうずうずしたが、それでは実験が台無しになるのはわかりきっていた。それから彼は、クラウスが落ち着きを取り戻し始めたのを感じた。彼は、今起こりつつあることを受け入れたのだった。服を脱いだドリアンが隣に横たわっていてすら、彼にとって脅威にならないことを、ようやく理解しつつあった。

彼らは半時間ほどもそのままでいた。それからドリアンはささやいた。「もう少し・・・、いいかな?」

狼狽がクラウスの顔を横切った。もちろん彼は本能的に拒否を示しそうになったが、それでは実験の理由を否定してしまう・・・。彼は実験の成り行きを確認せねばならなかった。それゆえに、かれはうなずいて最悪の事態に備えようとした。「落ち着いて、体の力を抜いて・・・」彼のそばに横たわる温かく優しい生き物が、耳元でまたささやいた。
 
ドリアンは体を起こして、潤滑剤の入っている箱を探した。彼はオイルの瓶を取り出し、そのいくらかを手のひらに落とし、クラウスの胸を撫で始めた。クラウスが大きく息を吸い、それから心地よさげなうめき声を上げたのを聞いて、ドリアンは微笑んだ。彼はそのオイルをクラウスの肌にすりこみ続け、次第にその手を下腹部へと移し、そしてとうとうクラウスの堂々たる持ち物を、そのオイルで滑らかな手のひらの中に納めるに至った。
 
ドリアンは、一度きりではなく安定した関係を持ちたいと願った相手をうろたえさせたくなかったので、それについて口に出して何かいうことは避けた。クラウスは息をこらえて、彼に訪れつつある予期せぬ感触を、目を開いてまま身構えて待っていた。
 
突然、ドリアンの手首が力強く掴まれ、それ以上の動きを阻まれた。顔をあげると、クラウスが体を起こしてこちらを見ていた。表情に狼狽が浮かんでいた。私は急ぎすぎたのだろうか?だがほどなくクラウスは体の力を抜いてドリアンの手首を開放し、ふたたび横たわった。明らかに、ドリアンが自分の望まないことをするつもりはないことを確かめて、安心したのだった。
 
そしていくばくもしないうちに、クラウスは腰をうごめかせて、上下するドリアンの手の動きに応え始めた。きみのことをよく知らなかったら、初めてじゃないだろ?とか言ってたかもしれないね。ドリアンはそう思った。彼は、ベッドのでのクラウスはもっと声を出す方だろうと思っていた。普段のクラウスはいつでもどこでも、あちこちで怒鳴り声やうなり声を上げている男だったから。だが彼は驚くほど静かだった。射精の瞬間、かれは深く息を吸い込み、そして低いうめき声とともにそれを押し出した。
 
ドリアンがあとの始末をしている間、クラウスは息を押し殺していた。それからドリアンは再び彼の隣に横たわり、優しく頬に口付けた。クラウスは彼のほうを向いて、キスを口に受けた。
 
「きみを愛しているよ。」
 
ドリアンはささやいた。
 
「ならば、・・・してくれ。」
 
ドリアンは体を起こした。目を見開いていた。「私は・・・」
 
「やめて欲しいときにはそう言う。」
 
彼は私を試しているのだろうか?「きみ、本気なのかい?」
 
「ああ。おれはただ知りたいだけだ。」
 
何を知りたいだって?ドリアンは目を細めてクラウスを見下ろした。そして咳払いをして、それが彼の予想したとおりの行為かどうかを注意深く尋ねた。肯定の答えを受けて、彼の目は大きく見開かれた。
 
なんてことだ。彼は私を試しているに違いない。クラウスが自分からうつ伏せになったときですら、ドリアンはそう考え続けていた。だが彼は気を取り直し、クラウスの開かれた両腿の間に割り込んだ。そして自分の下にいる相手の深呼吸を聞き、それが興奮ではなく、むしろ恐れからくるものだと気付いた。痛みを与えるつもりはないよ、クラウス。今日はね。
 
彼はオイルを手にとり、少佐の背に塗りこんだ。クラウスは低いうめき声を上げてそれに応えながら、伯爵の手の下で筋肉をびくびくと震わせた。ああ、彼はすごく緊張してる。ドリアンはそう感じ、クラウスの筋肉の凝りを揉み解き、緊張を解かせようとした。そしてそれは先ほどと同じように効果をあげつつあった。そう、そんなふうに、力を抜いて。痛くしないからね。ドリアンの手はクラウスの背中を滑り降り、ついに臀部と腿に達した。
 
クラウスは、ドリアンの力強い手が自分の緊張を解きほぐしているのを感じ、低く呻いた。彼はさっきまでの緊張を忘れ始めていて、ドリアンの手がむき出しの尻に触れたときには、ほとんど眠りに落ちそうになっていた。あっと思った瞬間には、一本の指が中に滑り込んで、注意探く内部を探っていた。彼は目をさっと開いて小さな叫び声を上げた。
 
「力を抜いてくれ。」もう一方の手でクラウスの背を撫でつつ、ドリアンは優しく指示した。
 
「これは・・・おれは・・・」
 
「ここまでにしておくかい?」
 
それではずっと分からないままになる!クラウスは自分を押さえ込もうとした。そして気付いた。ドリアンの指はまだ彼の中にあったが、それはもはや動いてはいなかった。伯爵は、続けていいかどうかを問うているのだった。「いや、やめないでくれ。」彼はそう言い、枕の中に顔を埋めた。
 
「クラウス、これは誰にとってもいいものだとは限らないんだ。」ドリアンは括弧とした口調でそう言い、指を抜き出した。「きみがそうしなきゃならないと思い込んでるだけなら、私はやめておくよ。」
 
くそっ!なんてこった!クラウスはやるせなく考えた。どうしてこいつは突然こんなに物分り良くなったんだ?忌々しい奴め。なぜおれはとっとこいつにやることを最後までやらせておかなかったんだ?
 
クラウスは深い息をつき、はっきりと注げた。「続けてくれ。」
 
「じゃあきみは体の力を抜かなきゃね。」ドリアンも同じようにはっきりと言い返した。
 
「努力しよう。」
 
ドリアンは少し考え、それから首を振った。「だめだね。君にはまだこの準備が出来てない。」
 
この拒否の言葉はクラウスを少なからず驚かせた。彼は振り返って相手を見上げた。伯爵が同じ方法で自分を弄ぼうとしたのは、たった昨夜のことではなかったのか。その彼が今同じ行為を拒絶している。「今になって良心に目覚めたか?」彼は呻き、ベッドに倒れこんだ。
 
ドリアンは微笑んで膝立ちになり、ゆっくりとクラウスの背に覆いかぶさった。それから両肩にキスの雨を降らせ、そして相手の耳たぶを噛み始めた。
 
「やめろ、くすぐったい。」クラウスは抗い、相手を追い払おうと手を動かした。
 
「愛してるよ、クラウス。」ドリアンは静かに言った。唇にキスするために、クラウスの背中から滑りおりながら。
 
クラウスは彼をじっと見つめた。「どうやらそれは・・・、真実らしいな。」
 
 
 
 
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続く・・・

2012/01/03

Appetite Suppressant 06 Have We Met? - by Margaret Price



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Chapter Six
Have We Met? (初めてだよね?)





クラウスはまぶたを上げ、そして直ちにそれを後悔した。目を開けた瞬間、頭が割れるように痛み、脳天で光が炸裂したからだった。いくら飲んだんだ、おれは。彼はそう呻いて寝返りを打ち、自分の横に伯爵が横たわっているのに気づいてわっと叫び声をあげ、またしてもそれを後悔した。

ドリアンが目を覚ました。彼は片手を頭にやってもぐもぐ言った。「頼むから静かにしてくれ、ジェイムズ君・・・」

「ばかもん。おれはジェイムズじゃないぞ。」クラウスはそう言い返し、起き上がった。彼は自分がパジャマとその上にローブをしっかり着込んでいるのを確認し、ほっとした。それからローブの前をかき合わせてベッドを降りた。

ドリアンは隣の男を見上げて純粋に驚いた顔をしていた。「少佐?」彼もまたそう言って起き上がった。片手を痛む頭に当てたままだった。「なんてことだ、この頭痛ときたら・・・」かれはうめき声を上げた。「あのコニャックには何が入ってたんだ?」

「この変質者め!おれをここまでへべれけにしやがって・・・」

「私はなんにもしてないよ!」ドリアンは二日酔いが許す限りの大声で抗議した。「飲もうと言ったのはきみじゃないか!」

クラウスは眉をしかめた。「おれたちはなんで一緒に寝てるんだ?」

ドリアンは自分がベッドにいることに突然気付いたような顔で下を見回した。「分からないけど、何だかぼんやりと、やるべきじゃないことをやってたような覚えがある・・・」それから彼は顔をあげて、少佐の顔がおなじみの驚愕を浮かべているのを見つめた。「少佐、きみがいつもみたいに慌てふためくだけじゃ済まないことが起こったのを覚えてるかい?覚えてないなら言ってしまうけど、私たちはお互いに大変よからぬこと・・・乱暴をしでかすところだったんだ。」

クラウスは目を閉じ、ずきずき痛む頭に手をやった。「くそっ!もう一杯飲まんとやっとれん。」

ドリアンは気の毒そうな目で彼を見やり、ベッドから出た。自分がしっかり服を着ているのに気付いた。二人の間に何も起こらなかったのは確実だった。「ねえ、キッチンに朝食を作れるようなちゃんとした食べ物はあるのかな?」

「なんでこんなときにメシのことなんぞ考えられるんだ?」クラウスはうなり声を上げた。

(だって私はウィスキーを一本丸ごと飲み干したわけじゃないからね) ドリアンは思ったことを胸の中に留めておいた。彼は階下のトイレに寄り、それからキッチンへ足を踏み入れた。すぐにクラウスもやってきた。普通の服に着替えていた。そのことを口に出す前に、ドリアンは自分の服も確認した。事態は思わしくないようだった。

「私は卵、ベーコン、ソーセージとかならちゃんと料理できるんだよ。」彼は冷蔵庫をのぞきこみながら言った。「うーん、ベーコンがないね。」

クラウスは聞いているのかいないのか分からないような顔でうなずき、伯爵が朝食の準備を始めているテーブルに座り込んだ。

「コーヒーでも飲むかい、少佐?」

「コーヒー一杯のためなら人でも殺せる気分だな。」彼はそう答えた。

「きみが言うと本気で物騒に響くよね、それ。」

クラウスが気のきいた言い返しを思いつく間もなく、やかんがピーピーと音を立てて沸騰を知らせた。その音にクラウスは再び頭を抱えた。

ドリアンはネスカフェの瓶をテーブルに出し、マグカップを置いた。それから水の入ったグラスにアスピリンを添えてやった。彼はやかんを掴みあげて振り返り、クラウスがインスタントコーヒーの粉を機械的にマグカップに入れるのを見つめた。クラウスがその動作を終えるなり、ドリアンはマグカップへ熱湯を注ぎこんだ。

「すまんな。」クラウスは気だるげにそう言い、コーヒーをかき混ぜた。

ドリアンは目をぱちくりさせて答えた。「どういたしまして。」

「ソーセージが焦げとるぞ。」

「わっ、たいへんだ!」ドリアンは慌ててキッチンに戻り、火を小さくした。それから彼は物慣れた手つきで、別のフライパンに卵をいくつか割り入れた。「昔、パリで一番のシェフに口説かれたことがあってね。」と、彼は気軽な口調で言った。「料理を教える代わりに、ベッドのことを教えてもらおうと期待してたみたいだよ。」

クラウスの眉が上がった。「期待してた?」

ドリアンは卵を皿に移し、ソーセージを手際よく添えてから、トーストを何枚か準備した。「でもすんごい太っちょだったんだ。」彼は鼻先で笑って見せた。

クラウスは背もたれに体を預け、まるで初めて会う人間を見るかのように伯爵を見つめた。

クラウスの方を振り返ったとき、ドリアンは少佐の表情に驚きが浮かんでいるのに気が付いてたじろいだ。

「どうしたんだい?」

「おまえがそんな風なのを見るのは初めてだ。」クラウスはとうとうそう言った。

「どんな風?料理をするってこと?」ドリアンは自分用の朝食を準備して、まだ自分を見つめたままの相手の正面の席に腰掛けた。「ゆうべも何かを料理したような気がするんだけど・・・」

「料理とかそういう意味じゃない。そうじゃなくて、ごく普通の・・・。」

ドリアンはにやっと笑い、顔にかかる髪をさっとかきあげた。「私の愛しいきみときたら、いったい何を言い出すんだか。私が『普通』じゃないことぐらい、よく知ってるくせにね。」

「そういうのはやめろ、ドリアン。」クラウスは鋭くそう言い、声を荒げたことをすぐに後悔した。彼は頭に手をやって目を閉じ、そのままの格好で言った。「そんな振りをするのは・・・、もうよせ。」

伯爵は驚いて口を開けた。相手の顔を見つめるのは今度は彼の番だった。「きみ、いま私のことをドリアンと呼んだよね。」かれは小さな声でそう尋ねた。

「わかっとる。」

「どうして今ごろになって?」

クラウスは相手の顔を正面から見つめた。「おれがドリアンに会うのが初めてだからだ。」

ドリアンは椅子にもたれて、少佐の顔をまじまじと見つめた。それから右手を差し出してこういった。「始めまして。私の名はドリアンと言うんだ。」

クラウスは差し出された手を見つめて息を吐いた。なんてこった。「始めてだな。おれの名はクラウスだ。」

ドリアンは、部屋中に灯りをともしたような素晴らしい笑みを浮かべた。「クラウス、私を週末の山荘に招待してくれてありがとう。」彼はそう礼を言って、自分の朝食に手をつけ始めたた。

「週末?」

ドリアンは顔をあげた。「この実験はもう一度やりなおすべきだろ。」

クラウスは少し考えた。実験とやらを始める気があるわけではなかったが、不意に、自分の向かいに座っている見慣れない人物に興味をそそられている自分に気が付いた。「そうだな。」彼はとうとうそう答えた。それから自分の朝食が用意されていることに気付き、その隣のグラスとアスピリンに目をやった。「その実験とやらは、しらふでやるべきだな。」





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続く・・・